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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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79/92

79.泉桃華②

 お久しぶりです!

 リアルが忙しいのもありましたが、他の漫画やゲームに現を抜かしておりました…。

 更新再開して参りますのでよろしくお願いします。

 俺たちは役所のいつもの部屋にたどり着いた。つい昨日も来ていたのに、いや、来るたびにこの部屋の空気は変わる気がする。

 さすがの度胸というべきか、泉さんは微塵も緊張している様子を見せなかった。

 

 雪花さんの手伝いで彼女も準備を進めていく。

 俺はその様子を見ながら、彼女が俳優であることを実感させられる。服を着させられる、他人に何かをされることに抵抗がないというか、慣れているというか。

 ふと目が合うと、彼女は小首を傾げながらこちらに質問を投げかけてきた。


「私の顔に何かついているかしら?」

「いや、何かこう、スター感があるなぁって。」

「そうかしら?」


 愉快そうに笑う彼女は準備を終えた。

 先生はそれを見て少しだけ哀しげに微笑むと、行こうかと合図を送ってきた。




 彼女の世界は明るい世界と暗い世界が同居していた。

 まずはじめに映った世界は、恐らく彼女の事務所であろう場所にいる泉さんだった。失礼だが、今の彼女より少し初々しく見えた。

 同じくその場に並ぶのは彼女と同世代と思われる女性が幾名か、見覚えのあるような、ないような。


「あれって泉さんと同じ俳優さんですか?」

「……1人は有名な女優さんだよ。朝ドラにも出てた。あとは別のドラマの脇役に出ていたけど、いつの間にか見なくなってしまったね。」


 一応先生に小声で聞いてみたものの、泉さんの耳にはしっかりと聞き取れていたのか、どこか寂しげな彼女は付け加えた。


「芸能界って弱肉強食なのよ。弱味を見せたら、負け。もちろんそればかりではないけど、少なくともうちの事務所はそうだったわ。」


 弱味を見せたら負け。

 何だかな、分からなくはない気持ちである。

 自分もたぶんスポーツの世界で競ってきた人間だ。例えおこぼれだとしても手に入れられた機会は生かさなければならない。


『泉桃華です! 一生懸命頑張ります! よろしくお願いします!』

『いいねぇ、元気で。しかも花もある。』


 マネージャーさんだろうか、社長さんだろうか。年配のおじさんの拍手に合わせて周りの女性達も拍手をする。だが、どこかぎこちなくて。


 そのぎこちなさが顕著に出たのは、次の場面だ。

 今とほぼ同じ容姿に成長した彼女は頬を紅潮させながら事務所に駆け込んできた。数年前に彼女達を温かく迎えてくれた男性が、嬉しそうに微笑んだ。


『社長、先ほどいただいたメールの話、本当ですか!』

『泉さん、落ち着いてください!』

『構わないさ、それほどにビッグニュースだろう。』


 ああ、あの人社長さんだったんだ。で、横にいるのがマネージャーさんか。

 社長さんは企画案、いや台本だろうか。

 分厚い用紙が彼女の目の前に鎮座する。泉さんは信じられないものを見るような目で、その書類を見つめていた。

 そして震える手で恐る恐る触れると、ページを捲っていく。


『先日のオーディション、『恋しら』のヒロイン役、合格したよ。』

『あ……ありがとうございます!』


 彼女の手には確かに『恋しら』の台本があった。

 横から見るとその台本は彼女のために準備された新品のものであり、一見しただけでも凄まじい文量であることは見てとれた。


 だが、新人でそんな大仕事。周りが黙って見ているわけにはいかない。

 彼女の周りでは動機であったはずの女性たちやスタッフさんが陰口を叩いていた。


『ねぇ、あれが噂の新人でしょ?』

『どうせ顔だけだよ、厚かましい。』

『恋しら、終わったな。』


 だけど、周りの人たちの声はすでに彼女の耳には届かなくなっていた。役にのめり込んでいるというか、もはや有象無象としか捉えていないというか。


 場面が切り替わり、舞台裏。

 彼女は血の滲むような努力をして。主人公の体型に準えるよう体重を落とし、髪を切った。身体も公式設定になるべく近づけた彼女の演技は圧巻だった。

 舞台裏の汗だくの彼女とは違い、『恋しら』のヒロインは華やかで、等身大の高校生。なのに、特殊能力のせいで他人の恋愛を救っていくことに夢中になり、身近な想い人に気づけない。

 

「すげー……。」

「やっと分かってくれたかしら。これでも女優の端くれってこと。」


 端くれなんて言ったら失礼だ。

 俺は首を大きく横に振った。


「端くれなんてとんでもないじゃないっすか。さすが主役ですね……。」

「ありがとう。」


 そして、ドラマはクランクアップを迎えた。

 ともに撮影に挑んだアクター達もまた花束を抱え、拍手をしていた。過去の泉さんも嬉しそうに頬を赤くして喜んでいた。


『泉さん、お疲れ様。』

『お疲れ様です!』

『良かったらスタッフと打ち上げ行かない?』

『行きます!』


 泉さん曰く、この時はドラマを撮り終えた安堵感と視聴率をキープできている喜びに気が抜けていたそうだ。

 それに他のスタッフもいるなら大丈夫だろう、その油断が命取りだった。


 次に目が覚めた場所は見覚えのないベッドと天井だったようだ。


 慌てて起きた泉さんは胸元がはだけており、俺はつい目を逸らした。警察の事件でもそういった色恋だとかの修羅場は見慣れているのか、先生は表情ひとつかえず見守っていた。

 家の主は飲み会に誘った俳優の1人。撮影場面から推すに、脇役の1人だったと思う。


『ああ……おはようございます。』

『えっと、何で私、ここに?』

『別に如何わしいことはしてないですよ。服は皺になるからとパジャマを渡したら自分で着ていましたよ。あそこのハンガーに服は掛かっています。』


 過去の泉さんは疑っているらしい。訝しげな顔で辺りや何故かゴミ箱を見回している。

 ただ、その俳優さんの言っていることは真実らしい。彼女は一言断って浴室で着替える。俺が咄嗟に顔を覆うと、泉さんが意地悪く笑う声がした。

 着替え終えた彼女は、俳優さんを一方的に恨んでしまったことを申し訳なく思ったのか、玄関まで見送りに来た彼に頭を下げた。


『あの、ご迷惑をおかけしました。借りは近いうちにお返しします。』

『いいえ、お気をつけて。』


 サングラスとマスクを装着した彼女はそそくさと出ていった。俳優さんは笑顔で手をひらひら振るのみ。

 何でだろう、俳優さんの笑みがやけに優しい気がした。


 その違和感は間も無く解決した。


 その数日後、泉さんがでかでかと映された週刊誌やニュースが世間を騒がせる。なるほど、雪花さんや先生が微妙な顔をしていたのはこれが理由か。この世界でも、少し時間差はあるものの後から亡くなった人の情報により現世のニュースは知ることができるからだ。


 内容は、泉さんと俳優さんの熱愛報道だった。

 泉さんサイドは事務所が否定、泉さん自身も一度否定したきり、メディアには対応しないようにしている。

 俳優さんはドラマのヒットとこの熱愛報道により一気に名前が馳せる。彼はメディアの質問にも笑顔で対応して答えは濁すばかりだ。その対応ゆえに、メディアはさらに俳優さんと泉さんを追いかけ、憶測を呼ぶ。

 ーーまるで、それを狙っているかのように。


 ううん、俺だったら嫌だな。

 正直、ドラマの出演者の中では顔がいいかというと何とも言えないと思うし、撮影や飲み会の様子を見る限り猫被りではないかと感じた。


 事務所に呼び出された泉さんは意気消沈、という様子だった。彼女が社長の元に歩いてくるまでの廊下は地獄のように思えた。

 同時期にデビューした女優さんやまだ売れていない人、スタッフ、事務職員がこそこそと陰口を叩いている。


『ドラマ成功したからって生意気じゃない?』

『でも、俳優の〇〇ってところがちょっとねぇ……。』

『××さんには相手にされなかったんでしょ。』

『というか、あのレベルと関係持ってまで名前売りたいわけ?』


 嘲笑、軽蔑。

 あることないことを言われる。

 ここまで悪意のあるものではなかったが、俺もこの感覚は味わったことがあるものだった。


 泉さんに向き合う社長は重いため息をついた。


『泉さん、今回のはーー『今回は完全に嵌められたんです!』


 社長が話し出す前に彼女は間髪入れず抗弁を述べた。


『確かにドラマの打ち上げには行きました。ですが、今回のような機会を狙った事実はありません! だから、私は全力で否定します! 事務者もそのように再度文書を出してください!』


 過去の泉さんは肩で息をしている。必死に自分の潔白を訴えていた。

 だが、社長さんの表情は浮かない。そしてマネージャーさんも泉さんの言い分を聞いてなぜか苦笑いしている。俺は理解できなかったが、この場に蔓延する異常な空気は感じ取れていた。

 口を開いたのはマネージャーさんだった。


『泉さんの言いたいことは分かりますよ。ですが、一度文書は出しています。過度な否定は火に油を注ぐような行為ですよ。それに現状、我々にもメリットはあるんですよ。』

『メリット……?』

『そう、ドラマと君の宣伝効果です。』


 過去の泉さんは絶句した。自分のプライベートよりも利益を優先したことに対する絶望か、顔色がどんどん悪くなっていく。

 それに気づいてが気づかずか、マネージャーは続ける。


『芸能人ならよくあることですよ。まぁ、肯定しなければいいんです。エゴサとかすると面食らうんでやめておいてくださいね。それと、暫くは自粛した方がいいかもしれませんね。』

『……はい。』


 彼女は一体何を自粛するのか。

 もはや彼女の耳には届いていない。彼女は俯いたまま肩を落としていた。


 気力も回復する間も無く事務所から出ればインタビュアが出待ち。家周辺にも待ち伏せがいた。ポストの中にはありもしない告発の書かれた手紙や都合のいい場面だけ切り抜いた写真もあった。

 ニュースはありもしない憶測。

 好き勝手いうメディア。

 擁護する人間だって何を理解したつもりになっているのか。知人の連絡さえも、そう思ってしまう。


 自宅さえも落ち着く場所はない。もはやその手は実家にまで及んでいた。

 この感情、記憶にはないが確かに俺の身体は知っていた。


『……もう、疲れた。』


 過去の彼女は静かに洗面台に立った。

 そこには確かに鋭い刃が置いてあった。

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