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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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57.甲篤人③

 次話更新日程は未定ですが、1週間程度で更新できたらと考えています。

 引き続きよろしくお願いします。

 俺は勢いよく役所の外に出て辺りを見回した。辛うじて甲さんの背中が角を曲がるのが見えた。走力的にも体力的にも追いつけるとは思うが、追いかける相手が逃げているとなると話は変わる。

 路地裏だとか俺の知らない道に入られると面倒すぎる。狭い道とか人混みもそれはそれで困るけど。


 曲がった先、遠くに甲さんは走っていた。

 でも、彼が追う先に人がいるように見えない。とりあえず彼を追うしかあるまい。

 正直足が速くない彼はすぐに追いついた。というのも、甲さんが追う相手を見失いキョロキョロとしながら立ち止まっていたからであるが。


「甲さん!」

「ああ……はぁ、はぁ。見失……げほ、」

「距離ある相手にそんな簡単に追いつけるわけないじゃないですか。」

「面目ない。」


 どうやら年相応の体力と筋力らしいな。肩で息をする彼を横目で見ながら、ふと店の方に視線をやった時だった。


「……甲さん。今すぐ役所に戻って雪花さん達に俺の位置情報を確認して追ってくるよう伝えてください。」

「はぁ?」


 俺はそれをいうと同時に走り出した。



 なぜならその視線の先ではある女が「おいで。」と呟いたように思えたからだ。



 女性は絶妙な速さで走っていく。

 おそらく計算された速度だと思う。彼女は俺の走力をはじめとした身体能力を知っている。さっき一瞬見えた容姿に見覚えはないが。

 5分程度だろうか。路地裏を抜けたと思いきや急に人の多い通りに出た。中央区から北区にかかる道だ。ここはビル街であるが路地が多く逃げやすい場所である。

 俺は片手であるものを操作しながら追いかけた。


 その1つを進んだ先、少しだけひらけた空間に女性が立っていた。茶色のパーマをかけたロングヘア。前髪を斜めに流しており、厚い唇が特徴だ。俺から逃げることを想定していたのか、低めのヒールにお洒落なパンツスタイルだ。雪花さんがよく履いているストレッチタイプのものか。

 そしてもう1人。見覚えのある細身の男性が立っていた。


「おいで、日笠真紘くん。」

「嫌ですよ。……というか、アンタ、地区外で会ったどっかの事務所の助手さんですよね? 変装してます?」

「へぇ……分かるんだ?」


 近づきすぎてはいけない。俺の本能が警鐘を鳴らす。

 俺の言葉に女性は少しだけ不快そうに眉を顰める。一方で助手もどきっぽい男は愉快そうにクツクツ笑っているだけだ。

 なんだよコイツら不気味だな。


「ちょっと、戸張様の言うことが聞けないわけ?」

「いいんだ、奏。彼はあの男と同じギフトを持っている可能性があるからね。」

「……ギフト?」

「東雲さんに聞いていないのかい?」


 目の前の戸張と呼ばれた男は意外そうに尋ねてきた。そんなに有名なワードなら聞いたことがありそうな気もするけど、俺には心当たりがなかった。

 戸張は作り物のような笑顔を浮かべた。


「そうか。ギフトは『神様と話したことがある全ての人間に宿る良くも悪くも特別な力』だよ。」


 俺は咄嗟に全身に力を入れた。戸張の言葉に反応してはいけないと思ったからだ。

 だが、それが反対に俺の緊張を伝えてしまったのだろう。戸張は不気味に口角を上げた。


「君も神様と話したんだね。確信を持てた。」

「……その言葉、アンタも話したって言ってるようなもんですよ。」

「ははっ、君は聡明なんだね。でも、鈍感だ。自分のギフトについて気づけていない。」


 この短いやりとりから察するにギフトはいわゆる後付けの特殊能力みたいなもの。本当にそんなものがあるのか疑問だ。いや、この世界では愚問か。

 残念ながら俺にそんな不思議能力に心当たりはない。確かに現世での記憶はほとんどないが、相違なく生活していると思う。

 一方で彼もギフトがあり、その能力を自覚しているようだ。


 理由は全く分からないけど、戸張と奏という女性は神様と話した人間を探しているらしい。

 色々と聞きたいことはあるが、口はうまそうだ。変に質問すれば逆襲されそうだし、余計なことを言って情報を与えるわけにもいかない。

 だから、俺にできることは情報漏洩に気をつけながら話を続けて先生達が到着するまでの時間を稼ぐことだ。


「あいにく俺はここにきて変わったと思うことはないんですよね。」

「へぇ、その鋭い勘も?」

「戸張さんが感じたならそうかもしれませんね。」


「アンタ、さっきから生意気じゃない? 私の『魅了』にも揺るがない。ギフト持ちには効かないのかしら?」


 俺が口を開きかけた時、女性がつまらなそうに唇を尖らせながら言った。彼女が意味深な間を空けて言葉にした『魅了』が彼女のギフトとやらなのだろうか。


「ま、素敵な人だとは思いますけどね。俺にはまだ早いですかね。」

「……へぇ。可愛くないガキ。」


 が、と声が漏れてしまう。

 すると、戸張がふっと噴き出して笑う。俺、何か変なことを言っただろうか。


「はは、すまないね。晴間くんと似たような雰囲気を醸し出しながらまるで反対の反応するし。ふっ、賢いね。」

「馬鹿にしてますよね?」

「してないよ。いやぁ、警戒されてるなって。」


 彼は目元の涙を拭う。それより、彼は気になることを言った。


「アンタ、晴間さんを知ってるんですか?」

「もちろん。」


 そう言った彼は懐かしむような、恍惚としたような表情になる。嫌な予感しかない。馬路や玲夢ちゃんの時とはまるで異なる、怖気の走るような感覚だ。

 味わったことのない、純粋な恐怖。


 そして彼はそのまま恐ろしいことを言ってのけたのだ。



「だって、僕の記憶の世界で晴間さんは死んだ……いや、僕の一手があの男を殺したんだよ?」



 は? 何言ってんだこの男。

 俺は目を丸くした。何を言っているか理解できなかった。なんで、そんな表情で、声音で、言えるのか。


 それと同時に俺の中のピースが次々と繋がっていった。

 先生はたぶん俺がギフト持ちと知っていた。志島さんに神様と話したことを伝えたから知っていてもおかしくない。今までの会話から2人がギフト持ちを探していたことも容易に分かる。

 晴間さんもたぶん、ギフト持ちだったんじゃないか。そう推測してしまう。


 導き出される答えは1つ。

 先生は知らないところで俺を守ろうとしていたんだ。


 戸張が1歩進めたところで、俺は本能的に数歩下がった。


「……本当に、勘がいいんだね?」

「……ッ、」


 俺は悲鳴をあげないように唇を噛んだ。

 彼の襟から見えた『業の証』があまりにも広いものだったからだ。


「特別は、他のものと明らかに異なるもの。他に特別がいては特別でない。だから、他の特別はいらないんだ。僕だけでいい。」

「そんなくだらない理由のためにこの世界で人を殺したんですか?」

「……くだらない?」


 戸張の顔が初めて変わった。


「そうですよ。ここは一生いる場所じゃない、生きるか死ぬかの瞬間を過ごす場所。通過点でいつまでもアンタは足踏みするつもりなんですか?」

「クソガキ、生意気を……!」


 女性が俺に向かってこようとした。しかし、戸張は険しい顔のままその肩を掴んだ。

 俺は片手に持っていたスマホのバイブに気づき、口角を上げた。俺は大きく息を吐き、スマホの画面を戸張に向け、笑みを浮かべた。


「時間稼ぎ、付き合ってくれてどーも。」

「……!」


 掲げたスマホの画面にはずっとビデオ通話を繋げていた先生の顔が映っていた。声はずっと向こうに繋がっていたし、今ので2人の顔も向こうに記録されたはずだ。

 女は舌打ちし、戸張は険しかった顔を再び不気味な笑みに浮かべた。



 だが、次の瞬間女が床に何かを叩きつけた。


 もし、甲さんが飲まされた薬の亜種だったりしたらまずい。

 俺は咄嗟に後ろに跳び、そのまま踵を返して路地裏から出た。それと同時に、先生と少し遅れた雪花さん、逆方向から警察の人が走ってきた。


「ごめん遅くなった! 大丈夫!?」

「大丈夫っす、って先生!?」


 俺の無事を確認すると先生は躊躇いなく煙幕の中に飛び込んだ。迂闊すぎやしないか?

 俺がどうすべきか躊躇っていると、雪花さんもまたすぐに飛び込んだ。しかし、その時にはすでに晴れており、路地裏に見えるのは先生の影のみだ。


「相変わらず逃げ足の速い奴らだ。」


 いつもよりワントーン低い声の先生に思わず俺は足を止めた。さっきの戸張って奴より断然怖いんだけど。

 煙幕が晴れると、先生はいつもと変わらない表情をしていた。無理矢理貼り付けている、というような印象だが。


「お疲れ様、よく深追いしなかったね。」

「武器とか持ってて余計な喧嘩になったら嫌なんで。」

「賢明だよ。」


 そう言う先生の元に深刻な顔をした警察官達がやってきた。先生が頷いてスマホを指しているあたり、先程俺が撮った映像や音声を見せているのだろう。

 本当なら色々と聞きたいことがあったが、とても聞けそうにない。

 俺はその言葉を溜飲すると、雪花さんとともにその場を後にすることにした。




「申し訳なかった!」

「はぁ……?」


 役所に戻ると、加地さんと一緒に先に戻っていたらしい甲さんに深々と頭を下げられた。

 どうやら彼は2人や警察に犯人のことを告げた後、自分が突っ走ってしまったせいで、俺が巻き込まれたと思ったようだ。俺が勝手にしたことなのに。


「俺が勝手に判断したことなんでそんな気にしなくても……。」

「いや、俺が走ったら、君たち職員は追いかけるし代わりに犯人を探すでしょう。しかし、そんなことを考えず俺は突っ走った。身勝手が過ぎる。」


 俺だって自分が苦境に立つきっかけとなった人間がいたら追いかける。でも、ここで否定をすると話が堂々巡りになりそうだ。

 俺は不器用であろう作り笑顔に努めながら素直に謝罪を受け取ることにした。


「東雲さんも余計な仕事を増やして申し訳なかった。」

「甲さんが無事なら構いませんよ。」


 相変わらずの対応をさらりとしてみせる先生に甲さんは躊躇いながらもはっきりとした口調で尋ねた。


「……迷惑ついでにもう1つ、仕事を請け負ってくれませんか?」

「……何でしょう?」

「必ず、あの3人組を捕まえて煮湯を飲ませてやってください。そして、俺と同じような気持ちを味わう人を少しでも減らしてください。」


 自分の手でやりきれない悔恨はひしひしと伝わる。

 先生にも伝わったのだろう、先生は差し出された手を強く握り返しながら頷いた。


「もちろん。あの3人組の好きにはさせません。」

「……はは、最近の若い人たちは頼りがいがありますね。」


 先生があまりにも即答したものだから、甲さんは予想してなかった自分に苦笑いをしていたようだ。


 俺たちはそのまま天上の門に向かった。

 なんとか制限時間に間に合った彼は、加地さんから帰り道の説明を聞くと、こちらに小さく礼をして、穏やかな表情で帰っていった。

 たぶん、3人組のことで蟠りはあるのだろうが、割り切って帰れるあたり、彼もまたできた人間のように思ってしまう。


 さて、あの3人の話だが、俺たちは近いうちに再び会うことになる。

 その時に俺は自分が貰ったギフトを初めて知ることになるのだが、実の所、ただ自分が向き合いたくないだけであって、すでにはじめから容易に知ることができたはずの簡単な事実だった。

 ギフトは単に喜ばしいだけのものではない。

 それを後々に思い知らされるのだ。

【ケース報告書】


対象者:甲篤人(57)

 対象はガス管理会社に勤める男性であり、現在も現場職をこなしている。元より几帳面な性格で礼儀正しく周囲とのトラブルもなく慕われるような人物であった。

 本件は、点検業務中の安全確認が不十分であったことによるガス中毒が原因である。同僚の手順エラーにより発生、根幹の解決は対象が行なったが、対処が間に合わずその場で嘔吐、意識消失をした。

 黄泉の国に到着後、地区外との出入りを管理する業務にあたっていたが、不審者3名により『パンドラの鍵』を早期出現させるための薬を服用、至急の対応をせざる得ない状況に陥った。パンドラの鍵により、過去の記憶の確認を行い、甦りを決意したが、その後犯人の1名と当事務所の職員が接触する事案が発生したため甦りまでに時間を要することとなった。

 対象は無事甦ることができたが、今後の業務への影響及び同事案発生の危険性を警鐘する1件であったとも言える。


 以上、報告とする。

 尚、当事務所からは早期の対処を願う。


報告者:東雲標

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