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好奇心は猫をも  作者: 澁澤まこと
第1章 探偵ごっこ
2/8

そういうわけだから

 その単語に、祐介は曖昧な相槌を返して顔を背ける。「UFO研究家」の方がまだましだ。自分で勝手に調査しているだけなのだから。対して「オカルト探偵」とは、外部から調査の依頼が来てそれが金を生むことが前提になっている。オカルトブームも去って三十年経つこの情報化社会で、一体誰がそんな胡散臭すぎる奴に仕事を持ってくるものか……祐介がそんなことを考えていると、彼女はむず痒そうな声で抗議した。



「なんだその反応は。言っておくが、別に超常的な力を使って事件を解決するわけじゃないぞ。既存の常識では説明がつかない、何か超常現象が絡んでいるとしか思えないような事件に、論理的な説明を加えてやるんだ」


「オカルト事件を科学的に否定するってことか?」


「いいや。結果的にそうなることも多いだろうが、本当に超常現象で説明するのが一番論理的だと思えば、否定はしない」


「懐疑派ってやつか」


「さすが部長、用語は心得てるな! そう、私は懐疑派だ」


「なら、オカ研よりも科学部とかのがいいんじゃないか? 超常現象を科学的に解明するなら、科学の知識の方が重要だろ?」



 これは好機とばかりに祐介は身を乗り出して畳みかける。



「もしかして男ばっかりの部に飛び込むのが怖いか? 大丈夫だ、女子も結構いる。うちのクラスの山村って女子が確か科学部の会計だったから、口利いといてやるよ。将来の夢のために科学部に行こう、な!」



 しかし、彼女は首を横に振った。



「科学部では実績が積めないんだ。本を読んで実験するばかりで、新しい研究をするわけでもない。その点オカ研なら新聞を発行して解明した事件を発表できる」


「高校生の新聞なんて実績になるか? 科学部から理系の大学に行って研究員の肩書きもらった方が信用上がりそうだけどな」


「残念ながらそれでは遅いんだよ。私にはあまり時間がない。遅くとも大学在学中には独立を成し遂げなければいけないんだ」



 彼女は少し俯き、まっすぐなまつ毛が瞳に影を落とした。幼げな笑顔から一転して、色気すら感じる憂いに、祐介は息を吞む。



「きっと大学は出してもらえると思う。でも理系は無理だな。望まれているのは政経だろう。何より、県外の大学に行ったとしても、卒業したらすぐ戻ってきて家のために働くことになる」


「家のために……?」



 時代錯誤ともいえる発言。戸惑う祐介に、彼女は答えた。



「ああ、そういえば名乗っていなかったな。私は1年B組の二ノ宮綾乃だ」



 その瞬間、祐介の中であらゆることが繋がった。二ノ宮家。それはこの月岡という町のほとんどを所有するともいわれる地主である。昔はこの地域一体を支配していたとも言われ、現在でも大きな影響力をもつ。似たようなの存在に一ノ宮家があるが、こちらは神職の家系なので、敬われるだけで実権があるわけではない。現代に似合わぬ貴族のような地位を維持しているのは、月岡を政治と経済の両面から支えている二ノ宮家だった。綾乃はその家のお嬢様だったということだ。傲慢な態度や口調も、今まで他人に遜ったことがないためなのだろう。オカルト探偵なんて荒唐無稽な夢を語るのは、厳しい家庭からの現実逃避なのかもしれない。



「なるほど……それは大変そうだな」


「だから高校生のうちから実績を積もうとしているんだ。今はSNSの時代、高校生の新聞でもネットにアップすれば大きな反響を期待することができる。それを足がかりにして、大学は東京に行く。といってもそれは親元を離れるためで、起業するのに事務所は必要ない。バーチャルオフィスとスマホひとつで、依頼はSNSから請けるつもりだよ」


「意外としっかり計画されていてびっくりしたけど、実家から離れて独立したいってことなら、別にオカルト探偵じゃなくていいんじゃねぇの。バイト三昧してそのまま入社するとかの方が現実的な気がする」


「それも考えた。だが、私の場合はオカルト探偵が一番現実的なんだ。恥ずかしながら、私は自分の身の回りの世話も覚束なくてな、普通のバイトなんてできる気がしないし、かといってプログラミングやデザインの才能もない。唯一誇れるのがオカルトと科学の比較的広範な知識だ」


「それが仕事になるとは普通思わねぇだろ……」


「私も思っていなかった。しかし、なった(・・・)んだよ」


「……なった?」


「そう、既に私はオカルト探偵として仕事を請けている。一昨年、SNS上に架空の人格を付与した匿名のアカウントを作ったんだ。正体不明のアカウントでも発信している内容に共鳴して仕事を依頼してくる人間というのはいるものだね。私も依頼者の顔をしらないから、向こうにとっても正体を明かさなくていいことがメリットになったのかな。受けた依頼は4件。どれも現場が遠くて実地調査はできなかったんだが、理論上こうなる、という説明だけでも解決の糸口になったようだ」



 祐介は口を半開きにして綾乃を見つめる。綾乃の瞳にはいつの間にか光が戻っている。自信が見て取れた。これから人生を、自分の思うとおりに突き進むのだという意志が、そこにはあった。その瞳は何故か、祐介の心臓を剣山でひっかくように浅く傷つけた。



「もちろん、今はまだ職業にはなっていない。独立するには、今後も安定して仕事を請けていかなければならないな」



 祐介の痛みに気づいた様子もなく、綾乃は補足する。



「そのために必要なのは知名度と実績だ。知名度は顧客の間口を広げ、実績は信頼を与え受注に結び付ける。知名度は後からついてくる。今の私に必要なのは実績なんだよ」


「……すげぇな、お前」



 なんとか絞りだした一言がそれであった。ぬるま湯を理想とする祐介には、高校生から自分の強みを生かして仕事を取ってくるなんて発想はない。厳しい家庭からの逃避ではあるのだろうが、もし祐介が二ノ宮家に生まれていても、反発して実家から飛び出すとは思えなかった。喜んでその豊かさを享受し、言われるままに後を継いだだろう。そこにプレッシャーを感じることはない。世襲制というものは、無能が生まれても何とかなるようにできているものなのだから。


 ぼうっと思いを巡らせる祐介を見て、綾乃はからからと声を出して可笑しそうに笑った。



「君は意外と優しいんだな。最初は私の入部を拒否していた割に、なんだかんだ沢山話を聞いてくれるし、褒めてまでくれるとは」



 綾乃は両手を腰に当て、ぐい、と祐介に顔を近づける。



「そういうわけだから、よろしく頼むよ、部長。新聞は月1の発行を予定している。部室前でも配布するが、興味のある学生は少ないだろうから、読むのはたいてい、私のアカウントを見た外部の人間になるだろうね。でももし学内から問い合わせがあったら、適当に私へ丸投げしてくれ」


「ああ、そうする」



 祐介の返答を聞き、綾乃は満足げに姿勢を正してくるりと後ろを向いた。



「もう帰るのか?」


「図書室に行ってくる。この部室の本はそのうち読ませてもらうよ」



 ガラガラ、と扉が鳴って、部室は再び静かになった。祐介は読みかけの漫画を開いたが、どうも内容が頭に入ってこず、諦めて家に帰ることにした。

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