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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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85/92

85.薄石彩明の回顧録② ※

 第三者視点です。

 実際の警察の捜査は不明ですので、事実と異なっても悪しからず、です。

 また、不快になる表現があります。苦手な方はご注意ください。


 あの日の夜から2人の交流は不定期ながら続いていた。とは言えど、メッセージアプリで最低限のやり取りをし、1、2ヶ月に一度、いつもの喫茶店で顔を合わせて雑談を交わすだけだ。

 薄石は大学3年生になった。

 今までの小さな不運など目に入らないほどに彼女の日々は充実していた。将来に向けた勉学や学童のバイト、大学の友人達や東雲との交流。彼女自身もこれほどの幸福はないと思ってた。


 だが、そんな平和な日々にヒビが入る。

 それは3年生の冬。この頃には箱入り娘だった彼女もだいぶ世間というものを知っていた。この賢さこそが黄泉の国の役所に就けた理由でもあるのだが。

 すぐに薄石は友人達に悩みを打ち明けた。


「最近変なメッセージや無言電話がくる?」

「うん……。」


 ここ2週間で頻回に無言電話があったのだ。

 数回目から彼女は録音をしており、メールも全て細かく記録していた。そのメンタルの強さには友人達も少々戸惑っていたが、おそらく良くも悪くも東雲の影響があった。


「今のところ実害がないから警察に行くかも悩んでるんだけど……。」

「いやいや、ありまくりじゃん!」

「……やっぱり実害なの?」

「そうだよ! もし必要なら親とか、あ、仲良くしてるお兄さんに一緒に行ってもらえば?」


 薄石達の逢瀬は友人達に何度か見られていた。

 彼氏かと詰め寄られたが、薄石は生存確認のために定期的に会っていると伝えると怪訝な顔をされた。警察ということは言えないから仕方がない。

 自分の片想いで、相手が歳上であることや世間体があることを伝えると友人達はすぐに納得してくれた。


 警察に行くとなるとただ職場に乗り込むだけの話なんだよなぁ、と彼女は腕組みをしながら考え込む。


「うーん、考えてみるね。」

「……溜め込まないでね。」

「ありがとう。」


 自分は本当に周りに恵まれている。

 薄石はそんな風に思いながらその場では笑顔でやり過ごした。




 さて、いつ警察に行こうか。

 そんなことを考えながら過ごしていると気づけば1週間経っていた。次第に行為はエスカレートしていく。

 連絡やメッセージの頻度は増え、ここ数日では手紙が投函されるようになった。その中で気づいたのは、相手が複数人いることだった。

 そこでやっと警察に行かなければならない事態であることを思い知らされた。明日は講義のない日、本当は自主勉強をしたかったが、このまま続けば就活にも支障が出る。


 薄石がため息をつきつつ、珍しく遅くなったバイト帰り、マンションのポストを開いた時だった。

 ごろりとした袋に生臭い臭いが辺りに広がる。

 見てはいけない、そう本能的に感じた時には手遅れだった。


 自分のものと思えない叫び声が口から出た。

 そこから自分がどのような行動を取ったか、薄石の記憶にはなかった。

 かろうじてオートロックの中には入ったらしい。気づけば数えられないほどの東雲からの着信と、オートロックの扉を叩く彼がいた。


「東雲さん!」

「着信あったから驚いたけど。これって……。」


 どうやら夜勤中だったらしい。

 いつもの人とは違う女性の相方がおり、その人がポストを確認したらしく首を横に振った。


「東雲さん、ごめんなさい。仕事の邪魔をして。」

「大丈夫だよ。連絡してくれてありがとう。」


 いつもの優しい笑顔と柔らかい声を聞いて安堵した薄石はボロボロと涙をこぼした。1人でどうにかできるほど自分は強くなかったと、またこれが1人でどうにかする事案ではなかったと改めて気付かされた。

 相方はどこかに連絡し終えると、心配を滲ませた表情でやってきた。


「今日は実家に帰るか、友人の家に行った方がいいと思いますが、あてはありますか。」

「実家は遠いので、難しいです。友人は、その、女性の1人暮らしばかりなので。」

「失礼ですが、交際している人は?」

「……いません。大丈夫です。話を聞いていただけたら今日は大丈夫そうです。」


 薄石は歪な笑顔を見せた。

 東雲と相方は視線を交えた。すると東雲が視線を合わせて、笑顔で声をかける。


「部屋まで送るよ。少しだけ話を聞かせてもらっても大丈夫かな。」

「はい。……たくさん相談したいことがあったんです。」


 薄石は2人を部屋に案内した。

 東雲達はすぐに部屋の中を見回した。


「最近物が無くなったりはしてないかな。」

「朝と変わったところはないですし、無くしものも最近はないですよ。」

「うーんと。」


 薄石の返答は東雲の意図していたものと若干のズレが生じたが、彼はスルーした。東雲に連れ出された女性の相方はこれがいつもの会話かと内心で頭を抱えながら単刀直入に話すこととした。


「これまでの付き纏い行為に関して、証拠や相手の情報は分かる?」

「証拠は脅迫も含むメールや着信履歴、音声録音、届いた手紙があります。それと気になるのが手紙の文字が違う気がするんです。これって集団ストーカーってやつですよね?」


 あまりにも薄石が淡々と事実を告げるものだから2人は目を丸くした。


「父は企業の役職に就いていますし、母は顔が知られているインフルエンサーです。その影響も考えられますし。あたし個人が付き纏いの対象、または恨みの対象になっていることもあります。

 ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします。」


 薄石が深々と頭を下げると相方は肩を叩き、微笑んだ。


「こんなに几帳面に揃えてくれてありがとう。頑張ったわね。ここからは私たちが頑張るわ。」

「はい。」


 相方の労いの言葉に薄石は笑みを浮かべた。

 それから外出時の注意点や今後の身の振り方など、いろいろと助言を受けた。対応方法に関してもアドバイスを受けながら薄石は真剣に聞いていた。

 また、警察署での手続きも説明を受け、パトロールを強化することも確認した。


「ここからは私たちが頑張る番ね。東雲、行くわよ。」

「はい。」


 東雲さんは返事をした。しかし、すぐについていくことはなかった。

 薄石は疑問に思い、彼の顔を覗き込むと珍しく無表情であり、彼女を一瞥した。


「あの……。」

「僕たち、友人だよね?」


 思わぬ言葉に今度は薄石が驚かされた。

 東雲は真っ直ぐに彼女を見下ろすと、心配そうな、しかしどこか不満げに呟いた。


「君の交友関係をよく理解しているわけではないけど、大人で、しかも警察官で、男性なんだよ。まず友人として頼ってほしかったな。」

「……頼っていいんですか?」

「昔僕の相棒が言ったろ、制服脱いだら僕だってただの人だって。」


 薄石は鳩が豆鉄砲を食ったような表情で固まっていたが、どこか不貞腐れた様子の東雲がおかしく噴き出すとそのまま腹を抱えて笑い出した。

 東雲は少しだけ顔を赤くすると、珍しく投げやりにおやすみ! と言うと、鍵閉めてねと言いながら部屋を出て行った。

 先ほどまで気が重かったのも忘れて、薄石は扉を閉めた。




 それから東雲は警察署に戻った。交通課としての仕事を終え、帰る時間になると薄石と彼を繋いでくれた同僚もまた夜勤明けなのか、声をかけてきた。

 昨晩あった薄石の事案について伝えると、顔見知りの彼もまた怪訝な顔をした。


「マジかよ。その手紙、直接投函されたんだろう? 監視カメラとかは?」

「さすがに夜間だったからね。今から仮眠とってすぐに管理人に見せてもらう。あとはメールの発信元や可能であれば指紋も前科者リストにないかも確認してもらう。」

「時間外にやるなよ。」

「時間外でないとできないだろう。僕の管轄でないし、明らかに個人の感情で動いているからな。」


 相棒はやれやれと首を横に振った。


「万が一にでも乗り込むなよ。せめて応援頼むようにな。」

「もちろん。ちゃんと確証を掴んでから動く予定だから。あくまでもパトロールの時に偶然見つけてね。」


 偶然という言葉の意味を理解しているのだろうか。

 しかし、このモードの彼に何を言っても無駄だと悟っている相棒はこれ以上余計なことに首を突っ込むまいと口を噤んだ。


 東雲の動きは早かった。

 数日後、彼はある違法駐車に目をつけた。それは薄石の住む場所から少し離れた住宅街だった。駐禁の場所に停めていた車輌の中をちらりと確認すると、何人か男が乗っており、怪しげな機材や写真があったのだ。

 東雲の指摘に相棒は、静かに頷きながら無線をつけた。

 東雲はコンコンと窓を叩き、運転席にいる男性に声をかけた。男性は東雲の姿を認めると、ほんの一瞬肩を震わせたが、歪な作り笑顔を貼り付けて窓を開けた。


「こんにちは。お兄さん、ここ駐禁ですよ。」

「すみません、すぐに移動します。」

「ご協力ありがとうございます。免許の確認もさせていただきますね。」


 東雲は助手席の男の動揺を見逃さなかった。

 運転手の男を下ろして、免許の照会をしつつ時間を稼ぐことにした。東雲はあえて手続きが終わらないふりをしながら、車内に目を向けた。


「この辺りは街灯も少ない場所でしてね。警官も気にしているんですよ。悪い人たちも多いですから、気をつけてくださいね。」

「ありがとうございます。」

「そうそう、先日なんかは不審者の目撃もありまして。危険物の持参もあったとか。」

「へ、へぇ……。」


 運転手の男の声が震えた。しかし、東雲は一切の他意を見せずに尋ねた。


「念の為、車内を見せていただいて構いませんか?」

「……ッ、オイ!」


 一瞬の隙をついて、東雲は運転席側の後部座席を開いた。それを待ち構えていたのか、手にナイフを持った男が飛び出してきた。

 しかし、それを予測していた東雲はあっさりとその腕を取ると背負い投げをして床に叩きつけた。それと同時にナイフを車の下に蹴り入れた。投げられた男は受け身が取れず背中に走った痛みにもがく。


「早く出せ!」

「逃がさないよ!」


 助手席の男に呼ばれ、弾かれたように慌てて運転席に男は乗り込もうとした。だが、東雲は閉めようとした扉を蹴ると、手をかけていた男が運転席から転げ落ちた。

 東雲が後ろ手に捻りあげると男は悲鳴をあげた。

 助手席の男もまたそれを見て逃げ出そうとしたが、相棒がすでに待ち構えていた。


「はい、コイツの嗅覚が的確すぎて驚くのは分かりますけど逃げないでくださいねー。」

「……チッ。」

「公務執行妨害で2名逮捕。」


 2人の会話をよそに淡々と東雲は手錠を繋いだ。

 車内を見た東雲は顔を顰めた。

 おかしい、飲み物は3つであるが、1箇所ドリンクホルダーが濡れている。あたかももう1つあったかのように。

 少し離れた場所に空き家がある。怪しいのはそこであるが。パトカーが近づいてきたことを確認すると東雲は相棒に声をかけた。


「一応周辺を確認してくる。」

「分かった。」


 東雲は到着した警官達にも声をかけると、胸騒ぎがした空き家の方に向かった。


 空き家といえど鍵はかかっているーーはずであったが、東雲の睨んだ通り、ドアノブは回った。

 警戒しながらも扉をゆっくり開くと、中に無数の写真が散らばっていた。辺りに人がいないことを確認しながらそこへ近づき、東雲は写真を確認した。


 そこには予想通り、無数の薄石の姿を収めた写真が存在していた。


 察するに3人はよく分からないが、残りの1人は確実に薄石に執着している。そして、その男がいるこの場を見逃すわけにはいかない。

 何とか相手の情報が見つからないか、東雲は辺りに注意を巡らせた。

 厳密には異なるが、刑事の勘というものに類する何かを彼も持っていたのだろう。沢山ある荷物の中から、名刺を見つけ、こっそりと胸ポケットに収めた。


 東雲はふー、と大きく息を吐いた。


「……そこにいるなら出てきたらどうですか? 羽柴宗佑さん?」

「本当に交通課の人ですか? 銃口向けられてる気分ですねぇ。」


 東雲が睨みつけると、別室の襖から男が出てきた。

 東雲より一回り大きかったが、彼の放つ殺気が凄まじく、傍からみていれば同等の威圧感と言っても過言ではないだろう。

 実際羽柴も気後れしている様子はあった。


「単刀直入に聞こう。この写真の女性に付き纏い行為を行っていますね?」

「付き纏っているのはアンタでしょう。俺はその子を見守る騎士も同然。」

「なら、どうして先日は血まみれの袋を贈るなんて真似をした?」

「お前に現を抜かした罰ですよぉ。学生は学業に専念しないと。それに俺が守っていることに気づいていない。こんなことがあっても俺が見ているよってことをわからせないと。」


 あ、駄目だこの男。

 支離滅裂な話に東雲は顔に不快感を露わにした。

 だが、羽柴は至極当然と言わんばかりに笑顔で話していた。


「アンタさぁ、邪魔なんだよなぁ。消えられません?」

「羽柴のために消える義務はない。こちらは法的にあなたに脅迫罪で捕らえることも可能です。……任意同行していただけますか?」


 羽柴は表情を消すと、東雲のぎりぎり間合いまで近づいてきた。東雲もまた笑顔を消して睨みつけた。


「なぁ、アンタは彩明ちゃんのこと好きなんですかぁ?」

「……答える義務はありません。」

「図星なのかな? ならざーんねん! 俺は彩明ちゃんを愛しています。だから、神様は見ているはずなんだ!」


 天を仰ぐように狂った男は笑い出した。

 男がポケットに手を入れた、それと同時に東雲は本能に従い、咄嗟に羽柴を取り押さえようとした。


 だが、それが仇になった。



「なら、ここで大爆発が起きても、神様(あやめちゃん)に愛されている人間は生き残れるよな!」



「……ッ、馬鹿野郎!」


 東雲の暴言と共に床下が爆発した。部屋の壁など容易に壊してしまうような威力の爆発。

 部屋はもちろん、辺りに明るい光が溢れ、爆音が響く。


 この時のことを東雲は覚えていないし、今後思い出すこともない。

 ただ、最期に見たのは黒く焦げた床と咄嗟に守ってしまった羽柴の勝ち誇った顔だった。


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