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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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66.晴間律 -彼と秘密を共有するまで-

 お久しぶりです。

 仕事の方が落ち着いてきたので投稿再開となります。

 引き続き不定期にはなると思いますがよろしくお願いします。

 いざ仕事に就いてみると、この事務所はなかなかに濃いメンツであることが分かった。


 まずは所長の天道暁さん。

 この女性、年齢は42歳であるそうだが全く見えない。ただ、貫禄を考えると妙に納得できた。

 そんな彼女は事務所で唯一の故人だった。生前は有名な医師であったそうで、この事務所に相談に来た人の対応を見ても完璧、この世界の探偵は天職だと思った。正直、本職の立場がないなと感じた。

 ただ、この人には最大で最悪の欠点があった。

 それは酒癖の悪さだった。タチの悪い酔い方というわけではないが、この上なく面倒だ。南条さんとのコンビは最悪である。

 死因に関しても急性アルコール中毒だとあっけらかんに語るものだから聞かされたこちらが戸惑った。加えて話を聞く限りでは、彼女は自分の死に関心が薄かった。

 今後のことについても流されるままに生活すると笑って言っていた。


 次に南条秀水さん。

 僕は彼のことを知っていた。彼はプロの総合格闘技の選手であり、試合中打ち所が悪く昏睡状態になってしまったとニュースでやっていたからだ。メディアでも気さくな様子が映されており、後輩の前ではまさにいぶし銀のような実力を見せていた。

 彼は【半生人】であり、死因は知らない。どうやら自分がなんの競技に取り組んでいたかも覚えていない。

 ーーはずなのだが、彼は死因も自分の状況も把握していた。

 というのも、彼は晴間くんから全てを聞いていたらしい。確かにあれだけ大々にニュースでやっていたら、よほど関心がないなど理由が無ければ知らない方がおかしいくらいだ。

 彼もまた驚くほどに自分の現状に対してはドライだった。そんな身体であるならば、自分は間違いなく死を選ぶとあっさりと笑ってみせたのだ。

 ただ、依頼人に対しては安易に生を諦めさせない。人当たりも良く、非常に社交的な人物だった。


 そして、最後に晴間くん。

 彼は先の出会いのように懐の深い大らかな人間だった。熱血漢で他人に寄り添うような、彼もまた天道さんのように探偵に向いている人柄だと思った。

 だが、付き合いが長くなると気づきはある。

 彼はやや過ぎることがある。人嫌いしないところは良いところであるのだが、感情が先んじ過干渉になることもしばしばだ。後々の話にはなるのだが、まさに斑目くんはその典型的な例だと思う。止めなかった僕も悪かったんだけどね。

 人懐っこくてお人好しなところ、僕は日笠くんとよく似ていると思うよ。


 ちょうど1人欠員が出た所だったらしく、僕はその空きにすんなりと収まる形となった。

 主に晴間くんのストッパー役、また天道さん以外が苦手とする法律面や説得、いわゆる取り調べの担当だった。



 印象に残っている事件といえば、あれだ。


 佐伯宏大(さえきこうだい)という男性からの依頼だ。

 彼は【半生人】で、犯罪者だった。と言っても、現役の服役者というわけではなく、詐欺罪による前歴が古くにあり、すでに罪を償った人間である。

 彼は自ら犯罪者の収容されることを希望したため、役所の一角にある部屋での面会となった。

 救助者として南条さんが参加する予定だが、後から合流する予定になっていたため、まずは僕たち2人での聴取をすることになった。


 いつもは対象の経歴構わず、賑やかな彼が静かに告げた言葉が印象的だった。


「……あのよ、標。」

「どうしたの?」


 部屋に入る前に神妙な表情を浮かべた晴間くんは呟くように言った。


「何か、今日会う依頼人のことなんだけどよ。悪い奴じゃねーんだが、ちょっと厄介な気がする。」

「潜在的犯罪者、とか?」

「本人自体はそんなに危なくねーと思うんだが、何となくな。」


 晴間くんは時々こういったことを忠告してくることがあった。あくまでも勘、根拠のない言葉なのだが、薄々妙だと感じていた。

 加えて、天道さんや南条さんにはそういう言葉を告げることはない。忠告する必要がないだけか、それとも意図的か。


「……うん、気をつけるよ。」

「おっし、じゃあ行こうぜ!」


 相変わらずの加減知らずで背中を叩かれた。


 僕はむせながらも一呼吸置いて扉を開いた。

 警察官として勤めていたときと変わらず、相手に気持ちを悟らせないよう、極限まで警戒の色を隠す。

 向かいに座っている男性は、僕以外には分からない程度の緊張を滲ませたが、すぐに仮面を顔に貼り付けた。まぁ、お互い様か。


「お待ちしてました。今日はよろしくお願いします。」

「黄昏探偵事務所の東雲です。」

「同じく晴間です。本日はよろしくお願いします。」


 形ばかりの会釈を互いにする。

 そんな向かいの彼の手には『パンドラの鍵』が浮かんでいる。


「今回のご依頼は、現世窓と過去の記憶の確認でお間違い無いですか?」

「はい。参ったことに死因に関しては他の方と変わらずさっぱりですからね。……現世で詐欺師として老人から金を巻き上げたことはよく覚えているんですがね。」


 あっさりと素性を明かす彼に僕は少しだけ頬が引き攣ってしまったことを自覚する。

 彼は主導権を握るためか矢継ぎ早に僕に尋ねた。


「警戒してます?」

「いいえ。今の言葉で現時点での罪はないことを確信しました。」

「なぜ?」

「もし洗っていない罪があるなら『業の証』があります。それがないことは事前の情報で職員から聞いています。それに罪を覚えているということは、詐欺罪に関しては死因に関わっていないという証拠です。」


 そして、トドメに僕は笑顔で抑揚なく告げた。


「揺さぶりは無駄ですよ。僕は本職です。」

「……あーあ、やっぱりそうなんですね。」


 無駄な労力を使ったと言わんばかりに彼は繕うことを諦めて背伸びをし始めた。


「でも、それなら話は早いですね。追加の依頼も遠慮なく頼めそうです。」

「追加の依頼すか?」


 何てことのないように晴間くんは尋ねてしまう。

 呑気な声音に佐伯さんも警戒心を解いたのか、驚くべきことをさらりと答えたのだ。


 どうやら彼には才能、いや悪癖があるらしい。

 彼自身は詐欺罪を犯していた。もちろん自身の手を汚していたわけだが、他にも沢山の掛け子や受け子を抱えていた。いわゆる特殊詐欺の親玉であったということを示す。

 ただ、彼自身は積極的に扇動は行なっていなかったそうだ。佐伯さんは人に慕われやすい性格のようで、何かと下っ端に懐かれてノウハウを伝えると、その下っ端達が自主的に一部を収めてくれていたそうだ。

 全く、その才能を他のところに生かしていれば、彼の人生も違ったものになっていただろうに。


「佐伯さん、それ別のところに生かしてたら今頃大スターっすよ?」

「あっはは! 目の前の利益に飛び付かなきゃ良かった!」


 そんな風に笑わせられるのはさすがだ。


「……ですが、僕も意識して受け子たちを育てていたわけではないんです。つい、無意識に芽を育ててしまうと言いますか……。だから、巷で同じようなことが起きていないか確認してきてほしいんです。」

「貴方はずっとここの施設にいたわけでは?」

「はい。こちらに来て2週間ほど普通に過ごしました。ですが、幾人かと話す機会があって、現世と同じことをしてしまっているなとふと気づいたんです。」


 どうやら無意識の所業であるらしい。

 僕らは彼が合流してしまったらしい人物たちの特徴と場所を聞き、早速調査に移ることになった。

 候補者は5人、できれば今日中に確認して夕方の現世窓と記憶の世界の確認には間に合わせたいのだが。

 晴間くんはリストを見ると、2人の似顔絵だけ抜き、もう3枚と分別した。


「こっちの3人はシロっぽいな。急ぎでもなさそうだから警察に任せていいんじゃねえか?」

「残りの2人は?」

「あー……何とも言えねぇが、いい予感はしねぇな。」


 僕たちは警察署に向かうと、候補者の所在を確認した。1人はすでに成仏しており、1人は甦り、1人は何事もなく黄泉の国で天寿を全うしようと過ごしているらしい。

 だが、晴間くんが指摘した2人については案の定きな臭い情報しか出てこなかった。しかも、偶然なのかはたまた必然か、2人の居住区は近く、その地区では訪問販売を装った詐欺が発生していた。


 僕たちは早速その地区に向かった。


 ただ、居住区といえど現在地が判明しているわけではない。佐伯さんから特徴を聞いているといえど果たして見つかるのか。

 僕の心配をよそに晴間くんのセンサーは感度良好であった。


「標、こっちだ。」

「え?」


 彼に引かれるがまま向かう。

 途中晴間くんが南条さんと電話したりと少しだけロスはあったが、彼が怪しいという場所に到着してみれば今まさに販売が行われている現場だった。

 人の少ない通りの一角に立つ喫茶店だった。


 手口は単純。物を運ぶ、落とし物ーといってもすった物であろうがーを拾う振りをして相手と縁を作る。そして、たまたま訪問販売をしており、たまたま欠品してしまっていることを装い、架空の商品の予約をさせる。

 被害を訴えてくる人ももちろんいるが、この世界のポイントは失われたからといって現世のような死活問題に繋がるわけではない。そのため諦めてしまう人がいるのも事実であった。


「どうする、標?」

「……多分見た感じ論破できるよ。ポイントを納める直前を抑えよう。」

「分かった。」


 間も無く突撃の瞬間がやってきた。

 僕はあたかも偶然通りかかったかのように2人の傍らに立つ。


「こんにちは。」

「こんにちは。」

「あら、こんにちは。今日は色んな人に声をかけられるわね。」


 人の良さそうな老婆は上品に笑った。隣の男の表情が明らかに曇ったことに気付かずに。

 僕が視線をやると、晴間くんがそっと退路を塞ぐ。明らかに自分より体格のいい男を押し退けてまで不自然に席を立つ道はないだろう。

 それをいいことに僕は畳み掛ける。


「僕たちは探偵です。治安維持の依頼で見回りを行なっています。失礼ですが、お2人はお知り合いですか?」

「いいえ。たまたま落とし物を拾ってくれたのよ。親切な方で便利な物を安価で譲ってくれるそうなの。」


 傍らの男の顔色がみるみる悪くなっていく。

 それもそうだろう、包み隠すことなく彼にとっての不都合な内容を暴いてしまったのだから。


「奥様、ご存知ですか? 巷では訪問販売による詐欺が流行っているみたいです。」

「え……、でも、彼は。」

「失礼ながらやりとりを拝見させていただきましたが、随分と書類が少ないみたいですよ?」

「そ、それは、黄泉の国だからそこまで整っていないだけで。」

「それはおかしいですね。」


 僕はすっと目を細めた。


「黄泉の国、少なくともこの地区の方は日本の法律に則ったものです。ならば、自覚した上で少ない手続き手順の少なさは……詐欺にあたりますよね?」


 男は悔しげに下唇を噛んだ。

 想像より考えの浅い男でよかった。余計な労力を使うことなく相手の意志を折ることができた。


「観念して警察に来ていただけますね?」

「……はい。」


「ありがとうございました。」

「いえいえ。うちのがすげーだけっすから。」


 被害に遭いかけた老婆に礼を言われたが、晴間くんは慣れた対応をしている。

 微笑ましいなと思いながら詐欺をしていた男に後ろ手を組ませたまま僕は喫茶の外に出る。突撃前に警察に連絡したからもう間も無く身柄を預かりに来てくれるだろう。


 だから、僕はほんの少し油断していたのかもしれない。


 晴間くんの声がするにもかかわらず、店を出たところでナイフを構えた男がいることに気が付けなかったのだから。




 結論から言えば、詐欺罪に手を染めた2人は警察に拘束され、佐伯さんは無事に甦りした。


 僕は無事だった。

 なぜなら、その場で晴間くんが僕を庇ってナイフを受けたからだ。

 一瞬怯んだが、僕はすぐにナイフの男を組み伏せた。もう1人の男はチャンスだと言わんばかりに逃げ出したが、晴間くんが事前に連絡してくれていたおかげで、南条さんが間に合いあっさりと捕らえてくれた。

 その時の拳の音はひどく鈍いものだった。


 そして、この時僕はこの世界に『殺人』という罪がないという本当の意味を知った。

 刺された彼は気を失っていたし、傷ついたはずの場所には血が滲んでいた。その光景はその場にいた人間が全員見ていたから間違いはない。何なら服にも血が付いていた。


 だが、翌日。

 病院に行ってみれば無傷の晴間くんがにこやかに退院手続きをしていた。


「知らなかったのかよ? ここではどんな傷でも1〜2日あれば治るんだぜ。例え現実だったら死ぬような深い傷でもな。」

「知らないよ!」


 僕は深くため息をついた。だから、天道さんも南条さんも迎えはいらないといっていたのか。

 全く、人の気も知らないで。

 からからと笑う、反省してなさそうな晴間くんを睨みつける。


「後生だから、二度とこんな真似しないでよ?」

「もちろん。滅多なことじゃやんねーよ。今回のは咄嗟に動いちまったっつーか。」

「どうだか。またやりそうな気もするけど。」


 僕がため息混じりに言うと、晴間くんは返事をしなかった。

 いや、別に返事を期待したわけではないのだけれど、彼が黙ってしまうなんて珍しい。


 振り返ってみると、彼は僕に忠告した時と同じような表情で僕を見つめていた。


「……どうしたの?」

「標、今から時間あるか?」

「うん、休みだし。」

「……少しだけウチに寄ってくんねーか? お前に話したいことがあるんだ。」

「もちろん。」


 僕は躊躇うことなく頷いた。

 この時の晴間くんは心底安堵したように息を吐いていたのを今でも覚えている。



 そこで初めて聞いたのが、不思議な能力ーいわゆるギフトーのことだった。

 彼はこのことをずっと誰かに言いたかったらしい。帰った途端、話し始めたのだ。


「志島さんに教えてもらったんだけどよ。どうやらこの世界に来た時点で、神様と話した人間にだけ宿る不思議能力らしい。俺の場合は、『危機感知』だと思う。まぁ、要するにただの勘が鋭くなるだけだ。」

「だけ、って、最早君の勘は予言のレベルに達していたと思うけどね。」


 今までの事件でも似たようなことはあったが、今回は佐伯さんが厄介なことを抱えていること、詐欺師のいる所、不意打ちの発生の予測など、説明はできないが間違いなく起こりうることを感知できていた。

 しかし、彼にとっては納得のいかないことらしく、ワックスでセットしていない髪をわしわし掻くと困ったように言った。


「いや、そこまでの精度じゃねぇしな。つーかよ。」

「ん?」


 何が引っ掛かっているのだろう。

 彼は下唇を尖らせながら僕に尋ねた。


「胡散臭い、とか言わねーのかよ。神様と話したとか、『危機感知』持ってるとか。」

「……意外と気にするんだね。」

「意外とは余計だろ!」


 思わぬ心配に僕は噴き出した。晴間くんがまごついているなど後にも先にも見られるかどうか。

 僕は目元に滲んでしまった涙を拭い、正直な心の内を明かした。


「正直、それだけ聞いたら胡散臭いと思うよ。でも、今までの行動や功績を考えれば信じる要素はあると思う。」

「標……。」


 意外そうに呟く晴間くんが不思議で僕は笑いながら最大の要素をぶつけてやることにした。


「それにね、友人の言葉を信じるのにそれ以上の理由はいる?」


 晴間くんは目を瞬かせると、ぶは、と大袈裟に噴き出してみせた。



「そこは親友、の間違いだろ? なぁ、親友(しるべ)!」


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