7.助手、初仕事
助手の初仕事、短編です。
よろしくお願いします!
「おはようございまーす。」
「……。」
俺が事務所前に座っていると、雪花さんが怪訝な表情を浮かべた。
「アンタ、何時からいるわけ?」
「えーと、10時始業っすけど掃除とか勉強とか必要かなって8時からうろうろ。」
ちなみに俺はまだ試用期間のため鍵は貰っていない。
「もう少し寝ていたいとか思わないわけ?」
「思わなくはないっすけど、何か勝手に起きちゃうんすよね。ルーティーンというか……。」
「ふぅん。部活にでも入ってたの?」
「かもしれないんすけど覚えてないんですよね。」
たぶん、体の習慣や運動が嫌いでないことを考えると、運動部に所属していたことは間違いないと思うのだが、いかんせん思い出せない。
それが死因に関わると考えると気が重いが、考えすぎても仕方ない。気長に待とうという呑気な考えに至ったのだ。
「それより気になるのはそっちだよ。」
「そっち?」
雪花さんが指さしたのは俺の横に鎮座する大きめの紙袋だ。その中にはお菓子がたくさん詰められている。
「買ったの?」
「違います。貰いました。ご近所さんに。」
「……どうしてそうなったの?」
「まぁ、色々……。あ、先生。」
俺が貰った大量のお菓子を見て、出勤してきた東雲先生も目を丸くしていた。
「おはようございます!」
「おはよう。昨日に続き早いね。それにしてもすごい量のお菓子だ。」
「やっぱり東雲もそう思うよね。」
雪花さんが言うと先生は頷いた。
彼女は鍵を開けつつ、明らかに俺に疑いの目を向けながら訝しげに尋ねた。そんな俺が盗んだみたいな目で見ないでほしい。それくらいの常識はある。
「というか、アンタまだ給料貰ってないから娯楽品は買えないよね? それどうしたのよ……。」
「あー、それがですね。」
俺はさっき雪花さんに説明しかけたことを話し始めた。
実は、ことの始まりは昨日の夜まで遡る。
昨日、先生と雪花さんに助手就任の了承を得たすぐあとだった。とりあえず俺は走って帰ると決め、帰路についた。
ここで東雲先生が、渡したバスカード使いなよって言っていたのは聞こえないふりをした。それを事務所に忘れ、今彼のデスクの上に鎮座しているなどと言えない。
正直なところ、高校生ということもあり、こうやって仕事を理由に夜遅く帰ることは少しだけ楽しかったのだ。大人になった気分だ。
走っていると、道中で植木に座り込んでいる老女を見かけた。頭の上には周りの人たちと同じように輪っかが浮かんでいる。
「こんにちは。」
「あら、こんにちは。見ない顔ねぇ。」
「さっき、黄昏探偵事務所に雇ってもらいました!」
「若いのに偉いわねぇ。」
まだ仕事はしてないんだけど。俺は何だか照れ臭くて頭を掻いた。
ふと老女の横に置いてある荷物を見た。
以前述べた通り、この世界では就労は義務ではないが、早く輪廻転生の流れに乗るための手段だ。【半生人】の俺たちには関係ないけど、いわゆる『死』を選べば、その貯金は使えるらしいから何となく働いている人もいるらしい。もちろん、ただの暇潰しの人もいる。
ただ、高齢で仕事ができない人やする気力のない人たちもいる。だから、この世界では神様の采配で衣食住は最低限確保されるそうだ。
なんてことのない日々を送ることで輪廻転生に組み込まれる。
「誰か待ってるんすか?」
「いいえ。やっぱりこの歳だと魂だけになっても体力が追いつかなくてねぇ。」
確かに、どうせ生活するならある程度若返らせてくれてもいいように思うがそんなもんでもないのだろうか。
「家、近くですか? 俺、持ってきます。何ならおぶりますよ!」
「いいの?」
「それくらいしかできないっすから!」
俺が手を差し伸べると、女性は俺の手を使ってゆっくりと立ち上がる。傍らの荷物を抱え込む。確かに高齢女性には少し重い気がした。
なんとなく俺は女性の手をじっと見つめてしまう。
「どうかしたのかしら。」
「いえ! すんません。母さんとか婆ちゃんの手もこんな風に頑張ってきた手だったのかなって。」
「……そうよねぇ。貴方、若いもの。2人ともご存命よね。」
そうだよな。
この人の言うとおり、普通の家なら両親も、祖父母も生きているだろう。
俺が黙り込んだものだから、女性は慌てたように謝ってきた。
「ごめんなさい、私ったら不躾に。」
「いえ、そんなんじゃないっすよ。何か話聞いたら懐かしくなっちゃったんでこのまま手を繋いでいってくれません?」
ちょっと照れ臭かったけどお願いしてみたら、少し驚いた女性は目を丸くしながらも微笑んでくれた。
「ふふ、喜んで。」
「やーり。」
俺はそこから15分程度の女性の家まで一緒に歩いた。
どうやら高齢女性向けの集合住宅らしく、1階には談笑スペースみたいな場所があるみたいで、何人かの女性が話していた。
1人が俺たちに気づくと、全員立ち上がってこちらにやってきた。
「ただいま。」
「あら〜、梶江さん。いい男連れて。」
「こんばんは。」
「挨拶もできていい子ねぇ。」
「こんなに買い込んだの? 限界のない身体とは言え、無理は禁物よ〜?」
マダムたちの勢いは凄い。
俺が戸惑っていると、ポケットや鞄に飴とか駄菓子とかを突っ込まれる。何ならスーパーの袋にその場のお菓子や果物を詰め込まれていく。
よくよく見るとみんな頭の上に輪っかがある。こんな元気な人たちが故人なんて信じられない。
「ここなら神様にお願いすれば、すぐに補充されるんだからまとめて買わなくてもいいじゃない。」
「でも、買い物楽しいじゃない。」
「お願いすると補充されるんですか?」
俺が尋ねると、女性の1人が目を丸くした。
「まだここにきて浅いのね。この世界は神様に頼めばある程度のものは手に入るのよ。質とかデザインとかは選べないけどね。」
「へぇ〜。いいこと聞いたっす。俺もやってみよ。」
「素直ないい子ねぇ。」
おばあさんが手を伸ばしているのをみて少しだけ屈むと、頭を撫でられた。何だかムズムズしてしまう。
「そういえば、この子黄昏探偵事務所の助手さんになったそうよ。」
「あそこ探偵さんも美形だものねぇ。」
「女の子も美人よねぇ。目の保養だわぁ。」
どうやらあの事務所は近所の人達にも人気らしい。
話を聞いていると、彼らにも荷物を持ってもらったり困りごとを手伝ってもらったり。稀に現れる不審者の対応もしてくれたりとまるで警察と同じような働きをしているようだ。
凄いな、あの人たちの行動力と身体能力。
「俺、日笠真紘って言います。以後お見知り置きを。」
俺がハッと思い出したように名乗ると、手持ちの荷物はさらに増えていく。
その場にいたおばあさんたちにも名乗られたけど荷物持ちを手伝った梶江さん以外全然覚えられない。というか、増えてないか?
梶江さんがハッと何かを思い出したような口にする。
「あっ、そういえば真紘くん。この辺で猫ちゃん見かけなかった? 三毛猫で頭の上に輪っかがついている子。」
「猫?」
驚いた、この世界には猫もいるのか。
というかもしかして目をこらしたら虫の頭とかにも輪っか乗ってるわけ?
俺が疑問を拗らせる前におばあさんたちの話は再開される。
「無事成仏してくれたならいいんだけどね。この辺も最近成仏される人が多いから寂しいわぁ。」
「この前は箕輪さんだもんねぇ。」
おお、話が止まらないな。
広がっていくマダムの会話を尻目に、どのタイミングで帰るかと思案していると、梶江さんが手を叩いた。
「ほら、そろそろ遅いから解散しましょう。真紘くんもありがとうね。」
「あっ、いえ。こちらこそお菓子ありがとうございました。」
俺は反射的に返事をして頭を下げた。
やっと帰れる、そんなことを思いながら顔を上げるとどこか寂しげな梶江さんの顔が目に飛び込んできた。
しかし、すぐに笑顔になると帰路につくよう促されたため、俺はそのまま帰ることになった。
そして今朝。
俺は早起きして、昨日と同じように走って向かっていると、近所の店も開店準備を始めていた。
「おはようございまーす。」
「見ねぇ顔だな! おはよう! いい果物が入荷したんだ。買いに来てくれよな!」
「黄泉の国なのに入荷するんすか?」
「そうか、新入りだと知らねぇのか。別の区には農家もあるんだぜ?」
「へぇ〜。」
出入りには許可がいるがな、とおじさんは笑っている。
俺はこの辺の地区の話を聞きながら、気づけば荷物を運ぶのを手伝わされていた。お駄賃として飲み物を貰った。
さすが商売人だな、なんて思っていると店の奥から女の人が出てきた。
「あら、アンタ。何人のことこき使って。」
「おー、母ちゃん。」
「母ちゃん!? 夫婦なんすか?」
「そうだよ。」
母ちゃん、と呼ばれたふくよかなおばさんがおじさんの背中を叩く。
「え、どう言うことっすか?」
「おお。俺たち事故で死んだんだ。結婚の時は生まれ変わっても一緒だよなんて言ってたけどまさか死後の世界で一緒になれるとはな。」
「本当だよ。神様も妙なこと考えるよね。」
俺は目を瞬かせた。
そんなことってあるんだ。
「でも、あたしらみたいなのは滅多にないよ。ここで同居してるのは、改めてここで会った奴らだし。」
「そうそう。こんな目に遭っても再会できる、なんて運命だよな!」
「……運命。」
かつて、現世で聞いていたらそんな運命なんてないなんて笑っただろうか。それとも憧れただろうか。
ぼんやりとそんなことを考えていると、気づけば手にまた新たなお菓子袋を持たされていた。
「え、何ですかこれ?」
「仕事手伝ってくれてありがとうってのとこれからよろしくねってことよ。これからもこの人の愚痴も聞いてくれると嬉しいよ。」
「愚痴って。」
「何だい?」
おばさんに睨みつけられると、おじさんはすごすごと店の中に戻っていった。
どうやらかかあ天下らしい、ちょっとだけ頼りないおじさんの背中に笑いを漏らして、俺は菓子の礼を述べた。
「それでこの量の貰い物。」
「はい。何かみんなお菓子くれるんすよね。小さい子どもじゃあるまいし。」
「……まぁ、この世界って子ども少ないからね。」
大して歳の変わらない雪花さんだけど、確かに彼女は大人っぽいからそんな風に扱われないのかもしれない。ちょっとだけ悔しい。
うんうんと考え込む俺を見ながら先生は苦笑していた。
「でも、実際この世界は子どもとか若い人が少ないんだよ。そもそも亡くなる人は少ないし、成仏までの期間も短い。【半生人】だったら、すぐに甦りするからね。」
「へぇ〜。そうなんすね。」
なら、俺もそれなりに早いのか?
「あと、日本で亡くなった場合、15歳以下は役所近辺の施設で預かりになるんだよ。」
「そうなんすね。」
「雪花さん時々手伝いに行くもんね。」
「……。」
さらりとバラした先生を鋭く睨みつけた。
別に恥ずかしがることではなかろうに。
「アンタも似合わないとか思ってるんでしょ。」
「別に思ってないっすよ。やっぱ救助の合間の癒し時間的な?」
俺が何気なしに聞くと、先ほどのような鋭さはないが妙なものを見るような目でこっちを見てくる。
何だ何だ。
「雪花さん、子ども好きって言うと意外って言われることが多かったんだよ。それに緩み切った顔を見られるのが恥ずかしいんでしょ?」
「東雲……ッ!」
ああ、照れ隠しね。
でも可愛らしい先輩だな。
「可愛らしいとか言ったらはっ倒す。」
「ぅえ!? 何で分かるんすか?」
「何で言っちゃうかな。」
雪花さんにこめかみをぐりぐりされる。細いくせに何でこんなに力強いんだこの人!
俺たちがお決まりの戯れをしていると、ノックが事務所に響く。
そのノックのおかげで俺は解放された。絶対雪花さんとは喧嘩しないと誓う。
「おはようございます。」
「ようこそ、梶江さん。」
「あ、梶江さん! はようございます!」
雪花さんは何事もなかったかのように会釈した。梶江さんも微笑むと雪花さんに向かって挨拶をした。
今日は重い荷物を持っていないらしい。そのことに少しだけ安堵した。
雪花さんがお茶を淹れているため、俺はその横で見守る。
「何よ、近い。」
「いや、どんな淹れ方してんのかなって。……母さんみたいっすね。」
「アンタみたいなでっかいやんちゃな息子は持った覚えないよ。」
「はは。」
出来の悪いとか言わないあたりいい人だよな。
俺はその横で貰ったお菓子を開ける。さっきのおばちゃんがくれたのが和菓子だしちょうどいいかな。他の人がくれたものをすぐに出すのもアレかなと思ったけど、無いよりはいいかと適当に考えた。
「ありがとう。急に来たのにもてなしてくれて。」
「大丈夫ですよ。暇でしたから。」
雪花さんも頷いている。
梶江さんは笑いながらお茶を飲むと一息ついた。何だか、いつもより梶江さんの輪っかが神々しく見えた。
絶妙な間を置くと東雲先生は口を開いた。
「……今日はどうしましたか?」
梶江さんも湯呑みを置き、答えた。
「探して、ほしい人がいるんです。」
探してほしい人。
まるで探偵ではないか。
この時、俺は人探しがどれだけ大変か、そして東雲先生の力がいかほどか。まだ、知らなかったのだ。
【おまけ話】
真紘宅の周りには一応食堂もあります。
それと注文依頼をしておくと宅配みたいな感じで食事が届くようなサービスがあります。これに関してはポイントの消費もありません。
洗濯に関しても洗濯機に放り込めば勝手にやってくれますし、掃除も気にならない程度に勝手に綺麗になる不思議空間です。基本的に東雲は活用しまくります。