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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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45.霧崎雪花の回顧録②

 引き続き、雪花さん視点です。


 目覚めたら珍妙な場所にいた。 


 死んだ、でも何でだっけ? 理由が思い出せない。

 それに地面はふかふかしているし、声が出ない。目の前には巨大な男が鎮座しており、白い服を着た人々が規則正しく並んでいる。

 声を出そうとしたが一切出ない。喉をさするも違和感はない。


『憐れな小娘よ。不運が重なり罪を犯し続けた穢れた存在。』


 神様、だろうか。


『汝は6名の他人と1名の肉親の命を奪った。重い咎を背負っている。』

『果たして罪を洗い流すに値する心を残しているのか。』


 問われると、無意識のうちに頭を下げていた。

 畏れ多く、声を聞くと先程までどす黒く染まっていた心が溶けていくように思う。故に気づいてしまう、どれだけ自分が狂っていたのかを。

 今までの自分の行動がいかに恐ろしいか、それを自覚してしまえば震えが止まらなかった。


『……ふむ、全てが穢れているわけではないようだ。そして、貴様の魂はまだ現世と繋がっている。よかろう、償いの機会を与えよう。』


 え。

 驚きの声は私の口から出ることなく、そのまま私の身体は落下していった。



 私は役所に辿り着いたが、周りに怖がられた。

 というのも、罪の重さ故にほぼ全身に業の証が広がっていたからだ。黄泉の国の常識を知っている人間からすれば恐怖の対象であろう。

 だから、はじめの問診のようなやりとりも2人に対応された。男性1人と女性1人、男性の問いかけには何となく答えられなかったが、彼らは怒ることなく応対する方を交換してくれた。

 それでやっと黄泉の国、自分の身に起こっていることを理解した。この時点で私はまだ【半生人】だった。


「基本的に生前より【罪人】と定められている方は保護施設で過ごしながら罪を濯いでいただく形になります。ですが、普通の区画で過ごすこともできます。」

「……それは?」

「一度探偵事務所にご相談いただき身元引受人が見つかれば、その方の監視のもと過ごすことができます。」

「……どちらの方が早く罪を償えますか?」


 受付の女性は少しだけ難しい顔をした。


「1番良い方法は探偵事務所に所属して救助者や付添人として働くことです。」


 ここで私は【半生人】のシステムを学んだ。

 ただ、付添人に関しては私には難しいことは薄々感じていた。パニックを引き起こしやすい環境で対象を優しく時に厳しく支えなければならない。私には無理だ。

 そして、救助者も難しいように思う。少なくとも付添人の信頼を得なければならない。


 私が黙り込むと受付の人は少しだけ困ったように笑った。


「……駄目元で、いってみますか。」


 何も返事はできなかった。



 私が紹介されたのは黄昏探偵事務所。

 当時、事務所には東雲と晴間、南条、そして元所長である天道暁(てんどうあかつき)さんがいた。穏やかで、静かな人だった。

 だが、その空気なんて知らず。晴間が飛び出てきて私の手を握った。


「よぉ、依頼人か!」

「ひっ。」

「俺は晴間律(はるまりつ)! 探し物から救助付き添いただのお喋りなんでもござれだ! さておま、イタッ!」

「馬鹿野郎、引いているだろう。」


 南条に拳骨を喰らった晴間はぐったりとしたまま引き摺られていった。哀れだ。


「すみません。どうぞ、こちらに。」


 東雲はにこやかにソファを勧めてくれたが、私には分かった。ああ、業の証を見て何か思うところがあったのだなと。

 一方で何なんだあの晴間って人。


 私が呆れながら席につくと、微笑みを浮かべながら女性が私と90度の席に座った。

 あ、授業でやった傾聴の席。

 黒髪がさらさらで綺麗。垂れ目で優しそう。目尻に少しだけ皺があるが、肌はつるつる。嫌味っぽくない化粧。素敵な女性だ。


「ごめんなさいね、賑やかな上にむさ苦しい。私は天道暁。この黄昏探偵事務所の所長をしてます。」

「暁所長、言い過ぎじゃないか?」

「事実でしょう?」


 にっこり、まさにそんな効果音がぴったりな笑みだ。


「所長には敵わないな。俺は南条、こっちは東雲。あと晴間も含めて助手をしている。」

「よろしくお願いします。」


 私は小さく会釈をした。

 事前に役所から聞いていたのか、私の話を聞くのは所長が担ってくれた。


「さて、早速本題ですが、貴女は早く罪を償いたいが故に保護施設の外で働きたいんですね。」

「はい。そのために身元引受人を探しています。」

「……1つ聞きたいんですが、罪を濯ぐのは何のためですか?」

「何の?」


 私は険しい顔をしてしまう。何のって、罪を償いたいのに理由は必要なのだろうか。


「私は貴女を知らない。だから、本気で罪を償いたいのか、それともただ保護施設の外で気ままに過ごしたいのか。償うという形式的な所だけ片付けて業の証を消したいだけか、判断がつきません。」

「……私は、」


 私が言い淀んだ時、突如横に座った男に肩を組まれた。


「オイオイ所長! それは冷たいんじゃねーか? 俺は見て分かる、コイツの目はまっすぐで悪い奴の目じゃねぇ。犯罪したのだって何か事情があるはずだ!」

「ちょ、アンタ馴れ馴れしい!」


 ぐい、と晴間の顔を引き剥がす。何だこの男、調子が狂う。男とかできることなら関わりたくないんだけど、今までに会ったことがないタイプで困る。

 しかし、この晴間はめげないタイプだった。


「だーかーら! お前は近い!」

「イテェ!」

「僕もそう思うよ、晴間くん。」

「それはいいとして標だってそう思うだろ? コイツの心に秘められた熱い気持ちを!」

「こんな短時間で分かるわけないだろ。」


 東雲も呆れていた。


「コイツ、元警察だから困ったら助けてくれるからな! ちなみに俺は消防士!」

「それ言ったら気を遣うやつだから!」


 そうか、と首を傾げる。この男のおつむは大丈夫だろうか。


「ちなみに私は精神科医。」

「俺は格闘家!」

「自由すぎます!」


 東雲がいなくなったらこの探偵事務所にツッコミは不在になりそうだ。私が目を白黒させていると、所長は何かを諦めたようにため息をついた。


「うーん、職員さん。彼女は2週間、うちで預からせてもらっていいですか? 仮の身元引受人は私が引き受けるので。」

「構いませんが良いんですか?」

「ええ。代わりにもし、合格したらウチでこの子は貰います。」

「分かりました。」


 怒涛の展開に私は開いた口が塞がらず、晴間の手を振り解くことを忘れていた。


「良いんですか?」

「晴間くんの勘は当たるからねぇ。代わりに晴間くんと一緒に仕事してもらって、このノルマと、1回救助者としての仕事をこなしてもらいます。」

「え。」


 ここで否定的な声を漏らしたのは東雲だった。


「所長、はっきり言いますが、【罪人】の彼女を安易に信じるのは危険かと思います。確かに晴間くんの審美眼は素晴らしいですが、殺人者は時に思いもよらぬ行動や技術を見せてくることがあります。」

「なら、東雲くんも一緒に行動してくださいね。君も一緒なら安心かな。」

「おー、頑張れ。」


 急に興味がなくなったらしい南条は面倒事に巻き込まれたくなかったのか急に意見を言うことをやめた。

 東雲はぐっと納得行かなそうな顔をしつつも、分かりましたと了承した。



 私は所長が住んでいるマンションと同じ棟に住むことになった。鍵は所長が管理しており、内鍵は使えないようになっていた。神様がどうにかしたらしい。この世界どうなってるのよ。

 それと所長からポイントを使わないようにと口酸っぱく言われた。

 最低限の食事と衣類は確保されるから別に良い。なんならお腹空かないなら私は食べなくても大丈夫だった。


 シャワーを浴びる時の過剰に洗ってしまう癖は抜けないけどこの世界では便利なことに身体の傷が治りやすいらしい。私は思うままにベッドに横になる。こんなにふかふかの布団で眠るのはいつぶりだろう。

 私は泥のように深く眠った。


 翌朝、私は所長とともに事務所に向かった。

 いつまで経っても来ないなぁって今朝は待ってたんだけど彼女寝起きが悪いらしい。来なかったら電話をかけていいと東雲に言われた。

 私はタートルネックと長袖にパンツ、グローブをすればすっかり証は見えなくなった。

 初仕事は西区の町並みを理解するとともに、近所の方の手伝いをすることになった。


「じゃ、今日からよろしくな! えっと。」

「……雪花で大丈夫です。苗字は、嫌いなので。」

「そっか! なら、よろしくな雪花! お前もタメ語でいいぜ!」

「よろしくお願いします。それより1ついいかな。」

「何ですか?」


 東雲が少し困ったように尋ねてきた。


「……情報として君の生前の罪は聞いているんですけど、男性ばかりで大丈夫ですか?」

「構いません。仕事上避けていくわけにもいきませんし。」

「そっか。」


 どこか拍子抜けしたような反応だった。だけど、そんなやり取りは束の間、再び晴間が肩を組んできた。


「とりあえず行こうぜ! この世界は思ってるより気楽だからお前も好きに生きていいんだぜ! 甦るもよし、命を終えるも良し! 全部自分で選んでいいんだ!」

「……って、近いし声大きい!」


 体格のいい晴間は引き剥がせない。顎を押しのけるが髭がジョリジョリするだけだ。東雲には諦めて、と言われた。


 午後は2人に加えて南条も合流して【半生人】の甦りも見させてもらった。

 正直驚いた。事務所でコントをしていたメンツがとてもキラキラしていた。南条の救助速度も、東雲の声掛けや説得も、晴間のまっすぐな言葉も。絶対に私じゃできないことだ。

 それを見て、私には何ができるんだろう、どうすれば人を救えるんだろう。そういう想いが甦ってきた。


 生前には当たり前に持っていたはずの気持ちはいつの間にか消えていた。でも、本当は心の奥底には眠っていただけらしい。ひどく安心した。


 なお、これは、私が今の私になるきっかけの2週間前の話である。

【登場人物】

天道暁(てんどうあかつき)

42歳、医師、165cm

性格:面倒見がいい、思慮深い、おちゃめ

黒髪ロングでさらさら。少し垂れ目で両側に涙ボクロがある。前髪は斜めに分けている。周囲の信頼も厚い。穏やかだけど怒ると怖い。故人であり、仕事のストレスによる飲酒癖があり、死因も急性アルコール中毒。登場人物の中で1番生活が不規則。

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