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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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52/92

52.田中敏雄①

 追記 11/14

 本エピソード続きは11/14夜更新予定です!

 2〜3日置き更新になるかと思いますが、引き続きよろしくお願いします。

「えっ、俺1人で応援に行っていいんですか!?」

「うん、今回は付添人でなくて救助者だけどね。」


 実は俺、空いた時間に雪花さんに扱かれて救助者としてもデビューした。と言っても、うちの事務所は付添人にいけるのがそもそも俺と先生しかいないから応援でしかやらないけど。

 ただ、今までは雪花さんや先生と一緒に行っていたから、1人でというのは初めてだ。


「最近、『パンドラの鍵』が出現する人が増えているみたいでね。僕たちもそれぞれ別の場所に応援に行くんだけどね。日笠くんはかわたれ事務所でお願いするよ。」

「分かりました!」

「今回の付添人は南条さんと新人らしいから、よろしくね。」


 俺は先生からデータを受け取った。

 明日は事務所に行き、2人と合流する形らしい。普段は事前打ち合わせは雪花さんや先生が聞いてくれていたから1人となると緊張する。

 俺は難しい顔でもしていたのだろう、隣の雪花さんは落ち着いた声で俺に話しかけてきた。


「アンタはいつも通り話を聞いて、練習通りやればいいから。上手くできてるし、何かあれば南条がアドバイスをくれると思う。」

「頑張ります。」

「うん。」


 雪花さんもそう言ってくれるし、いつも通り。落ち着いてやれば大丈夫だろう。




 翌日、俺はかわたれ事務所に向かった。

 流石に遅れたらまずいし、滅多に使わないバスを使用して時間前に行った。案の定早かったみたいで、近所をうろうろしていたら、たまたま南条さんと会ってしまった。

 時間を間違ったかと焦っていたが、間違っていないことを伝えると、困惑していた。


「お前、いつも早いのか?」

「はい。はじめは先生にも言われましたけど、あんまり気にしてないみたいです。千里さんとかはあえて1時間くらい遅めに言ってきますね。」

「はー、体育会系だな。」


 どうやら彼は早番らしく、事務所を開ける仕事だったらしい。

 黄昏探偵事務所より規模の大きいこの事務所は在籍人数は23名と多い。それでも助っ人が必要になるんだから最近はまた【半生人】の多い時期なんだなぁとぼんやりと思う。


「そう言えば、霧崎の件聞いた。晴間のこともそうだが、あれから何も力になれなくてすまなかった。」

「そんな……。雪花さんの件は南条さんが依頼してくれなきゃ何も始まりませんでしたし、助かりました。晴間さんのことは、少しだけですけど雪花さんから聞けましたし。」


 ああ、この人はそれを気にして俺を指名してきたのもあるのか。もしくは、気にしているのを察して先生が寄越したのか。


「それに晴間さんの件は、俺も急かしちゃってすみませんでした。俺、皆さんが自然と話せるってなるまで気長に待とうと思いました。」

「……気にならないのか?」


 意外そうに言う南条さんに苦笑いしてしまう。彼から見れば自分なんて子どもだよなぁ。


「いいんです。ポロッと出た話の方が面白いですし、それに必要になれば話してくれますよね。」

「お前は……。」


 南条さんが感心したような声を漏らす。だが、それ以上は過大評価になるような気がして、俺はわざと南条さんを覗き込んだ。


「最悪、千里さんに聞きます。」

「……お前らは、ったく。」


 たぶん悪ガキくらいにしか思われてないんだろうな。いや、変に褒められても仕事前に気が抜けるしこれくらいでいい。

 手持ち無沙汰な俺は外で南条さんの準備を手伝っていると続々と職員達が出勤してくる。初めて救助員の仕事の見学の時につかせてもらった女の人もいるみたいで、目が合うと会釈をされた。

 ざっと見た感じ、【半生人】は半分くらいか。

 少し遅れて所長さんがやってきた。俺の姿を認めた初老の彼は一瞬驚いたが、先生のような穏やかな笑みを見せた。


「あれ、話に聞いていたより早いな。」

「お邪魔してます。時間通りに来るつもりだったんですけど、早めに着いたところ南条さんと会いまして……。」

「そうかそうか。しっかりしている子みたいで安心したよ。」


 もしかして早すぎると迷惑になるのだろうか。俺は初めてここでその可能性に思い至った。

 だが、他の人たちは特に気に留めることなく、朝礼を始めるようだ。朝礼では個人情報の話をすることもあるから、一応外に出た。外掃除を手伝っていたのもそれが理由だ。

 うーん、次回からはゆっくり来よう。


 しばらくすると呼び戻され、会議室で軽く打ち合わせをすることになった。

 一緒に行くのは南条さんと、かわたれ事務所に勤める原田さんという人だ。


「よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします。」


 彼女は物腰も柔らかく、数言しか話していないが付添人にいてくれたら安心だと思った。彼女は専業主婦らしく、交通事故で【半生人】となっているそうだ。


「今から行くのは認知症の女性、そもそも亡くなりかけていることを認識できてねぇからそこを進めていく。」

「アプローチが難しそうですね……。」


 友部さんの時のケースに近いのか。なら、認知症の人に対する対応の補助だな。同性が良ければ黙ってりゃいいし、異性がいいなら手伝おう。

 事前情報を頭に叩き込む。


「で、午後行く方は病気で意識障害になっている男性だ。こちらは過去に関しては然程重くはなさそうであるが若い女性職員が対応した所、罵声怒声のオンパレード。対応は俺がメインで行う。」

「こちらも難渋しそうですね……。」


 記憶の世界に行く前から取り乱してるってことか。若造が! みたいなタイプだったら大人しくしてよう。というか、ダイブしたうち2人が赤になるか、誰かが白になったら救助するわけなんだが、行けるか?

 俺も救助される側を経験した立場としてはなかなかパニックになるんだよな、アレ。


「2件目、救助のリスクがある気はするんですけど、俺が対象を抑え込みますか? それとも南条さんが抑え込んでそれを引き上げます?」

「……対象の身長は160cm程度、なら、日笠でも抑え付けられるだろう。任せる。」

「分かりました。」


 俺と南条さんが難しい顔をしていると、原田さんは困った顔をしていた。


「それって決めておいた方がいいんですか?」

「ああ。原田は経験したことがないから分からないと思うが、救助が必要な状況というのは思いの外、焦る。不測の事態は当たり前、だからこそできる限りの想定をすべきだ。」


 初めて会った時と同様、どっしりとした落ち着きを見せている。出会った時から変わらない、南条さんの優れた部分だ。

 尊敬の眼差しで彼を見ていると、不意に頭を撫でられた。


「それに俺には劣るが力も強いし、日笠は足も速い。若いし瞬発力もあるからな。期待している。」

「……はい。」


 よし、頑張ろう。俺は小さく拳を握った。




 1件目は然程苦戦はしなかった。むしろ、2人の対応が完璧で俺は黙っていれば良かった。

 ただ2件目は厄介だった。


 2件目の人物は田中敏雄(たなかとしお)、78歳。

 農家一筋で昔ながらの頑固一徹親父。農作業の仕事は男のもの、女は家を守るべきで出番はないと、俺からすれば時代錯誤の考え方だと思う。ただ、職人としては一流であり、常に効率と新たな手段を求める、そんな向上心も持ち合わせているようだ。

 実際会ってみるとどうだ。


「俺は行かねぇ! 特になんだこの付添人と救助者は! そもそも、俺は潔く死ぬって言ってんだろ!」


 もうスタートから山場である。

 辛うじて南条さんとはやりとりをしてくれているが、俺たち、特に原田さんに向けては敵意を剥き出しだ。


「過去の話を聞く限りじゃ俺は病死じゃねぇか。甦った所で後遺症がある可能性がたけぇ。仕事ができねぇ俺に生きる意味なんてねぇさ。」

「だがな、親父さん。過去の記憶はともかく現世窓は見ることをおすすめします。」

「意味があるとは思えねぇがな。」


 南条さんがこんなにも熱心に甦りへのきっかけ作りをするのは訳がある。


 それは事前に現世窓などから集めた情報で彼が脳腫瘍を患っていることが推測されたからだ。

 脳腫瘍は悪性であれば基本的には悪化の一途を辿る。だが、治療をしていく中で時に腫瘍が治ることがある。『パンドラの鍵』が出現した場合、治療の中でオペをして改善した、化学療法で一時的に改善した、他にも理由は不明であるが腫瘍が治った、など予期せぬ回復が含まれることがあるそうだ。

 俺たちはその『奇跡』を見逃してはいけない。だからこそ、腫瘍でこちらに来た人は必ず自分の病を知らせなければならない、そうだ。雪花さん曰く。


 俺は一度、口で伝えてはいけないのかと聞いたことがある。

 だが、慣れ親しんだ人や信頼のおける人から聞く真実と、他人の俺たちから告げられる言葉は重みが違う。


 それを南条さんは根気強く説得している。


「親父さん、やっぱり自分の耳と目で今回この世界に来た原因は知った方がいいと思いますよ。俺たちに言われたからって納得できないでしょう?」

「……まぁ、そうだな。」


 南条さんの説得は功を奏したらしい。すげぇな、この根気強さが。俺は素直に感心してしまった。

 会ってから1時間程度か、彼はやっと重い腰を上げることになった。


 さて、俺の2回目の救助者はどうなるのか。

 手続きを行う南条さんを尻目に俺は静かに笑顔を固めている原田さんを横目で確認することしかできなかった。

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