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好奇心は猫をも  作者: 澁澤まこと
第1章 探偵ごっこ
5/8

花が咲くような

 放課後、祐介は宏香を伴って1年B組の教室へと急ぐ。走ると表現されない最大限の速さで足を運びながら、宏香に見えないようにため息を嚙み殺した。今の祐介の姿は、その人となりを知らぬ者がみれば、人助けに奔走する美しい姿と映るだろう。しかし今のこの状況は、平穏を好む彼にとって歓迎すべき事態ではない。あの新聞を読んだ同級生がいたこと、彼女がこんな重大な問題を抱えていたこと、そのことで綾乃を頼ること、すべてが予想外だ。ただ、相談を受けておきながらそれを断り、宏香が不審者に殺されでもしたら、ざわつく心の不快さは面倒な気持ちを遥かに上回るからこそ、積極的に取り組んでいるに過ぎない。そんな自分の独善的な性質をわきまえているからこそ、他人からの相談事は、単なる日常からの逸脱という点ではなく、自分の性質を見せつけられることになる点でも厄介なものだった。


 そんな背景を微塵も知らない宏香は、小走りで廊下を進む祐介の後を息を切らしてついていきながら問いかけた。



「そういえば、二ノ宮さんってどんな人なの?」


「そうだな……」



 生意気、自分勝手、小汚い、など様々な形容詞が頭に浮かんだが、祐介は言葉を選ぶ。今後の話をスムーズに進めるためには、宏香に綾乃に対してある程度の信頼を持ってもらう必要がある。そのため貶すわけにはいかないが、人の評価は事前の期待値を下回ると簡単に地に落ちる。こと、あらゆる期待を簡単にぶち壊す綾乃という爆弾を前に、誉めそやすような言葉は禁物だ。



「一言でいえば、変人だな」



 それが、貶し言葉ではないながらも、宏香にある程度身構えさせる最適の言葉だと思われた。



「変人?」


「言葉遣いもなんかおかしいし、自分のペースで話を進める。ちょっと気分が悪いかもしれないけど、まぁ、あんまり気にしないで流してやってくれ」


「ふぅん」



 曖昧な返事に、どことなく咎めるような色を感じて、祐介は振り返る。不機嫌、と思ったのは一瞬で、目が合った宏香には疑問符と微笑。



「川島君、どうかしたの?」


「……いや、なんでもない」



 そうこうするうちに二人は1年の教室の前に着いた。教室の中、あるいは廊下で、幼さの残る顔の生徒たちが歓談している。運動部は放課後すぐ部活がはじまるので、ここにいるのは文化部や帰宅部なのだろう。短い時間の中で最大限に笑い合おうとする昼休みと異なり、どこか時間を持て余したようなゆったりとした雰囲気があった。


 ざっとあたりを見回したものの、綾乃の姿は見当たらない。祐介は近くにいた生徒に声をかけた。



「ごめん、二ノ宮いる?」


「に、二ノ宮さんですか」



 突然上級生に声をかけられて、眼鏡の少年はおどおどと応える。



「うん、二ノ宮綾乃。このクラスだよな?」


「は、はい! でも、もういません」


「いない?」



 先輩を舐めているわけでもなさそうな彼が確認もせず返事を返したことを祐介が訝しむと、彼は慌てて両手を上下させた。



「二ノ宮さん、いつも終礼が始まる前には帰りの準備を済ませて、終礼が終わると同時に帰っちゃうんです」



 納得の答えだった。確かに、合理的な綾乃は用もないのに教室に居座るような無駄を嫌いそうだし、そもそもあの傲慢さと奇天烈さでは友人ができるかどうかすら怪しい。



「弱ったな……」



 宏香の悩みはできるだけ早く解決してやりたいが、二ノ宮の家に直接赴くのは気が引ける。



「明日の昼休みでも大丈夫だよ?」



 察した宏香が苦笑しながら申し出た。



「最初にお母さんが男を見てからもう1週間近く経ってるし、今日突然襲われるってこともないと思うから」



 少し長めのカーディガンの袖を握り締める細い指が震えている。宏香は今この瞬間も恐怖と戦っているのだろう。


 すると、まだ傍で二人の話しを聞いていた眼鏡の少年が言った。



「あの、もし急ぎの用事だったら、共進塾に行くと会える、かもしれません」


「共進塾?」


「はい、進学塾です、駅前の。僕の兄が通ってるんですが、二ノ宮さんもいたって言ってたので。その、今日が行く日かは、わからないですけど……」


「いい情報をありがとう!」



 遮るように宏香が言う。そして祐介を振り返り、花が咲くように笑った。苦笑や愛想笑いではなく、宏香自身の明るい気持ちを感じさせる笑顔。悲哀、憂鬱、虚脱……先ほどまで纏っていたネガティブなものが打ち払われたような笑顔だった。


 祐介はそれを素直に愛らしいと思った。しかし同時に奇妙にも感じる。その奇妙さがそこから来るものなのか考える前に、笑顔の主は語りかけた。



「川島君、今日話そうって言ってくれたってことは、時間あるんだよね。夜まで空いてる?」


「え? うん、まぁ……」


「じゃあ、二ノ宮さんが塾終わるまで一緒にいてくれる? もちろん、カフェ代とか出すから」



 いいよ、と答えようとして祐介は躊躇した。綾乃が受けている塾の講座は塾の張り紙等で調べられるとして、講義を終えるまでの数十分か、数時間か……駅前のカフェで時間をつぶすことになる。そう、女子と二人で。



「それってつまり……」



 茶色い睫毛が瞬き、白い頬が桜色に色づく。



「私とデート。だめ?」


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