表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/92

58.標的

 今回は単発です。

 おそらく次話は複数回跨るエピソードになるため、更新は数日後になるかと思います。

 甲さんの事件以来、街で稀にピリつく空気を感じる。でも、やっぱり日常はやってきて、近所の人達も変わらない。


 あれからあるイベントがあった。

 それは警察の事情聴取。

 俺たちが出会った2人は顔認証で正体が明らかになった。

 1人は戸張半宵(とばりはんしょう)。元々はなんてことのない【半生人】であったが、現在は故人かつ【罪人】であり、地区内外の不法な出入りや薬物の不正取引などを中心に犯罪に手を染めている。

 もう1人は城之内奏(じょうのうちかなで)。こちらもすでに故人であり、【罪人】である。風俗で戸張の手伝いをしたり金を盗んだりと悪どいことはしていたようだ。


 今回の甲さんの事件に関わったメンバーで警察の捜査に協力している時に、加地さんがあることを証言したのだ。


「俺この人会ったことある!」


 どうやらずっと黙り込んでいたのは目の前の動画の人物たちと比べていたらしい。ただ、彼の言葉は俄かに信じ難いものだった。


「髪型違ったしマスクつけてたから見かけは自信なかったけど、声が似てます。確か俺がデータ管理課に異動する前、相談課にいた時に訪ねてきました。」


 そんなに堂々と入ってきたのか。

 まぁ、確かに俺も気づいたのは声だったけど。地区外で会った時、彼は別事務所の助手を装って俺たちの前に現れたわけだが、見た目は違った。

 だから、正直なところ何となく似ていると思っただけなのだ。

 警察の1人が加地さんに質問した。


「何を話したか覚えていますか?」

「かなり自信がないです。戸張の声を聞くと頭がぼんやりしてきて……。ただ、相談の中で、動画の女の声を電話越しに聞いたら逆らえないっていうことを何回も言われた気がします。」

「女に命じられたことは?」

「覚えてないです。」


 彼は首を横に振った。実際に覚えていないのだろう。険しい表情がその事実を物語る。


「でも、情報漏洩の類だと思います。詳しくは役所の監査委員に聞いていただいた方が良いと思いますが、俺がデータ管理課に異動している間、外部PCから俺のIDで不正ログインがあったそうです。」


 そう言えば千里さんがそんなことを言っていた気がする。彼と雑談をしないであろう雪花さんはともかく、先生が先程から口を開かないのは気になった。

 警察の方は役所に監査の内容を問い合わせてみると動き出す。

 ここでふと疑問を口にしたのは雪花さんだ。


「そもそもこの2人が言っていたギフトって本当に存在するわけ?」

「それに関しては我々も……。」


 警察の人は首を横に振る。しかし、1人答えられる人物がいた。


「前所長や役所に勤めていた志島さんから聞いた話ですが、一定数、かなり低い確率ではありますが神様と話せた【半生人】に宿る特殊な能力があるそうです。概ね戸張の説明通りかと。」

「特殊な能力って念力とか炎噴いたりとか?」

「そういうのはないと思いますよ。」


 先生は加地さんの言葉を食い気味に否定した。


「なら、斑目が超頭いいのとか?」

「彼は神様にあったときに言い返せなかったってクレームをつけていたから地頭がいいだけですよ。」

「あっ……そう。」


 加地さんが肩を落とした。

 俺が口を閉ざすと先生と目が合った。ああ、この目は見透かされているな。俺は隠すことを諦めた。


「この地区での該当者は日笠くんと戸張。そして?」

「役所の薄石さんですね。」

「彩明も……?」


 先生だけは予想していたらしい。他の人たちとは違い、少しだけ目を細めるだけだった。

 ただ俺としては1つ疑問があった。


「あれ、城之内もギフトが『魅了』って言ってましたよね?」

「それはあり得ませんよ。」


 否定したのは警察の1人。タブレットを見ながら教えてくれた。


「この世界に来た時点で彼女は故人です。【半生人】が経験するような神様との対面はありません。特殊能力を得る条件がそれならありえないんですよ。」

「そもそも今までの過程を考えると戸張が大人しくそんな人間をそばに置いておくとは思えない。」


 現警察と元警察のプロファイルは一致するらしい。彼らは視線を交えて頷き合う。それを聞いた雪花さんは、なぜか苦笑していた。何でだろう。

 そして、先生は追い討ちをかけるように呟いた。


「それに彼が関わった殺人事件、その被害者である晴間律くんもまたギフトを持っていました。」


 それに反応したのは雪花さんだ。思わず身体が動いてしまったのだろう。勢いよく両手を机に叩きつけた。


「嘘でしょ?」

「事実だよ。でもこれを知っていたのは前所長と僕だけ。本人が特別な能力を自覚していたし、他人に話したがらなかったんだ。特別は度が過ぎると輪を乱すから、って。」


 雪花さんから聞いた話、熱血漢で隠し事とか一切しないってタイプかと思っていたが、そうでもないらしい。俺は勘違いしていたことを内心で謝りながら、先生の話に耳を傾ける。


「彼のギフトは『危機感知』。本能的に危険な出来事や物を察知できる能力。……現世にいた時にはあり得ないことが何度もあったから気づいたらしい。」

「そう、なんだ。」


 雪花さんは知らされていなかったことにショックを受けたのか、肩を落とす。


「あの男、はじめから晴間くんが狙いだったんだと思います。前までは疑いでした。ですが、今回の彼とのやりとりで確信しました。戸張はギフト持ちを狙っている可能性が高い。

 となると、狙いはここにいる日笠くんと役所職員の薄石さんです。特に、彼はね。」


 先生は意味ありげに呟く。

 なぜ薄石さんより俺を優先するのか。

 俺の疑問は顔に出ていたらしく、先生はそのまま答えをくれた。


「……君のギフトはね、晴間くんと同じか、または似たものであると思うんだ。」

「なら、晴間を毛嫌いしていた戸張が狙う可能性は高いね。」

「ちょ、2人だけで納得しないでくださいよ!」


 加地さんがその場にいた全員の代弁をした。話題になっている俺だって置いてきぼりを食らっている自信がある。


「……アンタ、今までの事件で色々と鋭い勘を発揮してきたでしょ? 認知症の人がふらふらしててもすぐに場所を当ててたし。」

「確かに俺が一緒に関わった女の子との時も咄嗟に探査機を投げるような判断の良さもあるしなぁ。」

「地区外での【罪人】になりかけていた青年の対応をした際も一か八かの賭けに勝っているし、勝負勘がここまで優れた人間を僕は見たことがない。だから、晴間くんと似た勘とか感覚の鋭さに関連する何かだと思うんだ。」

「なるほど……?」


 俺としては現世での生活があまり思い出せないから、他人から見てそう見えるならその可能性が高いのかもしれない。

 何ともはっきりと答えを出せないまま俺は受け止めるしかなかった。


 それを聞いた警察の人たちは何かを相談すると、纏まったのかある提案をしてきた。


「薄石さんと彼には警察の護衛をつけましょう。」

「護衛!?」


 何か大それた話になってきたぞ。

 間髪入れずに先生は更なる案を告げる。


「彼は暫く役所に勤める友人の家に泊まらせます。役所の中なら事務所の仕事もできますし、護衛の人員も減らせる。移動距離も最小限で済む。」

「いやいや先生? 俺と離れれば動きやすいでしょうし人員を減らすメリットがあるのは分かりますけど、千里さんを巻き込む必要あります?」

「あぁ、斑目なら問題ないっしょ!」


 加地さんがあっさりと言ってのけた。また怒られるぞこの人。


「アイツならアンタに巻き込まれるのは喜ぶと思うよ。」

「いや、さすがに面倒くさがるでしょ。」


 雪花さんまで。

 ここで別角度から攻めてくるのはやはり先生だ。


「ちなみに君が泊まらなくても彼は巻き込まれると思うよ? 役所のセキュリティの大部分に関わっているし、彼はデータ管理課に所属する監査委員だからね。」

「え。」


 思わぬ事実に俺は言葉を失った。査問会に参加した加地さんは薄々勘づいていたのか、何とも言えない表情をしていた。

 確かに、そこに所属しているなら役所のセキュリティ権握っているのも、志島さんの過去の経歴とか事案対処に関して調べたり報告書を盗み見ができたりしたのも納得だ。


「そのことを踏まえると君が泊まって情報を持っていってくれるとありがたいんだ。データでのやりとり、ハッキングされると困るからね。」

「ハッキング? でも、千里さんは加地さんの事件をきっかけに役所のセキュリティレベル上げそうな性格してません?」

「傷を抉るな青年よ。」


 加地さんが泣き真似をしているが、先生は無視して話を続ける。


「……戸張のギフトと関わることなんだけど、もしかしたら他にも同じような現象になっている人間がいる可能性がある。内部からの犯行となるとまた対応は変わるだろう。あまり内部のセキュリティを上げすぎるのも役所職員の信頼関係にかかる部分もあるだろうし。

 ただ役所内は機密も多い、そうなるとどうしたって協力者が必要になる。斑目くんと、加地さんのように。」


 加地さんは巻き込まれることが前提らしい。彼は諦めているのか、はは、と渇いた笑いを漏らすばかりだ。

 ここで警察官の1人が先生に尋ねた。


「ちなみに、東雲さんは戸張のギフトを何だと考えていますか?」

「確信は持てませんが、洗脳とか催眠術とかその類かと思います。科学的には曖昧ですが、無意識のうちにサブリミナル効果を発揮している可能性だってあります。」


「……サブリミナル?」

「心理学で聞いた程度だけど、閾値以下の刺激を受けることで何らかの影響を及ぼすことだと思う。例えば洗脳をしようと考えたときに、声にその能力が載る、とか?」


 雪花さんの説明に俺はほー、と呟くしかできない。隣の加地さんも同じだった。よくわからないけど、暗示の効果を強化させるようなものと解釈した。

 しかし、漠然と納得はできた。あの人と話すと抗い難い何か圧を感じた。甲さんだって飲み物を貰う時、なんとなく従ってしまったと言っていた。

 ニュースで見た洗脳とかだと関係をある程度築いて、って聞いたことがあるが、それをすっ飛ばせるとか、はたまた元来の話術で容易に潜り込める、と考えておけばいいのかな。


 そう考えると俺の能力が感の鋭さと言われたのも納得だ。



「では、早速で悪いが日笠くんに持っていってほしい書類を渡します。一応連絡は入れておきますが、もう1人の標的である薄石さんと協力者の方への詳細の伝達をよろしくお願いします。」

「分かりました。」


 警察官の人はそう言うが、少しだけ目に不安が映ったのが分かった。まぁ、彼から見れば一介の未成年だしな。

 ただ、俺が過去に小杉の対応をしたことを知っている警察官は、その不安げな人に対して穏やかな笑みを見せた。どうやら過去の実績が信頼に値するものらしい。こっそりと安堵した。

 話を聞いていた警察官の1人、いわゆるリーダーのような人が部下たちに指示を出す。


「近日中には作戦決行日も決め、各地警察・探偵事務所協力のもと戸張と城之内、および関与が疑われる男の捕獲にあたる。おそらく数日は潜伏、場合によっては地区外への逃亡も懸念される。各対策班に連絡、警備も強めるぞ。」

「「はい!」」


 何か大事になってきたな。

 俺はぼんやりと忙しく走り回る人たちを見つめながら座ったままでいた。すると先生が軽く肩を叩き顔を覗き込んできた。


「急にいろんなこと言われたから混乱するよね。」

「ああ、それもそうなんですけど……。なんとなく考えが纏まってないっていうか。」

「なら、なるべく書面にしてもらうといいんじゃない? 打ち合わせしたこと忘れるといけないし。」

「意地悪言わないでください!」


 先生も雪花さんも俺の様子には気づいてくれているみたいで、それからずっとそばにいてくれた。

 しかし、俺がぼんやりとしていた理由はわからなかった。


 気づいたのはその数時間後、千里さんの家に向かう途中の道だった。

 ここで初めて過去の雪花さんの気持ちを少しばかり理解できた。俺は思わぬ形で迫ってくる自分の秘密にどこか気後れをしていたのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ