ファンタジー世界の主人公ですが、『作者ガチャ』に外れたのでまだまだクリアーできそうにありません。
「……最後に教えてくれ魔王。一体どうしてお前はこんな酷いことを……?」
「フン……」
首筋に突きつけられた剣の切っ先から、つう……と一筋の赤い血が滴り落ちる。魔王は観念したように目を瞑ると、手に持っていた魔法の杖を投げ出した。勇者は、つい先ほど決着がついたばかりの宿敵をじっと見下ろし、静かに問いかけた。
「お前も昔は、愛と正義を信じる戦士だったと聞く。それなのに何故、世界を滅ぼすなんて、180°考え方が変わってしまったんだ?」
「貴様には分かるまい。ワシは……ワシは……」
そう言うと魔王は、悔しそうに歯ぎしりし、勇者の真っ直ぐな瞳から視線を逸らした。
「ワシは『作者ガチャ』に失敗したのじゃ!」
「サクシャ……?」
聞きなれない言葉に、勇者は思わず首をひねった。サクシャ? ガチャ? 魔王は一体、何のことを言っているんだろう? もしや、強大な力を誇っていた魔王の、さらにその後ろに黒幕がいるとでも言うのだろうか!?
「そりゃワシだって最初は冒険少年だったさ! 見果てぬ夢に、胸焦がれておったわ! だけどワシの作者は……!」
「詳しく聞かせてもらおうか」
「ワシが生まれた時、作者は14歳。初めての創作活動に興奮覚めやらぬ様子で、目をキラキラと輝かせておった。最初は『正統派ファンタジー小説』じゃったのだが……」
「…………」
「じゃが売れなかった」
「何?」
「そりゃそうじゃ。同じような設定の、もっと面白い作品がたくさんあるし……ネットで公開されたものの、注目度は皆無に等しく、閲覧数も一日に一人か二人いればいい方じゃった」
魔王は目を細め、訥々と語り始めた。
「最初は『毎日更新する!』などと意気込んでおったんじゃがのう。全然人気が出なくて焦ったのか、あろうことか作者は、途中から一話完結型のギャグ&コメディに方向転換したのじゃ!」
「さっきから何の話をしているんだ?」
「それからは地獄じゃった……。ワシは世界を救う屈強な戦士として生まれたはずなのに。その日以来、足元にバナナの皮が突如出現し、全身の骨が砕け散るまで転倒させられたり……何もない空間から巨大な金だらいが降って来ては、ワシは脳震盪を起こし病院に運ばれた……」
「ダライ……? それは何と言う攻撃魔法なんだ?」
「ある時、『驚き』を表現するために、ワシの両目は勢い良く前方へと飛んでいき、それでワシは失明した……」
「何と……酷い……」
「常にオーバーリアクションを求められ……大して辛くもない料理で口から火が吹けるようになったり……そうして徐々にワシは人間の道から外れていったのだ……」
「それで魔王は、口から火を吹くのか……」
魔王が再び勇者を見上げた。本来両目があったその窪みには、なるほど今では真っ赤な魔眼が埋め込まれている。勇者は息を飲んだ。衝撃的な話だった。魔王はそのサクシャとやらに体を操られ、弄ばれていたのだ。目玉をくり抜くとは、サクシャとは、何と言う悪逆非道な人物であろうか!
「それでウケたらまだ良いんじゃが……閲覧数は相変わらず伸びなかった」
「何だって!? そこまで……そこまで体を酷使して、何の効果もなかったと言うのか!?」
「そのせいで作者はやる気をなくし……全然続きを書かなくなってしまった。最初は『一日3000字書く!』なんて言っておったのに……」
「バカな……自分で始めて置いて、嫌になったからって勝手に投げ出すだと!?」
「じゃがワシは、内心ホッとしてもおった。『これでもう、無茶苦茶な話に巻き込まれないで済む』……。喜びのあまり、無防備の状態で宇宙空間までジャンプさせられたり、石化したり、落雷を浴びたりしなくて済む。そう思っておったのじゃが……ある日……ある日……」
魔王はわなわなと震え出した。
「あろうことか作者は、ワシをほったらかしにして新連載を始めておったのじゃ!」
「シン……?」
「しかもそれが、そこそこ人気が出ておった! 作者はそっちに夢中で、ワシの方は忘れ去られたかのように……その様子を見て、ワシは作者に復讐を、この世界を必ず滅ぼしてやると誓ったのじゃ!」
「なるほど。魔王もそれなりに苦労していたんだな……」
勇者は剣を収め、腰に手をやった。
「しかし……話を聞く限り、一番悪いのはサクシャじゃないか?」
「何?」
「だってそうだろう? そのサクシャとやらが、どこか遠いところから攻撃魔法を使い、君を困らせ、嘲笑っていたんだ。真に倒すべきは、サクシャだ!」
「勇者……貴様……」
「一緒にサクシャを倒そう、魔王」
勇者は魔王に手を差し出し、穏やかな、しかし力強い笑みを浮かべた。
「勇者と魔王が手をとりあえば、きっとどんな的だって倒せるハズさ! 今こそ手を取り合おうじゃないか!」
「し、しかし……アイツはこの世界ではなく、何処か別の並行世界に……」
「きっと大丈夫! さあ!」
勇者の圧に押され、魔王は疑りながらも、ゆっくりと彼の手を握り返した。
「ワシのために戦ってくれると言うのか……勇者ともあろう者が……」
「勇者だからこそ、さ。卑劣な行為は見逃せない! ちくしょう、サクシャの奴め! 話は全て聞かせてもらったぞ!」
魔王に肩を貸し、勇者は持ち前の闘志を漲らせた。
「見てろよ! たとえどんな世界に逃げようとも……この世界を捨て、別の世界に渡
ることになったって、きっとお前を見つけ出して、成敗してやるからな!」