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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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89/92

89.約束

 いよいよ暫く続く戸張羽柴編が終わります。

 東雲と薄石はどのような道を選ぶのか。

 俺たちは早速動いた。

 話がまとまってすぐに彩明さんを連れ出すために役所へ向かった。


 件の事件で、俺はだいぶ役所に顔がきくようになっていた。先生達と相談したこと、そして明日起こりうることに関して話した所、所長をはじめ関係者は快く受け入れてくれた。

 実際のところ、所長や事情を知っている人たちだけでは、噂の抑えが効かなかったらしい。そのため、どう彩明さんを守るかそれぞれ頭を抱えていたそうだ。

 お陰で半ば強引に彼女を連れ出すことができた。俺が周りよりも若く突拍子のないことをしても目を瞑られるということもあるのだろうが。


「どうしたの、真紘くん。今日って急ぎの依頼無かったよね?」

「あります!」

「えぇ……? 手続きしてた?」


 苦笑いする彼女の目元には隈が刻まれている。まだ夕方にも満たないこの時間に似つかわぬ疲労感を滲ませていた。恐らく眠れていないのだろう。

 いわゆるサボりにあたってしまうのが心残りがあるためか、俺が強引に手を引くのに抵抗をしてみせるも気合の入った俺にとってはないに等しい力だった。


 俺は珍しくバスに乗り、事務所に戻る。

 その短時間でさえ、彼女はうとうとしているのだから心労を察するのは容易だ。


「彩明さん、着きますよ。」

「……ん。あっ、ごめん! ずっと寄り掛かってたね!」


 慌てて起きると乱れた髪を整え、垂れかけている涎をハンカチで拭く。

 今まで事務所に来る時にここまで慌てて整える様子はあっただろうか。俺は妙な違和感を覚えつつも、彼女を事務所に促すと、3人は諸々の手続きを終えて待っていた。


「ようこそ、黄昏探偵事務所に。」

「……この立場で聞くのは初めてですね。」


 彩明さんは何かを感じ取ったのか、微笑むだけだった。

 雪花さんに促されると、彼女は依頼人の席についた。雪花さんは当然のように、彩明さんの横に座る。南条さんはまるで俯瞰的に見るためか、いつも先生が座っているデスクの方にいた。

 俺はどこに座ろうかな、と辺りを見回すと、先生がいつもの表情で手招きをした。わざわざ席を指定するなんて、と内心珍しがった。

 とりあえず素直に座ると、なぜか先生は小さく笑った。


「……東雲さん、あたしからいいですか?」

「はい。」

「先日の件、まずはお礼を言わせてください。」


 彩明さんは深々と頭を下げた。

 たぶん、みんな思っている。あくまでも最悪を免れただけだと。でも、誰もそのことは口にせず素直に受け入れた。先生は小さく頷いた。

 彩明さんもまた礼を受け入れられたことに安堵したのか、少しだけ肩の力を抜いた。


「話の腰を折ってすみません。なんとなく、ここに呼ばれた理由も分かります。それに関することですよね。」

「……そうだね。」

「分かってるんです。どうにかしないといけないこと。」


 彩明さんは話し出したら止まらないようで、体を縮こまらせながら言葉を続ける。


「正直、今日は雪花ちゃんの助言通り休むべきでした。あることないこと、適当な噂だけならまだしも、みんなに大丈夫? とか、何かあったら言ってね、って言われることが苦しくて。興味本位の視線も、それから守ってくれる同僚さえも煩わしかったんです。

 少し違うかもしれないけど、真紘くんが言ってた、周りの言葉で追い詰められるっていうのを凄く感じたんです。あたし、全然、我慢なんてできなくて……。」


 彼女はぽろぽろと涙をこぼし始めた。


「仕事の中で聞きました。現世でのトラウマを解決しなかったり、心残りがあると、甦った後も不安定になったり、また死を選んでしまうことがあると。

 ……あたしの死はあの人と関わっているんですよね?」

「……そうだね。」

「……簡単に、教えていただけますか。」


 彼女は完全に受け入れる姿勢は整っていないのだろう。目を瞑りながら震える声で尋ねた。

 俺が彩明さんを呼びに行っている間に準備した資料を取り出した。この資料は千里さんが調べた情報をもとに作ったものだろう。

 加えて、先生が人知れず行ったであろう、羽柴の聴取内容も含んでいることは今朝遅刻してきた時点で薄々感じていた。


 先生は目線を上げない彩明さんを真っ直ぐに見つめながら話し出した。


「端的に言えば、あの男は君のストーカーだ。当時の僕は部署が違ったが、何かと事案に関わっていたらしい。君のバイト先を訪れた羽柴が君に一目惚れし、付き纏った。

 最終的には君を拉致し、彼は線路への転落で帰らぬ人に。君は監禁されたまま脱水症でこのような状態に陥っている。」

「……東雲さんとは、どんな風に関わったんですか?」

「僕はどうやら君と交友があったみたい。曰く、パトロールの時に雑談をしたり時々お茶に行ったりとそれなりに好意的な関係だったそうだよ。」


 先生の語り口調的には全く記憶にないことなのだろう。彩明さんが腿に置いた拳を強く握りしめたように見えた。


「君のお母さんにも付き纏う熱烈な輩を、僕が取り締まったらしい。その時に羽柴を見つけたんだが、あの男は神様に君にふさわしい方を選んでもらうため自爆をした。その時に僕はこちらへ、羽柴は脚を負傷し事故のきっかけとなったそうだ。」 

「だから、あたしは東雲さんを……。」


 自分の記憶の中に断片的な記憶しかないことに納得したようで彩明さんは小さく呟いた。


「……あたしは今後、この世界でどういった道を選ぶことになるんですか?」


 俺たちは目配せをした。

 口火を切ったのは南条さんだった。


「1つ目は、薄石がこのまま役所のお膝元にある、もしくは近辺の居宅に引っ越しで済ませて役所での仕事を続ける。今後役所のセキュリティは見直されるし、今までよりは安全だと思う。けど、確証はできない。」


 続いて口を開くのは雪花さんだ。


「2つ目は、彩明が地区の外に出ること。そうすれば物理的に確実にあの男とも離れられる。」

「でも、知らない人しかいない、みんながいない場所でまた一から、なんだよね?」

「……そうだね。」


 それに、と彩明さんは不安の色を強めた。


「あの人の、犯罪歴を考えると別地区に逃げても、そもそも役所のセキュリティを強めても、万が一がありますよね?」

「だから、僕があの男を見張る。」


 彩明さんが目を見開いた。その表情は不安の中に怒りが滲んでいるように見えた。


「それは、東雲さんがかつてあたしと友好があったからですか?」

「違う。これは個人の矜持の問題。」


 この時の先生はただひたすらに静かだった。


「羽柴と会って、僕は言い知れぬ感情を抱いたよ。でも、斑目くんが調べてくれた事実や羽柴が語った経緯を聞いて、何より僕は自分が許せなかった。

 何も悪くない君をここに連れてきてしまったことが。羽柴の異常性を見抜けず、運に全てを委ねてしまうような選択をしてしまった自分が。

 だから、現世の僕が、たとえ君を好きだったとしても、それは関係ないよ。」

「……それでも、あたしの問題で貴方を縛るのは嫌です。」


 俺が2人のやりとりを見守っていると、不意に雪花さんから脛を蹴られた。いいところに入ってしまい、俺は空気に似合わず奇妙な声を出してしまった。

 そうか、流れ的に俺が伝えなければいけないのか。

 脛を抑えたのがきっかけでポケットの薬瓶の存在を思い出した。


「じゃあ、3つ目です。これが何だか分かりますか?」

「これって……、甦りのための薬? 何で?」

「先生が、俺が甦りたい時に使ってって言ってくれました。」

「ならーー、「これは俺の物だから使い道は俺が決めます!」


 彩明さんは驚いて目を丸くした。

 事務所の人たちもそうだが、彩明さんも含めて俺の周りの大人は人ができすぎていると思う。何で人のことばかり優先するんだろう。

 俺は思わず唇を噛んだが、噛んでいたところで話は進まないので口を開いた。


「3つ目は、これを飲んですぐに甦ってもらうことです。

 先生が羽柴に張り付く必要もないし、アイツは故人だから絶対に追いかけて来られないです。彩明さんが納得いくなら、1番いい方法なんじゃないかなって思います。薬自体は時間はかかりますけど、また申請すれば手に入りますから。その辺は気にしないでほしいです。」


 俺の提案は彩明さんにとっても魅力的だったのだろう。実際自分達にとっても周りにとっても損失は少ないはずだ。

 だが、彩明さんの表情は浮かない。俺はこの空気に耐えられずつい尋ねてしまう。


「……何か、引っかかることありました?」

「その、あたしだけ、いいのかなって。」


 俺はその意図がわからず首を傾げた。

 彩明さんは拳を握りしめると震えながら言った。


「役所で働いて思ったの。みんな自分の死や現実の状態としっかり向き合って、命を終えたり生きることに前向きになったりする。なのに、あたしは甦った後の世界が怖いし、真実を知るのも怖い。あたしにはその覚悟はない。

 でも、でも! あたしのせいで東雲さんを縛るのも嫌だし、役所のみんなに迷惑をかけるのも嫌なの。」


 ぽろぽろと涙をこぼす彩明さんは痛ましかった。



 どうしたものか、と静寂が流れた。

 だが、その空気を壊したのは意外にも先生の高めのため息だった。何が起きたと全員がそちらを見た。

 すると、いつもの依頼人への表情でなく、ご飯を食べる時のような穏やかな表情だ。


「薄石さん。別に真実を知らなくてもいいんじゃないかな。」

「え?」


 普段は真実と向き合うことを勧める彼からその言葉が出るとは思わなかった。


「ここからは探偵じゃなくて、警察だった時の僕の意見。薄石さんは僕たちの口から真実は聞いたし、もう十分だ。それにさっきも言った通り、僕は個人の矜持でああ言っただけだから気にしなくていい。

 そもそもあんなあることないこと混じった噂で君が苦しむなんておかしいんだよ。現世もそうだけど、純粋な被害者が守られないことこそ間違っている。君は被害者なんだし、そもそもこの世界は働かなくてもいいんだから役所に戻る必要性だってない。引き継ぎも無くたって基本どうにかなる。」

「でも斑目さんは……。」

「「「「別問題。」」」」


 4人の声が揃ったものだから、彩明さんの涙は引っ込んだようでふふ、と噴き出した。本人が聞いたらいないのに、と納得いかなそうに文句を言われるだろう。


「というか、安定して引き継ぎできる奴の方が少ないんじゃないか?」

「そうなんですか?」

「そうそう。というか、何で日笠が聞く?」

「……いやぁ。」


 俺が仲良くしていた人の中で他にいなくなった人は志島さんだ。成仏という形であったが、しっかり引き継ぎしていたからそういう物だと思った。

 俺が苦笑いをしていると雪花さんが姿勢を崩して話し始めた。


「アンタが残るならずっと私の家にいてもいいよ。」

「本当? ふふ。」


 嬉しそうに彩明さんは笑う。

 そして、トドメはもちろん、この人だ。


「あとは甦った後の話だね。……たぶん、甦った後もトラウマは残ると思う。でも、君と仲の良かった警察は必ず復職して、君と周りの人たちを守るから安心してほしい。」


「……え?」


 彩明さんは目をぱちぱちと瞬かせた。

 すると、南條さんが鼻で笑いながら尋ねた。


「東雲、昔所長達に甦る時が来たらどうするか聞かれて言ってなかったか? 別に思い残すことがないから流れに任せるって。」


 この人も決めていなかったのか。

 先生はやれやれと首を振りながら微笑んだ。


「思い残すこと、ありそうだから甦るんですよ。」

「なら、及第点。アンタが甦るなら安心でしょ。」

「……随分と信頼してくれるんだね。」

「どれだけ一緒にやってきてると思ってるの。ねぇ、親友。」


 なんてね、と雪花さんが笑う。俺には彼女の言葉の意図は分からなかったが、なぜか先生と南條さんは懐かしそうに笑った。

 そして、彩明さんは掌で顔を覆いながらも涙を流し続けていた。


 顔を上げた彼女は目元を真っ赤にしながらも笑っていた。真っ先に頭に浮かんだ感想は、よかった、という言葉だった。

 戸張の事件から始まってずっと殺伐としていた空気が終わった気がした。

 彩明さんは涙を拭いながら答えた。


「……あたし、甦ります。貴方を待っていてもいいですか、東雲さん。」


 俺は正直聞いていてドキドキした。

 その気持ちの正体は分からなかったが、先生の答えに彩明さんは幸せそうに笑った。

 次話で黄泉の国の話はラストです。

 残り3話となります。

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