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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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46.霧崎雪花の回顧録③※

 引き続き雪花さん視点です。残酷な表現がありますのでご注意ください。

 長くなってしまいましたが、これにて彼女の回顧録はラストです。

 試用期間も折り返し。

 気づけば東雲にもそれなりに信用されており、助手同士は互いに敬語がとれるようになっていた。今思えば観察眼の鋭い東雲がこんなにも早く気を許してくれていたのだから、とても嬉しいことだ。

 私はポイントの増加とともに業の証が小さくなっていることに気づく。たった1週間で手まで及んでいた証は手首まで縮んでおり、手袋は不要となった。


 そして、初めての【半生人】に関わる事案。

 私は救助者として参加した。なるべく緊張が顔に出ないようにキリッとしていた。付添人は東雲と晴間。

 2人の支援は完璧で、正直私の出る幕は無かったけど、彼女が甦る間際、私に深々と頭を下げていた。

 お礼なんて恐縮だったけど、私が落ち着いて扉の外で待っていたことが安心だったらしく、自分の本音を明かすことができたと笑みを見せた。


 やっと、誰かのための何かができた気がした。


 その結果を経て、私は黄昏探偵事務所に救助者として雇われることになった。

 ここで初めて私は自分が地獄行きの一歩手前だったことを知る。所長の忠告を守らなければ即墜ちていたそうだ。

 同時に鍵の管理も自分持ちとなったため居住も好きな場所にしていいと言われたが、所長が寝坊するから起こすために結局今の部屋に住み続けることになった。

 時々酒やつまみを持って飲みに来るんだけど、本当に酒癖が悪い。


 私は少しでも早く業の証を消したかったからポイントはほとんど使わなかった。だから、食事なんて付き合う気もなかったけど、この事務所のメンツは自分が奢るからと私を引っ張り出してくれた。


 慣れてきた頃、役所での定期面談があった。

 この時に初めて志島さんが担当してくれた。役所で何度か見かけたことがあったが、いつもの彼と違って些か疲れているようにも見えた。


「疲れてますね。」

「ん、ああ。数日前に来た【半生人】の子が良くも悪くも頭のいい子でね。」

「ふーん。」

「ああ、一昨日くらいに晴間くん達が強引に記憶の世界の仕事に誘ってね。今日はクレーム入れてついでに事務所のサーバーを遅くしたり賠償貰ったりしにいくって息巻いてたよ。」


 【罪人】ではないそうだが、ずいぶん手の込んだ嫌がらせに時間をかける人間がいたものだ。それか晴間達のことだから余程しつこく誘ったのか。

 でも、さすがにサーバーを遅くされるのは困る。ただでさえ、うちの事務所は機械音痴が多いのに。


 私はバスを乗り継いで急いで帰った。

 案の定、事務所は騒がしく、晴間や南条の声が聞こえる。どうせ無茶な絡み方をしているんだろう。


「ただいま戻りました。」

「おかえり、雪花さん。」


 所長の声がして私が顔を上げた瞬間。

 斑目は晴間達を揶揄って楽しんでいたのかもしれない。何やら説得をする東雲に微笑みを見せていたタイミング。

 私は斑目の顔を見て血の気が引いた。

 元彼よりも斑目の方が整っているし、顔のパーツは違う。なのに、似ていると形容できてしまう笑顔。


 私は言葉が出ずハクハクと口を動かす。

 余程顔色が悪かったのか、さすがの斑目も訝しげにしてこちらを覗き込んだ。


「ちょっと、大じょ、」

「いやあああああ!」


 私が咄嗟に振り払った手は見事に斑目の顔面に入った。完全に油断しきっていた斑目は蹌踉めき、頬を抑えながら目を丸くしていた。が、すぐに私の顔を見て呟いた。


「……もしかして、『女版切り裂きジャック』?」

「あ、何だよそれ?」

「ここ最近ニュースになってましたよ。深夜に女性に乱暴を働く男を標的に罪を犯していた、ネットの一部ではヒーローなんて言われてた殺人鬼。まさか、保護施設に入らず白昼堂々と歩いているなんて……。」

「オイてめぇ!」


 晴間は斑目の胸ぐらを掴んだ。身長は同じくらいだから足が浮くなんてことはない。

 それにすぐに南条が羽交い締めにしたから、斑目は私の裏拳以外喰らうこともなかった。


「雪花のこと知りもしねぇくせに好き勝手言うな! コイツは今は改心して救助者として頑張ってるし、ポイントの減点もくらってねぇ!」

「別に好き勝手って……。俺は事実を言ったまでです。」

「君も晴間くんのこと挑発しないで。」

「というか、霧崎さんも何で出会い頭に俺のこと殴るわけ? この事務所にいるってことは男嫌いってわけでもないだろうし、理不尽過ぎるんだけど。」


 斑目の声は聞こえていた。

 別人、謝らなきゃ。

 なのに、私の口は音にならない声を漏らすだけで何もできない。


 動けない私、抑え込まれた晴間、抑え込んでいる南条に変わって所長が立ち上がって頭を下げた。


「斑目くん、晴間くんと霧崎さんの非礼を謝罪します。必ず後日謝罪させます。ですが、今日のところは私の顔に免じて許していただけませんか。」

「……別に。」


 斑目も口をつぐんでしまった。


「東雲くん、彼を送ってください。それと例の件を志島さんに。」

「分かりました。」

「……失礼します。」


 あ、と声を漏らした時にはすでに斑目と東雲はいなくなっていて、代わりに目の前には所長がいた。


「大きく息を吐いて、でないと息は吸えないよ。」


 優しい声と手つきが私の心を鎮めていく。

 偉い、と彼女の落ち着いた声が私を励ます。


「どうして、殴ってしまったのか聞いてもいいかな?」

「……その、昔彼氏がいて、無理矢理襲ってきた、その時の笑った顔に似てて。アイツは、悪くないのに、」

「だけど言い過ぎだろ。」

「斑目からしたら、俺たちが見てきた雪花のことは知らない。視野を狭めるな。」

「う、」


 南条の言葉に晴間が肩を竦めた。

 それと同時だろうか、私の掌が光った。目の前の所長も、晴間も南条も動きを止めた。

 恐る恐る見てみると掌には『パンドラの鍵』が浮き出ていた。


 私は今までの経験がこの後どうしなければならないかわかってしまった。自分の死因を知り、生きるか死ぬかを選ばなければならない。


 嫌だ嫌だ嫌だ。

 どうしてまたあんな暗い人生を見つめ直さなきゃいけないの。私の碌でもない人生、もうさっさと終わらせてよ。向き合う機会なんて要らないから。


 目の前が真っ暗になっていく。気がつけば私はそのまま気を失っていた。




「……う。」


 目が覚めると見慣れた天井が目に入った。

 横を見てみると、明らかに安堵を滲ませた晴間の表情が見えた。


「良かった、目が覚めたみたいでよ!」

「私……。」

「実は1日半くらい眠ってた。本当に心配したぜ……。」


 え、と思って掌を確認すると確かに晴間が言った通りの時間が経過していた。

 ふと晴間の方を見ると、なぜか晴間は少し困ったような反応をしていた。やはり、私の錯乱を見て引いてしまったのだろうか。

 晴間は私の気を知ってか知らずか立ち上がりながら笑顔で言う。


「そろそろ所長が来るからな。」

「待って!」


 気づいた時には声をあげていた。

 手が震える。でも、私には決断できない。そんな私に向かって晴間はしゃがんで目線を合わせてくれた。良かった、軽蔑はされてなさそう。


「どうした?」


 あまりにも優しい声。

 甘えだろうか、震えは一向に止まらない。

 でも、今の私にはその優しさに甘えるより他、選択肢はなかった。



「……ねぇ、晴間。私は死んでもいいのかな。」



 晴間は目を見開いた。

 もはや、自分の行く末すら決められない。弱い自分が嫌になる。生きて、償うのが世の常識というやつなんだろう。

 無理。私は涙が止まらなかった。


 それを見兼ねたのか、悪い、という声かけとともに晴間が私の肩を掴んだ。


「俺は、どっちでもいいと思う。」

「……。」


 思いもよらぬ曖昧な答えに私は呆然としたまま晴間を見つめた。晴間は何かを覚悟したように大きく息を吐くと話し始めた。


「先に謝っとくぜ。俺、今日斑目に会って、お前の生前のことも、死因も聞いちまった。」

「……どうせ病気とか処刑されたのに死に切れなかったとか、でしょ。自業自得、罰だよ。本当に情けない。」


 辛さは通り越して失笑が漏れる。だけど、晴間が教えてくれる事実は想像と違うらしい。首を横に振るとそれを口にした。


「雪花、お前の死因は拘留所での首吊りらしい。」

「……え?」

「斑目が言ってた。ニュースになってたって。」


 晴間が教えてくれた。

 私は罪を犯した後、無抵抗で連行された。そして裁判が始まる前に実行に移したそうだ。それを聞いて私は何でか安堵してしまった。


「もし、お前が過去の記憶の世界や現世窓を見るってんなら俺達が全力でサポートする。見たくねぇけど何か伝えたいことがあるなら夢枕で済ませちまえばいい。お前が、終わりにしたいっていうなら俺は応援する。

 誰がどう言ったって雪花が好きなようにしていい、これがこの世界のルールだ。」


 目の前が開けた気がした。私は恐る恐る尋ねる。

 何もない、晴間の頭上を見ながら。


「アンタ達は、……アンタはどうするの?」


 晴間は目を瞬かせると太陽のように笑った。



「俺は甦る。まだやり切れてねぇことがあるからな。」

 


 ああ、眩しいな。私は目を細めた。

 腕組みをしながら晴間は首を傾げる。


「秀水さんは競技に戻れねぇなら甦りなんかしねーって言ってたし、標はよく分かんねぇけどやりたいようにやってるみたいだ。だから、お前だってやりたいようにやっていいだろ。文句言う奴はこうだ。」

「なにそれ、暴力?」

「ちげぇし、自己主張だ!」


 拳を撃つ真似をする晴間に私はつい笑ってしまう。

 そうだ、黄泉の国は自由にしていいんだ。生きるも死ぬも自由。何のしがらみもない世界なのに、どうして私は自分から縛られる選択肢を選んでしまうのだろう。

 もしかしたら、生きている時も全てを捨てて逃げてしまっても良かったのかもしれない。生きていれば、いつか人を助けることはできたのかもしれない。


 私が笑ったのが珍しかったのか、晴間は嬉しそうに目を輝かせた。


「おっ、やっぱ雪花は笑った方が可愛いな!」

「かわ……ッ、」

「どうした、照れてんのか?」

「照れてない! ウザい!」


 私が照れ隠しに叫んだ暴言などどこ吹く風か、からから笑っているだけだ。

 悔しいから聞こえないようにお礼を言ってみたけど、存外この男は地獄耳であっさりと「おう!」と返事をされてしまった。




 『パンドラの鍵』は消滅した。

 これで私は故人。


 南条や東雲は特に何も言わなかった。ただ南条はどこか嬉しそうで、東雲は納得行かなそうにしていた。所長は私が「過去の記憶の世界も現世窓も見ずに命を終える。」と告げた時は驚いていたけど、自分で選択できたことを喜んでくれた。

 志島さんには少しだけ寂しそうにされたけど、何も言わずにそっと受け入れてくれた。


 そして、私は斑目に謝りに来たのだが、驚くことに勉強期間1週間で、役所への入職試験を合格していた。

 訪ねたらちょうど帰りだったものだから、そのまま居酒屋に行くことになった。緊張したけど、斑目は一切酒を飲まず、早めに解散することを提案してくれたおかげで少しだけ肩の力を抜くことができた。

 この頃はまだ役所できゃーきゃー言われていたから、視線が鬱陶しかった。


 居酒屋で酒を飲んだ後、私は意を決して話し始めた。


「……その、この前の件なんだ、ですけど。」

「ああ、裏拳?」

「いや、そっちだけじゃなくて。色々と手間かけました。ごめんなさい。」

「は、何言ってんの。」


 私は思わぬ反応に目を見開いた。


「敬語下手すぎ、使えないものなら使わなくていいから。それに、今回霧崎が悪いのは暴力。大体何を手間だと思ったの?」

「そっ、それは、斑目、さんが、晴間に色々情報をくれたからで。」

「敬語も敬称も要らない。大体晴間さんしつっこいし、俺が試験勉強の合間に息抜きで出るたびに声をかけてくるし、なら洗いざらい話した方がいいかなって思っただけ。もうあの人どうにかしてよ、感情的すぎて無理。」


 何だこの失礼な男! 性格悪いんじゃないか?

 私は酒を煽ると、勢いよくグラスを置いた。


「はっきり言うけどね、さっきから聞いていればアンタも大概失礼だから。大体晴間はこんな私にも平等にかけてくれるいい奴なんだから!」

「考えなしなだけでしょ? それとも何、恋愛絡み?」

「ちがっ……!」


 ぶわっと顔が熱くなる。


「それって擁護してくれることに対する依存じゃないの? 懲りないな。」

「違うって言ってるじゃん。もう1回裏拳喰らいたいわけ?」


 なるべく平静を装ったつもりだったけど、斑目にはお見通しだったようで呆れたようにため息をつかれた。


「はぁ、俺晴間さんと霧崎、苦手だわ。」

「私もアンタのこと大っ嫌いだから! あと苗字で呼ぶな、雪花って呼びな。」

「俺が呼んでいいの……。」


 それから私は酒を煽りながら2人で喧嘩を続けた。ここから、会えばメンチを切り合い悪口を言い合う仲になってしまった。



 これが私の過去の一部。

 それから暫くして晴間はいなくなる。

 こんなエピソードなんか、今思えば大したことなくて。私にとって、いや東雲にとっても目の前で大切な人がいなくなる瞬間に比べれば、毛程も苦しくないのだと。

 そして、自分が奪ってきたものの重みまでも思い知らされることになったのだ。

【登場人物】

晴間律(はるまりつ)

29歳、消防士、181cm

性格:猪突猛進、素直、正義感が強い

ワックスで髪をたてており、オールバックにしている。漢、という感じであり少しだけ顎髭を蓄えている。東雲とほぼ同時期に黄泉の国へやってきたらしい。事務仕事は苦手で主に付添人や救助者が主な仕事。間違いなく光の人、善人であるが人の話を聞かないきらいもある。

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