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6.探偵事務所へようこそ

 俺は一仕事終えた。



 あれから落ち着いた木原さんは決意した。

 甦ることを。


「あれだけ周りに支えられていることを知って帰らない選択はないわ。それに、純希のために生きたいって思えたの。あの人と別れて。」


 もちろんここでの出来事は、甦ってから思い出すことは100%あり得ない。知らないまま生き返ったとしても同じ、自分の周りのことは変わらないのだ。

 でも、ここで知ったことは無駄ではないはずだ。

 俺はそう信じたかった。


 甦るには天上にある門から帰るらしい。

 鍵を持った人しか通れない場所だそうだ。志島さんに揶揄われて少し指で触ってみたら焼けるように痛かった。怪我をしないからいいものの意地が悪い。

 木原さんは手に櫛、桃や葡萄が書かれた札を渡された。


「万が一、恐ろしい目に遭ったらこれを投げなさい。」


「あれって?」

「日笠くんは知らないかな。イザナミとイザナギの話。イザナギが現世に帰る時、あの3つを使ってなんとか帰ったんだよ。まぁ、僕らも知らないけど本来なら道中は安全らしいからお守りみたいな物だよ。」

「へぇ〜。」


 神話というやつか?

 残念だけど、俺は歴史とかスピリチュアルな話は全く興味がないため聞いた所で実を結びそうにはなかった。

 志島さんの話が終わったらしい、木原さんは俺たちの目の前にやってきた。


「東雲さん、日笠くん、霧崎さん。ありがとうございました。」

「いいえ。」

「どういたしまして。」

「……。」


 俺は何もしていない。

 2人みたいに言葉が出ず、押し黙ってしまう。

 それに気づいたらしい木原さんは俺の手を掬った。


「……俺、何もしてないっすよ。」

「ううん。私が酷いことを言ってもずっと傍にいてくれた。それに私の話をずっと真剣に聞いてくれた。嬉しかったよ。ありがとう。」

「……っす。」


 目頭が熱くなる。良かった、木原さんが笑顔で甦りできて。


「皆さん、もしどこかで会うことがあれば。」


 彼女は最後に深々と頭を下げると門の方に向き直った。

 出会った時に見た丸い背中はしゃんと伸びていた。


「では、最後に木原琴子さん。貴女はこれから長い帰り道を歩いて行く。走ってもいい、歌ってもいい。だけど、振り返ってはいけない。死に囚われてしまうから。」

「はい。」

「……君の坂道に幸あらんことを。」


 彼女は振り返ることなく現世への道を歩き出した。

 きっと止まらない、振り返ることもないだろう。

 過去を受け止めるまでの彼女だったら歩みを止めてしまったかもしれない。

 でも、今の彼女なら大丈夫だ。




 それから、俺達は帰路についた。

 この世界でも時間というものはあるらしく、夜の帷が下りていた。

 ひとまず割り振られた家に帰ることにした。


 部屋は1Kの1人部屋。

 俺はもしかしたら寮にでも住んでいたのか、なんとなく懐かしい感じがした。


 あれから少しだけ甦りについて考えた。

 今回の制限時間は半日ほどしかなかったが、木原さんが元々聡明なこともあり落ち着いて対処ができた。

 でも、自分はどうだろう。

 今思い出せない記憶というのは、今回昏睡したきっかけに深く関わりがあるものらしい。つまり、俺の場合、両親も、小中高で生活に深く関わっていた何かも、親友達も、そして高校生活の殆どが死因に関係しているということだ。

 何だろう。想像もつかない。


 ただ、そんな人生の大半を賭けた何かが関わる死因を知って1日程度で整理がつくかといえば、とてもそうは思えない。

 東雲さん曰く、今回の木原さんみたいに無理矢理『パンドラの鍵』を出現させるとなると、タイムリミットは1日以下であることが大半だそうだ。


「うーん……。」


 俺はごろりと寝返りをする。

 黄泉の国にも関わらず不思議と眠気は襲ってきて、明日が果たして来るのだろうか、もしかして起きたらなんてことのない元の世界に戻ってるんじゃないか。そんなことを思いながら眠りについた。





 翌日。

 何時から事務所が開いているのか分からなかったし、移動手段やシステムもよく分からなかったから、昨日買い込んだ食材で朝食を済ませた。俺は料理はできるらしいな。

 とりあえず走って事務所に行った。自慢でないが、方向感覚には自信があった。どうやら走って家から30分くらいの距離らしい。

 入口で座り込んでいると東雲さんがギョッと驚いていた。


「おはようございます!」

「おはよう、早いね。」

「俺、早起き得意みたいっす。」

「そうなんだ。僕も雪花さんも朝苦手だから羨ましいな。」


 確かに後頭部、寝癖ついてる。

 俺の視線に気づいたのか、鍵を開けながら後頭部を撫でつけていた。


 少しすると雪花さんもやってきた。相変わらず隙のない雰囲気だな。


「さて、まずは謝らせてほしい。」

「え、何でっすか?」


 俺は思わぬ言葉に目を丸くした。

 東雲さんに揃って雪花さんも頭を下げた。

 何で急に頭下げられるんだ!?


「咄嗟の対応とは言え、君をこちらの都合で事案対処に巻き込んだ。それにあんな暴力行為も含まれる過去の記憶だ。……未成年の君に見せるべきではなかった。」

「そうだよ。それに私たちは薄々彼女がDV被害者ってこと気づいてたし。」

「えっ、そうなんすか?」


 2人は頷く。

 さすが大人、いや経験の差だろうか。


「でも、言い訳をするならば早く生き返ろうとする君に一度思いとどまってほしかったんだ。過去の記憶の大半を失っている君のここにきた理由は決して軽いものではない可能性が高い。だからこそ、向き合って咀嚼する時間を設けてほしかった。」


 東雲さんは拳を握る。

 真剣に俺のことを心配してくれている。会って数日の俺を。


「……正直、そんな重い過去なら知らないで甦った方が楽な可能性もある。でも、生き返ることが決して幸せじゃない人のことも知ってる。」


 雪花さんはそんな人を知っているのだろうか。

 彼女の言葉は震えており、どこか泣きそうに感じた。


「でも、甦りに関しては君の意志次第だ。木原さんと同じ方法になるけど、鍵を出現させて、過去の世界や現世窓の確認をしないまま甦るのも1つの道だと思うよ。

 日笠くん、君はどうしたい?」

「俺は……。」


 昨日の夜からずっと考えていた。熟睡はしたけども。

 でも、木原さんのことも経て、俺はあることを決めていた。


「俺、今甦るつもりはありません。」


 俺の言葉に東雲さんも雪花さんも目を丸くしていた。

 2人のその表情が意外で、俺はつい笑ってしまった。


「たぶん、何にも覚えてなくて焦ってたんだと思います。でも、木原さんの記憶の世界見せてもらって、本当にこのまま帰っていいのか疑問になりました。

 生き返ったら覚えてないんでしょうけど、ちゃんと受け止めてから帰りたいって思いました。木原さんかっこよかったですし。それを助ける東雲さんや雪花さんも。」


 雪花さんは顔を逸らしてしまった。

 耳が赤いあたり照れてるみたい、褒められ慣れてないのかな。

 ただ、俺の勝負はここからだ。



「なので、俺を正式に助手にしてもらえませんか!」



 へ、と東雲さんは呆けていた。

 だけど、すぐに表情を和らげると俺に向けて微笑みを見せた。


「それは願ってもない提案だよ。もし君が甦りを急がないならこちらからお願いしてみようかと思ってたからね。」

「本当っすか!」

「うん。」


 思わぬ色良い返事に俺の声は上ずる。


「大概の人間は面倒くさいだとか、ああいうの見て引くからね。根性あるよ、アンタ。お人好しで少しMっ気がある。」

「雪花さん、後半褒めてます?」

「褒めてるよ。」


 初めて緊張を解いた彼女は予想より優しげだ。

 何か、印象変わるなぁ。


 ふと、俺はもう1つ考えていたことを思い出した。


「そうだ、家から走ってくる時ずっと考えてたんすけど、ここで助手として雇ってもらえたら、東雲さんのこと東雲先生って呼ぼうと思ってたんすよ! いいですか?」

「せっ……んせいかぁ……。」

「ふっ。」


 何故か雪花さんが噴き出したもんだから俺はそちらを向く。

 そのせいで目の前の東雲先生の顔が引き攣っていたことには全く気づかなかったけど。


「いいんじゃない。呼んでやれば。」

「雪花さん!」

「おお、雪花さん公認!」


 俺は改めて東雲先生に向き合う。


「じゃあ、これからよろしくお願いします! 東雲先生!」

「……うん、よろしくね。」


 東雲先生は何かを諦めたように一息つくと俺に手を差し出した。


 俺はここで何を学び、どんな未来を選ぶんだろう。

 漠然とした不安を抱えつつも目の前の大人達に少しでも近づけたらと、その手を力強く握った。

【おまけ話】


 実は真紘、料理は意外とできます。掃除や洗濯などの家事も然程苦ではないそうです。勉強や読書、基本的にじっとしていることは好きではありません。

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