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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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60.金森郁人②

 次話の更新は週末になります。

 写真の通り、どこか人を見下したような鋭い目をした少年は千里さんを視界に入れるや否や、すぐさま年相応の表情になった。

 俺は正直なところ、目の前の光景が信じられなかった。いや、何が起きたよその様変わり。


「斑目さん、フレックス制度を利用されてるんですね! さすが柔軟な思考を持つ方は違いますね。」


 俺は思わず後ずさった。口を開けば、彼への賞賛と周りへの文句。千里さんがあーとか、うーんとか何とも曖昧な返事をし続ける。

 ふと振り返ると苦笑いした彩明さんが視界に入った。声を潜めてこっそりと尋ねた。


「何なんすか、あの人。」

「あの子が金森くんだよ。」

「あれが?」

「そうだ。」


 返答に躊躇う彩明さんに代わって説明を引き継いだのはデータ管理課に所属する、かつて玲夢ちゃん事件の時に夜勤をしていた強面のお兄さんだ。

 彼は首を横に振りながら低い声で話す。


「なまじ頭が良くて器用だから自分は周りと違う優秀な人間だと考えている。」

「さっきみたいに文句つけてってことですか?」

「ああ。例えば今言っていた相談について、スマホでできるリモート式に完全に移行することを提案していた。セキュリティや利便性を考えれば効率的だと。」


 まぁ確かに、俺もそれは思う。ただ。


「だが、現代でこの国に来る人々は未だリモートに移行していない年代も多い。」

「あー、そっすね。むしろ俺らみたいな年代の方が珍しいっすもんね。」


 中年世代でも職によってはそういうことに疎い人もいるし、窓口を完全に閉めてしまうことはまずい。

 さらにもう1つ思い出したのは彩明さんだ。


「あとは探偵事務所とかに向かう時のルートに関して、効率的な方法とか、その日の都合により帰ることを提案してきたよね。」

「ふーん。でも、大体皆さん車か、もしくはバスを使ってきますよね?」

「うん。急ぎの事例は基本的に車、それ以外はバスが多いんだ。というのも、決まったルートを行かない場合、時間に来ないと、万が一何かがあった時に気づきにくいし、探索の手間も省けるからね。」


 と言いながら、しょんぼりと落ち込んでいるのは初回の仕事で迷子になった実績があるからだ。確かにな、どの路線で間違ったか知っていることもあり、先生は風景やバス停の名前からあっさりと推察してたもんな。


「……GPSで代打、は安直すぎますか?」

「スマホをなくす人間がいてな、大混乱したこともある。」


 なるほど、可能な限りのリスク管理だな。


「あとはそもそもの職の年齢制限をやめろと騒いでいるな。」

「いやいや、それは無理でしょ。ここ日本ですもんね。」

「……理解が早くて助かる。」


 有能さは認めなければならないと思うけど、ある程度の決まり事は守るべきではなかろうか。うーん、その辺どうなんだろうな。


「というか、なんであんなに懐かれてるんですか?」

「はじめはあたしが担当したんだけどね。鍵が出てたからってある事務所に連れて行ったら罵倒の嵐で事務所から断られちゃったの。」


 まぁ、明らかに自分より歳下の、しかも初対面の相手からあの調子で話されたら嫌になるよな。事務所担当者に同情する。


「それでとりあえず役所に帰ってきたんだけどね。そしたら『こんなバカばっかりじゃダメだ。自分が役所で働く!』なんて言い出して、みんなお手上げだって、1番頭のいい斑目さんを召喚したの。」


 確かにあの人の学歴に及ぶ人はそう易々と会えないだろう。


「学歴を言ったらさすがに怯んでくれてね。色々と文句つけてみたんだけど、斑目さんの方が上手でね。正論で論破するか、もしくは潔く認めるかで全部打ち負かしたの。そしたらあんな感じにね……。」


 久々に炸裂したのか、あの人の正論パンチ。子どもにも容赦ないんだな。俺が苦笑いしながら見守っていると、千里さんがこちらを睨んで手招きしていた。


「ちょっと真紘。」


 珍しく声を張り上げた千里さんに呼ばれる。

 おっと、うっかり距離をとったままだった。


 金森くんは明らかに俺に敵意を向けており、睨みつけられる。どうしたものかと笑顔を繕っていると、彼の掌に見覚えのあるものを見つける。


「あれ、『パンドラの鍵』出てるんですか?」

「何か文句でも?」

「いや、無いですけど……。」


 なんだかなぁ。

 俺は出鼻を挫かれた気分のまま、頭を掻いた。


「えっと、俺は日笠真紘です。黄昏探偵事務所に勤めています。」

「……金森郁人。」

「金森くん、彼は俺の友人で今回俺が相談させてもらった相手だから。」

「友人!? 相談相手!?」


 大袈裟すぎる驚き方だ。そんなに驚かなくてもいいじゃないか。俺は自分の口元が引き攣っているのを自覚していた。


「お言葉ですが、斑目さんのような方がこんなちんちくりんに相談……ましてや友人なんて愚考ですよ!?」

「ちんちくりん……。」


 今朝千里さんが言った通り、怒るを通り越して呆れて言い返すのも面倒になってきた。

 だけど、今の言葉で千里さんは声を低くした。


「相談相手はまだしも、友人までお前に何かを言われる筋合いはないんだけど。言葉が過ぎるよ?」

「でも、優秀な人は優秀な人と付き合うべきです! でなきゃ劣る一方ですよ!?」

「はぁ?」

「せ、千里さん……、俺はいいですから。」


 依頼人だし、懐いてるんだから、流しとけばいいのに。俺が止めるのも無視して、千里さんは驚くべきことを言う。


「なら、俺はお前の中で劣った人間で構わない。お前がどう思おうが、俺は真紘とか、信頼した人たちに好いてもらえれば十分だ。」

「それじゃ、仕事を認めてもらえないかもしれないじゃないですか!」

「どうだっていい。実力でねじ伏せる。」


 それをあっさり言えるのが千里さんの良いところだよな。千里さんの言葉に金森くんはぐっと押し黙ってしまった。これ依頼どころじゃないよな。

 俺が内心汗をかいていると、金森くんの涙目はこちらを向いた。あ、千里さんに勝てないから標的が俺に変わったんだなとすぐにわかった。

 案の定、金森くんは俺を指差した。


「アンタらのせいですよ。」

「いや、俺単体ならまだしも、らってどういうことっすか?」

「こういう環境にいるから斑目さんが元来の良さを主張できていないんです! 多勢に無勢、日本の長いものに巻かれる精神のせいで、優秀な人間が活躍できてないんですよ!」


 いや、そんなこと言われても。日本のことなんかよく分からないし。


「話を聞く限りだと金森くんも優秀みたいだし? それなら、ここで時間を無駄にしてないでさっさと現世に戻った方がいいんじゃないですか?」

「それを決断できないレベルでここが劣悪なんです。斑目さんもさっさと甦った方がいいですよ。」


 頭上から大きなため息が聞こえた。

 想像していたより凄まじいキャラだなぁ。


 俺はどうしたもんかと考えていると、金森くんが俺のことを指差した。あー、流石にやめてほしいな。


「大体、あなたの探偵事務所だってたかが知れてますよ。あなたを雇う時点で。」

「聞き捨てならないんすけど。」


 とっさにその指を掴みぐっと握り締めてしまった。

 金森くんはぎゃあ、と悲鳴をあげたため、千里さんが慌てて俺の手を振り解かせた。


「本性が出たな野蛮人!」

「俺のことはどうでもいいとして、うちの上司知らないくせによく言いますね! 先生はどんな人でも懐柔させる話術を使うめっちゃ優しい人で、もう1人も咄嗟の判断に長けて腕っ節も強い、しかも超美人の同僚っすよ!

 金森くんに馬鹿にされる筋合いはありません!」


 ぐっと押し黙ったのをいいことに俺は追い打ちをかける。


「しかも千里さんもねぇ、めっちゃ天才ですよ? 意外と優しいし臨機応変さは凄い、でも運動できねーし家事しないしだらしないし! でも、俺はそれひっくるめて好きなんすけどね? あーあー、お前には一生知れないんだろうなぁ。」

「はぁ!? ちょっと長く一緒にいるくらいで調子に乗って!」

「当たり前じゃないですか、金森くんと違って俺は就労可能な年齢なんすからねぇ。」


 敢えて見下すように言うと、金森くんは顔を真っ赤にして叫んだ。


「なら、今から僕の過去の世界に行く! それで僕がいかに優秀な人間が教えてやる!」

「ほー、望むところっすよ!」

「斑目さんも一緒に来てくださいよ! それでいかに僕が日笠より優秀か理解してくださいね!」

「え、俺が行くの?」


 千里さんの言葉を無視して金森くんは受付に向かってしまった。どうやら過去の記憶の世界に行くための手続きをするらしい。

 俺も機材の準備をせねば。


 俺がズカズカと裏の方に回ろうとすると、肩をむんずと掴まれた。

 はっとして振り返ると案の定ご立腹の千里さんが俺を見下ろしていた。


「俺、飛び込めないって言ったよね?」

「……忘れてました。」

「その前に2人して大人気ないわねぇ。」


 横から茶々を入れてきたのは受付の1人、馴染みのおばちゃんである。徐々に頭が冷えてきた俺はつい身を縮こまらせた。千里さんは顔を逸らすだけだが。

 だけど、おばちゃんは大らかに笑うだけで、俺たちを責めることはなかった。


「人間誰しも生きていれば尖りたい時なんていくらでもあるさ! 角同士、ぶつかり合って丸くなれれば十分!」

「ウッ!」


 勢いよく背中を叩かれて俺は思わずむせる。今の殺伐とした空気にはありがたい潤滑油だ。千里さんはちゃっかり避けているけど。

 代わりに一言、おばちゃんは得意げに微笑んだ。


「これは貸しだよ?」

「……はい。」


 千里さんでも彼女には敵わないらしい。小さく頷いた彼は俺に声をかけるといつもの扉のある部屋に向かった。




 彼がまず真っ先に準備したのが袋だった。飛び込み前後で嘔吐してもいいように。何だか気の毒になってきた。

 機材に関しては千里さんが装備に不慣れだったので俺が手伝った。まさか千里さんに何かを教える日が来るとは、なんとなく嬉しい。


 救助員は役所に控えている人に要請をかけているらしい。先生や雪花さん以外の人は滅多にダイブすることはないから少しだけ緊張するというのが本音だ。


「悪かったね、東雲さんじゃなくて。」

「悪いことはないっすよ。少し緊張しますけど、先生や雪花さんに習ったことをいつも通りするだけですから。」

「……真紘は成長したね。」


 思わぬ褒め言葉に俺は目を丸くする。


「初めて会った時は、慌てて先走ったり早とちりしたりしてたけどね。」

「本当一言余計っすね。でも、褒め言葉として受け取っておきますね。」

「……うん。ただ、無理はしなくていいからね。」

「肝に銘じておきます。」

「あ、でも今回はちょっと無理して。俺は役に立たないから。」

「胸を張って言うことっすか……。」


 そんなキメ顔で言うことじゃないと思うんだけどな。

 俺たちがそんなくだらない話をしていると、救助員の人と担当の彩明さん、そして金森くんがやってきた。


「2人とも、お待たせしました。」

「さっさと行きましょう。」


 何でこんなに生意気なんだよ。

 たぶん俺は顔に出たんだろう。金森くんもまた喧嘩を売るように顎をしゃくらせてきた。


「飛び込み怖くて泣かないように。」

「そっちこそ、僕の過去がどうであれみっともない姿見せないでくださいよ。」


 俺と金森くんは睨み合った。

 ちなみに背後で飛び込みに気後れしているらしい千里さんが救助者に救助を頼んでいることに俺たちは全く気づいていなかった。

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