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好奇心は猫をも  作者: 澁澤まこと
第1章 探偵ごっこ
1/8

新入部員

挿絵(By みてみん)

 部室の扉が開かれるガラガラという音が、川島祐介には平穏な日々の終焉を告げる鐘の音に聞こえた。


 それなりに開発されているものの田舎であることは否定できないこの月岡町という静かな町で、ひとつしかない高校の一番さびれたオカルト研究部という部活を選んだのは、祐介が何より平穏を愛していたからである。暗い思い出はいらない。熱い青春もいらない。ぬるま湯こそが祐介の理想であった。実際、その理想は今まで実現できていたのだ。祐介の学力ならそんなに勉強しなくても赤点はとらなかったし、コミュニケーションが苦手なわけでもないから広く浅い交友関係を築けた。弱小部活であるオカルト研究部は活動内容も上下関係もゆるく、雑談やゲームでなんとなく時間をつぶすだけ。似たような日々の繰り返しを祐介は楽しんだ。先輩たちが卒業していよいよ部員はひとりだけになったが、人数不足で廃部になるのは来年の話で、どのみち3年になって引退する祐介には関係ない。部員の募集もせず、祐介はひとりで部室に入り浸っていた。誰もいない部室は祐介の心地よいセカンドハウスだった。


 その部室の扉が突然開け放たれたのである。相手にどんな意図があろうと、祐介にとっては侵入者の来訪に他ならない。読んでいた漫画を閉じて椅子の背もたれから身体を起こすと、眉間に皺を寄せ、睨みつけるようにして扉の向こうに目をやる――瞬時、祐介は目を奪われた。扉に手をかけたまま立っていたのは、月岡高校の制服に身を包んだ小柄な少女。黒曜石の輝きを持った大きな瞳が人懐っこそうに祐介を見つめ、控えめな鼻の下でふっくらとした桜色の唇が半月形に笑みを浮かべる。祐介は思わず数秒前まで作っていた拒絶の表情を緩め、ただ一心にその子猫のような顔を見つめた。頭をかすめた疑問は、どうして彼女がここにやってきたのか、よりも、アイドルでもやっているのだろうか、が先だった。



「新入部員だ。歓迎してくれるかな」



 しかし少女が発した一昔前の映画翻訳のような台詞を聞いて、祐介はその考えが間違っていることに気づく。よく見れば整った顔には一切の化粧が施されておらず、眉すら整えられていない。セーラー服の上に羽織ったカーディガンは襟を隠してしまっているし、おくれ毛もなしにぴっちりとまとめられた子供っぽいツインテールは、流行を追ったものでもあざとさを狙ったものではないのは明白。挙句の果てに白い靴下にはなぜか上履きの足跡がついていた。あまりにも垢ぬけない。田舎町とはいえ、今時小学生ですらもう少し見た目に気を遣うだろう。祐介は見入られたことが少し恥ずかしくなり、目を伏せる。



「……悪い、募集してないんだ。他を当たってくれ」



 できるだけ素っ気なく答えるが、彼女の笑顔は曇らない。それどころか、煌めく瞳で祐介を見つめたまま、二歩三歩と部室の奥に歩みを進めた。



「なるほど、思ったより排他的な部だったようだね。望まれないものは仕方がない。私は君とは極力つるまず、一匹狼としてオカルト研究部に名を連ねるとしよう」


「いや、だから部員の募集はしていないんだよ」


「募集はしていなくとも、入部を却下する権限は既存の部員にはないだろう? 本学で入部に必要な手続きは、顧問への入部届の提出だけだ。届け出を承認するための会議も存在しない。つまり、入部を希望するものは部から拒まれようとも入部できるということだ」


「は……?」


「入部届は昼休みに提出した。私はすでにオカルト研究部の部員なんだよ」



 祐介は眩暈を覚えた。なんという横暴、なんという災難! 自分の理想の高校生活は、こんなわけのわからない女のために簡単に覆されてしまうのか。あと1年はひとり気ままに部室でだらけて、大学に行ったら「部長をやっていた」という事実だけ切り抜いて経歴にしようと思っていたのに。言いたいことが頭を駆け巡りすぎて、何も言葉が出てこない。


 呆然と空を見つめる祐介に、彼女は追い打ちをかける。



「というわけで、君は嫌だとしても顔を合わせることは多いだろうから、よろしく頼むよ、部長」


「……俺が部長って知ってたのかよ」


「もちろんだとも。オカルト研究部は部長しか部員がいなくて、来年で廃部だというのは有名な話だからね」


「じゃあなんでタメ口なんだよ……知らない顔ってことは1年だろお前……」


「まぁ、いいじゃないか。1歳ぐらいの年の差がなんだというんだ。これから先社会に出れば年下が上司になるケースも少なくないぞ」


「それ、年下の側が言っちゃダメだろ」



 眩暈の次は頭痛がしてきた。百歩譲って部員が増えるのはいい。部員が自分だけになるなんて幸運は入部した時には想定していなかったから、後輩ができることを完全に拒絶するわけではない。だが入ってくる後輩は、オカルトオタクらしく大人しく控えめな人間であるべきだった。こんな傲慢で強引な無礼者と二人で過ごすこれからの放課後を思い祐介は絶望した。


 腑抜けたような顔のまま沈黙する祐介をみて、少女は腕組みして首を傾げる。しばらく斜め上を見たり、顎に手をやったりしていたが、ふいに笑顔を取り戻して言った。



「なるほど、君は格別オカルト好きというわけではないんだな。君は汗水たらして部活に打ち込みたくなかったが、皆に白い目で見られる帰宅部も嫌だった。そこで、入部しただけで歓迎され、適当にだべっていても許される、廃部寸前の部に入ることを選択した。それが本学ではたまたまオカルト研究部だったというわけだ。そして、もともと部活動に興味がなかった君にとって、先輩が卒業した結果部員がひとりだけとなったオカ研は楽園だった。だから後輩の入部を嫌がるのだろう」


「へ……?」



 祐介は、彼女が自分の態度で祐介を追い詰めたことに気づいていないということ以上に、言っていないはずの入部の経緯やスタンスを急に言い当てたことに驚いた。目を見開く祐介の反応を肯定と捉えたか、彼女は少し得意げに鼻を鳴らして笑みを深める。



「図星か。ならば安心していいぞ。私は君の安寧を脅かさない。私はオカ研での活動として、フィールドワークをしたり新聞を発行したりするつもりだが、調査は基本的に校外で行うから、部室を使うのは月1の印刷時程度だろう。君はひとりでのんびりと本でも読んでいてくれ」


「フィールドワーク? 新聞? それをひとりでやるのか?」


「ああ。そのくらいのことは、学生のうちにできるようになっておかないといけないからな」


「なんで?」


「私は将来、探偵として独り立ちすることを目標にしている。ここでの活動はその下積みみたいなものだ」


「探偵とオカルトがどう繋がるんだよ」


「探偵事務所が乱立する今の時代、勝ち上がるには個性が必要だ。私がやろうとしているのは、浮気調査なんかを扱う普通の探偵じゃない……『オカルト探偵』なのさ」

ご無沙汰しております。衝動的に書いてしまって公開しました。中編~長編になると思います。不定期更新ですがよろしければお付き合いください。

近いうちにアンネリーゼも更新再開できればと……

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