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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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86/92

86.薄石彩明の回顧録③ ※

 第三者視点です。

 不快になる表現があります。苦手な方はご注意ください。

『先日東京郊外で発生した爆発事件に関してです。

 ーー、被害者は1名、意識不明の重体です。』


 東雲の相棒は顔を顰めるとテレビを消した。

 ニュースでは好き勝手に推察を話している。世間では、警察が不審者を追いかけていた時に不審者が爆弾を持っており、その爆発に巻き込まれたということになっている。

 犯人は羽柴宗佑。

 もちろん、その真相は違う。気の狂ったストーカーの自殺ないし、それ相当の覚悟をした逃げの選択。

 最後に何を語ったか、それを知る同僚は今やベッドの上で人形のように寝ている。女顔と揶揄われるも犯人を睨みつける時に猛々しい表情を見せるソイツは表情を微動だにせず目を閉じたままだ。


「……何やってんだよ、相棒。」


 恐ろしいことに空き地にいたのは背中と足底を中心にひどい火傷を負った東雲だけであった。

 現場には幾つかの手がかりがあった。

 1つ目、東雲の胸ポケットには羽柴宗佑の名刺が入っていた。

 2つ目、彼の爪の隙間から皮膚片が採取された。羽柴は薄石と関わる以前、とある傷害事件に関わっており、その際にDNAを採取されていた。それは見事に羽柴のものと一致。

 そして3つ目、爆弾の破片から羽柴の指紋が検出された。

 以上のことから殺人未遂等の事件で全国に指名手配されることとなった。


 ただ恐ろしいことに、薄石への執心の証拠となる写真などに関しては一切見つからなかった。故に、東雲以外は羽柴の彼女に対する異常な執着は知らなかった。

 加えて他の加害者達が口を揃えてインフルエンサーである薄石の母親の名を連ねた理由を話すものだから、むしろそちらへの警戒度が上がっていた。


 東雲の事件から1週間。

 相棒が警察署にいると、どこか不安げな薄石が警察署を訪れていた。相棒は笑顔を作ると、薄石は軽く頭を下げた。


「久しぶりー! その後どう?」

「お陰様で嫌がらせは無くなりました。ありがとうございました。」

「よかったねー。」


 はい、と久しぶりに明るい笑顔が見られた。しかし、薄石はすぐに落ち着かなさそうに辺りを見回した。


「あの、最近東雲さんを見ないんですが、お忙しいんですか? それに連絡もとれないみたいですし……。」

「あー、それな。」


 さすが東雲の相棒と言うべきか。不穏な空気を一切出さず、薄石をそのまま誘導していく。


「実はさ、今大きいヤマの担当で連絡も一切とれない状態なんだよね。連絡もなしにごめんな。」

「……そう、なんですか。やっぱり警察の方はお忙しいですね。もしお会いしたら体調に気をつけてとお伝えください!」

「うん、ありがとうね。」


 薄々察しているのではないか。相棒はそれ以上のことは言わずに去っていく薄石を見送った。




「ストーカー事件、解決したんだね。良かったね。」

「うん、心配かけてごめんね。」


 事件が収束し、薄石は仲のいい友人2人にその旨を報告した。被害が彼女らに及ばないようともに外出するのを避けていたのだが、それも終わり。

 そのことを伝えると、彼女らはまるで自分のことのように喜んでくれた。


「じゃあこれで安心してあの人と恋愛できるね!」

「あー……うん。そうだね。」


 薄石のリアクションを見て友人達は顔を見合わせた。


「どうかした?」

「実はお仕事が忙しいみたいでしばらく会えないんだって。」

「そっかぁ。」


 2人とも残念そうに肩を落とすと、1人はわざとらしく声量を上げて薄石の背中を叩いた。


「なら、その間自分磨きをして、綺麗になった彩明に惚れてもらわないと!」

「惚れてもらうなんて……!」

「好きなんでしょ?」


 間髪入れずに突っ込まれると、薄石は言葉を詰まらせた。代わりに顔にみるみる熱が集まり、俯くことしかできなかった。

 それは言外で肯定を示していた。

 友人達はにんまりと口角を上げると、再度薄石の背中を叩いた。




 それから、1ヶ月。

 薄石は数ヶ月前と違わない日々を送っていた。スマホを見てみるも、相変わらず東雲とのトークには既読がつかない。ブロックされているのではないかと、少しだけ落ち込んだ。

 彼と会わない日々は今までいくらでもあったはずなのに心にポッカリと穴が空いたようだった。


「自意識過剰、かな。」


 目頭が熱くなるのを気づかないふりをした。


 この頃にはすでに母親へのアンチ発言も下火になっており、両親からの心配も落ち着いていた。薄石はこの時点で大学院への進学を決めていた。ダブルライセンスも視野に入れていたこともあり、バイトの頻度を減らすために時給の良い夜の時間も少し増えていた。

 両親からはお金のことは気にしなくていいと言われたが、彼女のバイトは塾講師。子どもと触れ合う機会を減らしたくなかった。


 バイトが遅くなると大学生になったばかり、東雲と会った時のことを思い出す。

 慣れた帰路をとぼとぼと歩く。東雲に言われた通り、街灯がしっかりと整備されている道だ。今日は普段より遅くなってしまったせいか人通りは少ない。


 ふと、背後から気配を感じた。

 薄石は少しだけ後ろを窺った。少し離れたところに男性がいた。東雲だろうか、それにしては少し身長が高い。

 本能的に足早にその場を去ろうとする。

 だが、気配が追いかけてきている気がした。


 走ろう。


 そう思った瞬間だった。

 頭に衝撃が走る。


 薄石はなす術なく身体を地面に放り出す。ぐわんぐわんと視界が回り、辛うじて男の顔が見えた。先月ニュースで見た近所の爆発事件に関わっている男の顔に似ているように見えた。

 だが、顔には火傷があり、同じとは言えなかった。判別する前に視界がぼやけていった。


「ああ……遅くなってごめんね、彩明ちゃん。邪魔者を片付けて、来たよ。」


 気味の悪い声が耳に響く。それを最後に薄石は気を失った。




 次に目を覚ましたのは、見知らぬ小綺麗な部屋だった。木造の家の一室のように見えた。

 ズキズキと痛む頭を抑えようとしたが、手の自由はなかった。絶妙な長さの鎖とそれに繋がった手錠が薄石を部屋に縛っていた。


 室内には簡易的なポータブルトイレとテーブル、ベッド。洗面台に簡易的なシャワー室。水道を捻ってみたが、水は出ない。

 窓にも出口にも、絶妙に届かない。

 何となくベッドの上にいるのも憚られたため、床に降りて座っていた。


 薄石が辺りを観察していると不意に扉が開いた。

 その男の顔を見て彼女は悲鳴をあげそうになったが、どうにか堪えた。


 暗闇の中で見たときははっきりと目視できなかったが、男の顔には酷い火傷により皮膚が変色しており、歩き方も壊れた人間のように左足を引きずるように歩いている。

 薄石の視線に気づくと、男ー羽柴ーは歪に口角を上げた。怪我のせいで皮膚がつっぱり左右非対称になるようだ。


「やっと会えたねぇ、彩明ちゃん。」


 俯き目が合わないようにする。声を発することも嫌悪され黙っていると羽柴が不思議そうに首を傾げた。


「どうして喋ってくれないの? 可愛い声聞かせてよ。」

「……。」


 頰を大きな手で掴まれ無理矢理顔を上げさせられた。

 目を瞑ると何をされるか分からなかったため、薄石は少しだけ目を細め、露骨に逸らした。

 羽柴は仕方なさそうにため息をついた。


「……そうか、君はまだあの警官に操られているんだね。」

「……?」

「あ、やっとこっちを見てくれたね。やっぱりあの警官のせいで俺のことを忘れちゃってるんだね。」

「……。」


 薄石は全く会った覚えなど無かった。それに、もしこの男が本物の自分のストーカーであるなら警官とは連絡が取れなくなった東雲のことを指す筈だ。

 羽柴は薄石の機微には敏感らしく順を追って丁寧に説明をし出した。


「彩明ちゃんと会ったのはコンビニでの夜勤バイト。仕事で疲れた俺に笑顔を向けてくれた。好きだったんだよね? ……でも、あの東雲っていう警官に操られたせいで辞めちゃったんだよね。」


 確かに、東雲と出会った頃、鍵を無くした時にはコンビニでバイトをしていた。

 そんなに前から執着されていたのか。だが、背筋が凍る話はまだまだ続く。


「付き合うまでいったら、即消してやろうと思ったけど、君の強い意志のおかげで付き合わなかったから辛うじて留まってたんだ。君は僕を想っていてくれるって信じていたからね。

 そんな時に君の母親を苦しめようとする輩が出てきたから、それに便乗して、ポストに贈り物をしてあげたんだ。君に害する者はプレゼントみたいにしてあげるよって。

 ただ、それを邪魔したのも東雲なんだよ。奴等の車を爆発させてやろうとしたのに駐禁なんかで先に見つけるから。」

「……ッ!」


 察するに、東雲が共犯の人たちを先に取り押さえたために悲劇は起きなかったということ。


「だけど、それが知れたら君の洗脳はより深くなってしまう。だから、俺は彩明ちゃんを助けるために自滅覚悟で東雲もろとも自爆した。」

「……ぇ。」


 聡い薄石はここで全てを理解した。

 先日の爆発事件が起きた理由、そして東雲と連絡が取れないのは、ニュースで言っていた意識不明の重体者は東雲のことであると。


「あの男は気持ち悪いよ。俺を爆発から守って全身火傷を負ったと思いきや、爆発のタイミングでか、俺の足首を痛める程度の暴力を振るっていたんだ。気絶してもしっかり握っていたから驚いた。」


 ここで薄石をまじまじと見つめていた羽柴はため息をついた。立ち上がり、近くにあった棚からサバイバルナイフを取り出した。


「やっぱりアイツにとどめを刺さないと彩明ちゃんの洗脳は解けないんだね。」

「……やめて。」


 薄石が声を絞り出すと、羽柴は足を止めた。


「……まだ、その、貴方のこと好きになれないけど。ちょっとずつ好きになるよう努力する。だから、行かないで。」


 東雲を守りたい。その一心だった。彼が生きられるなら。

 だが、羽柴にその考えは見通されていた。


「それじゃダメなんだよ、彩明ちゃん。俺を好きになる理由に東雲がいたら意味がないんだよ。アイツが消えて、俺と君の2人の世界の中で、君が俺無しじゃ生きていけなくなってくれないと。もちろん、それまでは手を出さないから安心してよ。」

「待って!」


 それだけ言うと、羽柴は足早に部屋を出ていった。


 彼は目深に帽子を被りマスクとメガネをつけた。

 長身な彼はやや目立つが、隠れ家にあった綺麗な服を着てしまえば、一見羽柴とはバレない姿であった。

 強いて言えば、イタチの最後っ屁の如く、爆発の衝撃に紛れ、思い切り足首を捻られた痛みのせいで足を引き摺ってしまうことが、さらに目立つ要因となっていた。

 そして、彼は目的を達成する時には視野が狭くなるきらいにあった。

 近場の駅に到着すると、他の人たちが並んでいるところから少し離れた場所に立っていた。東雲の行動ゆえに痛んだ足を労わりながらも、彼は腸が煮え繰り返る思いだった。

 あの男のせいで、薄石とすぐに付き合えなかったこと。

 自分は情けない姿になってしまったこと。


 だが、神様は見ているのかもしれない。


 いや、はたまた東雲の執念か。

 ホームの反対側に列車が通過するらしい。少しだけ離れるかと1歩を踏み出そうとした時、足が異常に痛くなり力が入らなくなった。

 世界がスローモーションに見えた。

 重心は後ろに傾き、ホームの下に体が吸い込まれていく。列の後ろにいたためにすぐに気づく人もいない。

 ここからの話は語らなくても、概ね想像がつくだろう。これが理由で彼は輪なしで黄泉の国へ行くこととなった。


 そして、薄石がいる隠れ家はしばらく発見されなかった。飲み物も食べ物もない環境で暫く放置された。せめて羽柴が帰ってくると思いきや、彼もまた帰ってくることは難しくなっていた。

 隠れ家に訪れる者がいないことはもちろん、場所自体もほとんど人が踏み入れることのない都心から離れた場所だった。


 彼女が発見されたのは行方不明から4日後。

 重度の脱水と栄養失調により意識不明となっていた。彼女はこれをきっかけに【半生人】となり、黄泉の国へと行くことになるのだ。

 

 

 真紘や雪花の話から時系列がおや? となる方もいらっしゃると思いますが、黄泉の国に来る時系列は大体破茶滅茶な設定です。

 年単位のずれはありませんがある程度の期間は容易に前後すると思ってください。

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