70.罪の重さを知る女、知らない女 ※
今回は南条視点です。
少しだけ残酷な表現があります。
「おう、来たな。奴らに動きはねぇ。」
「分かった。今日はよろしく。」
俺が今日ペアを組むのは黄昏探偵事務所の元同僚・霧崎だ。薄石の家に泊まって、そこから現場に来た彼女は機動力に長けた服で出勤していた。
「……何?」
霧崎は俺のことを疑わしげに睨んでくる。
正直なところ、俺はこの女を心の底から信頼することはできなかった。スポーツ選手とは全く異なるタイプの気迫、覚悟、そして正に実践を想定した一撃必殺を前提とする戦闘技術。それを淡々と行うことができる精神力。犯罪者であるという考えが拭いきれず、どうしても雪花と呼び距離を詰めることに抵抗があった。
力だけで言えば俺が最も抗することができるはずなのにな。しかも、普段は至ってただのツンデレだ。
俺はふと霧崎に対して抱いていたある1つの可能性を口にする。
「お前のことだから、東雲と同じで無茶な配置を要求するのかと思ったのさ。」
「……確かに東雲もこっちに配属される予定だったもんね。」
俺たちは南区の花街に来ていた。
明朝、ちょうど5時くらいか。あと数時間すれば夜の仕事に勤しむ者達は帰路に着く。
目撃情報から、彼女は仕事後に戸張達と合流していることが多いことは知られている。故に戸張達がここに来る可能性も捨てきれないため、ここに精鋭が集められている。
もちろん、現れない可能性もあるが、その場合は城之内だけでも捕え、彼らが潜伏しているところを暴き出すだけだ。
「ま、正直なところ、ここに戸張が来る可能性は低い。だから、単独でも調べに行くとか言い出すと思ったんだがな。」
「馬鹿言わないで。感情的になってそんな非効率的なことしない。」
「……どの口が言うかね、それを。」
霧崎は俺の言葉で押し黙った。
相変わらず出入りのない城之内が勤める店の入口を観察する。
沈黙が場を包む。忠告のために言った言葉は少し強過ぎたのか。俺が口を開こうとすると同時だった。
「全部理解してるから。私が冷静さを欠いた時起こりうること。それに晴間のことも、あの馬鹿の善意も。……東雲と、日笠の嘘も。」
いや待て。日笠は明らかに何か妙な感じがしたから納得できるが、東雲もか? 確かにあのキレ者なら予期せぬ単独行動はしそうであるが。
「たぶん、東雲は戸張を捕まえるために日笠を泳がせるつもり。で、日笠もそれを察してほしかったからあんな妙な態度をとった。」
「それって危険じゃ……。いや、そもそもそれならこっちに戸張いないだろうよ。」
「そうだね。」
そうだね、って。
霧崎は自分の手で戸張を捕らえたいんじゃなかったのか? もちろん俺だって可愛い後輩だった晴間に手をかけたあの男を捕らえたい。恋心を抱き、慕っていた霧崎なら尚更。
「正直、頭も良くないし不意打ちとはいえフィジカルで負けた私が戸張と相対してできることなんて殆どない。だから、私もやることをやる。」
「……大人になったな。」
何かと忘れそうになるが、霧崎も20歳になって間もない筈だ。頭を撫でようとするとその前に振り払われた。
「それに、城之内を救うのは、私にしかできない。」
「捕らえるでなくて?」
違和感を口にすると、霧崎はあっさり頷いた。
「【罪人】には【罪人】にしか分からないことだってあるの。」
そう言われてしまえば俺が返す言葉はない。危険な香りはするが、それが自分の仕事だと言い切るならば俺も是が非でも同行してやろうじゃないか。
暫くすると閉店作業が終わったのか、続々と従業員達が姿を現す。店内での格好同様に煌びやかな奴もいれば、地味な格好の奴もいる。
用心棒やウェイターか、ちらほら男も混ざっている。
目を凝らして出てきた人間達の顔を確認するが、一見城之内はいないように見えた。後続に紛れてくるらしいな。
第一陣が解散すると同時、霧崎は動き出した。
俺は声をかけて止めようとしたが、霧崎が追いかける人物を見てすぐに合点がいった。
服装や肩幅を見るに男ーー、のようであるが歩き方がヒール慣れした歩きだ。加えて、背丈は目測で城之内と同じ程度、袖や裾から見える肌はやけに白く四肢は細い。
なるほど、包囲網を潜り抜ける程度であれば、問題ないクオリティの変装だ。俺も霧崎が動かなかったら『華奢で煌びやか、派手な女性』という先入観故に見逃しただろう。
にしても、髪まで切ってくるとはなかなかに気合が入っているじゃねぇか。
そこまでして戸張のために逃げるのか。
俺は無意識のうちにため息をつきながらも、警察の現場指揮官に無線で小さく報告をした。
暫く追いかけていると、城之内らしき人間が路地へ曲がる。
「俺が先に行く。」
「分かった。」
見失ってたまるか。俺は走って追いかける。
入り組んだ路地を進んでいく。向こうも気づいたのか走り出した。さすがに運動もロクにしていないだろう女に足で負けるわけにはいかない。
城之内は曲がり角を曲がった。
見失うまいと俺もスピードを上げた。
俺も曲がり角を曲がった瞬間だった。
「っと!」
「っ!」
目の前に銀色の刃が迫る。
俺は持ち前の反射神経で避ける。視界に入ったのは、包丁を振り翳した城之内だ。完全に目がいってやがる。
城之内は俺が避けたことを認めると踵を返し、逃げ出した。
だが、城之内の目の前にはいつのまにか回り込んできた霧崎がいた。慣れた手付きで警棒を出すと、不恰好に振り回す包丁を薙ぎ払った。そのまま重心を後ろに崩した城之内は尻餅をついた。
残念だが、霧崎の方が明らかに慣れていた。
城之内は悔しげに霧崎を見上げる。
「……ッ、この負け犬クソ女。」
「良く回る口だね。」
さて、さっさと捕まえるか?
俺が構えると同時、霧崎は構えていた腕をおろした。しかも、そのまま膝をついて城之内に視線を合わせ、警棒を床に置いた。
さすがの城之内も何が起きたのか理解ができないらしく目を白黒させていた。
「これで、フェアに話せるね。もう少し近づいていい?」
「……。」
城之内は疑わしげに霧崎を見つめている。
俺は構えていた腕を下ろした。霧崎は諸々の意図を含めて頷くと城之内の横に座った。
「アンタはさ、戸張をどう思ってるの?」
「は……。」
「不思議だったんだよ、何で戸張に付き従ってんだろうって。」
霧崎が首を傾げながら尋ねると、城之内は気を抜いたのかハッと鼻で笑うような様子を見せた。
「貴女には一生理解できないわよ。戸張様は『特別』なの。そして私も同じ『魅了』という力がある。『特別』同士が結ばれるのは必然なの。」
警察会議では、城之内は絶対にギフトを持たないことを指摘されていた。恐らく戸張の『洗脳』の影響だろう。
だが、霧崎はそれを否定しなかった。
「そっか。……アンタほどじゃなかったけど、私もそう思ったことあるよ。誰かの『特別』になりたいって。」
「なれたわけ?」
「なれなかった。たぶん、その人には既に『大切な人』はいたみたいだし、なろうとも思わなかった。」
「……憐れね。」
勝ち誇ったように城之内は霧崎を見下す。
だが、霧崎は決して怒ることはない。
「私は業の証を背負った時に理解したよ。私は他の人の幸せを踏み躙って、その上で死んだんだって。
確かに運や環境は悪かったし、どうしようもない部分はあったのかもしれない。でも、人の命を奪ったり徒らに幸せを踏み躙るのも間違いだよ。」
「……何よ。もしかして業の証を持ってる私が間違いを犯しているとでも説教したいわけ?」
「アンタは間違いは犯したけど、まだ戻れる。」
「ふざけるのも大概にして!」
城之内は霧崎の胸ぐらを掴んだ。
ポケットから果物ナイフを取り出すとそれを突きつける。先程の凶器よりも小さいが人の命を奪うには十分だ。
「私は愛されているの! 戸張様は私を抱いてくれた! 私に愛を囁いてくれた! だから他の何でもない奴らを一緒に見下した、選別した! 意味のない死後の世界で呑気に過ごしている奴らに罰を与えたの! アンタに何が分かる!」
「分かるよ。」
だって、私は愛もなく抱かれて、偽りの愛を囁かれた。何でもないと思った奴らを殺して罰を与えたつもりだったから。
「現世でね。」
そう言った霧崎は見たこともないほどに冷たい目をしていた。凶器を持って優位に立つはずの城之内が怯むほどに。
「現世でやったこと。心のどこかで正当化してた。でも、違った。黄泉の国に来て初めて、所長が依頼者にかける思いやり、南条の責任感も、東雲の真っ直ぐな正義も、日笠の純粋さも、斑目の気遣いも、彩明の笑顔も。晴間のーーも。たくさんの気持ちを貰って気づいた。愛の形は沢山あって、どれも暖かくて。
……私は生きている中でそれを見落としすぎたんだって。」
20歳の子が語るには重すぎる言葉。背負う罪も。
俺は口をつぐむしかできない。
「アンタも違和感を感じてるんでしょ? 城之内、アンタは本当に戸張から愛されてた? 貰ったものは暖かかった? 少なくとも、業の証が刻まれた瞬間は痛くて冷たかったはずだよ。」
そして霧崎は自分に向けられたナイフの刃の部分を躊躇いなく掴んだ。城之内はそれを見て明らかに身体を震わせた。
「現世だろうと、黄泉だろうと、人生が続いていることには変わりない。ただ、アンタは戸張からの偽りの何かを貰うためにたくさんの人間の幸せを踏み躙った。そして、アンタが掲げたこれは人の命を容易に奪えるの。
消せない、黒いものを自分に刻む。その覚悟はある?」
ああ、これが霧崎の現世での目か。
正直、俺でも油断していれば一瞬でやられる。それほどに彼女は修羅場をくぐり抜け過ぎた。
城之内の震えは止まらない。次第に手の力は抜け、だらりと弛緩し、そのままナイフを手放した。
「戸張様は、わた、私を愛、してた。とくべ、て言ってたわ。だって、他の人がいなく、なれば、唯一の、で。従わない時は、教え込んでやるって、殴っ……、でも、抱きしめて、くれて。」
典型的な暴力による支配の例だな。
城之内は泣いているのか、嗚咽を漏らしている。背丈の高いはずの彼女がやけに小さく見える。
霧崎は包丁よろしくナイフを横に捨て、掌から滴る血を袖で抑えると、そのまま城之内を抱きしめた。
「大丈夫、アンタはまだ手遅れじゃない。」
「違う……、戸張様は、私を。」
たぶん、心のどこかにほんの少しだけ綻びがあったのだろう。完全に洗脳が解けたとは言えないが、多少なり大人しくしてくれるはずだ。
霧崎がこちらを一瞥してきたため、俺は頷いた。
ったく面目ねぇな。
いいところ全部霧崎に持っていかれた。ーーいや、霧崎でなければここまで大人しく収束できなかったか。
俺は警察に繋がる無線を繋いだ。
「あー、こちら南条班。只今、城之内1名を捕……。いや、救助。応援頼む。」
『了解した。』
これでいいんだよな、所長、晴間。
既にいない2人を思いながら俺は変わり映えのない空を見上げた。
今回雪花は天道と話した時と同じ場所に座りました。




