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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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63.宣戦布告

 あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。

「へぇ、アンタ達3人で解決したんだ。やるじゃん。」

「へへ。」


 金森くんの事件が済んだ翌日、仕事で役所にやってきた雪花さんに事件を解決したことを掻い摘んで話していた。戸張の話を聞いて以来、ずっと張り詰めた顔をしていた雪花さんがいつものように穏やかな声音で誉めてくれた。

 それにしても、と雪花さんは少しだけ悪い顔になった。


「相変わらず飛び込めないんだ、斑目の奴。」

「いやでも、千里さんいなかったら始まりもしませんでしたよ。」

「ふふ、アンタってずっとアイツの面倒見てそうだよね。アイツも心強いんじゃない。」

「余計なお世話だよ。」

「あ、千里さん、彩明さん! お疲れ様です!」


 いつの間にか仕事を終えたらしい千里さんと彩明さんがやってきた。相変わらずメンチ斬り合ってるな、あの2人。


「ごめんね、2人とも仕事なのに呼び止めちゃって。」

「別にいいよ。私も仕事終わった所だし。」


 実の所、他の事務所への救助者としての仕事に行きつつ、戸張を捕まえるための協力者を集っている。もちろん漏洩にも備えて画策しているようであるが、俺はあまり詳しく知らない。

 ここで用件を尋ねたのは気怠そうな千里さんだ。


「で、何の呼び出し?」

「よくぞ聞いてくれました!」


 彩明さんはまさににぱっという効果音が聞こえそうな笑顔で得意げに答えた。


「この前初めて知ったんだけど、隔週で移動販売のワゴンが来てるんだよ。そこのランチが美味しくてね!」

「ああ、時々来てるよね。行ったことなかった。」


 俺も一度だけ行ったことがある。仕事が終わった後に甘い物が唐突に飲みたくなって寄った。その時の店主さんが気さくな人でつい話し込んでしまったことを思い出す。

 千里さんは表情を見る限り、そもそも認知さえしていなかったように見える。


「今日新作のメニューが出るって前々から告知があってそれにみんなで行きたいなって思ってたの! 駄目かな……?」

「俺はいいっすよ!」

「私も。」


 文句を言わないあたり、千里さんも了承らしい。

 俺たちは揃って役所前のワゴンに向かった。どうやら盛況らしく役所職員だけでなく外部の人達も列を成していた。


「すげー人っすね。」

「アンタ、メニュー決まった? 結構あるよ。」

「うわ、ほんとだ!」


 渡されたメニューは色とりどりの様々な種類のランチが載っており迷う。俺的にはまず量がないと足りないんだけど、それにしたって沢山ある。


「ん〜、迷う……。」

「だよね! あ、一口ずつ交換する?」

「いいっすね! 千里さんは……。」

「アイツ、もう決まってるよ。お腹空いてないから飲み物だけでいいって。」


 流石の低燃費だ。

 メニューの場所でさえ人が多いから近づきたくないのか、少しだけ距離を置いたところで待っている。相変わらずだな。

 遠巻きに見守っていた千里さんを引っ張り、列に並ぶ。俺が一通り、注文を頼むと千里さんが何も言わずに払ってくれた。


「斑目さん、あたし払います!」

「いいよ。入職祝いで。」

「私もアンタに奢られるの嫌なんだけど。」

「嫌がらせの貸し借りだから問題ない。」

「あー、もう喧嘩しないで!」


 この2人、油断するとすぐにこうだ。

 俺が止めている間に準備ができたらしい。彩明さんが受け取りに行ってくれた。


「ありがとうございます!」

「いいえ、お口に合えばいいんですが。」


 俺は2人の会話を聞いて、ぴたりと動きを止めた。

 あれ、何だか聞いたことのある声?


 直感的に嫌な感じがした。

 俺が店員さんをジッと見ている間に、彩明さんがそれぞれに料理や飲み物を渡す。千里さんはその場で蓋を開け始めた。

 それを見た雪花さんは眉間に皺を寄せつつ、半ば呆れたように言う。


「ちょっと、アンタ行儀悪い。座って飲みなよ。」

「別にいいでしょ、飲み物くらい。」


 千里さんが彼女の言葉を気にせず口をつけようとする。

 その瞬間、俺は嫌な感じが確信へと変わった。



「ちょっと待って千里さん!」



 俺は思わず千里さんの飲み物を持つ手を払った。彼は俺の手を避けることなど叶わず、そのまま飲み物を落としてしまった。飲み物には申し訳ないが、それ以上に俺の危機センサーが止まらなかった。

 それと同時か、あたりの女性数人から悲鳴が広がる。


 悲鳴が上がった先の人々の手には『パンドラの鍵』が浮き出ている。


 油断した、俺はそう思った。

 あたりを見回す。鍵が浮き出た人は千里さんとそう差なく飲み物を受け取った人たちだ。


「みなさん、ワゴンで買ったものを口にしないで!」


 たぶんそう叫んだのは見回り中の私服警察官、はたまた施設職員だろうか。皆、戸惑いながらも素直に従う。

 俺は戸惑う人たちの中から、慣れた動きをする人間をすぐに見つけた。人は驚くと声が出ない、そんなことを誰かが言っていた。

 まさか、こんなに堂々と姿を現すなんて。


 さすがの千里さんも自分に何が起こったのか把握できなかったらしく、自分の手を見つめながら固まっていた。

 俺は料理を彩明さんに押し付けると迷わずその人影を追った。


「待て!」


 面倒なことにすばしっこい。

 だが、あの背丈は間違いなく戸張だ。

 広い通りに出ると、姿を見失った。相変わらず逃げ足が速いというか、器用というか。俺は思わず舌打ちをしてしまった。




 俺は辺りを見回した。

 生憎、戸張の姿は見当たらない。


 仕方ない、あまり1人で突っ走ったとしても雪花さんたちに怒られる。

 そう思い、踵を返したその時だった。


「振り向かないでね。」


 冷たく、無機質な声が背後から聞こえた。本当にただ振り返っただけ、路地裏の隙間から一瞬のうちに忍ばれた。たぶん、大通りからは上手く死角になっており、俺より背丈の低い彼は隠れているだろう。

 いつの間に後ろを取られたんだ。

 背筋に冷や汗が垂れる。俺の心情を知ってか知らずか、戸張は不気味に笑った。


「振り返ったら、甦るために使う薬をかける。」

「……何が目的なんすか。」


 大通りの傍ら、立ち尽くす俺たちに視線を向ける人間などいない。俺だってよほど仲良くなければ気にしないだろうしな。

 思わぬ緊張に俺は唾を飲む。


「何、僕は君と殴り合いたいわけじゃない。話がしたいだけだよ。『ギフト』について。やっと分かったんだ、君の『ギフト』がね。」

「俺のは勘とかその類じゃ……。」

「それは違う。」


 あまりにもはっきりと言うものだから、俺は身を強ばらせた。


「それを知りたいなら取引だ。」

「取引?」

「そうだ。」


 俺は戸張が話す情報を耳にしてひどく驚いた。そんな重要なことを話していいのかと。

 しかも、わざわざこんな手間をかけてまで俺に話したい『ギフト』のことなんてあるのか。ただの甘い餌にも思える。


「どうかな?」

「……分かりました。」


 背後で戸張が口角を上げた気がした。


「言っておくけど、君の先生や同僚、友人達に言おうとすればすぐに分かるからね。下手なことをしないように忠告しておこう。」


 つまりは近場で俺たちを監視しているか、はたまた監視カメラのようなものを見ているということ。もしくはーー。

 それに関しては今の俺の頭で考えても仕方がない。それよりだ。


「俺からも1つ聞きたいんすけどいいっすね。」

「構わないよ、何かな?」


 よくもまぁそんな平静を保っていられるものだ。俺は思わずため息をついてしまう。

 ほんの少し、首裏に冷たい感覚が滲む。おおよそナイフでも突き立てられているか。だが、聞かずにはいられなかった。


「今回は、何であんな目立つ場所で、しかもあんな風に不特定多数の人に向けるようなことしたんすか。」

「君には不特定多数に見えた?」

「は、何言って……。」


 口にしてから気づいた。

 確かに不特定多数の人間が狙いなら、警戒している自分達が行く前に騒ぎを起こした方が周りに警察も少ないだろうし、俺とか雪花さんに勘付かれることもないはず。

 いや、待てもしかして。


「アンタ、千里さんを?」

「君、本当に頭の回転いいねぇ。」


 頭に一気に血が上った。


「何で俺たちを直接狙わずに……!」


 背後の戸張は小さく笑い声を漏らした。だが、耐えきれなかったように喉で笑うと、継続的な笑い声に切り替わった。

 そして、平坦な声であっさり言ってのけた。


「君たちはその方が傷つくだろう?」

「は?」

「あっさり消えてもらってもよかった。だけど、それじゃ面白くない。ただ、それだけさ。」

「お前……!」


 首筋の冷たい感覚が消えると同時、振り向き捕らえようとしたが、すでにそこには誰もいなかった。

 相変わらず逃げ足が速い。

 俺が大通りから役所方向に進もうとすると、声がした。


「日笠! 大丈夫!?」

「雪花さん。」


 追いかけてくれた雪花さんは俺の無事を見て安心したのか明らかに肩を撫で下ろした。


「すみません、捕まえられなくて。」

「別に、アンタが無事ならそれでいいよ。深追いしないで正解。」


 いやまぁ、しちゃったんだけどな。

 ただ、ここで伝える度胸はない。俺が口を噤むと恐らく雪花さんは察したのだろう、なんとも言えない表情だ。


「……何か言われた?」


 ほら。

 ただ、俺はここで答えないことはできなかった。


「詳しくは今度の会議で話します。……千里さんに、外部の人と関わる業務をさせないでほしいです。」

「……分かった。」


 雪花さんはあっさりと頷いてくれた。普段の頼みなら絶対に断るのに。

 俺が失礼にもそんなことを思っていると、雪花さんに肩を叩かれた。


「戻ろう。アンタ、酷い顔してるよ。」

「え?」


 俺はそう言われて初めて自分の顔がこわばっていたことに気づいた。触れると確かに頬が引き攣っていた。


「ありがとうございます。気づきませんでした。」

「……私たちがプレッシャーかけてる自覚はあるけどさ。我慢とか、無理はしなくていいからね。」

「……はい。」


 こういう時、頼りになるんだよな。

 だからこそ、今回だけは俺が頑張らなきゃいけない。俺は大きく息を吐くと素直に雪花さんに手を引かれつつ、改めて決意を固めた。

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