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24話目 思いがけない言葉 後編

「別に」


 声によどみはなかったが、明らかに従姉妹は誤魔化したのだと、静流にもわかる。


「その時、何があった?」

「……知らん」


 光の問いかけに従姉妹は目を逸らす。


「おばあさんが亡くなる前、きららは護符がもういらないって言ったんだろ? 見えないからいらないって。でもその後から急に二か月ごとに護符を頼むようになったのは、なぜ?」

「何で?」


 まさか光からそのことを問われるとは思っていなかったんだろう、従姉妹の顔は驚きに満ちている。


「健紀さんのお父さんから聞いた」


 静流がそう補足すると、従姉妹は観念したかのように大きくため息をついた。


「そ」


 でも、その先の言葉は何も続けなかった。


「きら姉!」

「知らん」

「健紀さんのお父さんも言ってた。悪霊が誰かを殺すってことがありえるわけがないって。そんなことなら、悪霊を払う仕事をしてる自分が真っ先に殺されるんじゃないかって。見えてるからって悪霊が人を殺すとかそんなことあるわけないって」

「そんなことない」

「……じゃあ、どうしてきら姉は死んでないの?」


 静流の問いかけに、従姉妹が唇を噛む。ひどいことを言っている自覚は静流にだってある。だが、それくらいのことを言わなければ、従姉妹の本音を引き出すことは難しい気がしたのだ。だからこそ、直球でひどいことを従姉妹に告げたのだ。


「そんなんなら、僕だって前に悪霊に会った後、どこかで殺されても仕方がないってことでしょう? でも、そんなことないよ?」

「違う!」

「何が違うの? きら姉に関係する人が亡くなるってことなら、僕だって死んでおかしくないってことにならない? でも僕は少なくとも死んでない。きっと幽霊が見えなくなったタイミングと護符のことが関係してるんだと思うけど、それは本当にたまたま偶然のタイミングで、きら姉が居たからおじさんおばさんが亡くなったとか、おばあちゃんが亡くなったわけじゃないよ」

「証明できない」

「そんなこと……きららのせいで亡くなったとも、誰も証明できないだろ」


 かたくなな態度を取り続ける従姉妹に苛立ったんだろう。光の声は低く、その中に怒りが含んでいるのが嫌でもわかる。


「だけど!」

「……だけど、何だよ」


 光の問いかけに、従姉妹は唇を噛んで首を横に振った。


「言いたくない」


 そのはっきりとした拒絶の声に、静流も光も、従姉妹から何かを引き出すのは難しいと諦めるよりほかはなかった。

 だけど、従姉妹の顔はとても哀しそうで、苦しそうだった。



 ***



「きら姉、いつまで一人で抱えてるつもりなんだろう」


 はー、と静流は大きなため息をつく。

 何かヒントになるものがないか静流が家探しできる範囲で家探ししてみるものの、祖母が亡くなった後にリフォームされたとあって、もう既に静流の見れる範囲で祖母の遺品も従姉妹の両親の遺品も、この家の中には見当たらなかった。

 あるとすれば従姉妹の部屋だが、流石にそこに押し入るのは静流もできなくて、静流にはもう打つ手がなさそうに思えた。


 勝手口のあるこの部屋だって、もう従姉妹の両親や祖母が生きていた頃とは全く違うつくりになっていて、三人が生きていた頃の痕跡など、勝手口のすりガラスのはまった扉と、静流がいつもいるカウンター、くらいしかない。

 あとは祖母が亡くなったあとに置かれたものばかりだ。静流が伝言を預かっているこのノートだって、祖母が亡くなった三年前くらいからのもので、昔の痕跡など残っているわけもない。

 パラパラとノートをめくりながら、痕跡があるわけもないが痕跡がないものかとじっと見てしまう。だが、最初のページに痕跡がないノートが、新しい痕跡を残しているわけもない。


「本当にな」


 頷くのは、光だ。

 その姿は、薄っすらと見えるくらいだが、建物の中であれば、昼間でもなんとか見えるらしい。

 あの後、光も時折顔を出しては、従姉妹を説得しようと試みてくれている。全く進展はなかったが。

 いつもは従姉妹がいる時間に現れる光だが、今日は作戦を練ろうと、従姉妹のいない時間に現れた。

 だが、二人で顔を突き合わせていても、いい案は浮かばなかった。


 ガチャ、ガチャ。


 いつもなら聞こえない乱暴な音がドアからして、静流はドキリとする。光が鋭い視線をドアに向ける。

 いつもは気にしたこともなかったが、ドアの向こうに人影があるのがすりガラスで見てわかる。

 あの勝手口を開けて入ろうとするのは鍵を閉め始めたころの健紀くらいのもので、今では普通に玄関からやって来るから、健紀のはずはない。じゃあ、誰が?


 その静流の疑問が、一瞬で吹っ飛ぶ。


 ガン! とすりガラスが何か固いもので叩かれたからだ。


 静流の動きがフリーズする。


「静流! 110番しろ!」


 光が叫ぶ。ハッ、と静流は我に返る。でも、震える手で、スマホが上手く扱えない。

 ガン! ともう一度窓が叩かれて、また静流は固まる。

 あのガラスは光に言われて、防犯ガラスに変更されている。だから、叩かれても簡単に砕けるものではない。だが、明らかに壊そうとするその行動に、恐怖を覚える。

 光から言わせると、あの勝手口のドアの懸念材料はもう一つ。あんなドアじゃ、簡単にけ破れる、と言うことだった。


「何かドアを押さえられるものないか?!」

「え、いや、ないです!」


 静流が、首を振る。

 またガン!という音がして、でもガラスは砕けることもなくて、相手は諦めたのかその音が止んだ。

 ホッとしたのもつかの間、今度はドア自体が強い力でどん! と押される。足で蹴ろうとしているのかもしれない。

 光は、そのドアを自分の体で抑えるように座り込む。慌てて静流も隣に並ぶ。どん! という強い振動に恐怖を感じながら、震える手でスマホを操作しようとするが、やはり上手くボタンが押せない。


「静流、貸せ!」


 静流はおぼつかない手で、スマホを光に渡す。


「あー! パスワードは!?」


 光の声も、焦っている。


「に、2367」


 ロックを外した光が、110番にかける。

 光はスマホを静流に戻す。静流はわたわたとスマホを耳に当てる。


「も、もしもし! 警察ですか?!」


 電話口に出た相手に、静流はあらん限りの声を振り絞って叫ぶ。


「助けてください! 泥棒が! ドアをけ破ろうとしてます!」


 恐怖にすくむ静流にしては精一杯の訴えだった。その声が外にいる誰かに届いたのか、急にどん! という衝撃が止まる。


 住所と連絡先を答えて電話を切った時には、もう部屋には静寂が訪れていた。 


「大丈夫か?」


 光の気遣う声に、静流はホッとする。


「はい……。光さんがいてくれて助かりました」


 静流は座り込んだままスマホを足元に置く。


「もう二度とないで欲しいけど、誰かが目をつけたってことは、また他の誰かに目をつけられる可能性があるってことだからな。このドア、本気で交換したほうがいいぞ」

「流石に警察まで来れば、きら姉も真剣に考えてくれるはず……です。自信はないですけど」


 光の言葉に頷く静流は、変に入ってた力を抜いた。


「きらら、変に頑固だからな。俺も、説得手伝うから」


 はあ、とため息をついた光が、部屋の中を見上げる。

 つられるように静流がぼんやりと見た部屋の中は、いつもと同じ勝手口のある小部屋で、違っているとすれば慌てた静流が直前まで見ていたノートが床に落ちてると言うことくらいだろうか。

 こんな風にこの部屋の土間に座って部屋の中を眺めたこともなかったから、静流はぼんやりとしたまま部屋の中を見回した。


「あそこに神棚があるんだな」


 光の言葉に、比較的新しい神棚に目を止めて、そう言えば、と静流は思い出す。神棚は祖母が亡くなる前に作っていたはずで、祖母の痕跡が残っている可能性があるものだったと。

 でも、従姉妹も神棚に手をあわしているところをほとんど見たことはないが、護符を張り替えるときには見ているはずで、今更見た静流が見つけるようなことがあるとも思えなかった。

 ふい、と視線を移動させようとして、静流は違和感に気付く。


 神棚に祀られている建物は三つ扉がある。真ん中の扉は開けられているが、脇の二つの扉は閉められたままだ。

 いや、確かにずっとそのままで、違和感も何も感じていなかったのだが、静流は急になぜか違和感を感じた。

 その二つの扉が閉じてあるのが正式なものなのか、それとも違うのかは静流にはわからないが、従姉妹は護符ではない神社からもらってきた神様が書いてある札をその真ん中に飾る。だから、その脇の扉を開けているのは見たことがない。いつも閉じているものを掃除する時にも開けるようなことはなかった。

もしかしたらあの扉は単なる飾りなのかもしれなくて、静流が急に違和感を感じただけの話なのかもしれないが、静流はどうしてもその脇の扉を開けて見たくなった。


 静流はのろのろと立ち上がると、カウンターの下に置いてあった椅子を踏み台に、神棚に近づく。


「どうした、静流? 手伝うか?」

「いえ。大丈夫です。ちょっと気になっただけで……」


 脇の扉に手を掛けると、その扉は簡単に開いた。だがその中は空っぽで、静流はがっかりする。もう一つの扉を開くと、それもやっぱり空っぽで、静流はがっかりするしかなかった。だが、閉めようとした瞬間、はらり、と紙が落ちて来た。どうやら扉にくっついていたらしい。


「何か落ちたぞ」


 光の声に反応するように静流は慌ててその紙をつかむ。静流が今見える方には、全く何も書いていない。では、裏側には?


 椅子から降りて、どこか期待に満ちた気分で静流はその紙を裏返す。が、その紙は神棚の作法を手書きで書いた紙で、どうやらあまり作法に詳しくない従姉妹があえてそのままにしていたんだろうと言うことが分かる。それか、祖母の優しさでそのままにされていたのかもしれない。どうもこれは祖母の字のような気がするからだ。

 がっかりしつつも最後まで目を通した静流は、最後の一文に目を止める。


 見つけた! 高揚した気持ちと、でも……と思う気持ち。そんな複雑な気持ちが混ざり合う。

 きっと、これじゃ従姉妹の気持ちを変えられることはないだろう。だが、静流はこの紙を従姉妹に見せることにする。

 これが、亡くなった祖母の伝言だと思うからだ。

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