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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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78.泉桃華①

 ほんの少しだけ日常編。

 今回の依頼は真紘も思うところがあるようですね。

「うわ……。」


 俺は寝起きの自分の顔を見て引いた。

 目が真っ赤になっており視界が狭い気がする。


 あの後、千里さんの部屋の荷物はいつの間にか消えたそうだ。ただ、千里さんの部屋には俺の荷物もそれなりにあった。もしや消されたか、と思いきや、事務所から帰った俺の目の前に荷物が戻ってきていた。

 これの恐ろしいところはあってもなくてもいいかな、という物は無く、あった方がいいなという物だけが選別されていたことである。

 さすが神様便、と言うべきか。


 正直なところ、左脚に関しては未だ受け入れられない部分が多くある。言及されればまた感情を昂らせてしまうかもしれない。

 だが、先のように自暴自棄になる程、受け入れられないといったこともなかった。

 なんとなく、自分の脚だと思えるようになったのだ。昨日からランニングでの出勤も再開している。


 俺はいつも通りの時間に事務所に出向いた。

 青果店のおじさんおばさんが嬉しそうに笑っていたあたり、今まで余程ひどい顔をしていたのだろう。思ったよりも心配してくれる人が多いことに気づき、自分の視野の狭さを思い知る。


 鼻歌を歌いながら事務所を掃除していると雪花さんが出勤してきた。


「おはようございます!」

「おはよう。」


 雪花さんもまた嬉しそうに目を細める。


「すみません、色々心配かけて。」

「別に謝ることじゃないよ。……顔色が良くなって良かった。」

「……ッス。」

「目は腫れすぎだけどね。冷やしたら?」


 ふっと雪花さんは笑った。

 まだ腫れているのか、俺の目。朝冷やしてきたはずなのに。


 俺が目元を揉んでいると、雪花さんはそういえばと振り返った。


「アンタ、斑目から何か貰わなかった?」

「え、荷物とか、そういう話っすか?」

「違う。USBとか、書類とか。」


 俺には心当たりはなかった。いや、あったとしても俺に渡すくらいなら先生とか南条さんに渡す気がするが。

 俺が首を横に振ると、雪花さんは少し悩ましげな表情を浮かべた。


「悪いんだけどさ、今日「おはよう。」


 雪花さんが何かを言いかけたタイミングで先生の挨拶が被った。


「おはようございます。」

「……顔色良くなってよかったよ。」

「はい。」


 先生は少しだけ申し訳なさそうな顔をする。

 あの後、雪花さんからも先生からも俺は謝られた。

 でも、例え何があっても俺は自分の行動に後悔はない。そのことを伝えると、2人は鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしたが、小さく礼を言ってくれた。

 俺にはそれで十分だった。


「あれ、雪花さん。続きは?」

「何でもない。仕事の準備するよ。」


 雪花さんは何故か俺たちに背を向けてしまった。

 先生に聞かれると都合の悪いことなのだろうか。

 あまりこの場で話を広げても先生が勘付きそうな気がしたため、俺は返事をするにとどめた。




 今日の依頼主は若い女性だった。

 泉桃華(いずみももか)、27歳。黒いサラサラのロングヘアにくりっとしつつもやや吊り気味の芯の強そうな瞳。写真に映る白い歯を見せた笑みはとても綺麗だった。

 それにしても。


「……この依頼人さん、どこかで見たことある気がしません?」

「は、アンタ本気で言ってるの?」

「え?」


 雪花さんは化物を見るような、信じられないと言わんばかりの顔をしていた。何だこの視線、久しぶりな気がする。

 俺の言葉を聞いた先生が苦笑いをしながら答えを教えてくれた。


「日笠くん、高校上がる頃、『恋しら』ってドラマ流行らなかった? 主人公の女の子が不思議な力で恋をする女の子に憑依して恋愛を成就させるってやつ。」

「『恋を知らせる君が行く』だよ。女子高生で流行ってた。その主人公を演じてたじゃん。」

「あ……あぁ!」


 そういえば受験期にクラスの女子が騒いでいた気がする。確か漫画の貸し借りもして朝礼が何かで怒られていた。


「あ、てことは女優!?」

「気づくの遅すぎ。」

「本当に興味ないんだね……。」


 それならこの美しさには納得である。ただなぁ。

 俺がまじまじと写真を見ていると、なぜか横で先生が笑い出した。


「君さ、やっぱり興味ないんでしょ。しかも、好みでもないと見たよ。」

「え、何でわかるんすか!?」


 おっと本音が。

 俺は慌てて口を塞いだが、手遅れだったらしい。先生からの生温い視線と雪花さんからの凍えるような視線に俺は耐えられそうにない。


「まぁ、斑目の顔が好きな面食いなら納得だけど。依頼人来ても余計なこと言わないでよ。」

「ちょっと色々語弊を生みそうなこと言わないでください!」


 あの南条さんファンの人がいたら大騒ぎされそうである。揶揄われているのは理解しているのだが、何となく照れ臭く、俺は拗ねて顔を逸らした。




 それから30分後、依頼人はやってきた。

 さすが女優というべきか、変装のためかマスクと帽子、サングラスを装着しているがオーラが違った。一方で付き添いの職員は萎縮しきっていた。


「ようこそ、黄昏探偵事務所へ。」

「こんにちは、お邪魔するわ。」


 慣れた所作でサングラスを外すと写真と違わない美女が現れた。この世界って顔面偏差値どうなってんだと疑わざるを得ないな。


「上着預かりますよ。」

「あら、ありがとう。」


 先生が席に案内すると人形のように精巧な笑みを見せた。何か芸能人って大変なんだな。

 俺はそれ以上の関心はなく、いつも通り茶菓子と飲み物の準備に取り掛かる。あれ、待てよ。芸能人に普通のお菓子とかコーヒーって出していいのか?


 俺がキッチンで固まっていると、様子を見に来た雪花さんが尋ねてきた。


「何してるの。早くしなよ。」

「女優さんに普通のお菓子って出していいんすか?」

「駄目なら東雲が準備しないわけないでしょ。ほら、さっさと動く。」


 それもそうか。

 俺は準備した盆を持つとそのまま客間の方に向かった。


 先生と泉さんは緊張してかちこちの職員さんを尻目に雑談を交わしていた。雪花さん、俺のことああ言ってたけど、先生も大概だと思う。顔色ひとつ変えない。


「ーーそれにしても。」


 不意に泉さんと目が合った。

 全く話聞いてなかったけど大丈夫か? 俺の心配をよそに泉さんは続ける。


「1番騒がない事務所、って言ったけどここまで平然と対応されるとは思っていなかったわ。君とか、『恋しら』世代でしょ?」

「え〜と……。すみません、ドラマ……というかテレビをそもそも全然見なくて。」


 下手な嘘より正直であれ。

 俺は居心地の悪さを感じながら頭を掻く。泉さんは驚いていたが、納得したように頷いた。


「なーんだ。私もまだまだってことね。」

「すみません……。」

「謝らないでよ! 私が意地悪してるみたいじゃない。」


 泉さんは思ったよりも朗らかに笑う。

 良かった、正直プライドの高い人なのかと思っていたから怒るかと思った。

 場の空気が和らいだところで、先生がさて、と話を切り出した。


「依頼の確認をさせていただきますね。今回は記憶の世界の確認と現世窓の確認でよろしかったですか?」

「はい。『パンドラの鍵』も浮き出ましたし、早めに帰りたいんです。私を待っている人はたくさんいますから。」


 その言葉も流暢でまるで演技を見ているような感じがした。

 俺が呆然としている間にさくさくと話は進んでいく。依頼の確認はすぐに終わった。


 3人が客間で話している間に、俺は雪花さんと記憶の世界に向かうための準備をしていく。俺はいつも通り


「何か凄い空間でしたね。」

「そう? 私は然程。というか、アンタも気にしてなかったでしょ。」

「まぁ。」


 正直図星だった。


「でも、彼女が命の危機に瀕するきっかけって何なんすかね。過労?」

「……アンタ、ニュースにさえも興味ないわけ?」

「芸能系はあんまりないっすねぇ。」

「……私が亡くなった後だけど。」


 雪花さんが荷物を詰めながら雪花さんはポツポツ話す。


「あの人、たぶん活動休止になっているはず。」

「え、そうなんすか?」


 全然記憶にない。


「きっかけは?」

「私も関心ないから詳しくは知らないんだけど、私より後に黄泉の国に来た人が言ってたよ。」

「へぇ。」


 本人がいない場でも話題に出るとは余程有名だったんだな。俺も現世に戻ったら少しは時事や流行りに関心を向けよう。少しだけ反省した。


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