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55.甲篤人①

 物語は動き出します。

 事件の序章です。

「なーんかまたバタバタしてますね。」


 俺は役所に報告書を上げにきた。

 そんな俺の目に入った光景はいつもより1.5倍の稼働率を誇る役所受付である。

 窓口で請け負ってくれたのは、馴染みのおばちゃんでだ。相変わらずのどっしりとしたシルエットの彼女はそうなのよ、と大袈裟にため息をついた。


「真紘くん、知ってる? 最近巷である『パンドラの鍵』湧き出し事件。」

「そんな温泉みたいな……。あ、でも、最近依頼人が多いって噂は聞きました。」

「ここだけの話ね。」


 ここだけの話は大概ここだけではないことが多い。俺は学んだ。


「この前湧き出し事件に関わったんじゃないかって人の目撃情報がまた出たのよ。それと同時、湧き出し事件再発でうちもてんてこまいよ。」

「……その湧き出し事件ってアレですか? 無理矢理鍵を出現させる薬を使ってやる感じ?」

「そうそう。まぁちゃんとした契約の元でやるなら違法性はないんだけどね。例えばテロ的な感じとか、本人に告げず詐欺的な感じでやると警察が動くのよ!」


 俺が最初に担当した木原琴子さん。

 その時は彼女が自ら望んだからその薬を使っても詐欺には当たらなかった。しかし、ここ最近では了承を得ず使用して立件されることが多い、って先生が言っていた。


「でも、なんで今更そんな事件が増えてるんですかね?」

「それがね、最近妙な人がいるらしいの。」

「妙?」


 俺が首を傾げるとおばちゃんは声を顰めた。


「湧き出し事件が起きるたびに現場で目撃される謎の女。」

「え、その女が犯人なんすか?」

「それは分かんないけど! でも夜な夜な男を引っ掛けてるって噂よ?」


 うーん、状況的には怪しいけど。

 俺が首を捻っているといつの間にかおばちゃんは処理を終えていたらしく、書類を発行してくれていた。


「ありがとうございます。」

「いえいえ。あ、あとは不法入国、もとい入地区したらしい不審者もいるみたいだから気をつけてね。」

「それは噂ですか?」

「噂よ。ただ、そんな重罪犯した人間なら、【罪人】になって耐えがたい苦しみを味わうらしいからもう収監されてるでしょうけどね。」


 聞いた話によると、不法出入国はかなり重い罪らしく、大概の人間が正規の手続きをとることができるこの世界からすれば滅多にない事例らしい。

 強いて言えば【罪人】は制限がかかるそうではあるが、時間がかかってもできないことはないと聞く。

 何が原因でそんな噂が生まれたのか、はたまた実在したとして何を理由にそんな手段をとるのか。俺には全く理解できなかった。


「じゃあ、先生によろしくね。」

「はい。」


 俺はおばちゃんに改めて礼を述べると、事務所への帰路についた。





 だが、事務所ではすでに騒ぎが起きていた。

 帰ってきた俺が恐る恐る事務所の中を覗くと、中肉中背の男性が頭を抱えて唸っているのだ。遠目で見た彼の掌には鍵のようなものが浮き上がっているように見えた。

 雪花さんがちょうどお茶を出したところだから、話し始めるタイミングのようだ。


「ただいま戻りました。」

「あっ、真紘くんおかえり!」


 俺を迎えたのは加地さんだった。

 どうやらおばちゃんが言っていた事件の渦中の人物がうちに依頼に来ているようだ。先生と向き合っているのは中年男性、志島さんより少し年下くらいかな。

 加地さんの声で俺に気づいたらしく、2人の視線がこちらに向いた。


「お話中すみません。助手の日笠です。」

「若者なのにしっかりして。失礼、私は甲篤人(こうあつと)です。よろしくお願いします。」


 一言目はいただけない気がしたが、ここはスルーするのが得策だろう。口唇がひくつくのを知らないふりしつつ俺は会釈し、事務所の中の遠めの席に向かった。

 そこでパソコンを起動しつつ、今回の事案について内容を確認する。


 依頼人は甲篤人、57歳。

 パッと見、細身で綺麗なシャツを着ているイケオジって感じの印象だ。

 彼が思い出せないのは、仕事の詳細な内容と同じチームのメンバー。確か現場での作業がメインだったと想起しているがそれ以上はわからないそうだ。

 本人曰く石橋を叩いて渡るどころか叩きすぎて壊すみたいな性格らしいが、作業に集中しすぎる気もあり、予想だにしない思い切りの良さがある、と黄泉の国での同僚は言う。ちなみに黄泉の国に来た直後は、突飛なことに弱い性質のために混乱が収まらず、周りもかなり気を遣ったようだ。

 決して悪い人でないが、予定がずれることがとにかく嫌、融通がきかない。加地さんの報告にはそのように説明されていた。


 今回は『パンドラの鍵』に伴う相談だ。

 彼の中では、出現同時とともに事務所に相談、そしてその翌日に過去の記憶の世界と現世窓の確認、当日夕方に甦りというプランだったそうだ。

 しかし、その計画はうまくいかないことが確定している。


 なぜなら。


「アイツらにやられたんだ。」


 そう呟く彼の手には残り15時間と示す制限時間と煌々と光る『パンドラの鍵』が浮き出ている。

 相談する人にしては猶予がない。


「詳しく経緯をお伺いしてもよろしいですか?」

「はい……。」



 遡ること数日。

 彼は地区外に通じる門の管理を担っていた。出入りする人間の記録や紛失物の管理も行なっているそうだ。

 いつも通り業務に勤しんでいたところ、ある3人組が窓口を尋ねてきた。どうやら通行の際に無くし物をしたようだった。たったの1、2分であるが時間外であり、甲さんは断ろうとした。

 しかし、そのメンバーの1人の女は手続きも書類も全て完璧であり、上司がさほど手間にはならないと判断したため、甲さんは渋々受付をする羽目になった。

 周りの職員たちは彼女の蠱惑的な様子に注意が散漫になっていた。甲さんはやれやれと首をふりつつ奥から書類を手に取ると3人の前に座った。

 小柄な男性は人懐っこく笑顔で話しかけてくる。気づけば自分も無駄話が弾んでしまい、危うく聞かれていないことも答えてしまいそうになる。ひどく、話すのも聞くのも上手い男だった。

 書類を書いていた女性は片手間に聞いてきたそうだ。


『ねぇ、私のこと気にならないのね。』

『通行人の1人に過ぎませんからね。署名をお願いします。』


 甲さんとしては然程魅力は感じなかった。好みの違いだろうと思い、この時の会話は気にも留めなかったそうだ。

 手続きが終わると彼女は長い髪を掻き上げながら不思議なことを尋ねてきた。


『貴方は神様と話したことはある?』

『……ありませんよ。』


 ふぅん、と彼女はつぶやく。

 すると横にいた小柄な男性は片手に持っていた紅茶を差し出してきた。どうやら大柄な男が買ってきてくれたようで、彼も愛想笑いであろうが無言のまま勧めてくれた。


『これ、遅くなってしまったお詫びです。良ければ。』

『いただけませんよ。』

『まぁまぁ、迷惑料だと思って。冷めてしまうんですぐに飲んでくださいね。』


 普段なら絶対に受け取らない、それにも関わらず甲さんは礼を言いながら受け取ってしまった。

 今思えばなぜそう考えてしまったのか分からない。なぜか、猛烈にこの男に従わなければと感じたのと、後ろで何やら言っている同僚が煩わしくなり面倒になり、一気に飲み干したそうだ。


 だが、飲み干した瞬間、手が光り、『パンドラの鍵』が出現した。

 甲さんは、薬を飲んで『パンドラの鍵』が発現するところを見たことがなかった。だから、すぐに彼に渡された飲み物にその薬が混ぜられていたことに気づかなかった。


『甲さん、それパンドラの鍵じゃ!?』

『さっきの女の人達は!?』


 同僚が騒ぎ出して初めて自分に起きたことを理解した。

 しかし、先ほどまでいた3人組と証明書は綺麗に姿を消しており、残されたのは必要申請書類と自分に渡してきた飲料だけだった。


 すぐに警察がやってきた。

 調査により甲さんが飲んだ飲料には、かつて木原さんが使用したものと同じ強制的に『パンドラの鍵』を出現させる薬が混ぜられていた。

 加えて、その女の身元も判明した。【半生人】でポイントは【罪人】になる一歩手前、しかし、やっていることは詐欺とポイントの搾取の繰り返し。何とも小賢しいことである。大柄な男は【罪人】であるそうで、女を保証人に自由を得ているようだった。

 しかし、小柄な男性の身元は分からなかった。頭上の輪はなかったそうだが、マスクをしており手袋もつけていたため指紋も残っていない。探しようがなかったそうだ。




「ーー、警察での事情聴取が終わってから俺はすぐに役所へ。それでここに相談に来ました。」


「……それって全部飲まなかったらどうなってたんですか?」

「基本的には規定量飲まなければ問題がない。ただ、妙だよ。」

「妙?」


 俺と雪花さんの会話が耳に入ったらしい先生は解説をしてくれた。


「一般的に、『パンドラの鍵』を強制発現させるための薬は神官がくれるものだけで、役所を通してしか手に入らないはずなんだ。手に入ったものも役所がナンバリングして所在を管理しているんだよ。」

「え、じゃあなんで今回みたいな事件が起きたんですか?」

「時々いるんだ。あの薬を持って他地区に行く人間が。」


 そうなんだ。

 俺が納得している間に、先生は身体の向きをすぐに甲さんの方に戻した。そうだ、今は甲さんの依頼対応中だった。


「話は戻りますが、これからすぐに過去の記憶と現世窓の確認。その後進退の決定でよろしいですか?」

「はい。思い出せない内容から察するに仕事中の事故だとは思います。ただ、スケジューリングも事前確認も怠らない性格だと自負しているのですが……。」


 確かにこの国に来てからの働きぶりを聞く限りケアレスミスは少なそうだが。

 甲さんは大きく息を吐くと軽く頭を下げた。


「正直なところ、甦りも3日プランで考えていたのですぐに整理がつく自信がないし、時間が許すなら犯人を殴ってやりたいほどだ。だが、時間がないのは事実。

 手伝いをお願いします。」

「……喜んで。」



 先生が頷くと加地さんが先導してすぐに役所に向かうことになった。加地さんと甲さんは役所の車で、俺たちは事務所の車で役所に向かう。

 準備中、俺はふと薬のことが気になった。


「木原さんのケースもありましたけど、こんな風に所在を把握していない薬のせいで『パンドラの鍵』が出現するって、よくあるんですか?」


 先生は険しい顔をしつつもどこか冷たい声音で続けた。


「時々起きるけど、今回みたいなケースはあまりない。無差別というか、意図を感じさせないパターンとか。そもそも、最近発生している件数が異常ではあるんだけどね。」


 俺は先生の言葉で何となく、感じた。

 先生は何か心当たりがあってそれに対してよくない感情を抱いているということを。

 ただ、ここで聞いても話してくれるか分からないし進展もないだろう。


 俺は目の前の甲さんの事案を解決すべく意識を切り替えた。


追記 11/24

 仕事の方が多忙であるため更新が滞っています。

 今月中に甲さんのシリーズは更新できるかと思いますが、12月は不定期更新になると思われます。

 ブクマしていただいている方は申し訳ありません。引き続きよろしくお願いします。

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