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61.金森郁人③

 更新遅くなり申し訳ありません!

 恐らく次回更新は数日空くかと思われます。

 俺は慣れた感覚で着地した。もちろん、金森くんの補助もした。後ろの千里さんはちゃんと着地しているけど、あの浮遊感が苦手らしく顔を青くしていた。


「金森くん、千里さん大丈夫っすか。」

「ああ……うん、ありがとう。」

「俺はダメ。」


 慣れない感覚に戸惑う程度の金森くんに比べ、何と頼りのないことか。まぁ、まだ吐いていないみたいだし逸れなきゃ放っておいてもいいだろう。


 辺りを見回すと、どうやら都内の高級マンションだろうか。ラウンジもついており、なんとなくいい匂いがしそうだなぁと気の抜けたことを考えていた。

 金森くんにとっては見覚えがあるようで少しだけ困惑した、俺が言うのもなんだが子供らしい表情をしていた。


「ここ、僕の家だ。」

「超セレブじゃないっすか。」

「別に、選ばれた人なら住める場所だろ。」


 あー、かわいくねー。

 進む金森くんを追いかけるように俺たちは後をついて行った。

 彼の自宅は想像と相違なく広々としたリビングに何人住めるんだと言わんばかりの悠々とした子供部屋が存在していた。

 俺はふと気になり、千里さんに耳打ちした。


「千里さんの実家もこんなですか?」


 彼の生家もおそらく豪邸。だって父親が政治家で母親がモデルだもんな。


「うちは一軒家だったよ。でも、高校出てから帰ってないからどうなってるかは知らないな。……所々覚えてない部屋もあるし。」


 この人も大概である。というか、1人息子をそんなに放任するのだろうか。ただ、彼の言うことも事実なようで、物珍しそうに辺りを見回していた。

 リビングにいると、玄関から人の声がする。

 どうやら母親と過去の金森くんが帰ってきたようだ。しかも、急にリビングに人影が現れたから俺と金森くんは小さく悲鳴をあげた。


 母親は優しげな表情で郁人くんを撫でながら父親に向かって微笑んだ。


『おかえり、郁人の中学受験どうだった?』

『ええ、問題なかったそうよ。ね、郁人?』

『うん、もちろん。僕は選ばれた人間だもん。』


 幼い子が真っ直ぐに言った言葉に俺はなんとなくゾッとした。千里さんは何も反応を見せずただ黙っている。


『郁人は俺たちの子、選ばれた人間だ。優秀で、この国の未来を担う天才。例え選ばれなくても、その場合は周りの人間が劣りすぎて郁人の才能に気づいていないだけだ。』

『そうよ、郁人。あなたは人の上に立ち、どんなことをしても真っ直ぐでいなきゃいけない人間なのよ。』

『分かっています。』


 何とも気味の悪い家だ。

 場面は切り替わって、数週間後か。テーブルの上には何通もハガキや書類が転がっていた。そこには暗い顔をした母親と金森くん、無機質な父親が並んでいた。

 どの紙にも『不合格』の字が並んでいる。

 金森くん、ショックを受けないだろうか。横目で確認してみたが、落ち込んではいなそうだ。でも、目の前のお母さんと金森くんの表情は言葉にし難い、不気味な感じだ。


『郁人、なぜ落ちたか分かるか?』

『……すみません、分かりません。』

『それはお前がカリスマ性に欠けているからだ。だが、お前が有する能力を十分に発揮し圧倒すれば自ずと人はついてくる。まずは自分が行く公立の学校での支配者としての地位を確立させろ。それができなければ俺の子じゃない。』


 そして、とお母さんの方を睨みつけた。


『面談、受けたんだろう? いかに郁人が優秀か引き立てるのがお前の仕事だろう?』

『……ごめんなさい。』


 項垂れる彼女の背を最後に世界にノイズが走る。

 場面は変わって中学だ。教室の隅の席で今と殆ど変わらない金森くんが1人で難しげな本を読んでいる。

 それをクラスメイト達は遠巻きに見ながら小声で何やら話している。まぁ、小声でと言っても彼の記憶の中にあるということは耳に入っていることを意味するのだが。


『アイツ、また学年1位だって。しかも満点。』

『全国模試ってやつも1位だって。』

『顔もちょっといいし、声かけてみる?』

『やめとけって、俺1年の時同じクラスだったけど周り見下してる感じでウゼーから。』


『なんか、自分のことを特別って思ってて気持ち悪いよね。』


 過去の世界の金森くんは何も言わずに立ち上がる。

 彼はどうやらかなり苛立っていたらしい。というのも、黒板から見るにどうやらクラス委員を決める投票で別のクラスメイトに負けて立候補のいなかった副委員に収まったらしかった。


 繰り返される日々の記憶の中で、少しだけ彼にもゆっくりした時間があることを知る。

 それは放課後の図書館での時間。

 部活での声出しをBGMに人がほとんどいない図書館の隅の席、そこでの読書や勉強は、クラスにいるときや自宅にいる時と違ってほんの少しだけ穏やかな表情をしているように見えた。



『ーーん、かなーーくん。』


 そんな日々が続く最中、彼はある日少しだけうとうとしていた。唐突に肩を揺らされ、らしくもなく全身を震わせた。

 金森くんが顔を上げると、目の前には少しぽっちゃりした銀縁眼鏡の男の子がいた。


『えっと、おはよう? もう少しで図書館を閉める時間だよ?』

『ああ、ごめん。』


 思わぬところを見られてしまった彼は居心地悪そうに頭を掻いている。その様子を見た男の子は少しだけ笑ってしまう。


『何だよ。』

『ご、ごめん。金森くんでも気を抜くことがあるんだなって意外で。』

『……そりゃ、人間だし。』


 なんとなく気まずい空気が流れる。過去の金森くんもそれを感じ取ったのか、ふと、男の子の持つ本を指差す。


『それ、僕も読む。面白いよな。』

『えっ、金森くんもこの小説読むの?』


 先ほどまでの控えめな雰囲気は一転、彼は目を輝かせてぐいぐい迫ってくる。


『僕もこの作者のファンでね! トリックがしっかりと科学的根拠に基づいていて一見無理そうだけど理にかなっている、人間関係も伏線が張られていてとても面白いんだ! でも、時々解説を読んでも分からないことがあるから、調べながら読んでいるんだけどね。』

『どこが分からないの?』


 えっとね、と男の子が話す内容は俺にとっては聞いたこともないものだった。隣の金森くんはさも当然のように聞いており、千里さんも既知の内容なのか特に反応はない。

 一通り解説を聞いた男の子は目を輝かせた。


『凄い、分かりやすいね! ありがとう。』

『別にこれくらい当たり前だろ。』


 ぶっきらぼうに言うが、彼はニコニコと笑うばかりだ。話し込んでしまったのか、下校のチャイムが鳴る。


『時間取らせちゃってごめんね。その、また話しかけてもいい?』

『……勝手にすれば?』


 そっけない言葉にも関わらず、男の子は嬉しそうに微笑んだ。

 珍しく少し遅く帰った金森くんに母親は心配そうな顔で迎えてくれた。


『おかえりなさい。遅かったわね、郁人。』

『ただいま帰りました。……今日は、友人と話し込んでしまいまして。』

『あら。』


 母親は目を瞬かせると、初めて嬉しそうな素の笑顔を見せた。


『どんなお話をしたのか教えてほしいわ。』

『はぁ。』


 気の抜けた返事に母親はどこか肩の力を抜いたようにしながら夕食を並べ始めた。



 図書委員の彼は米田くんと言うらしい。

 毎週火曜と金曜が当番だ。金森くんの塾は月曜と木曜、見事に逢瀬ができる日程だ。彼らは次第に打ち解けており、楽しげに笑うこともあった。何だか先ほどの役所でのやりとりからは何となく想像がつかなかった。

 つまりは彼が死因に関わっている可能性は高い。


 千里さんも同じことを思ったのかふと尋ねた。


「金森は米田のこと覚えてるの?」

「……覚えてませんでした。何でって思うくらいに綺麗さっぱり。大切な、友人の筈なのに。」

「……そう。」


 そんなことを話していると、図書館の扉が珍しく勢いよく開く。過去の世界の金森くんも少しばかり驚いたような顔をした。

 米田くんが連れてきたのは、彼よりひと回り小さい清楚系の優しげな女の子だ。金森くんは知らない人なのか不思議そうな顔をしていた。


『金森くん、今日は紹介したい人がいて連れてきたんだよ! この前の小説のファンの人!』

『図書館では静かにしなよ。』

『ご、ごめん……。』

『というか誰、その人。』

『あっ、ひどい。私のこと知らないの?』


 あまりにも冷たい返しに女の子はわざとらしく頬を膨らませて、彼の正面に座った。


『いつも金森くんにテストで負けてる榎原だよ。』

『……学年2位の?』

『そう。』


 そこでやっと名前と顔が一致したらしい彼はあー、と呟いていた。だが、彼女は横に置いておいて、とジェスチャーをして笑顔のまま話し始めた。


『勉強のことはどうでもいいの。それより、小説のこと一緒にお話ししたいの。』

『どうでも……。』


 思わぬ言葉に金森くんは目を丸くした。そうだよな、今までは勉強に全てを注ぎ、上に立つ者として育てられてきた人間には衝撃的な一言であろう。


『なんで、どうでもいいなんて。』

『だってお友達とテスト前でもないのに、そんなお話ししたくないもの。ねえ、米田くん?』

『そうだよ。……虐められている僕とも仲良くしてくれるしね。』

『虐められているのか?』


 クラスは違うといえど疎すぎる面もあるらしい。米田くんはそれを知った上で自分と仲良くしてくれていたと思っていたらしく明らかに動揺していた。

 だが、金森くんはさらっとなんてことのないように言った。


『そっか、それなりに知識もあるし不快にならない距離感を保つから友人も多いのかと思ってた。』

『え……距離を置きたいとか。』

『それこそどうでもいい。虐めなんて時間も労力も無駄だし。』


 金森くんらしいといえばらしい。2人は顔を見合わせるとなぜか榎原さんは清楚な見かけによらず豪快に笑い出した。


『本当に噂通り他人に興味がないのね! 悪い意味ばかりだと思っていたけどいい意味でも。』

『意味分からないな、榎原さんって。』

『あなたもね!』


 不貞腐れる金森くんと笑い続ける榎原さん、間で困惑する米田くん。

 何だ、可愛らしい光景じゃないか。

 俺はつい目を細めてしまった。



 それから3人は意外といいトリオだった。

 金森くんはクラスが違うから放課後だけだったが、時折3人で帰ることもあったくらいだ。金森くんも僅かに物腰が柔らかくなり、薦められた本を読むこともあり、時に軽口を叩き合うようになったくらいだ。

 榎原さんはさほど変わらないけど、米田くんもどこかオドオドとした感じは見られなくなり、対等な友人であるように見える。


 だが、ある日のテストで彼はケアレスミスをした。たった1つのスペルミスだ。本を読んでいて、ほんの少し寝不足だった。別に1位から陥落したわけではないのだが、彼の父親はそれを許さなかった。


『郁人は何をしているんだ! こんな俗的な本を読んで!』

『ごめんなさい……。』

『お前もどうして注意しない!』

『……ねぇ、あなた郁人だって友人との付き合いがあるの。1位だってとれてるし、今回はそこまで怒らなくても。』

『だからお前達はダメなんだ! 常に完璧でなければ人はついてこない! 郁人も付き合う友人は考えろ!』


 この説教に対して、金森くんは謝らなかった。明らかに苛立った様子、しかし、彼は最後まで言い返すことはできなかった。



 その次の日、金森くんは図書館に行かなかった。

 放課後、図書館から逃げるように帰路についた。しかし、それは叶わなかった。


『ちょっと金森くん!』

『……何。』

『今日火曜日でしょう? 米田くんも来ないし何で金森くんも帰っちゃうの?』

『別に約束してないだろ。』

『そうだけど……。』


 今回は目の前の彼女がテストを頑張っていた。自分と同じ時間を過ごしていた筈なのに、点数が上がっていたのだ。

 過去の金森くんは下唇を強く噛んだ。


『大体お前はいいよな、気楽で。にこにこしているだけでちやほやされて。』

『そんな言い方……!』

『実際そうだろ! お前はあれだけ頑張れば親にも褒められて友人にも声をかけられる! 僕は常に上を目指さなければならない、お前らになんか付き合っている時間はないんだ!』

『でも、米田くんは……!』


 何かを言いかけた彼女を振り切るように、金森くんは走り出した。

 そんな光景を見ながら、金森くんは目を細めた。


「ひどい……八つ当たりですね。」

「本当、だからガキなんだよ。冷静になった?」


 千里さんの言葉に金森くんは少しだけ背中を丸めた。

 俺は何も言えないまま光景を見守る。ヤケクソになった金森くんは無我夢中で走っていたらしく、いつの間にか見覚えのない河川敷に着いていた。

 ため息をついた金森くんは舌打ちをしながら、ふと視線を高架下に向けた。


 そこで俺も気づいた。

 米田くんが何人かに引っ張られていた。嫌な予感がする。俺も、過去の金森くんも慌ててそちらに向かった。


 案の定、そこでは陰湿ないじめが行われていた。

 米田くんは突き飛ばされ、情けなく尻餅をついていた。


『お前、最近楽しそうだなぁ? しかも学年1位の生意気な金森と榎ちゃんにチヤホヤされてるじゃねぇか?』

『別に……2人は関係ないじゃないか。』

『はいはい、そういうとこ〜。最近俺たちの呼び出しも無視するし、言い返すとかお前の立場からしてダメだろぉ?』


 うわ、現場にいたら俺真っ先に殴り込みに行ったかも。


『大体、お前が金森の肩持つの意味わかんね。アイツが俺たちのこと無視するから代わりにお前が虐められてんだよ? 分かる?』

『アイツ、生意気だよな。勉強ができるだけでうぜーし。喧嘩したら絶対雑魚だろ? 親の七光ってやつ。』


 同級生達はげらげらと下品に笑う。その場の金森くんも、今の金森くんも特にリアクションしない。言い返すことは無駄だと悟ったような。

 しかし、ここで声を荒げたのは米田くんだ。


『うるさい! 君たちが米田くんのことを悪く言うな! 確かに性格は悪いけど、まじめに聞けば何だって教えてくれるし、君たちと違って訳の分からない尺度で人を見ない!』

『はぁ!?』

『謝れ!』


 米田くんはそこで初めて1人にやり返した。と言っても抱きつくように飛びかかっただけだ。何度殴られても、転ばされても。

 それを見た千里さんは金森くんの頭を撫でた。金森くんはそれを甘んじて受けるだけだ。

 だが、彼の感情が昂っているのは手に取るようにわかる。そろそろ潮時だろうか。


 その時、過去の金森くんが動いた。


『オイ、お前ら。』


 その場にいた全員が金森くんの方を振り向く。


『あれれ、友達を助けにきた訳?』

『勘違いするなよ。米田に僕のこと、理解できている訳ないだろ。ただ、お前達のやってることが馬鹿すぎて呆れにきたところだ。』


 と言いながらも、金森くんは鞄を投げ捨てると米田くんを殴っていた同級生をかなりの強さで殴った。思わぬ行動に、その場にいた全員が驚く。

 千里さんだけは運動もできるんだ、とすっとぼけたことを言っていたけど。

 だが、明らかに金森くんの目には怒りが滲んでいた。そのまま過去の金森くんはボスっぽい同級生に飛びかかった。


『何だお前!』

『うるさい、少なくとも米田くんに比がないことくらいは分かる! 謝れ!』

『クッソ! お前ら見てんな!』


 2人の殴り合いにハッと残りの3人も飛びかかる。金森くん、結構腕っ節が強いらしく、数名は振り払っていた。

 だが、時間をかければこちらが不利であり、両腕を掴まれた。


『離せ!』

『うぜーんだよ! オイ川に放っちまえ!』


 そのまま金森くんは川に放り投げられた。

 俺も千里さんも目を見開いた。一見浅く見えるが、橋脚を見る限り結構深い筈だ。決して体の大きくない金森くんは勢いよく川の中に飛び込む。


『金森くん!』


 彼は沈みながら何を考えたのだろう。

 米田くんが慌てて携帯を操作する。

 その様子を見ながら、こちらの金森くんはただただ苦虫を噛んだような表情をするばかりだった。

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