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54.天道という女性

 未成年の飲酒はダメ絶対です。

 成人の方もお酒は適量にしましょう。

「うおおお!」

「うるさい。」

「柄にもなくテンション高いね。」


 仕事後、俺は雪花さんと先生に連れられて中央区近くのお店に来ていた。一見お洒落なお店だけど、いわゆる少し高めの居酒屋らしい。

 初めて来る店に俺はテンションが上がる。この前3人で来たときは少しお洒落なレストランって感じだったから、また違う大人って感じだ。


 店の前に着くと、聞き覚えのある声がした。振り向くと、職場では見ないラフな格好をした南条さんだ。レザージャケットがよく似合うな。

 俺たちを見つけた彼は人懐っこく笑い、手を振る。


「お、お前ら! 早いな!」

「生憎西区は仕事が少ないので。」

「ははは! 平和ってことだろう? いつも助かってるさ。」


 南条さんは今日は半休だったらしく、気合を入れてきたらしい。大人ってそんな感じなのかな。


「先に入っておこう。役所組は遅いだろ。」

「彩明はともかくアイツ来るわけ?」

「日笠が誘ったんだろう? なら、来るさ。」

「というか、薄石さんだけだと迷って来られないと思うよ。」


 最近聞いた話では、彩明さんは役所で迷子になり、神隠し事件として騒がれていたらしい。俺達が田中さんの事案を済ませる前日の話である。そんなに迷うか、あそこ?

 千里さんが拾いに行くより道案内アプリを入れた方がいいと提案して、試用期間中らしい。無事に解決することを祈る。


「料理はテキトーなもんでいいな。何飲む?」

「僕は生。」

「私も。」


 俺はこのときメニュー表に夢中であまり聞いていなかった。

 お洒落だが、量がない。やっぱり俺には早いのか。そんなことを思いながら見ていると、見かねた雪花さんが、量の多い料理を教えてくれた。何か恥ずかしいな。

 南条さんが慣れた手つきで店員さんを呼び、注文していく。ソワソワしながら見ていると、南条さんが満面の笑みで言った。


「生4つ、以上!」

「えっ。」

「は?」

「いいだろ、ここは未成年とかも関係ないし。」


 南条さんは勧めてくるが、俺は罪悪感でいっぱいだ。正面の雪花さんは目だけで獲物を仕留めそうな雰囲気であるが、南条さんは気にした様子はない。

 俺はどうするのが正解だ? 先生は苦笑いして俺の返答を待っている。自主性を重んじてくれるのは嬉しいけど仲裁してください!

 なんてことを思っていると個室の扉から見慣れた顔が見えた。役所組だった。


「いいわけないでしょう、この呑兵衛。」

「こんにちは、みなさん!」

「生3つ、烏龍茶2つ、薄石は?」

「レモンサワーで!」

「お前、飲まないのか?」


 雪花さんの横に彩明さんが、俺の隣に千里さんが座ったが、南条さんが俺を挟んで千里さんを挑発する。俺を挟むな俺を。

 南条さんが俺の肩を組みながら悪い顔をしているが、千里さんは呆れたように頬杖をつきながらため息を吐いた。


「俺が飲まないの知ってるでしょ?」

「でも、俺飲みたい気分なんだよな〜。このままだと隣の青年に飲ませるな〜?」

「……。」

「ちょ、俺のために争わないで!」


 正面で雪花さんが噴き出した。先生も笑ってるし。


「いいんじゃない? アンタが潰れても日笠が運んでくれるでしょ?」

「いつも運ばれてるくせによく言うよ。」

「真っ向勝負なら負けないけど?」

「……真紘、席交換。店員さん、生4つ、烏龍茶1に変更で。」

「えぇ……。」


 飲むとどんな感じになるんだろう。少し興味はあるけど、弱い人って辛いらしいからな。大丈夫かな。

 とは、思っていたけど、いざ料理が来てしまえば、俺はその考えがどこかへ行ってしまった。隣の走る前のような深呼吸は聞こえない。


「おし、じゃあ仕事お疲れ様ってことで。」

「「「乾杯!」」」


 乾杯、初めてやった気がする。俺はテーブルに向かって目をキラキラさせていた。



 そこからの話は事案で厄介だったこと。もちろん個人情報を伏せながらであるが。また、ここに来て間もない彩明さんに向けたこの国のレクチャーが行われる。

 その間に南条さんはどんどん酒を頼む。先生は醸造酒が止まらない。雪花さんは千里さんと同じペースだけど、まだまだ余裕そう。ちなみに千里さんは3杯で離席した。


「彩明さんはお酒得意なんですね?」

「うーん、3人ほどではないと思うけど人並みには飲めるかな?」


 頬がほんのりと赤くなっている。正面から見ていると何かドキドキする。

 俺が胸を抑えていると千里さんがやっと戻ってきた。


「あー、もう最悪。詰めて。」

「大丈夫っすか?」

「お前はあんな駄目な大人になるなよ。」


 たぶん酔ってて力加減ができないんだろう。普段真っ白なのに手先まで真っ赤な千里さんは乱雑に頭を撫でてくる。というか、さっきから近くて照れる。顔がいい。

 俺たちを見ながら唯一の良心、彩明さんがにこにこと笑っていた。


「何か、役所ではいつも無表情か顔を顰めてるから新鮮だな。2人はいい友だちなんだね。」

「分かってるね、薄石。」


 不意に顔を上げた千里さんは珍しくにっと笑う。

 彩明さんの顔が一瞬赤くなった気がした。彩明さんは隣の雪花さんに耳打ちをする。


「雪花ちゃん。斑目さんって本当に顔はいいね。」

「顔と、まぁかろうじて頭?」

「うるさい。お前よりはいいから。」


 おーおー、テーブルの下で蹴り合うな。雪花さんも俺の足を蹴るあたり酔いがまわってるんじゃないか?

 それを見た先生が目を細めた。


「何か、天道さんがいた時を思い出しますね。」

「ああ、分かる。あの人酒好きだったもんなぁ。」

「天道さんって、前所長さんでしたよね?」

「そう。こっちの世界に来たのも酒だったよなぁ。」


 あれ? 雪花さんの話だと頼りになりそうだと思ってたんだけど、酒?

 千里さんが俺に寄りかかりながら尋ねてくる。


「真紘はあの人のことどのくらい知ってるの?」

「えーと。黄昏探偵事務所の前の所長さんで、個性豊かなメンバーの手綱を握る強そうな精神科の先生?」

「何か仕事のできる女の人って感じだね!」

「あながち間違いではないんだけどね……。」


 俺と彩明さんのリアクションを見て雪花さんは眉間を揉んでいた。他の3人もあー、みたいな反応をしている。


「え、間違ってます?」

「いや、間違ってはいないさ。ただなぁ、あの人も優秀と劣等が同居してるんだよな。そこの斑目と一緒だ。」

「一緒にしないでください。」

「まぁ、斑目くんはちゃんと自制できる人だからね。」

「……どんな人だったんですか?」


 その人を知らない俺と彩明さんが恐る恐る尋ねると、南条さんがスマホで写真を見せてくれた。そこには今とさほど変わらない3人と、天道さん、晴間さんが映っていた。

 天道さんは目尻に少し皺があるけど、黒髪清楚な感じで優しそうな人だった。一方で晴間さんは髪をオールバックにした熱血漢という印象だ。


「医師としての腕は確かだよ。人との距離感のとり方が絶妙でね、人の話を引き出すのが上手な人だった。頭の回転も速いし、仕事の時に感情を乱したことなんて一度もなかった。」

「報告書を書くのも速かったよな。」

「それはアンタが遅いだけじゃないの?」


 確かにこの前の救助者として手伝いに行った時、先生の手早さと比較すべきでないと分かっていたが、南条さんの書くスピードはゆっくりだと思った。それにキーボードの使い方もなかなか拙かった。

 自覚がある南条さんは雪花さんの指摘に拗ねたように唇を尖らせた。

 彼の文句に被せるようにして声量が制御できていない千里さんが思い出したように口を開いた。


「あと、雪花と同じマンションに住んでたよね? 保証人だったんだっけ?」

「そう。だから、時々酒飲みに付き合ってたよ。普段は頼りになる上司なんだけどね。」


 これ幸いと雪花さんが答える。先生もこちらの話題の方がいいと判断したらしく、南条さんの非難に被せて話を続けた。


「彼女はアルコール依存症でね。正直なところ園部さんよりも強いものだったんだ。」

「あれよりも……?」

「そんなにひどいの……?」


 俺が青ざめたのを見て彩明さんも顔を青くした。

 先生は少し困ったような、場を気にしつつ話し始める。


「僕も本人から聞いて驚いたんだけどね。

 彼女は論文も何件も出しているような優秀な精神科医だったんだけど、生活はかなり不規則だったみたいでね。帰れば毎日寝酒を煽らないと眠れなかったそうだよ。」

「精神科医ってそんなにハードなんですか?」

「いや、本人が言ってたが、普通に働けば問題はないって言ってたぞ。ただ、いわゆる社畜になるタイプには向かないそうだがな。」


 天道暁さん、42歳女性。

 大学病院に勤めている期間で国際的なジャーナルに何本も論文を投稿した天才。24歳で結婚したが、海外留学のために28歳で離婚、36歳で日本に戻り、とある精神科病棟のある病院で勤めていたそうだ。

 実際に担当してもらった患者や依頼人は病や悩みを解決され、天才医師と褒めるらしい。

 話を聞く限り、知識欲が凄い、というか何かを理解したいという気持ちの強い人間だと俺は思った。


 俺が1歩引いて聞いていると彩明さんが驚くべきことを言った。


「へぇ……、仕事熱心で真面目な人だったんですね。探偵事務所でのことを聞くと仕事もできて、性格的にも非の打ち所がないし。強いて言えば、旦那さんからしたら立場が無くなりそう、かな。」

「えっ、そんな風に感じます?」

「へ?」


 俺が思わず突っ込むと先生と突っ伏してしまっている千里さん以外は目を見開いた。

 彩明さんが疑うような視線でじっと俺を見た。


「それなら君はどう思ったの? あたし、それ以外浮かばなかったな。」

「俺は……その、申し訳ないですけど怖いと思いました。何となくですけど。」


 俺が遠慮しながら言うと、先生が笑った。


「俺、何か変なこと言いました?」

「いや、言ってないよ。ただ、斑目くんと同じことを言ったから。僕も他の3人と同じ考えだったけど斑目くんの話を聞いてひどく納得したからよく覚えてるよ。」

「理由は何だったんですか?」


 彩明さんが興味津々で先生に尋ねる。すると先生は懐かしそうな表情のまま答えた。


「『一挙一動を解析して完璧な対応をされる、機械より機械らしい人だから』って言ってたよ。」


 その言葉はしっくりきた。

 そうか、彼女が完璧に対応ができるということは対象者の一挙一動を観察して、求めているものや正解を導き出しているということ。加えて、そうしていることを滅多に他人に悟らせないのだ。

 もしかするとそれを意識せずにできてしまうのかもしれない。何なら仕事自体もあくまでも彼女の興味の延長線に過ぎないのかも。


「……もしかして、酒がやめられない理由って馬鹿になれるからとかそんな類の、」

「よく分かったね。」


 正解だった!

 素直に感心してくれているらしい雪花さんと彩明さんの視線に居心地の悪さを覚えつつ、俺は頭を抱えていた。

 隣で「あの人にそんな感想抱くなんて、2人は絶対に催眠術にかからないタイプの人間だがはは」なんて聞こえたけど、頭が痛くなりそうなので言及をやめた。





「千里さーん。そろそろ歩けますー?」

「……。」


 俺は自分より背の高い千里さんを背負う。この人歩くのが面倒になってないか? 少し疑いながらもしぶしぶ背負っている。まぁ、軽いからいいけどさ。

 荷物は同じ敷地の住まいに住んでいる彩明さんにお願いして帰路についている。

 ちなみに残りの3人は2次会にしけ込むらしい。


「天道さんの話、びっくりしちゃったね。」

「いやー、俺からしたらちょっとしたホラー話でしたけどね。」

「あはは。人によって感じ方は違うもんねぇ。」


 でも、と彩明さんは目を伏せる。


「斑目さんもだけどさ。少しだけ羨ましいなぁ。」

「羨ましい?」

「そう。あたしって平凡な人間だからさ。神様に愛されてるってこういうことなのかなって。」


 羨ましい、は分かる。

 でも、ああは言ってしまったが、それなりに悩みっていうのはあるだろうし弱点だって必ずある。一概に愛されているとか天才だとかで済ませていいのだろうか。

 そんなことを思っていると、俺はふと馬路との会話を思い出した。


「神様に愛されてる、で思い出しましたけど。彩明さんってこの国に来た時に神様と話しませんでした?」

「話したよ!」


 思わぬ返答に俺は驚いた。

 志島さん曰く千里さんは話せなかった。雪花さんも声が出せなかったと言っていた。


「あの、その時って、」


 俺が言いかけた時だった。

 突然左足の力が入らなくなり、見事に転んだ。このタイミングで? 背中から小さくうわ、と声が聞こえたが、俺たちはそのままなすすべなく地面に倒れた。


「えっ、ちょ、大丈夫!?」

「普通ここで転びます!?」

「それ、あたしのセリフだよ!」


 ごもっともである。

 捻ったかと思ったが、足は問題なく動く。俺は慌てて放り投げた千里さんを揺する。


「千里さん、すみません! 大丈夫っすか!?」

「背負われてた立場で言うのもあれだけどいい目覚ましだったよ……。」


 半分くらい寝ていたのは本当だったらしい。千里さんおでこ真っ赤なんだけど。


「というか、咄嗟に俺の顔の前に手出しましたよね!? そっちは!?」

「あれ、気づいてたの?」

「うあおあすみません!」

「日本語話しなよ。」


「……本当、仲良しなんだねぇ。」


 彩明さんは呆れながらも微笑ましげに見ており、俺も含め先程までの話などすっかり頭から抜けていた。

 ただ、この時あと数言会話が進んでいたら、転んだ理由を考えられれば何か変わっていたのだろうか。

 いや、変わらなかっただろうな。


 だってこれは、あくまでも神様の気まぐれなのだから。


 次更新は2〜3日後になるかもしれません。

 加えて、ぼちぼちメインの話が進みます。

 引き続き、よろしくお願いします。

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