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悪役令嬢RTA [1]

炎がほほを撫でるように宙へと溶ける。煤交じりの空気はどこかほろ苦く、この国が崩れていく様を憂いているようだった。

崩れた塔の上に立つと、惨状がよく分かる。

自分が成したこととはいえ、痛ましいわねとリーヴィアは感情の乗らない声でつぶやいた。


「レヴィ!」


耳なじみのある声で呼ばれる。声のする方を向くと、王国軍を従えた兄と殿下がこちらを見上げていた。殿下は美しい白銀の髪をたなびかせ静かに祈る少女に寄り添い立つ。彼は瞳を憎悪に染め、リーヴィアをねめつけている。

主である殿下を守るように立つ兄は、絶望に満ちた表情で静かに涙を流していた。


「お兄様、そんなに泣いてしまったらおめめが溶けてしまいますわ」


こぼれんばかりに目を見開きながら相対する兄を目の前にリーヴィアは笑う。


「あぁ、どうしてだ───」

「ルキフェ、何をしている。早くあの魔性を切り捨てろ。あれはこの国に害をなす存在に成り果てた」


茫然とこちらを見上げる兄に、殿下は冷たく吐き捨てた。殿下に寄り添う少女は悲しみに満ちた表情でリーヴィアを見上げると、神に祈るように手を合わせる。


「……慈悲深き我らが神よ。どうか邪念にとらわれた悪しき魂を救いたまえ」


少女がそうつぶやくと、背後に巨大な光輪が出現する。神の奇跡を目の前にした王国軍は士気を高めたようだった。

王国軍の兵士たちは鬨の声をあげながら、周辺で破壊の限りを尽くす影の魔物を切り捨ててゆく。


「総員、あの魔女を囲め。私とアーテで浄化を施し封印を行う」


殿下はそう言うが早いか、地面を蹴り宙へと身を躍らせる。アーテと呼ばれた少女の加護を受け、超人的なまでに引き上げられた身体能力は彼を一息でリーヴィアの居る塔の頂まで運んだ。


「さあ、おとなしく観念しろ。何か言い残すことはあるか」


アーテの生やした光鎖に囚われたまま、リーヴィアは表情一つ動かさずに王子を見上げる。

その瞳には、諦念はなくただただ憎悪が色濃く残るだけだった。


「残念ね、失敗してしまったわ。とても遺憾なのだけれど」


くすり、と笑うリーヴィアの表情はいつも通りだった。お茶にでも誘うような気安いその口調に、王子はそっとため息をつく。


「後悔も反省もないか、残念だ」


「反省? 何に対してかしら。あぁ、完膚無きまでにここを破壊することに失敗したことかしら? それとも貴方たちを葬り去ることができなかったことに対して?」


リーヴィアが歌うようにそういうと、王子は無言で剣を抜いた。

切っ先は震えることなく、ぴたりと首にあてられた。抜き身の鋼の冷たさにリーヴィアはぶるりと身を震わせる。


「で、んか。何を? レヴィを殺さずに捕らえると言っていたではないですか」

「捕らえる? 何故。アーテに浄化された後は処分するのが妥当だろう。この女は、この国を滅ぼそうとしたのだから。流石に自分の妹とはいえ、立場をはき違えていないだろうな、ルキ」


「……そう、ですね」

ぐっと唇をかみしめ、兄が静かにうなだれる。


「お兄様、ごめんなさいね。私はやはり駄目な子だったみたいですの」

どうか、幸せに。

その言葉を口に出す前に、王子の剣はリーヴィアの首を落とした。

……最期に聞いたのは、兄の慟哭だったような気がする。


国王陛下がまだ王子だったころ、この国を滅ぼそうと悪魔と契約した令嬢が居たそうな。

陛下が王妃様や令嬢の兄と手を取り合い、令嬢を浄化するとこの国には平和が訪れた。

それ以来、この国に災害や戦争が起こっていないという。


……………………

ひどく厭な夢を見た気がする。

ぱちり、と目を覚ますと懐かしい天井が目に入った。


「……私は、首を落とされて死んだのではなくって?」


妙に軽い身体の感覚に首を傾げながら、むくり、と体を起こす。

ぐるりと部屋を見渡すと、数年前に買い換えたはずのカーテンが目につく。


「どういうこと、ですの?」


理解が追い付かずにぼうっとしていると、部屋にノックの音が響き渡る。

「お嬢様、お目覚めでしょうか。朝のお仕度の時間でございます」

声とともに開かれたドアから入ってくるのは、3年前に結婚して辞めてしまった侍女のアガテだった。


「アガテ? 貴方、結婚したのではなかったかしら」

アガテにそう声をかけると、彼女は不思議そうな表情をしたあと、にこりと笑った。


「何を言っているんですかお嬢様、相手も居ないんですよ? 何か夢でも見てらしたのですか?」


現実になったらいいんですけどね、と言いながらアガテは私の身支度を整えていく。

髪を結う感覚がある。ちょっと背伸びして選んだ靴から走る痛みは鮮明だ。

ならば先ほどまでの光景が夢で、今が現実なのだろうとリーヴィアは結論付けた。


「ええ、私が大人になるまでの夢を見たの」


そういってアガテに笑いかけると、彼女はなるほどと頷いた。

「お嬢様が成人するまでに、私が結婚していると思ってくださっているんですね」

それは嬉しいです。とアガテは朗らかに笑った。



身支度を整えてもらい、朝食を食べに食堂へ向かう。

廊下を歩いていると、だんだんと記憶が鮮明になってきた。


リーヴィア 6歳、侯爵令嬢で婚約者はまだ居らず、両親と双子の兄がいる。これが今の私だ。

先ほどまで見ていた夢は妙に生々しく脳裏に焼き付いている。正夢だったらたまったものではないが、かといって未来の一部断片を見たところで対策など無理だろう。


「お嬢様、難しい顔をされでどうなさったのですか?」


アガテが心配そうにこちらをのぞき込んでいる。食堂の扉の前でぼうっと考え事をしてしまったようだった。


「大丈夫よ、今日の夢ちょっと気になってしまっただけ」

そういって、食堂へ入るとすでに皆がそろっていた。


「レヴィが最後なんて珍しいね。おはよう」

兄がそういって笑う。その表情に一切の憂いは無い。夢で見た彼の悲痛な表情が脳裏をかすめた。


「あらあら、レヴィーちゃん、どうしたの? 何か嫌なことがあったの?」

お母様がハンカチを持ってこちらに近づく。頬に手を当てると湿った感覚がした。


「ぁ…………」

泣いている、と自覚すると涙が止まらなくなってしまった。目の前で涙を優しくぬぐってくれているお母様は数年後にはもういない。お父様もリーヴィアたちに無関心になっていき、最期の記憶では兄も絶望していた。


今日見た夢が、夢であってよかった、とリーヴィアは思う。

「どうしたんだ、何があった」


お父様もオロオロと侍女に話を聞いている。アガテは分かりかねます、どうなさったのでしょうと困惑した表情を浮かべていた。


⋰⋰ 中略:場面転換して転生前を思い出す


イベント? フラグ管理? 私は一体何を言っているのだろう。

夢で見たと思った記憶はよくよく考えるとディスプレイ上で流れた映像だったような気がする。そもそもディスプレイって何、私は一体何を考えているの?


ディスプレイなるものも、乙女ゲームなるものも、自分の知る限りこの世界には存在しない。それならば、この妙に実感の伴った知らない記憶たちは何なのだろう。


「レヴィの身に覚えのない実感のこもった記憶? 前世や予知夢の類じゃないか?」


ルキフェに相談すると、真剣な表情でそういった。いきなりこんな突拍子もない話をしたにもかかわらず、彼はこちらを案じるような目をしていた。

……妙に文明の発達した機械だらけの世界は前世だというのか、そう考えれば納得ができるかもしれない。


そうなるとつまり、今生きているこの世界は前世にあったゲームの世界だということになるのだろうか? 異世界転生というものの当事者になってしまった、と考えていいのかもしれない。


とはいえ、今の自分の身分と立場を考える。ゲームの中では『ヒロイン』達の居る国を滅ぼす稀代の悪女として描かれていた。ラスボスとして描かれた自分がゲームクリアの時に生きていた記憶などは微塵もなかった。……分かりやすい悪として最終決戦でヒロインに封印されるか殺されるかしてきたのだから。


「お兄様、つまりこの世界で私は……」

間違いなく死ぬ、と言おうとしたとき。ルキフェは大丈夫だよ、と笑った。


「どうしたのレヴィ。あくまで前世という例があるというだけの話だよ、そんなに深く考えすぎないほうがいい」

兄はリーヴィアの頬に手を当てると心配そうにこちらを覗き込んでいる。


「ええ、そうですわねお兄様」

頷きながら兄に微笑む。兄はほっとしたように笑うと、リーヴィアの頭を撫でた。


「大丈夫だよ、僕がいるからレヴィを死なせたりなんかしない」

そう決意する兄の瞳が一瞬昏く輝いたような気がした。


……………………

レヴィが前世を思い出したという。あの王子が首を落とした瞬間すら克明に思い出せるのだと憂いていた。

愛する妹が王族への謁見で一瞬曇った顔をしたことをルキフェは忘れていない。

記憶の無い状態で巻き戻させた筈なのになぜ、と焦燥感に身が焼かれそうになる。


あの王子は、妹に手を差し伸べることなくただ神の守護という名の呪いをまき散らす女の手を取った。臣下である自分の話も聞かず、妹を助ける手段を知りながらも妹を悪役にこの国を平定する英雄となることを選んだ彼を許すことはもうないだろう。


たとえ今は王子に罪がないとしても、婚約者として妹の隣に立つ王子などもう信用してはいけない。妹を守れるのは自分しかいない。愛しい妹を助けるためにこの国を滅ぼすことも厭わない。神殺しや悪魔にだってなろうじゃないか、と胸の内に決意を秘める。


やり直す前の世界でリーヴィアが手を取ったのは、自分ではなく見知らぬ魔王の手だった。

一番近くにいるはずの片割れに頼らず、見知らぬ男の手を取るなんてもう許さない。

この命に代えても、どんな犠牲を払ってでも、今回は一番近くで君を守ると決めた。


「だからもう、おびえなくていい。悲しまなくていい」


レヴィの居ない世界なんて、もう二度と生きたくない。

妹のための幸福と安寧に満ちていない世界に、もとより存在する価値などはないのだから。


⋰⋰ 中略:前世の記憶を夢見るリーヴィア


「あー、んん。こんばんは! つい昨日SRiCに記録を申請したばかりだったんですけど、まさか10時間でWRを抜かれるとは思わなかったんですよね───はい、ええ、今日も通称『影暇』こと『影と暇を請う』のany% お茶会edをやりますよ! 今日のポイントとしては、昨日学会で新しいグリッチが発見されて……」


コメント欄がするすると流れていく。できるだけコメントを拾うようにしながら、走る準備を始める。タイマーを押す前のピンと張りつめた感覚に背筋が伸びた。


「さて、雑談はここまでにして、始めるとしましょうか! あっ、GLありがとうございます。頑張ります」


1秒でもいいから、タイムを縮めて。

少しでもこのゲームに興味を持ってもらえたら。広まって遊んでもらえたらいい。

私はそっと息を吐いて、一心不乱にキーボードを叩く。

読んでいただきまして、ありがとうございます。

悪役令嬢RTAの書き散らしはもう少しだけ続きます。


また、少しでも面白い、興味深かったと思う方は、ぜひブックマークや評価を頂けますと今後の執筆の励みとなります。


[乙女ゲーム転生悪役令嬢もの風のあらすじはこんな感じです]

侯爵令嬢であるリーヴィア・ヴァルガートは非の打ち所がない令嬢として有名であった。

しかし、リーヴィアは完璧であるがゆえに婚約者に裏切られ、絶望と共に悪魔と契約してしまう。

世の中に絶望した彼女は世界を滅ぼそうとし、聖女たちによって打ち取られた。

それが、朝目覚めたときのリーヴィアが覚えていた全てだった。


リーヴィアが目覚めたのは、10年前の朝。死んだはずの両親が生き、婚約者と婚約した直後であった。

リーヴィアは決意した。今度こそ、悪魔と契約して国を滅ぼそうとするのではなく、穏やかで温かい生活を手に入れるのだと。

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