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51.金木兼②

 楽しみがあったって不機嫌は不機嫌だ。

 金木さんはこういう時だけ早めの時間行動ができるタイプらしい。全員が役所に集合すると、先生の車の送迎で地区外に出るための門まで連れていってもらった。

 そこから旅館までは電車。俺はボックス席の廊下側に雪花さんと向き合って座っている。窓際には金木さんと彩明さんが座っている。

 窓の外はいいとして、さっきからなんか彩明さんをチラチラ見ているが、理由は明白。彼女がミニスカだからだ。俺はすぐに上着を膝掛け代わりに渡した。雪花さんに褒められた。


 移動中に、千里さんから部屋割り変えたということとチェックアウトの時間について連絡が来た。金木さんには急な申し込みだったこともあり変更の言伝があったことを告げたら、思うよりあっさり理解してくれた。

 あとは先生も知り合いに頼んでくれたらしく、何かがあった時のための連絡先を教えてくれた。どうやら温泉街の一角にも探偵事務所はあるらしく、その伝で女将さんの方にも事情が伝わったようで安心だそうだ。本当にあの人顔が広い。



 いざ旅館についてみると絶景だった。

 地面は相変わらず白いんだけど、木造建築が多く、まるで雪景色のように映えた光景だ。

 ああ、仕事外で来たかっなぁ。


「すげー、ほんとここ天国だよな!」


 何気ない金木さんの言葉に後ろにいた俺たちはずん、と雰囲気を重くする。

 俺と彩明さんは意識不明、雪花さんは故人だもんな。

 そんなことを考えていないらしい彼は俺たちの様子など気に留めることなく尋ねてきた。


「部屋はどうする? 俺、彩明ちゃんとがいいなー。」

「駄目っすよ!」


 咄嗟に彩明さんの前に立ってしまう。

 金木さんは下世話な笑みを浮かべると、俺に耳打ちしてきた。


「何々、実は雪花ちゃんじゃなくて彩明ちゃん狙い〜? そういえば電車でもコート貸してたもんなぁ?」

「違……ッ、」


 いや、でもここで否定したら彩明さんに被害行くし、かと言って肯定したら雪花さんに被害がいく。どうすればいいのだろうか、先生ならどうするか。

 天啓、俺はいいアイデアを思いついた。


「良いですか、金木さん。俺はクソ野郎です。」

「おう……? 急にどうした?」


 さすがの金木さんも目を瞬かせた。


「俺は女好きです。部屋なんて一緒にされたら明日のチェックアウトまでに出られる気はしません。」

「お、それは俺も同感!」

「でも、それはヤバいんです。」

「何がヤバいんだ? 遅れても良いだろ?」


 よし、俺の話にのってきたな。

 俺は深刻そうに首を横に振った。


「遅れるとまずいんです。特に、あなたの場合は。」

「え、何で?」

「そもそも疑問に思いませんでしたか? あっさりとこんな外出許可が下りたこと。」

「まさか……!」


 何がまさかなんだろう。


「彩明さんは天女のように良い人なんすけど、その彼氏がイケメンにも関わらず嫉妬深い人で、今回男女別、チェックアウトが早いっていうのも職権濫用で仕組まれたことなんですよ。

 それに、金木さん。ウチの所長の旅券こっそり持っていきましたよね?」

「え……ヤバい?」

「ヤバいです。今回の申請がめちゃくちゃ早く通ったのは、ある偉い人……つまりウチの所長の名前が書かれた旅券を使ったからです。そして、雪花さんはその所長の命令で俺たちの失態を確認して報告、その後罰してやろうと企んでいるいわゆる女スパイ!」

「何だって!?」


 しっ、と俺が指を立てると金木さんは口を塞いだ。

 ちなみに地獄耳な雪花さんにはこのアホなやりとりが聞こえているらしく下を俯いており、聞こえない彩明さんは困惑している。


「そして、話は冒頭に戻りますが、時間に遅れれば揚げ足取り、俺たちのポイントを根こそぎ奪ったり謂れのない罪をなすりつけられるかもしれません。挙げ句の果てには、甦りを邪魔されるかも。」

「なら俺はどうすれば……。」

「協力しましょう。俺はアンタが嵌められるのが忍びなかったんです。2人に関わらなければポイントも無傷、そうすれば、金木さんが大人のお店にいくポイントは余るはずだし、怒りも買わなければあの人達は協力的です。」

「そうだな! よし、お互い無事に乗り切ろうぜ!」


 ちなみにこの時の会話は後々酒の肴にされることを俺は知るよしもない。

 俺たちが急に肩を組み始めたものだから、彩明さんは状況が飲めず未だに困った顔をしていた。




 俺たちは散策し、明日観光ができない分お土産を買った。

 金木さんは明日のためにポイントを使わないようにしているらしい。さすがに少しだけ不憫に思って奢った。


 それから宿に戻って大浴場を楽しんだ後、浴衣で美味しい夕食を摂った。あー、みんなで来たかったなぁ。

 俺がそんなことを考えていると、金木さんが2人に可愛い、写真撮れと迫っていた。が、タイミングよく雪花さんのスマホが鳴った。しかも、先生から。

 だから、俺はこのタイミングで、彩明さんにぽそりと言った。金木さんにも聞こえるように。


「そういえば千里さん、ハッキングとかもできるらしいっすね。」

「え、そうなの!?」

「GPSで場所把握とか、スマホで盗聴もお手の物だったりして。」

「怖い人だね……。」


 金木さんが少しだけ下がったのを見て、彩明さんには冗談です、と言うと彼女は安堵した様子だった。まぁ、やらないだけでできるんだろうけどさ。

 ちなみに俺は過去に千里さんが志島さんのスマホを使って盗聴していたことは知らない。


 それから不思議な距離感のまま、軽く部屋での酒飲みに付き合った。すでに夕食で酒が入っている彼の手は止まらない。同じく少し酒が入り紅潮していた彩明さんが可愛かったと大騒ぎだ。

 俺はもちろん飲まなかった。だが、ほろ酔い気分の金木さんが露天風呂に入りたがったため、部屋の風呂に入ることにした。


「あー、あっちの垣根を超えたら天国かぁ。」

「やめといた方がいいっすよ。」

「分かってるって。命は惜しいし。」


 軽薄な彼は夜空を見上げながら笑顔で話す。


「ほら、やっぱり人間楽しく生きたもん勝ちっしょ? だから、脛齧ろうと何しようと使えるもんは使う。俺はそういう主義だ。」

「……の割には、現世では使いこなしきれてなかったと思いますけど。」

「たー、手厳しいな!」


 もし、その考え方で行くなら実家に居続けて、多少自由を犠牲にしてでも支援を受ければいいと思う。

 彼の考え方は何となく分かってはきたが共感はできないもんだなとぼんやりと思っていた。


 風呂から上がると追加の酒があった。

 俺、未成年って伝えたはずなんだけど、お猪口が2つだ。金木さんは嬉しそうに酒を注ぎ始めた。夕食の時も結構飲んだのに。


「おし、じゃあもう1回乾杯しようぜ!」

「俺未成年なんで飲めないっすからね。」

「冷たいこと言うなよ〜!」


 そう言われたって付き合いでも飲まない。なんとなく身体が拒絶するのだ。

 しつこく何度も誘われたが、彼は数十分くらいでいつの間にか眠っていた。あんまり強くないのかな。俺は金木さんを担ぎ上げて布団の方に放った。この人起きないだろうなぁ、面倒くさい。




 俺が部屋のゴミを片付けていると、チャイムが鳴った。雪花さんだろうか。

 特に警戒もせず扉を開くと、見覚えのない男が笑顔で立っていた。


 何だろう、笑っているのに笑っていない気がする。


 俺が少しだけ身構えると、それが伝わったのか、男は相貌を崩した。あれ、気のせいか?


「急な訪問、すみません。東雲が言っていた探偵事務所の手伝いです。」

「あっ、そうなんですね。遅い時間までお疲れ様です。」


 どうやら俺たちの様子を心配して見にきてくれたらしい。俺はほんの少しだけ肩の力を抜いた。

 瞳はキャラメルみたいで、目が合うとひどく魅了されるような、不思議な感覚に陥る。なんとなく危険だと感じ、俺は無意識のうちに視線を逸らした。


「どうですか、彼は?」

「別に大人しくしてますよ。俺の方便も信じちゃいますし、今なんて酒を飲みすぎて潰れてます。」

「君は飲まなかったのかな?」

「一滴も。」


 ふうん、と呟く。何だろう、ひりつく人だ。

 俺が黙り込むと、彼は愉快そうに目を細めた。そして、妙なことを呟いたのだ。


「面白いね、君は本物なのかな?」

「……どういうことですか。」


 本物? この人さっきから何を言ってるんだ?

 やはり妙だ。先ほど抜けた力はすぐに戻ってきた。目の前の男は決して答えることなく、笑顔を見せて背を向けた。


「何でもないさ、きっとまた会うだろう。現所長さん達によろしくね。」

「はぁ。」


 連絡をしているのだから自分からよろしく言えばいいのに。

 なぜかは分からなかったが、女性部屋には目もくれず帰路についてくれたことに俺は安堵を隠せなかった。




 翌日、しっかり時間通りに帰った。

 金木さんは案の定起きなかったけど、早めに行けば無防備な2人が見られるかも、と言ったら目を見張る速さで起きた。もちろん、2人はきっちり私服も着ていたし化粧も済んでいた。

 先生が迎えに来てくれていたが、それを見た金木さんは速攻で頭を下げた。


「旅券を勝手に使ったのは謝ります! 甦りを許してください!」

「え……?」


 雪花さん、噴き出さないで我慢して。

 俺と雪花さんを見て状況を察したらしい先生は苦笑いをした。そして、彼が顔を上げるタイミングで少しだけ悪い顔をした。


「旅券を持って行った時はどうしてやろうかと思ったけど、君が察しが良くて助かったよ。残りの余暇時間は好きに使うといいんじゃないかな。」

「ありがたきお言葉!」


 話を振っといてあれだけどどういう立場だこれ?

 金木さんは、明日の朝俺に電話をするように言い残していわゆる大人の店がある通りに向かっていった。期限は明日の午後だし、昼までに回収すればいいだろう。

 俺がリマインダーを設定していると、我慢しきれなくなった雪花さんは笑っていた。


「これ、どういう状況……?」

「あたしもいまいち……。」


 首を傾げる2人に対して一通り済んだ雪花さんはポツポツ話す。


「日笠がテキトーなこと言ってたんだよ。」

「確かに適当でしたけど。」


 俺が金木さんに話した内容を伝えると、彩明さんはいつの間にと驚いていた。先生は感心してくれたみたいで素直に褒められた。


 翌日、金木さんを何とか叩き起こした。

 呼び出されて向かった先は、以前雪花さんと浮気を尾行した時のホテルであり、フロントにお願いして引っ張り出してもらった。

 案の定と言ったら失礼だけど、お相手はすでに帰っているらしく、ポイントも昨日ほとんど使い切ってしまったようだった。この勢いでどうやって使ったのか、甚だ謎である。


 役所に到着すると、何やら忙しかったのか眼鏡をかけた千里さんにたまたま出会った。金木さんは出会い頭へこへこしており、「手を出してないです。」とか言っていた。

 千里さんは不審そうにしていたけど、俺がアイコンタクトをすると、何となく察したのか、先生と同じような対応をしてくれた。でも、その後の軽蔑した目はなかなかくるものがあった。遠目で見てても怖かった。


 天上の門に見送りに行くと、なぜか俺だけ抱擁された。

 理由を尋ねたところ、「あの2人を敵にまわさなくて良かった!」とのことだ。まぁ、あの2人の威圧感は種類が違うしな。


「彩明ちゃんも生き返って会えたら付き合おうな!」

「ごめんなさい。」


 にっこりと微笑むと優雅に手を振っていた。




 彼が甦りをしたあと、少し遠巻きで見ていた先生がこちらに寄ってきた。


「行く前にはあんな殺伐としたいたのによくあそこまで懐柔したね。」

「いやぁ……さっき伝えた通りなんですけど、すみません。悪役にしちゃって。」

「別に構わないよ。でも、これなら僕がわざわざ助っ人に連絡しなくても良かったよね。」

「いえ、わざわざ見回りにもきてくれましたよ。何かにこにこしてるのに笑ってなくて食えない人でしたけど。」


 先生は少しだけ困惑した顔を見せた。


「……どんな人だった?」

「え、うーんと。身長は俺より少し小さくて一見人懐っこそうだけど何となくひりつく感じの人でした。髪がふわふわしてて、瞳が綺麗でした。」


 その言葉を告げた瞬間、先生の纏う雰囲気が明らかに変わった。まるで豊橋さんー以前面談を行なった【罪人】ーと対峙した時のような様子だった。


「今、違和感は?」

「いや、ないっすよ……? ぶっちゃけ信用ならない雰囲気だったんで、あんまり目も合わせてないっていうか。」

「うん、正解。その人、僕がお願いした人じゃないから。」


 淡々と告げられた言葉に俺は目を見張る。

 だから、飲酒のことを聞かれたのか? 酒飲んでたら部屋に押し入られてた、とか。うわ、想像しただけで鳥肌立ってきた。


「すみません、頭になかったです。先生によろしくって言われたんで。」

「いや、よく警戒してくれたよ。それに油断していなければ君だってそれなりに抵抗はできるだろう?」

「うーん、気は進みませんけど。」

「それでいいんだよ。」


 先生が言うならそれでいいのかな。先生に背を何度か叩かれる。あまり気にするなということなのだろう。俺は彩明さん達に呼ばれてそちらに向かう。


「日笠、適当なことを言い出した時はどうなるかと思ったけど。ふふ、面白かった。」

「そういう感想です?」

「凄かったね、真紘くん! あたし全然うまく対応できなかったから助かったよ。ありがとう!」

「ほら、これくらい褒めてくれていいんすよ!」

「調子乗りすぎ。」


 雪花さんは俺の脇腹を抓る。見事に皮だけを摘むもんだからめちゃくちゃ痛い。彩明さんはそれを見て笑ってるだけだし。


 ただ、俺はこの時気づいてなかった。

 背後で1人で黙り込む先生がどんな顔をしていたかなんて。

【ケース報告書】


対象者:金木兼(26)

 4人家族、両親存命、兄1人とともに安定した生活を送ってきた。大学卒業後、入社した会社を1年で退職、友人と飲食店の経営を検討したが実現ならず現在はフリーターである。経済的に難があり、両親への資金援助を依頼した上で交際相手と同棲をしていたが、進展のない状況に交際相手より自宅を追い出され、漫画喫茶で過ごしていた。しかし、漫画喫茶で過ごす資金さえも底がつき、公園で生活をしていた。

 本件は、低体温症および栄養失調、脱水による意識消失の可能性が高い。

 パンドラの鍵による要因確認後、現世窓を利用した。本人は甦りを決心するも、当事務所職員2名ならびに役所職員を巻き込み、残り期間で余暇活動に勤しんだ。辛うじて甦りを達成したが、近々の再来の懸念がある。甦り後は両親の支援のもと生活を営むことは可能と思われるが、早期の自立は困難であろう。


 以上、報告とする。


報告者:東雲標

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