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好奇心は猫をも  作者: 澁澤まこと
第1章 探偵ごっこ
8/8

バウムクーヘンとミラノサンド

ご無沙汰しております。

「お、おう。まぁそのうち、な?」



 急に表出した悲愴感に対する違和感よりも場を収めたい気持ちが勝って、祐介は特に深くは聞かなかった。宏香もそれを良しとしているのか、一瞬眉を八の字に曲げたのち、すぐに笑顔を作る。



「とりあえず今日は私が連れていくね。さ、ドトール着いたよ」



 さほど並ぶこともなくレジを済ませ、二人はドア近くの席に着いた。祐介は宏香が奢ってくれるというのでアイスコーヒーだけ頼もうとしたのだが、トレイには宏香が勝手に注文したミラノサンドが乗っている。



「俺、そんなに腹減ってそうに見えた?」


「ううん、でも男の子ってそういうものでしょ? 食べない?」


「いや、食う。ありがとう」



 宏香はホットの豆乳ラテとバウムクーヘン。ミラノサンドを頬張りながら、祐介は呟く。



「どうかした?」


「……なんか、女子だな」


「女子だけど?」



 フォークに刺さったバウムクーヘンの小さすぎる一片。肩にあたって内側に丸まった髪の柔らかそうな質感。首をかしげて見せる宏香の姿はわざとらしくも見え、どこか現実感を欠いている。第一印象は控えめで気弱という一言に尽きた。緊張が解れてくると明るさを見せてきたが、先回りした気配りがあり、それは少し過剰なものにも感じられている。まるで「女性的な美点」の寄せ集めだ。16年と少しの間祐介が無意識に築いてきた女性性のぼんやりとしたイメージが具現化されたとしたら、きっと宏香の姿になるだろう。



「鈴木ん家ってもしかして結構古風な感じ?」


「え? どうなんだろ……あんまり考えたことなかったな。どうして?」


「いや、良妻賢母っつうの? 絵に描いたような『女子』だと思って」



 宏香は眉尻を下げ、頬骨に爪で引っ搔いたような皺を寄せながら笑う。



「それは、褒められてるって思っていいの?」


「あ、うん……」



 口籠りながらの肯定に、色の落ちた素の唇が、そか、と短く呟く。そこには驕りも卑下も見えない。



「自覚はなかったけど、確かに古風なのかもね。うちを引っ張ってるのは未だにおじいちゃんだし、おばあちゃんの躾は結構厳しかったし。そういえば小学生のころからお料理はしてたな。それにお茶やお花はやらなかったけど、着付けは自分でできるんだ。古き良き日本みたいなのを大事にしているところはあると思うよ」


「すげぇな、大和撫子だ」


「そんなことないよ。まぁ、そもそもこのあたりに昔から住み着いてる家はみんなこうじゃない? 少なくとも都会に比べれば」


「いや、周りの女子と話してても特にそんな印象はなかったぞ……」


「へぇ、周りに女子、そんなにいるんだ」



 祐介は噎せ返る口元を手の甲で覆ったが間に合わず、制服から覗くシャツの袖に新しく、コーヒーの小さな染み。鼻に抜ける痛みと闘いながら咳を抑えようと奮闘する姿を、宏香は少し意地の悪い笑みで見守っている。



「仕方ないよね、川島君モテるもんね」


「モテねぇよ」


「モテるよ。私知ってるもん。川島君のこと好きだって子」



 再びコーヒーが鼻に回った。先程までと打って変わって攻勢に転じる宏香には、固まりつつあった祐介のイメージへの反抗心があるのかもしれない。



「あんまりからかうなよ」


「からかったつもりはないんだけどなぁ」


「下手な嘘も大概にしろ」


「えー」



 しかし、思わず選んだ辛辣な言葉にも変わらぬ笑顔で相対するあたり、あくまで親愛ゆえの冗談の範疇なのだろう。いずれにしても、泣いているよりはずっと良い。祐介は咳を引きずりつつも安堵する。



「そういえば、今日は何時ごろまで空いてるんだ?」


「何時でも大丈夫だよ。家族には用事あるって言ってあるし、夕ご飯は朝準備して冷蔵庫入れといたから」


「てことはいつも鈴木が夕飯作ってんの? 親は共働き?」


「お母さんは外で働いてる訳じゃないけど、地域の活動とかで忙しいんだよね。夜も遅くなりがちだから、私がご飯作って待ってるんだ」


「しっかりしてんな」


「そうかな? 作るものは結構適当だよ。今日は昨日の肉じゃがをカレーに直して、炊飯器のスイッチ入れただけ」


「え、肉じゃがってカレーにできんの? その技術がすげぇよ」


「ずぼらなだけだってば……ともかく私は一日空いてるから、二人の予定次第で。急にお願いしちゃったことだし、逆に早く引き上げても大丈夫だからね」


「ああ、助かる。俺は何時に帰ろうと特に気にされねぇけど、二ノ宮の都合あわからないからな」



 具のなくなったパンの端を口に詰め込みながらスマートフォンの時計を確認すると、あと10分ほどで綾乃の授業が終わる頃だった。



「うし、そろそろ行くか。あそこ居心地悪りぃけど、頼んどいて待たせるわけにもいかないからな」


「うん。付き合ってくれてありがとね。川島君と二ノ宮さんが頼みの綱なんだ」


「つっても俺たち二人ともただの高校生だからな……どこまで力になれるかわからないけど……」


「ううん、もう既にすごく救われてるんだよ。今は信じて聞いてくれる人がいるだけでも心強いの」



 立ち上がる二人に合わせるように自動ドアが開き、微かなガソリンの匂いが流れ込んでくる。既に日は落ちた。この夜が短くなることを裕介は願った。

半年以上ぶりの更新なのに物語はほとんど進まないという……しかし、近日また更新できるよう頑張ります!

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