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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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53.田中敏雄②

 更新が不定期になってしまい申し訳ありません!

 次話は2〜3日後になるかと思われます。更新できる際には更新をしていきます。

 引き続きよろしくお願いします。

 手続きを終えた後、休憩がてら南条さんは田中さんとプロレスの話をしていた。意外と話が合うらしく2人は穏やかに過ごせていた。さすが、というべきか。

 俺はというと席を外した原田さんについてきていた。

 俺もプロレスはよく分からないし、お前みたいな若造に! なんて言われたら元も子もない。


 俯きながら過去の記憶の世界に向かうための準備を進める彼女に、俺は声をかけた。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫……って言いたいんですけどね。情けないなぁ。」


 肩を落とす彼女の表情は暗い。笑ってはいるものの、明らかに作り笑顔であることは容易に見て取れる。

 原田さんの人となりを知らないから何となく声はかけづらい。俺が無言を決め込んでいると、気を遣ってくれたのか原田さんが尋ねてきた。


「結構こういうことって多いんですか?」

「そ……っすね。俺は……。」


 初めての時はそもそもよく分からないうちに巻き込まれていた。2回目では千里さんに啖呵を切り、その後の救助員の見学では雪花さんにビンタをくらった。

 あれ? 俺全然役に立っていない?

 俺が押し黙ると、原田さんが不思議そうな顔をした。


「どうかしました?」

「いや……今も怪しい時ありますけど、はじめの頃は一切役に立っていなかったなぁって。」

「そう? 頼りになりますよ?」

「ほんとっすか?」

「はい。」


 原田さんは意外そうにしつつも俺の話に興味を示す。


「俺も初めての仕事は付き添いだったんすけど、その時はまだ事務所に所属してなかったんです。はじめは何もできませんでしたよ? その次だって、思い込みで千里さ、役所の職員の斑目さんに偉ぶって説教しちゃいました。」

「斑目さんって、あの奥のデスクにいる人?」

「そうです。あの人無愛想ですけど、意外と優しいんですよ。」


 俺がにっと笑うと、彼女は想像がつかないのか首を捻っている。


「それに、言葉が過ぎてうちの事務所の先輩にビンタされたこともありました。」

「えぇ? 余程凄いこと言ったんですか?」

「はは、まぁ、こんな感じで口も軽いんで。」


 冗談を言ってみると、原田さんが声をあげて笑った。

 少しは緊張が解れただろうか。多少俺も支えられるといいけど。



 5分くらいすると、南条さんと田中さんがやって来た。ベテランの職員さんも付き添っており、和やかな空気だった。

 だが、田中さんはこちらを一瞥するとすぐに悪態付いた。


「はっ、本当にこのガキにどうにかできんのかね。」

「出番があれば、お役に立てるよう頑張ります。」


 俺は軽く会釈し、救助員の道具を装備するに留まる。顔を下に向け、ムッとした顔を隠すしかできなかった。

 たぶん田中さんには見えなかったんだろう。そして、俺のリアクションが気に食わなかったのか、田中さんは軽く舌打ちをすると、次いで原田さんの方を睨んだ。


「女は男の後ろを歩いて慎ましくしてりゃいいんだ。俺の邪魔はしねぇでもらいたいな。」

「わかりました。気をつけますね。」


 原田さんは一切の感情を出さずにさらりと流した。こういう時はやはりみんな大人だなと思う。


「じゃあ、南条に免じてさっさと行くぞ。」

「よろしくお願いします。」


 俺は南条さんと原田さんがダイブするのを見送った。

 ただ、なんとなく思うのは、この事案はおそらく俺の出番がある。そう感じたのだ。



 俺の勘は当たっていた。

 職員の人は心配そうに見ていたらしいが、それは後から聞いた話だ。

 命の恩人もとい恩機である探査機を放り入れてから、俺はずっと画面を注視していた。感情の起伏を色で示す、まるでサーモグラフィーのような映像を見ていた。開始時点から南条さんは青、原田さんは緑、田中さんはオレンジだった。

 失礼だけど、たぶん、田中さんが白に振り切れるのではないだろうか。そんな風に予測しながらなるべく視野が狭くならないように意識しながら見つめていた。


 ほんの数分後、俺は踏み切ることになった。同時にタイマーを押し、ワイヤーを伸ばす。

 というのも、田中さんが赤、南条さんと原田さんが黄色になった。俺が飛び込むと同時に田中さんは白になった。


 救助者としての心得。

 飛び込む時に一切躊躇わないこととモニターから視線を外さないことだ。一瞬でも躊躇えば無駄な時間を生み出し、視線を外せば最短距離で標的のいる場所に辿り着けない。


「40秒。」


 雪花さんが初めて見せてくれた時より10秒ほど遅い。

 真っ暗な世界から急に視界が開けると明暗順応で少しだけ動きが遅れる。

 すぐに目を開くと3人の姿が見えた。俺は真っ先に田中さんの元に走った。彼はひどく取り乱しているように見えた。


「お前らには分からねぇだろうが! 頑固親父と言われ、碌に相手もされん! 癌だって言われても家族達が来ない哀れなクソジジィと思ってんだろ!」


 次に行うべきは状況判断。

 パニックになっているのは何人か、自分は4人の中で何番目に身体能力が優れているか、4人の距離感を計り、誰が誰を救うのが最短か。

 そして最後に。


「南条さんは原田さんと、田中さんは俺が!」

「おう!」


 エマージェンシー、この事態の収束をするための司令塔になる。

 距離的に俺が捕まえるのが速い。よほどのスポーツ選手でなければ脚力はそう負けない自信があったし、体格差を考えても俺は田中さんを容易に抑え込める。

 ちなみに抵抗が強すぎる時には仕留めるつもりで攻撃をしろと雪花さんに言われた。それはできればしたくない。


 俺はすぐに田中さんに追いつき、先生直伝の拘束術を披露した。


「離せ!」

「悪い遅れた!」


 俺が田中さんを捕らえてから体感20秒、南条さんがすぐに俺に追いつき、万が一手が離れても落とさないよう安全ベルト同士を組み合わせる。田中さんも幸い繋ぐことができた。

 チラリと見ると原田さんと南条さんの接続も問題なさそうだ。


「頼む!」

「了解!」


 俺がボタンを押すと外に繋がるワイヤーに引かれ、身体に重みがかかる。

 引き上げる時、その重みが救助者にかかるはずなのだが、ご都合主義、よく分からない機構で軽減されるそうだ。だが、引き上げ始めだけは重みがかかる。こればかりは俺が耐えるしかない。


 間も無く俺たちは外に放り出された。

 先生ってこの安全ベルトをつけてない人間2人を腕の力だけで引っ張り上げたんだよな。今思い出すと、やはり彼は人間離れしている部分がある。


 俺は立ち上がり、早々にベルトを外す。

 目の前の田中さんは四つ這いのまま肩で息をしていた。顔は見えなかったけれど、彼が泣いているように見えた。


「田中さん。」

「うるせぇ、知った口きくな。」


 南条さんが差し伸べた手を振り払う。


「……お前には一生わからねぇさ。お前みたいに色んな奴らに応援されてきた人間には。誰も来ない、気持ちなんて。」


 投げやりな彼の態度は虚しい。ただ、彼には現世窓まで行ってもらわないと困る。俺はあの一瞬の記憶の世界でそう思った。

 躊躇った南条さんの横をすり抜けて、俺は田中さんを無理やり立たせた。


「おっ、ガキ、何しやが……。」

「知らない口ですけど、現世窓までは行ってもらいます。そこにたぶん答えがあるんで。」

「行ったってどうしようもねぇだろ!」


 どうしようもないかもしれない。

 でも。


「田中さんが最後に見た季節は夏の終わりか秋のはじめごろ。……農家さんなら、大事な季節なんじゃないですか?」


 時に救助者の方が世界の大切な部分を見られることがある。僅かなヒントも逃すなと先生も雪花さんも言っていた意味がようやくわかった。

 南条さんも原田さんも、もちろん田中さんも俺の言葉で目を見開いた。


 俺の予想は幸い正解だった。

 秋も終わり、家族達はかわるがわるお見舞いに来ていた。やはり、農家の仕事が忙しくなかなか来られなかったようだ。

 家業を続けるためか、生きるためか、それともまた同じ風景を田中さんに見せるためか。心配要らないよと励ますためか。


『親父、なかなか来られなくてごめん。今年も豊作だったよ。』

『お父さんが怒らないからたくさん手伝っちゃった。でも駄目ね、お父さんが楽させてくれてたおかげであまり戦力にはならなかったわ。』


 田中さんの手を握る女性の手はあかぎれでぼろぼろだった。


『親父……早く起きろよ。田んぼの様子見てくれねぇと、気合入らねぇじゃん。』

『お父さん……。』


 理由は分からないけど、本当に大切でないなら家族はきっと田中さんの田んぼなんて守ろうとしなかっただろうと俺は思う。

 南条さんも同じように思ったみたいで、彼が声をかけると、小さく見える田中さんの肩が震えたように感じた。





 現世窓を見終わった後の田中さんは魂が抜けたようだった。この世界で魂が抜けた、という表現には些か違和感はあるが。

 だけど、一息ついてからの彼の動きは早かった。

 俺たちが報告書のフォーマットを貰ったくらいで彼は言い出したのだ。


「俺は今日、いや、今すぐ甦るぞ!」

「後遺症のこととかはいいんですか?」


 原田さんが思わず尋ねると、さっきまでの弱々しさはどこへやら、踏ん反りかえって答えた。


「俺が倒れたこどきで半べそかくガキに俺の畑を任せられるか! それにな、仮にこれから寝たきりになるとしたら俺の身体は死んでも魂を呼び戻すなんてしねぇ。これは甦って働けということだろ。」


 そういうことではないと思うんだけどな。

 原田さんは目を白黒させていたが、俺は苦笑いしか出なかった。そんな俺たちを見ながらーというか半分くらい睨んでいるんではないかという眼光でー、田中さんは投げやりなような、しかし、どこか角が取れたような声音で言い放った。


「……それにガキも女も、あんだけ働いてんだ。俺が情けなく寝てるわけにもいかないだろ。」


 俺と原田さんは思わず顔を見合わせた。

 南条さんは田中さんに声をかけられ、天上の門への案内のために腰を上げた。俺も見送るかと立ち上がった時、肩を叩かれた。


「おめぇさんの脚力はたまげたもんだ。これからが楽しみだ。」

「……ありがとうございます。」


 想像していなかった言葉に俺は固まってしまった。

 だけど、俺が何よりも好きで得意と思っていることを褒められて、つい口角を上げてしまった。



【ケース報告書】


対象者: 田中敏雄(78)

職業:自営業(農家)


 親族とともに農業を営んでいる。職人としては優秀であり、効率化と新規技術の採用など向上心を持ち合わせている。一方で、性格は昔ながらの頑固一徹さを有しており、仕事は男性が女は家と時代錯誤の考えを持つ。

 当方事務所では、『パンドラの鍵』出現後より、甦りのための支援を行うこととなった。

 今回の起因は脳腫瘍に伴う意識障害。

 病識や障害受容が不十分な状態であること、元来の性格により、周囲支援者とのコミュニケーションには滞りが見られていた。過去の記憶の確認後は取り乱していたが、現世窓を通した環境を認知したことにより、冷静さを取り戻した。最終的には後遺症も受け入れ、甦りを決断した。

 余命は限られているが、残りのセカンドライフを穏やかに過ごせることを祈る。


 以上。


報告者:南条秀水


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