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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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83/92

83.あの時の人

 ちょっとゾッとする回です。

 果たして羽柴はどこに潜んでいるのか。

「じゃあ2人とも仕事お疲れ様、乾杯!」

「乾杯。」「乾杯っすー!」


 まさかの彩明さん、酒である。

 一杯目を華金の社会人よろしくーといっても現場は見たことがないけどー一気に飲み干した。

 帰り大丈夫だろうか。俺は目で雪花さんに訴えると、彼女はため息混じりにペースを落とす気配のない彩明さんを諌めた。


「ちょっと、飲み過ぎないでよ。」

「へーきへーき!」

「平気な人の言葉に聞こえないっす……。」


 つい俺が漏らすと、彼女は不機嫌そうに唇を尖らせた。


「役所も大変なんだよ?」

「え、人手が足りてないとかなんすか?」

「確かに優秀な2人が辞めちゃったけど、それだけじゃないんだよ!」


 確かにすれ違う人たちからは疲労が滲んでいたけども、何かあったのだろうか?

 内情を察しているらしい雪花さんが代わりに答えてくれた。


「警察が立ち入ってた分、窓口の場所が移動したり使えるスペースが制限されたりしたんでしょ。それで、今度は調査が終わるからそれを元に戻すのに一苦労、ってやつだよ。」

「そそ、そうなんだよ〜!」


 彩明さんは大きく頷き、再びレモンサワーを煽った。

 それから彼女の愚痴が始まる。今までこんなに荒れる彼女は見たことがないなと思っていたが、話の端々からその理由は理解できた。

 どうやら辞めてしまった2人が何やかんやと話を聞いてくれていたらしい。雪花さんもそれを察したらしく少しだけ微妙そうな顔をしていた。


 それから3人で気兼ねなく話した。

 仕事の話はもちろん、最近現世の方から流入してきた漫画の話、近所の店の話、誰が成仏して、誰が甦ったか。


 さて、どうやって本題を切り出そうか。

 チャンスは向こうからやってきた。


「そういえば、真紘くん。スッキリした顔になったね。」

「へ、そうっすか?」


 確かにランニングも再開したし、食事も食べられるようになって元気にはなった。こういうのもなんだが、泉さんの事案のおかげで自分の気持ちが整理できたのもある。


「うん。あたしはずーっともやもやだよ。」

「やっぱり現世のこと気になってるんすか?」

「そうだよ。ずーっと東雲さんのこと気にしてるんだ。」


 俺は思わず雪花さんの方を見てしまった。痛い、テーブル下で蹴られた。


「そう言えば、初めてアイツと会ったとき顔見知りみたいな反応してたね。」

「……うん。東雲さん、私の近所の警察署に勤めてる人だったの。」


 やはり顔見知りだったか。

 俺は思わず前のめりになってしまった。


「何で仲良しだったんすか!?」


 雪花さんからびしばし視線は感じたが、アルコールの入っている彩明さんに気づかれることはなく、彼女は懐かしそうに答えてくれた。


「うーんとね。前にあたしが家の鍵を無くしちゃって半べそかきながら交番に行ったときにたまたま会ったの。それでね、遅い時間まで一緒に探してくれたの! 優しかった〜。」


 あの人の人助け精神、どうしたって変わらないんだなぁ。俺はそのエピソードについ目元を和らげてしまった。


「東雲さん、交通課の人だったみたいで、それから大学の通学の時に会うようになったんだ。」

「ふーん。なら、結構話してたの?」

「そう! はじめは挨拶だけだったんだけど、少しずつ東雲さんも口数が増えて『転ばないでね』とか声かけてくれるくらいには気安かったよ。」


 ここに来る前もドジだったのか。ギフトは然程関係ないのでは、とこの時は思っていた。


「東雲さんがいる道は凄く安心できてね。小学生とかも通ってた場所なんだけど、みんな東雲さんって読んで挨拶してたんだよ。」

「挨拶するのは珍しくないけど名前まで覚えられてるのは凄いね。いい警察官だったんだ。」

「……うん。あたしも信頼してたよ。」


 だが、彩明さんの表情は暗くなった。


「でも、それ以上のことを思い出せないの。」

「……思い出せないんすか?」


 変なことは聞けない。意識しすぎたせいか、片言で繰り返してしまった。彩明さんは気にせず頷くだけだ。


「信頼できた理由があたしなりにあったはずなんだけど、それが思い出せないの。でも、思い出せないってことはあたしがよほどボケてない限りは……死因に関わってるってことでしょ?」


 彩明さんは賢かった。

 彼女は天然ではあるが、頭は良く、それに関しては仕事ぶりから容易に察することができた。


「それに、東雲さんはあたしを一切覚えていなかった。つまり、あたしは彼の死因に深く関わっている。」

「……あながち間違いではないかもね。」


 変に否定するのは違和感があるため、雪花さんは素直に肯定した。俺でも理解できる。彼女の推測が正しいことくらい。

 彩明さんは零すように、どこか諦めたような声音で続けた。


「……結局のところ怖いんだよね。」

「怖い? もしかして、東雲がその仮説を知ってアンタを軽蔑すると思ってる?」


 彩明さんは小さく首を横に振った。


「東雲さんはたぶん、許してくれる。

 でも、それが事実って知っちゃったら、あたしはあたしが許せない。もし彼に後遺症が残ったら、警察を続けられなくなったら。……死を選ぶことになるなら。」


 耐えられない。

 そこまでは出てこなかったが、わかった。

 自分の死因を知らされるのはショックだ。ただ、他人の死に関わってしまったという事実を知ることは、また少し違った衝撃があるのだろう。

 理解しているつもりが理解しきれていないということに俺は少しだけもどかしさを感じた。




 それからしんみりとした空気のまま、食事を摂り、彩明さんは酒を少し煽った。だが、再び酔ってしまったのか、色んな愚痴や不運(ギフト)に関する文句が飛びまくった。

 ふらふらの彩明さんを俺は背負わされ、彼女の自宅に帰ることになる。


「ほら彩明。着いたんだから鍵。せめてできるだけ近づいて。」

「は〜い。開けて〜。」


 俺から降りた彩明さんはおぼつかないながらも自力で歩いて雪花さんの元に寄っていく。


「……雪花さんも知ってたんすか?」

「何を?」

「鍵は本人が近くにいないと開けられないってこと。」

「もちろん。というか、私は管理されていた人間だから。」

「そっすか……。」

「何で?」

「いやぁ。」


 俺は南条さんに指摘されたことを伝えた。そして千里さんも知らなかったことを教えると雪花さんは苦笑していた。

 雑談をしていると雪花さんは彩明さんの鞄を漁り鍵を開けたらしい。


「警察は知ってるけど、罪人と接する機会のない探偵とかは知らないと思う。」

「へー。」


 俺たちは慣れた道を歩き、彼女の部屋に向かう。

 扉を開くと、彩明さんがへにゃりと笑った。


「2人ともありがと〜。」

「どういたしまして。ちゃんと鍵かけるんすよ。」

「かけるよ〜。東雲さんみたいなこと言う〜。」

「……いいから早く寝な。」

「は〜い。」


 おやすみー、と挨拶をすると彩明さんは部屋の中に入った。扉の向こうからガチャリと施錠する音が聞こえてことを確認して俺たちは帰路に着くことにした。


「あの人大丈夫っすかね。」

「明日はどうせ休みだし寝ててもらえば問題ない。一応連絡入れておくよ。」

「そっすねぇ。あれ?」


 話しながらオートロックの扉を出ると見覚えのある2人が車の前で話していた。昼間に見た車だなと思いながら俺は声をかけた。


「先生、南条さん!」

「おお、ちょうど帰ったところか。」

「お疲れ様。」


 先生はいつもと変わらなかった。

 本当に南条さんは羽柴と彩明さんのことを話したのだろうか。俺の不安が伝わったのか、先生は苦笑していた。


「ちゃんと話は聞いたよ。車の中で話そうか。」

「はい!」


 雪花さんは口を開くことなく、南条さんの車に乗った。駐車場に停めてあった車の中にはノートパソコンや資料がいくつか置いてあった。


「何でアンタ達がここにいるの? 一応で見張ってた、なんて非効率的なことしてないよね?」

「相変わらず辛辣……というのは置いておいて、俺たちも理由があってきたんだ。」

「マンションの監視カメラを見に来たんだ。」


 へえ、探偵でも見られるんだ。

 俺が考えながら資料を読んでいると、2人は察したのか、俺の疑問に答えてくれた。


「僕たちは見られないからね。南条さんの伝でお願いした警察の人に同席してもらって見せてもらったんだよ。」

「ま、怪しい奴は居なかったけどな。」

「羽柴に似た人相の人もいなかったからね。楽観的にはいられないけどとりあえず今日は安心、かな。」


 安心している人の笑顔に見えないんだけどなぁ。

 何てことのないように装ってるけど、やはり少しだけ構えている気がした。


「もしかして、何か気にしてる?」


 また読心術を使われた。俺は頭の中で考えることをやめて素直に口に出した。


「先生自体はこの事件に関わることに抵抗はないんですか?」

「……完全にないって言ったら嘘になるけど。」


 先生は眉をハの字にしたが、あくまでも答えは理性的なものだった。


「僕たちが追いかけているのはあくまでも罪人である羽柴だ。そこに私的な理由は一切ないよ。それは警察官だった今までも、これからも。」

「そっすか……。」


 それが本心なんだろう。時々先生は異常に遠く感じることがある。

 ただ、一高校生の俺がここで騒いでも時間の無駄だ。

 俺は両頬を何度か叩いてから3人に向き直った。


「すみません、寄り道しました。本題の今後についてはどうするんすか?」

「ああ、引き続き警察には監視カメラの確認とパトロールを続けてもらう。戸張達にも関与した前例があるから、姿を現せば捕らえられるだろう。」

「こういう時、神様って役に立たないよね。」


 あまりにもはっきりと言う雪花さんに俺は曖昧な返事をするしかできなかった。


「でも、実際あまりにも目撃情報ないよな。戸張達と同時にこの地区に侵入したはずだが。」

「もうこの地区から出たってこと?」


 雪花さんが南条さんの言葉にやや顔を顰めながら尋ねたが、それを否定したのは先生だった。


「斑目くんの情報を見た限りそれはないと思う。羽柴は必ず薄石さんに拘るはずだ。」

「この際だからはっきり言うけど、現世のアンタ、だいぶ彩明に目をかけてたみたいだよ。だから、狙われたんでしょ。」

「……距離感を間違ったかな、僕。」


 記憶がない今の先生には知る由もない。頭を抱える先生をよそに俺はなぜ羽柴が目撃されないかをずっと考えていた。

 俺は突拍子もない考えをぽろりと漏らした。


「整形してたりして。」


 んな馬鹿なことはないか。フィクションの話じゃあるまいし。

 俺は1人ではははと自嘲していると、妙な視線に気づいた。

 何事かと目を泳がせると、急に南条さんがパソコンや資料の一覧を捲り出した。え、俺何か言った? 状況把握が追いつかない俺が目線を泳がせていると、雪花さんに肩を鷲掴みにされた。


「アンタ、待ち合わせしている時に何かなかったの!?」

「何もないっすよ!? あったら言ってます!」

「なら、何か違和感を感じた、とか。」


 違和感? 先生に言われて俺は心当たりがあった。

 だが、それだけでは留まらなかった。久しぶりに俺の勘は警鐘を鳴らし出した。


「今日、たくさん人と会いました。人員補充で増えた、会ったことがない人。皆さん疲れてました。」

「……羽柴の身長は185cm。南条さんより少し小さいくらいだよ。」


 その言葉は俺の曖昧な記憶から必要な情報を引っ張り出した。

 俺は慌てて南条さんに声をかけた。


「18時ごろ! 俺と彩明さん出る少し前に入った男、出てきてますか!?」

「この人か?」


 南条さんは慌てて出入り者一覧表から1人の写真と出入り時刻を記載した紙を渡してくれた。そこに映った人は羽柴とは全く違う顔。

 だけど、だけど。


「この人、怪しいかもしれません。」

「どうしてそう思った? 流石に人を疑うなら、それなりの根拠が要るぞ。」

「明確な根拠ではないんです。ただ……。」


 勘違いであってほしい。


「……あの人、オートロックの扉を通る時、鍵を出す動きを一切しなかった。」


 俺の言葉を聞いた先生は乱雑にトランクを開けると何かを取り出し、そのまま車から飛び出した。

 そう、例えオートロックの扉を他の住人と共に通れたとして、鍵を取り出す気がないというのは違和感が多少あった。しかも、俺と言葉を交えた時、まるで俺が扉を開けるのを待っているようにも思えた。

 たまたま彩明さんが中から出てきて開いたから鍵を出す必要はなかったけど。

 でも、これが勘違いでなかったら。


 俺と雪花さんも迷わず飛び出した。

 勘違いであってくれ。

 俺はグッと下唇を噛むと先生の後を追った。








「楽しかったぁ。」


 薄石は化粧を落とし、一息ついていた。

 お酒は入っているけどゆっくりと湯船に入りたいと思い、風呂を汲んでいた。

 仲の良かった同僚達が次々といなくなってしまうのはどうしようもなく寂しかった。

 いつか、自分も現実と、つまりは東雲と向き合う時が来るのかと思うとどうしようもなく心が重くなってしまった。


 でも、自分よりも年下の男の子や自分より重い過去を持つ友人が真っ直ぐに立っている。その姿を見るだけで、自分も頑張ろうと勇気を貰える。


 ピンポーン。


 無機質なチャイムの音が鳴った。

 はて、と薄石は首を傾げた。

 こんな時間に誰だろう。2人が何か忘れ物をしたのだろうか。


 アルコールの入った脳は思考を捨てた。

 モニターで来訪者の姿を見ると、画面外にはみ出た人影があった。

 安直に、日笠だと思った。


「どうしたの、真紘く……。」


 不用心に開いた扉に強引に手がかけられた。

 知らない人。いや、薄石は目の前の男を知っていた。



「会いたかったよ。彩明ちゃん。」



 ああ、この世界でもどうやら逃げられないらしい。

 彼女はその男と目が合ったまま動くことが叶わなかった。

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