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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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56.甲篤人②

 更新が遅くなり申し訳ありません! 

 甲編は明日更新分で一区切りです。

 俺たちは役所にやってきた。

 事前に加地さんが連絡していてくれたらしく、手続きはすぐに終わった。以前の女性にうつつを抜かしていた加地さんはどこに行ってしまったのだろうか。


 慣れた手付きでダイブする準備をしていると、傍らで加地さんが感心したように息を吐いていた。


「どうしたんすか?」

「いや、あの子と不意にダイブさせられた時に比べると頼りになる格好になったなって。」

「揉まれましたからね。」


 俺が暗に示したのは相澤玲夢ちゃんの事案だ。あれは正直大変どころではなかった。

 わざと不貞腐れたように言うと加地さんが眉をハの字にしたけど冗談ですと伝えたら、口元が引き攣っていた。

 え、そんなに毒効かせたかな?

 俺まで口元をひくつかせると、雪花さんが呆れていた。


「アンタ、そこまで斑目(アイツ)に似なくてもいいんじゃない?」

「マジですか? すみません、加地さん。」

「あー、いいよいいよ。あん時はどうかしてたし。」


 ううん、難しいな。思わぬところで皮肉になってしまった。

 俺が頭を掻いていると、甲さんも準備が整ったらしい。過去の記憶の世界にいつでも入ることができる。


「お待たせしました。」

「……行きましょうか。」


 先生が薄く微笑んだ。その笑顔で安堵したのか、甲さんの肩の力は抜けたようだ。

 先生と甲さんのタイミングに合わせて俺もまた飛び込む。手慣れた動作、俺はストンと世界に広がる地面に着地した。




 過去の世界に広がるのは、どこかの会社だろうか。

 几帳面に整頓されたデスクに今より少し若い甲さんが座っていた。字も一切曲がることなく羅列されており、甲さんの性格を表しているようで、俺はつい口元を緩めてしまった。

 一方で、周りのデスクは煩雑なものが多く、過去の甲さんは部下や同僚に向けて怒っている様子もあった。

 甲さん自身は真面目に怒っているのだろうが、俺から見れば仲の良い職場という印象だ。


『甲さん、次の現場の話をしていいですか?』

『はい。』


 甲さんと同い年くらいのおじさんが書類を持ちながら彼のデスクに近づいてきた。先生はガン見してるけど、俺たちは見てもいいのだろうか。一応仕事の内容が見えてしまうよな。

 俺が甲さんに視線を送ると、彼は迷ったような反応をしつつ諦めたように肩を竦めた。


「見ていいですよ。覚えてたからと言って現世に影響があるわけではないですから。」

「ありがとうございます。……誠実なんですね。」

「……ふん。」


 少し照れたのだろうか。

 俺は言葉に甘えて遠慮なく資料を見た。何だろう、図面のようだけど俺にはピンと来ない。何面もフロアがあるあたり、ビルだろうか。


『明日はこのビルの点検作業をお願いします。』

『分かりました。』

『あとこのビル、少し作業場所が特殊でしてーー。』


 俺からすれば何の話やら、という感じであったが、先生と甲さんはそれぞれ思い当たる節があるのか難しい顔をしていた。

 作業員は3人。1人は真面目そうで若めの人、もう1人は甲さんの隣の席の机が散らかっている中年の人だ。3人が並んで翌日の確認をし始めたところで場面は切り替わった。



 次に映ったのは現場のビルだ。

 俺からすれば何てことのない、ただの雑居ビルであるように見える。相変わらず残りの2人の顔は曇っている。


『こっちで作業するからダブルチェックをお願いします。』

『わかりました!』


 甲さんが伝えると、中年の人と新人さんがチェックにまわる。甲さんはさすがというべきか1人にも関わらず、2人で行なっている作業より手早く済まされていく。

 ふと2人の方に視線を移してみたが、手元がもやついており見えない。これは甲さんが見ていないという解釈で良いのだろうか。


 過去の甲さんが振り返ると同時にそのもやついた部分が明瞭に見えるようになった。すでに作業を終えたのか、蓋がされたところだった。


『チェックは済みましたか?』

『はい。ーーさんにも見ていただいたので大丈夫です。』


 新人さんが告げると中年の人も頷いた。

 それを確認した甲さんは行くぞ、と声をかけると3人は奥へと進んだ。

 この場所はどうやら他の場所よりも時間がかかるらしい。徐々に新人さんの顔色が悪くなり、慣れている甲さんや中年の人の額にも不自然な汗が滲む。

 それだけが理由でないのは容易く想像できるが。


『……ーー、顔色が悪い。もう少しで終わるから先に出ていてください。』

『いえッ、……はぁ、まだやれます。』

『無理すんなって。』


 過去の甲さんは2人を一瞥するとため息をついた。


『俺1人だったら5分で終わる作業、そんな顔色でミスされる方が迷惑です。ーーさん、連れていってください。』

『……わかった。アンタも無理するなよ。』


 おぼつかない足取りの新人さんに肩を貸すと彼もまた弱々しく歩く。

 過去の甲さんは宣言通り、作業は数分で終わらせた。しかし、顔色はますます悪くなり、新人さんと同じくらいまで青くなっていた。

 彼は2人がダブルチェックをしていた場所に腰を下ろすと、被せられた蓋を外して備品を確認した。それを見た甲さんは舌打ちをした。


「あれは換気不足、ですね。」


 どうやら換気機能が作動しておらず、この狭所にはガスが充満していたらしい。過去の彼も舌打ちするとすぐに基盤を操作して、何やら装置を動かし始めた。

 肩で息をしながらなんとか蓋を閉めると、過去の甲さんは膝を折り床に這いつくばった。


 何やら異様な呼吸音が聞こえたと思えば、歪な声を漏らしながら嘔吐した。

 思わず俺は小さく悲鳴を上げそうになったが、力の限り唇を噛み声が漏れることを防いだ。横の2人を見ていると、いつも通りのほんの少しだけ険しい顔をした先生と、俺よろしく唇を噛んで己の姿を見つめる甲さんが見えた。


『……ったく、だから、普段からだらしない奴は駄目なんだ。』


 向こうの甲さんが横たわったまま呟くと同時、先生も俺も戻るタイミングと判断して、ともに視線を交えた。




 扉の外に出ると甲さんは疲れたのか張り詰めていた糸が切れたのか、その場で腰を下ろしため息をついた。それでも掌に示された時は刻一刻と進む。

 彼は落ち着いている方であるが、やはり自分の倒れる様を見るのは堪えるのだろう。毎回思うが、自分の場合は果たして耐えられるのか不安が膨れる。


 だが、彼は強かった。

 数分黙り込んでいたと思えば、すぐに立ち上がり真っ直ぐに俺たちを捉えた。


「情けないところを見せた。……現世窓は不要です。」

「分かりました。」

「……答えは俺に言わせるんですね。」


 甲さんはまだ無理をしているのか、少しだけ指が震えていた。先生は無慈悲にも頷くが、彼が口にすることが重要だ。


「甦ります。

 記憶を見て思い出した。アイツらは今頃、寝ている俺の横で泣き喚いたり、らしくもなく机の掃除でもしてる。そんな奴らです。」

「……わかりました。すぐに手続きを。」


 先生が目を細めると、加地さんはすぐに動き始めた。


 それから、15分程度で準備ができるとのことで俺たちはロビーで待つことになった。

 その間、先生は加地さんとともに手続きに行ってしまった。肝心の甲さんはというと、1人になりたいと要望があったため少し離れたところで俺は雪花さんと時間を持て余していた。


「なんかここ最近個性的な人が多かったんで、久しぶりに通常の流れで終わった気がします。」

「油断。そもそもスタートが通常じゃないからね。」

「そっすね。」


 そんな話をしながら俺はふと雪花さんの表情が気になった。


「雪花さん、3人組に心当たりあります?」

「……はっきりとは言えないけどね。」


 隠されないだけマシかな。ただ、実際に雪花さんも心当たりはあるが明言できないだけのようだ。


「でも、俺、女の人が言った質問に関してはちょっとだけ心当たりあるんすよねぇ。」

「どの部分?」

「あの神様と話したかってやーー……。」


 俺はこの時雪花さんの顔色が変わったことに気がつかなかった。

 なぜなら言葉が止まった別の理由があったからだ。


「甲さん!?」


 俺は慌てて立ち上がった。

 甲さんが役所の外にいたからだ。その視線の先を見るとどうやら人を追いかけているようだ。


「雪花さんは先生呼んでください! 俺が追います!」

「ちょっと!」


 俺はスマホだけ持つと弾かれたように走り出した。役所の中には人が点在していたが、避けるスペースは余裕で確保できたため、俺はスピードを落とすことなくそのまた役所の外に出た。



 嫌な予感がする。

 俺は甲さんの背中が消えた方に向かって全速力で走り出した。

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