62.金森郁人④
久しぶりの更新となります。
仕事が落ち着いたので、これからはもう少し頻度上げての更新となります。
よろしくお願いします。
「大丈夫ですか、斑目さん。」
「……大丈夫。」
「格好つかないっすね。」
本当に過去の記憶の世界に行くのが苦手らしい千里さんは帰ってきた途端青い顔で座り込んでしまった。前回は吐いたらしいからまだマシなんだろう。彩明さんに大人しく背中をさすられている。
俺はともに戻ってきた金森くんは口を閉ざしている。さすがにショックでだったか。
俺が声をかけようとした瞬間、金森くんは勢いよくこちらを振り返った。
「僕が、あんなくだらないことで死にかけているなんて。」
思わぬ言葉と鋭い目に俺は一瞬固まってしまった。見たことがある、これは困惑の類を映した目だ。
一度口にしたら止まらない、金森くんは堰を切ったように叫び出す。
「父さんが言うみたいな優秀な人間にならなければいけないんだ! なのに、あんな馬鹿のために勝てない喧嘩に挑むなんて無駄だ! 榎原さんのことだってそうだ、あんな子どもみたいな八つ当たりするなんて、あの2人と関わったから……!」
先生ならどうやって声をかけるだろう。
そういう思いが頭の片隅に浮かぶ。だが、俺はそれを一度振り切って口を開いた。
「……話を聞いていた感じ、確かに金森くんは頭がいいなって思いました。でも、金森くんがなりたいのって本当にお父さんが言う『上に立つべき優秀な人間』なんすか?」
「……。」
金森くんは押し黙る。自分の感情と記憶に折り合いがつかず迷っているように見えた。
「俺からすれば、米田くんや榎原さん、それにお母さんとかとなんてことのない話をする時の金森くんの方が上にいてくれたら嬉しいなって思う。それに、金森くんが飛び込んだことで間違いなく米田くんは助けられた。それが無駄だって言うんすか?」
「うっ……るさい! 馬鹿のくせに知ったことを言うな!」
そう叫んだ瞬間だった。
俺の横を千里さんが横切りそのまま金森くんの額を勢いよく叩いたのだ。高めのいい音が響いた。
おそらくその横槍が入らなければもう少し俺への非難は続いただろう。しかし、叩かれた衝撃により言いたいことはどこかへいってしまったらしい。
彼は千里さんを恨めしげに睨みながら絞り出した。
「……なんで叩くんですか。」
「記憶の中のお前と同じことだよ。友だちが馬鹿にされたら怒るでしょ?」
「そんな……。」
千里さんの真っ直ぐすぎる言葉に金森くんは言葉尻を窄めていく。
「何で、斑目さんは日笠さんを友だちって言うんですか。」
その理由、本人がいる横で話してくれるのだろうか。
実際、分かりやすく身をこわばらせたもんな。顔は変わらないけど。
しかし、千里さんは大きく息を吐くと口を開いた。
「……真紘と初めて関わった事案、俺の同僚が甦るか死を選ぶかって事案だったんだけど。」
千里さんと同じデータ管理課にいた本田宗徳さんの事案だ。
データ管理などでは自分なりのこだわりがあり融通が利かなかった。そのためか効率化するということを苦手としており、仕事を抱え込んだ結果、現世で倒れてしまった。
一方で、他人の相談を聞くことやそれに対する答えを導き出すことは優れていたため、頼りにされている部分もあった。
え、それがきっかけなの?
「俺としてはその人は悪い人ではなかったから、ちゃんと自分の良いところも悪いところも理解した上で甦りを選択してほしかった。でも、知っての通り、俺は口がきつくてね。」
確かにあの時の千里さんは事実であっただろうが、ストレートすぎる物言いは考えものだった。
俺が思い出して小さく笑っていると千里さんもまた自嘲気味に笑っていた。
「その時に真紘が俺に言ったんだよ。『顔もいいし身長も高いから物理的な圧も強すぎます、ちょっとだけ優しく話してください。』ってね。」
「そんなこと言ったんだ……。」
彩明さんも目をパチクリとさせており、救助者の人も少しだけ肩を震わせた。笑ってるな、これ。
「驚いたけど、そういう風にはっきり言ってくれる人、俺の周りにいなかったから嬉しかった。だから、友だちになりたいって思ったし、真紘が困ってたら助けたいって思った。」
あ、だからその後の事案ですぐに家に泊まらせてくれたのか。
どこか嬉しそうな彩明さんに小突かれ、ハッと意識をその場に戻す。そんな風に思っていてくれたのかと喜びを感じる反面で、どこか気恥ずかしい。
以前志島さんに対して俺が千里さんのことを話した時、盗み聞きしてしまった彼も同じように感じていたのかもしれないと思うと居た堪れない。
「金森だって米田や榎原が親や頭の良さを差し引いて接してくれたことが嬉しかったんでしょ。だから、俺も米田のことを守ったことは間違いじゃないと思うよ。」
はっきりとした肯定に金森くんの瞳が揺れた。
それを隠すかのように顔を伏せた金森くんは蚊の鳴くような声で呟いた。
「……でも、例え僕がそう思っていたとしても、2人は僕のことなんか。」
「それをここで結論付けるのは早いっすよ。」
不意に顔を上げた金森くんは目を丸くする。おそらく意味ありげに笑う4人の姿が目に入ったのだろう。
ここまで来れば、真実は目の前だ。
俺たちは片付けを請け負ってくれた救助者の人を除き、彼の現世窓にやってきた。先ほどまでの威勢はどこへやら、金森くんは大人しくモニターの前に座った。
彼は先程の千里さんの言葉を反芻しているのか何かを小さくつぶやくばかりだ。
モニターが音を立てて明るくなる。
そこに映るのは見慣れた病室。ベッドでは顔色の悪い金森くんがぐっすりと寝ている。
『金森くん……。』
『米田くん、毎回毎回泣かないでよ。金森くんも私が通りかからなかったらどうなってたのか。』
ベッドに縋るように泣いているのは米田くんだ。その横で目と鼻の頭を赤くしている榎原さんが少し不貞腐れたように文句を言う。しかし、表情は悲痛でとてもでないが米田くんのことを注意できる様子ではないだろう。
榎原さんはノートで金森くんの太ももあたりを軽く叩く。
『今日、金森くんのこと突き落とした奴の1人が転校した。謝りもせずに、卑怯だよね。』
そう呟く榎原さんは悔しそうに下唇を噛んだ。
『早くしないとみんな逃げちゃう。上に立つ者が逃しちゃっていいの? ……それに早く起きないとそろそろノート代、請求するよ。』
その冗談に米田くんが笑いながらやっと顔を上げた。
『……金森くん。僕ね、虐められなくなったんだ。金森くんの事件でやっと先生が動いてくれて。クラスの人にも大変だったなって……。今まで見て見ぬ振りしてたくせにって思う僕は最低なのかな。』
金森くんは小さく目を見開く。米田くんがまさかこんなことを言うとは、といったリアクションだろうか。
『でも、金森くんがこんな目に遭うなら虐められてた時の方が何倍もよかった。……嫌だ、死なないで。』
「……米田くん。」
米田くんが再び泣き出しそうになったところで、背後の扉が開いた。
部屋に入ってきたのは金森くんの両親だ。母親は目元を腫らしており、挨拶をする2人を見ると小さく会釈した。一方で、父親は変わらない無表情から明らかに嫌悪の顔に変化した。
『何をしにきた。』
『その、金森くんのお見舞いに。』
『……お前達のせいで郁人が死にかけているというのによくのうのうと来られるものだな。』
米田くんは肩を震わせた。
だが、間髪入れずに母親が叫んだ。
『あなた!』
『事実だろう! 実際に関わらなければ……。』
『この2人は間違いなく郁人が自分の意志で選んだ友人なの。初めて、この子が選んだことなの。そんな風に言うのは2人にも、郁人にも失礼よ。』
『……そう、だな。』
小さく呟くと、父親は目を伏せた。
思わぬ言葉に金森くんは目を白黒させていた。
「どういう……。」
「お父さんも、お母さんも、正直俺から見れば不思議な感じではあるけど、金森くんのことを大切に思っていたんだと思いますよ。」
「え?」
だいぶ歪だとは思うけどな。
俺の言葉に金森くんは驚いたように目を丸くする。
「……俺も今の言葉聞いてやっと納得できたんすけど。上に立ってほしい、優秀になってほしいっていうのは子どもが幸せになってほしいってことだったんじゃないですか?
あんだけお父さんに巻かれていたお母さんだって金森くんの気持ちが蔑ろにされたら怒る。やっぱり大切に思っていた証拠じゃないすか?」
「……そうなのかな。」
金森くんは嬉しそうに話す母親と友人2人を見ながら呟く。そして、ふとこちらを向き尋ねた。
「日笠さんは、もし斑目さんと喧嘩してあんな風にキツイことを言われたら友達やめますか?」
俺は思わぬ質問に目を見開いた。
つい、千里さんを見ると、彼もまた少し驚いたらしい。だが、俺と視線が交わると、少しだけ目尻を下げた。どうやら俺たちは同じことを考えていたようだ。
俺が答えると、初めて金森くんは千里さんに見せていた笑顔を俺に見せた。
「今回はご迷惑おかけしました。」
「ううん、大丈夫だよ! 元気でね。」
「ほんっとーに迷惑だった。」
「千里さん!」
金森くんは甦ることを決意した。
天上の門から見送る所なのだが、また千里さんが本音を包み隠さず言うものだから俺は流石に止めた。気持ちは分かるけども。
金森くんと彩明さんは苦笑いをこぼすだけだった。
「この世界で経験したことは覚えてないんでしょうけど、万が一覚えていたら素直に話してみようと思います。」
「そうしな。」
「……はは、2人は何だか覚えてそうです。」
「そうだといいんすけどね。」
もし現世でも千里さんと会えたら楽しいかも。でも、年齢が意外と離れているから会う機会もなかなかないんだろうな。
俺が無意識のうちに顎に手を当てて悩んでいると、千里さんにデコピンされた。相変わらず弱々しいが、俺の意識を戻すには十分だった。
「そこはなるようになるよ。金森は自分のことを心配してな。」
「分かりました。」
金森くんは俺たち3人を順々に見ると頭を下げた。
「斑目さん、日笠さん、薄石さん。ありがとうございました。他の皆さんによろしくお伝えください。」
「気をつけてね。」
「はいはい。」
「米田くんと榎原さんと仲良くしてくださいね。」
彼は振り返ることなく、足を進めた。
はじめはどうなるかと思ったが、自分よりも若い彼が生きることを諦めなくてよかった。俺は一回り小さいも、どこか逞しさを感じる背中を見つめながら安堵の息を漏らした。
俺は彼が門を抜けたところを見送ると、ふとあることを思い出した。
「……そういえば、千里さん。」
「何?」
「前に人のために命かけるとか寄り添うとか無理って言ってませんでしたっけ?」
ほんの少しだけ悪戯心が湧いたのだ。最近俺が照れくさい気持ちにばっかりさせられてるから今回くらいはやり返したい。
千里さんは俺のことを一瞥すると、なぜか鼻で笑った。
「別に命もかけてないし寄り添ってもない。だって真紘と行ったら成功するし、俺は事実を言うだけで寄り添ったのはお前。違う?」
「は。」
「しかも、玲夢ちゃんの時はテンパってたのに今やこんな落ち着き。成長したね。」
にっと得意げにカウンターを放たれ、俺は固まった。
そんな俺にトドメを刺したのは彩明さんだった。
「やっぱり勝てないよね。」
「……そっすねぇ。」
ああ、変わんねぇなぁ。
年上というプライドのためになんとか張っていた気と保っていた表情が崩れると同時に俺は肩を落とした。
対象者:金森郁人(14)
対象は弁護士の父と専業主婦の母のもとに生まれ、英才教育を受けていた。中学受験に挑んだが、全て不合格となり、公立の中学に通っていた。
中学では対象に友人がおらず1人で過ごすことが多かった。しかし、図書館通いを続ける中で2人の人物と友人となった。彼の気の休まる時間であったのか彼の態度も徐々に軟化していった。それから暫く、全国模試で彼はケアレスミスをした。そのことが原因で父親に叱られた対象は友人達と喧嘩したが、その後、友人の1人が虐められている現場を目撃。間に入るが、敵対した同級生によって川に突き落とされ意識不明となった。
幸いもう一方の友人に通報されて命は助かった。虐めも明らかとなり、周辺環境も変わりゆく傾向にあるようだ。後遺症に関しては定かでないが、両親も友人も含め彼の周りは明るい方向に向かうだろう。あとは少年が素直になることができればいいのだろうが、時間はかかるかもしれない。
以上、報告とする。
報告者:日笠真紘




