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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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81.サヨナラの提案と残されたヒント

 ここから最終話まで走り抜けます!

 2〜3日更新になるかと思いますが、よろしくお願いします。

「先帰る。」

「分かりました。お疲れ様です!」


 事務所に帰り、書類整理や片付けを終えると雪花さんは本当に約束したのかと疑いたいくらいにあっさりと帰路についた。

 ただ帰り際にどつかれたから、話が終わったら来いということなんだろう。


「もしかして雪花さんと約束してた?」

「ちょっと飯の約束してたんすよ。」

「そっか。じゃあ手短に済ませるね。」


 俺が客間のソファに座っていると、先生もその正面に座った。そして、先生は小さな小瓶をテーブルの上に置いた。

 何だろう、先生を見てみるとどこか寂しげな様子で目を細めた。

 薄い青の小瓶に入った液体は無色透明で妙に綺麗に見えた。


「これって何すか?」

「……『パンドラの鍵』を浮かび上がらせる薬だよ。」


 何でこんなものが? 俺は驚いて言葉が出なかった。

 木原さんの甦りを促すきっかけとなった、そして戸張が多用していたこの薬は俺にとってはある種の恐怖の対象であった。


「そんな大袈裟に不審がらなくて大丈夫だよ。前にも言ったでしょ、早めの甦りを希望する人に時々使うこともあるって。」

「あっ、そっか……。すみません、何か戸張が悪用してくるイメージが強くて。」

「ちゃんと申請すれば問題ないものだからね。だから、僕はこれを持っているんだよ。」

「でも、何で持ってるんすか?」


 俺は純粋に気になっただけだ。

 首を傾げる俺に向かって先生は想像をしていなかった言葉を俺に投げた。


「……これはね、君のために申請したものだよ。」

「俺のため?」


 鸚鵡返しにすると先生は頷いた。


「君は初めて事務所を訪れた時に早く帰りたいって言っていただろう? だから、また気が変わるかなって思って早期に取り寄せておいたんだ。」

「知らなかった……。」

「まぁ、ずっと僕が持ってたし。好奇心旺盛な君の目に入らないようにね。」


 確かに冷蔵庫とかにあったら気になって触ったり匂いを嗅ぐまであったかもしれない。先生が俺のことをよく理解していることに返す言葉はなかった。


「今までの君を見ていて、そして、今日君が泉さんにかけた言葉を聞いて、僕は思ったんだ。君は現世に帰って大丈夫だろうって。」

「……!」


 俺は思わず息を飲んだ。

 事実上のクビ宣言かと一瞬焦ったが、あまりにも先生の表情が穏やかだったから、故にそういった意図は一切ないことを察した。


「もちろん事務所としても、僕個人としても、君が欠けるのは痛手だし、寂しさはある。でも、ここは別れの場所。どんな運命だとしても決断をしなければならない場所なんだ。」

「……そっすね。受け取ります。」


 俺は小瓶を受け取った。

 確かに、今までの依頼人の人も、雪花さんも、志島さんも、千里さんも、会ったことのない晴間さんだって、みんな決断をした。

 俺もいずれはーー。


「先生。」

「何?」

「もし、俺が先生より先に甦るとして、俺は黄昏事務所に依頼してもいいんすよね?」

「それはもちろん。それに僕が君より早く決断を迫られるなら君に依頼したいって思うよ。」

「……ありがとうございます。」


 緩む口元を隠し切れない俺は頭を深く下げた。

 そして、決断については時間を貰いたいことを伝えて、俺たちはそれぞれの帰路についた。




 俺は指定された住所に着いた。

 出入り口には私服に着替えた雪花さんが立って待っていた。


「すみません、お待たせしました。」

「いいよ、ちょうど出来合いのもの買ってきた所だし。」

「……やっぱり雪花さんの家で話するんすか?」

「は? 嫌なの?」


 ギロリと睨まれて俺は竦んだ。そういう問題ではないのだ。


「いやー、その。独身の女性の部屋に2人きりは何か申し訳ないんすけど。」


 俺がもじもじしながら言うと、雪花さんは呆れたような、しかしどこか可笑しそうな声音で揶揄うように言った。


「何、アンタ今更私と2人きりに照れるわけ?」

「いや仕事ならアレっすけど業務後の雪花さんの部屋なら動揺しますって!」

「バカ正直。」


 だが、続けた話では明らかに声のトーンが変わった。


「斑目が、別れた時に渡してきたデータのことなの。部屋じゃないと見られないから来て。」

「え?」


 千里さんが渡してきたデータ? もしかして最後の握手のタイミングで?

 思わぬ物の登場に俺は怪訝な表情をしていただろう。彼女は俺を一瞥することなく、部屋に向かっていく。俺は混乱したまま、その背を追って小走りで階段を上がった。


 部屋にはすでにノートパソコンが設置されており、雪花さんは鍵のかかった引き出しからSDカードを取り出した。そして、端末に入れてフォルダを開いた。

 何が入っているのだろう、俺がファイルのタイトルを見ていると、雪花さんは先ほど購入してきた食事を開けて並べていく。


「まぁ、食べながら見よう。」

「え、千里さんに失礼じゃありません?」

「アイツが私に対してそういうの期待するわけないじゃん。」


 この人たちの信頼関係はこういうものだった。

 ファイルは画像と動画ファイルが殆どだったが、1つだけPDFが混ざっていた。露骨に『まず聞け』という導入と思われるファイルがあり、雪花さんは割り箸を割りながらダブルクリックで開いた。

 画面は真っ暗、ガタガタと物音が聞こえた。


『録れてるね。雪花、約束通り真紘もいるかな。』


 別れたのは数日前なのに、目頭がジンと熱くなった。

 でも、どうせ飯食べてんでしょ、との言葉にさすがだなと涙は引っ込んだ。


『データが嵩むし手短に伝えるよ。戸張達と一緒にいた男と、薄石のことだよ。』


 思わぬ言葉に俺は固まった。雪花さんもまた雰囲気を変えた。こちらの反応など素知らぬ千里さんは淡々と話していく。

 ほんの少しだけ、心配は滲んでいたけど。


『戸張と一緒にいた男。素性は知れなかったけど、1回だけ役所に来ていて、志島さん達が対応してたんだ。柊さんが戸張側の人間だったから何か隠している記録があったんじゃないかって思って調べたら案の定だよ。じゃ、PDFファイルを開いて。』

「本当働くよねアイツ。」

「そっすね……。」


 言われた通りファイルを開くと、そこには手書きの記録をスキャンしたであろうデータが保存されていた。記録者の欄には千里さんが言った通り、『志島武久』と達筆で署名されていた。

 動画を一度止めてその記録を見ると細かく記載されていた。記載者は志島さん、さすがの細かさである。会話を担当したのは別の人らしい。


 男の名前は羽柴宗佑(はしばそうすけ)というそうだ。そして、この男は【罪人】であった。

 俺はこの時点で嫌な予感がしたが、相談内容を読んでさらに顔を顰めることになる。


『人を探しています。』


 相談はその一言から始まった。


『どなたを探しているんですか?』

『薄石彩明という女性です。ミルクティー色の髪をしている可愛い系の顔で21歳大学生、身長は162cmほどです。生前お付き合いをしていたのですが、いかんせんこちらに来る直前の記憶がないもので。万が一ともに事故などに巻き込まれていたかと思うと気が気でなくて。』


 あまりにも完璧すぎる個人情報に俺たちは顔を見合わせた。だが、彩明さんは今までこの男に関する言及はしたことがないはずだ。


『今の所、そういった女性はこの地区には来ておりませんよ。』

『そうなんですね。他の地区にいらっしゃる場合も?』

『それはお答えできません。神様の選定により、貴方はこの地区にいらっしゃったのですから。』

『……そうですか。』


 文章なのにひどく不気味に感じる。何でことのない内容のはずなのに。隣で同じく内容に目を通していた雪花さんも眉を顰めていた。

 気を取り直して再度ファイルに目をやる。


『では、手続きに入らせていただきます。』


 そこからは、【罪人】に関するシステムの説明が為されている。

 保証人がいない場合は専用の更生施設に居住を置くこと、保証人が見つかればその者の監視下で生活を送らなければならないということ。業の証を消すためには善行を行うかまたは罪を犯さずに日々を過ごすかの2択であること。

 行く末は天国か、地獄か。


 だが、その時の相談者の反応は想像のし難いものであった。

 ただ、『微動だにせず興味がなさそうに聞いていた』と書いてあるのだ。


『ところで、保証人がいれば地区の外に出られるのですか?』

『基本的にはあまり推奨されません。例外としては、役所職員、探偵業務に就いている者、保証人、以上の該当者2名同行がする条件かつ3日間までと定められています。』

『では、地区外に逃亡することは許されますか?』

『許されません。地獄への近道となるだけです。』


 この対応の人も淡々としている。

 雪花さんから聞いた一連の流れと違いなく依頼の話まで進んでいったようだ。


『分かりました。探偵事務所に向かいます。』


 それを最後に相談は終わったそうだ。

 だが、同日探偵事務所に向かう道中で彼は失踪した。以降の行方は掴めなかったらしい。

 俺より先に読み終わっていた雪花さんは俺が息を吐いたことで読了を察し、千里さんの音声を再生させた。


『読み終わったかな。次に2番のファイルを開いてもらえる?』


 言われた通りに開くと、そこには地区内の地点や日時場所の一覧が記されていた。


『2人はこの一覧に心当たりはないよね。俺もなかった。これは柊さんが意図的に消した防犯カメラのデータ一覧だよ。そこに当てはまる条件、雪花ならよく思い出せば分かるよね?』


 俺は分からず雪花さんを振り向いた。

 怒りと動揺が滲んだ青い顔でポツポツ呟く。


「もしかして、羽柴が映っていた映像? でも、これって。」

「どしたんすか?」


 俺が顔を覗き込むと、一瞬下唇を噛んだ雪花さんは絞り出すように答えた。


「……彩明の行動範囲と被る。」


 俺は慌てて別シートの一覧を見る。同じ日付時間、それに対応してほぼ同じ場所が記載されていた。

 まるでこちらを見ているかのようなタイミングで、千里さんの言葉が続いた。


『3番目のファイルを開いたかな。もう察しの通り、2番目のファイルは羽柴さんが映っていた防犯カメラの一覧、3番目のファイルは薄石さんの業務の場所。柊達が捕まってからファイルを復旧する作業の中で見つけたんだ。幸いここ最近で動いている様子はなかったから大丈夫、と思いたいけど。』


 ため息混じりの彼の声には疲労が滲んでいた。甦る直前に気づいて慌てて調べてくれたのだろうか。

 だが、ここで雪花さんは疑問を呈した。


「でも、こんな緊急的な内容、どうして口頭で言わなかったんだろう? それに東雲に隠すなんて、私やアンタに伝えないよりあり得ない。」

「そっすよね……。」


 こんな重大事項を先生に教えないなんて千里さんならあり得ない。しかし、すぐに答えは彼自身が吹き込んでいた。


『ここまで聞いて2人は考えたでしょ? どうして東雲さんには言わないのかって。』


 少しばかり声が低くなった気がした。千里さんは淡々と彼の考えた仮説を話し出した。


『今までの東雲さんと薄石の関係を考えて。

 初めて会った時、薄石は東雲さんのことを知っていて、東雲さんは知らなかった。2人は羽柴さんの顔を映像で見て何も反応しない。一方であの男は薄石さんの顔を知っている。極め付けはその男の罪状だよ。』


 経歴のところを見て、俺達は目を見開くことになる。

 罪状は殺人未遂2件。

 被害者は警官1名、女子大学生1名。


 それを目にした雪花さんはテーブルを叩いた。


「これって……、あの男が東雲と彩明をこっちに送ったってことじゃない!」

『しかも、薄石と東雲さんの関係を見るに、東雲さんが羽柴の被害を受けた後、羽柴は薄石が関わらないところで命を落としかけ、それを追う形で薄石は命を失いかけている。俺は意味が分からなかったし、誰に伝えるのが正しいのかも分からなかった。』


 甦る間近にこの情報を見つけてしまったにも関わらず取り乱さずにいられることの方が凄いと思う。

 雪花さんは頭を抱えて俯いている。


『だから、2人に託す。無責任かもしれないけど。誰にどう話すかも任せる。俺の元同僚と、恩人を頼むよ。』


 それだけを言うと音声データは終わった。

 千里さんらしい、無駄のないものだった。


 俺は雪花さんに向き直った。


「どうします? 早速、彩明さんに連絡をとりますか?」

「いや、まだ大丈夫だよ。役所には警察が出入りして調査を継続しているからね。」

「……てことは、大丈夫なのはあと3日ですか。」


 雪花さんは頷いた。

 先日の事件から警察の調査は続いており、確かあと3日ほど出入りをするため、業務により窓口が変わると通知がきていた。


「羽柴は戸張と一緒にこの地区に侵入してきている。そして、狙い目は警察の役所への出入りが消える4日後から。だから、それまでにやることやるよ。」


 冷静に、だが、明らかに怒りを滲ませた雪花さんは俺に告げる。

 俺はもう大丈夫。千里さんに託され、先生にも認められた。俺は彼女の言葉に頷くと、無意識のうちに拳を握りしめた。

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