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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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80/92

80.泉桃華③

 泉さん編これにて終了となります。

 次話よりいよいよクライマックスへ突入します。

 俺たちは記憶の世界から脱出した。

 流石というべきか、泉さんは決して感情を乱さなかった。笑顔を貼り付けたままだ。

 俺にはそれがひどく悲しい顔に見えた。


「さて、現世窓へ行きましょうか?」


 こんな時にも、まるでステージの上にいるような毅然とした態度を保っている。

 直接見たわけでもない俺は自分の記憶にアレだけ取り乱したのに。人生経験だとか性格の違いがあると言えど、ここまで反応に差があるか。

 だが、先生は決して余計なことを言わず笑顔で答えた。


「分かりました。行きましょうか。」

「ええ。」


 先生が彼女を連れ、現世窓に向かった。

 俺は雪花さんとともに後ろをついていく。雪花さんはどことなく俺のことを心配しているような感じがした。


「雪花さん?」

「何?」

「俺は大丈夫っすよ。」


 俺がそう言うと雪花さんは目を瞬かせた。


「千里さんをはじめ、皆さんに支えてもらいましたから。見ててください。」

「……わざわざ見なくてもアンタのことは分かってるつもり。」


 あんなに取り乱した姿を見せたのにも関わらず、今までと変わらない態度で同僚の1人として接してくれる。それがどうしようもなく嬉しかった。

 俺が頷くと、横に並ぶ彼女が微笑んだ気がした。


 現世窓のある部屋にたどり着くと、すでに準備は整っていた。

 モニターの前に座った泉さんはしゃんと背筋を伸ばして座っていた。真っ直ぐにモニターを凝視する。

 画面には静かに人形のように眠る彼女と、彼女によく似た男女ー恐らく両親ーが傍らで肩を落としながら付き添っている姿が映っていた。

 上から見ると、病室だけでなく廊下や病院の敷地程度であれば確認することができるのだが、過去の記憶の世界にいたスタッフたちの姿も無い。ちらほら敷地の外に見えるのは好き勝手に話すメディア関係者のみ。

 何とも薄情なものだと内心で悪態づいてしまう。


『桃華が活躍してくれて、幸せにやってると思ってたんだけどな……。』

『あの子が事務所に入りたいって言ったから応援したけど、間違いだったのかしら。』

『いや、俺たちがもっと早く気にかけてやれば……。』

『ごめんねぇ、桃華……。』


 両親は、泉さんの選んだ道を、彼女の背中を押したことを後悔しているのか。

 俺は何となく自分と重なってしまった。


 こうやってお見舞いに来てくれる人は、当人に起きた不幸を自分の教育や行動を酷く悔いることがある。自分が行動しなかったから、あんなことを言ってしまったから、と。

 悪いことなど何もしていない人が殆どなのに自分を責めているのを見るのが、こちらもまた苦しい。

 真っ直ぐに伸びていた背をほんの少しだけ丸めて口を開いた。


「あなた達はーー。」


 何か覚悟を決めたかのように大きく息を吐いた。


「【半生人】よね。待っている人、覚えてるの?」


 俺を含めた3人は目を見開いた。全員が固まらざるを得ない質問だったからだ。


「……悪いけど、私はいない。」

「そ、う。」


 目線を落とした泉さんの欲しい言葉が分かった気がした。


「……僕は「俺は!」


 咄嗟に俺は言葉を発していた。先生の言葉を遮るという行為をしてしまったことに俺は一瞬口を噤んだが、先生と視線が交わると、静かに頷いてくれた。

 たぶん、俺は規模は違うが彼女と『同じ』はずだ。

 きょとん、と大きな目が溢れそうなほどに丸くすると彼女は不安げに首を傾げた。


「その、俺も自分で薬飲んで昏睡状態の身なんです。」

「……!」


 俺の言葉を聞いた彼女はわかりやすく動揺を見せた。

 でも、大丈夫だ。


「正確には見てないんで分からないんすけど。俺の家族って割と有名な陸上選手らしいんす。俺も幸い才能は継いでたみたいなんすけど、事故で左足がないらしくて……。

 だから、実際甦ったところで家族は何て言うか、怖いんですよね。責められるんじゃないかとか、自分の命じゃなくてそういう才能の方を見てたんじゃないかとか。」


 あまり上手く言えないが、泉さんにも心当たりのある感情だったらしい。

 顔を伏せたまま、躊躇いながら尋ねてきた。


「……君は、甦るの?」

「はい。」


 俺が即答すると泉さんは驚いた顔をした。

 思ったより俺の声は真っ直ぐで自分でも驚いた。でも、自分の意志が想像以上に固まっていたことが嬉しくてつい笑みを溢してしまった。


「先に甦った友だちが言ってたんです。走れなくても俺の性格を好んで頼ってくれる人もいる、同じ世界のどこかで生きていてくれたら嬉しいって。

 俺に対してそう言ってくれる人がいるってことは、有名人の泉さんならどんなことがあってもずっと想ってくれるファンだっているんじゃないんすか? 泉さんまでは届いてなくても、世界のどっかに。」

「……ふふ、規模が広すぎよ。」

「それだけ有名人ってことですから。」


 泉さんも小さく笑ってくれた。


「その人の言葉を少し借りるなら、泉さんなら世界に飛んで活躍してもいいわけですし、芸能と関係ない部分でも泉さんにも惹かれてる人がいるかもしれないわけですから、そっちの道に進んでもいいってことです。

 ……真剣に芸能活動している人にいう言葉ではないかもしれないですけど。」

「でも、君も真剣に陸上していて、その上で受け取った言葉なのよね?」


 俺は頷いた。

 泉さんは少しだけ考える顔を見せると小さくつぶやいた。


「……少しだけ、1人にしてもらえるかしら?」

「分かりました。」


 先生が返事をすると、職員さんだけを出入口に残して、俺たちは部屋を出る。

 もしや余計なことを言ってしまっただろうか。後悔しても仕方がないこととは理解しているが、内心汗が止まらない。

 俺の不安を察したのか、先生が笑いながら肩を叩いた。


「不安に思うのは分かるけどね、あの場では100点の答えだったと思うよ。」

「……そっすか?」

「私もあれが良かったと思うよ。アンタだって自分と重なったから声をかけたんでしょ。」

「まぁ、そっすけど……。」

「言ったものは仕方ないんだから背筋伸ばしな。」

「イタッ!」


 バチーンと大きな音が役所の廊下に響く。強制的に背筋を伸ばされた俺は2人の言うことを信じて大人しく廊下を進んだ。




 ただ、その後の泉さんの言葉は拍子抜けするものだった。なぜなら第一声はあっさりとしたものだったからだ。


「さっさと甦るわ。手続きをお願い。」

「分かりました。」

「……。」


 先生と雪花さんは当然のように手続に向かってしまった。え、そんなにすぐに決める?

 俺は理解できずにその場に留まっていると、泉さんは腫れた目元を和らげながらおかしそうに笑った。


「どうして言葉をかけた当人がそんな表情をしているのよ。」

「いやぁ。そんなすぐに決断できるもんなんだなぁって。」

「君も同じタイプだからいざって時にはできるわよ。ふふ。」


 事務所に来た時と同じように柔らかく笑った。真っ直ぐに俺を見つめる泉さんはやっぱり綺麗で、人を惹きつけるカリスマ性っていうものなのかなと感じた。

 彼女は先生達が戻ってくるタイミングを察したのか、コートやサングラスを慣れた様子で装着すると、相変わらずしゃんとした姿勢で立ち上がった。


「準備できましたよ。」

「待っていたわ。」


 にこにこしていた先生もあまりにも早い切り替えに一瞬固まったが、すぐにいつものペースで彼女を天上の門へと案内する。

 さすが芸能界で揉まれただけあって逞しいな。

 俺は呆気にとられながらも、2人の背を急ぎ足で追いかけた。





 有言実行。

 彼女はすぐに帰った。


 何だか嵐のような人だった。

 あんな感じなら、甦って自力でマスコミを跳ね飛ばして何ならハリウッドに飛び込む度胸を発揮しそうだ。

 俺が荷物を積んでいると、同じく荷物を積みに来た雪花さんがやってきた。


「ねぇ、日笠。」

「お疲れ様です。どうしました?」

「朝の話なんだけど、仕事終わったら少しだけいい? ここで合流で。」


 俺は雪花さんから小さなメモを受け取った。そこにはどこかの住所が書いてあったが、俺は何となく見覚えがある気がした。

 ここってもしかして雪花さんの家じゃ。


「2人で話したいことがある。よろしく。」

「……はい。」


 2人きりとか緊張するシチュエーションだろうが、雪花さんはどこか険しげな表情をしており、そんな戯言が言える雰囲気ではなかった。

 俺がメモをポケットにしまうと同時に手続きを終えた先生が車の方に戻ってきた。


「お疲れ様、日笠くん。今日は君のおかげでスムーズに解決したよ。ありがとう。」

「いえ、思ったことを言っただけなんで。」

「それでもああやって言えるのは君ならではだよ。……本当に、成長したね。」


 思わぬ褒め言葉に俺は照れ臭くなり頭を掻く。


「でも、成長できてたなら、先生や雪花さん、周りの人たちのおかげっすよ。これなら思い残すことなく甦れそうです。」

「……そっか。」


 以前ここに来た時、衝動的に甦らなくて良かった。懐かしい記憶に俺はつい目を細めた。

 その様子に先生は気づいていたのか、嬉しそうに笑った。だが、俺にはその笑顔は違和感でしかなかった。何だか放っておけず素直に疑問を口にした。


「先生? どうしたんすか?」

「……そろそろ君に提案しておきたいことがあってね。申し訳ないんだけど今日帰る前に10分くらい、2人で話せないかな。」


 雪花さんとの約束があった俺は逡巡した。

 断る選択肢も浮かばないわけではなかったが、10分くらいならいいだろう。走っていけば間に合うはずだ。

 それに本能的に聞いておかなければならない話のような気がした。


「分かりました。」

「……ありがとう。」


 消えるように呟く先生はどこか寂しげで。

 喉から出かけた言葉をぐっと押さえ込み、俺は先生達に倣って車に乗り込んだ。


【ケース報告書】


対象者:泉桃華(27)

 対象は芸能活動を行なっており、事件前にはドラマに出演をしていた。クランクアップ後の打ち上げの際に出演者の1人である男性と交際を匂わせるような写真を撮られ、社会誌に取り上げられた。対象は記事が事実と異なることを訴えたが、積極的に動く者はおらず、SNSにより事実とは異なる情報が広がっていくことを止められなかった。

 本件は、上記の内容を苦に感じたことにより自傷を図った。出血に伴う貧血や意識障害による脳機能に関する後遺症の懸念はあるが、パンドラの鍵が出現するタイミングを鑑みると、軽症に留まることが予測される。

 パンドラの鍵による要因確認後、現世窓を利用。本人は今後の転機に迷う様子も認められたが、当事務所助手の言葉により当日中の甦りを希望した。芸能活動を継続するか否かは本人次第であるが、両親や人知れず彼女を応援するファンの支えがあれば、更生までそう時間はかからないだろう。


 以上、報告とする。


報告者:東雲標


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