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43.あなたのためにと人は言う

 雪花さんは遅刻ギリギリに来た。

 いつも通りのクールな顔、だけど明らかに倦怠感を滲ませていた。


「……おはよう。」

「珍しいね、こんなにゆっくり来るの。」

「ちょっと飲みすぎただけ。仕事に支障はないよ。」


 雪花さんはキリッと雰囲気を鋭くした。そう言ったって目が真っ赤なんだけど。この世界でも2日酔いってあるんだなぁ、と未成年の俺はぼんやりと思った。


「で、今日の依頼は?」

「午前はこれだよ。」


 先生は早速依頼書を渡した。

 雪花さんはそれを受け取ると、一瞬で険しい表情になった。


「……やっぱり、斑目もアンタらの差し金だったんだ。」

「やっぱり、ってことは薄々分かってたんだ? それでも乗ったってことは、そういうことなんじゃないの?」


 どういうことかはピンと来なかったが、雪花さんが口を吃らせたのは分かった。雪花さんでは先生に口で勝てるわけがない。

 だが、雪花さんは決して気を許すことなく俺たちを睨みつける。


「斑目は……日笠のことを思ってのお節介だと思ったの。私がアンタを、避けてるから。それに……。」

「このまま話題を変えようとしても無駄だよ。僕が今話しているのは君へのストーカー行為についてだ。斑目くんと飲んだ時の証言、それに証拠となり得る手紙、彼のドライブレコーダーに映っていた姿。」

「アイツ、無駄に抜かりのない……。」


 チッと舌打ちを打つ。ある意味出し抜かれた訳だから、分からなくはないけども。

 自分を落ち着けるかのように大きく息を吐くと逃げることなく俺たちに向き合った。


「確かに事実だけども、全て私個人の問題。自分で対処する。」

「できていないだろう? だから、長期化している上にこんな依頼が来るんだよ。」


 これは以前、【罪人】である豊橋さんを取り調べた時よりも性急で、圧が違う。前みたいに囲い込む感じでなくて言葉の力で捩じ伏せるような。

 でも、先生らしくない戦略だ。

 俺は不安になりながらも、2人のやりとりを見守る。


「そうだとしても、アンタ達には関係ない。余計な口出ししないで。」

「そうもいかないんだよ。君の被害が顕在化すれば救助者として適切な判断や行動ができないという評価にもなるし、彼がターゲットを変えて他の人に害を及ぼす可能性だってある。」


 ここでやっと雪花さんの殺伐としたものが僅かに引っ込んだ気がした。

 やっぱり根が優しいんだろう、先生もそれを分かってあえてそういうことを引き合いに出したんだろうな。だが、先生は思わぬ言葉を放った。



「……それに今の君は、見ていて心配だよ。初めて会った時と同じ目をしているから。」



 ここで雪花さんは目を見開いた。

 何を思い返したんだろう、雪花さんはひどく落ち込んだように見えた。


「……ごめん、冷静じゃなかった。被害届、出しに行くよ。」

「ちょ、待ってください!」


 すぐに部屋を出て行こうとする雪花さんの手を咄嗟に掴んでしまった。雪花さんは少しだけ驚いたような、怯えたように見えた。


「雪花さん、今の話聞いた上で1人で行こうとしてません!?」

「……行くけど。離して。」

「離せるわけないじゃないですか!」


 つい感情的になって怒鳴ってしまう。

 でも、ここで離したら前と同じになってしまう。それは嫌だった。


「日笠、はっきり言うけど私は【罪人】以前に犯罪者。加えて殺人犯だよ? アンタみたいな真っ当な人間が関わっていい人間じゃない。」

「なら、はじめから突き放してくれれば良かったじゃないですか。」


 振り払われないよう、手を強く握った。


「俺は雪花さんが【罪人】なんて全く気づかなかった。それは雪花さんが俺に何か悪い感情を抱いて接してなかったからだと思いますし、救助者として頑張ってたからだと思います。それに、ポイントをちゃんと重ねれば業の証って小さくなるんでしたよね? なら、見えない所まで小さくなってる雪花さんは頑張ってきたってことですよね?」


 雪花さんは抵抗をやめた。

 視界の端で少しだけ目元を和らげた先生の表情が見えた。彼がそんな表情をするってことは、正解なんだろう。


「……少しでも俺と関わりたいって思ってくれてたなら避けないでほしいです。俺は昔の雪花さんのこと知らないから何も言えないけど、俺が知ってる雪花さんは優しい人なんで。」


 正直恥ずかしい。

 先日の千里さんのこともあるから。でも、彼女に関しては今言わないとこれからチャンスはやってこないかもしれない。

 俯いてしまった雪花さんは手を力なく揺らす。


「……離して。」

「離したら「いいから。」


 そう言った雪花さんは仕方ない奴を見るような、どこか弱ったような笑みを俺に向けた。


「本当、恥ずかしいやつ。」


 つい俺は手を離してしまう。

 すると雪花さんはスタスタ歩いていき、壁に引っかかっている車のキーを手に取って先生に投げた。


「行くよ、警察。運転お願い。」

「うん。」

「日笠も、準備して。」

「……はい!」


 先生と顔を見合わせ、俺は雪花さんの背を追った。




 俺たちは探偵事務所の自動車に乗って警察署に向かった。

 雪花さんの被害の訴えとともに個人用スマホに届いていた執拗な連絡や気持ち悪いメッセージの履歴を渡す。加えて今まで渡されてきたプレゼントも渡す。

 手紙に関しては、まめに1枚1枚ラッピングされていた。それは先生がしたようで何やら警察にお願いして鑑識にかけるように依頼していた。さすが本職。


 俺はと言うとやることがなくて、受付前の席でぼーっとしていた。

 すると、そこへ雪花さんが戻ってきた。


「あれ、先生は?」

「何かまだ話してる。私は事情聴取終わったから戻ってきた。」

「そーなんすね。」


 雪花さんはため息混じりに話し始める。


「さっさと自分で来るべきだったよ。手間かけさせてごめん。」

「話しにくいことってあるでしょうし。それに雪花さんっていつも人を助けてるけど、自分のこと助けてって言うなんて滅多にないじゃないっすか。」

「……まぁ。」


 無意識だったのか難しい顔をしながら首を傾げる。


「だから、学びました。そういう時は俺から動かないと駄目なんだって。もちろん助けてって言ってくれればできる限りのことはします!」


 雪花さんは少し驚いたように俺の顔を見たが、すぐに破顔して、頬をつねってきた。


「痛。」

「……生意気な後輩。」


 その痛みさえ、たった1週間程度でも懐かしくて俺は抵抗せず受け入れる。雪花さんがこんなにも穏やかに笑えるならそれだけでいい。


 俺はそんなことを考えながら、ふと出入り口の方に視線を向けた。

 意外と出入りの少ない署の自動ドアが動いたせいかもしれない。男性がやけに目深く帽子をかぶっていたせいかもしれない。目を引くような高身長だったからかもしれない。


 ただ、何となく俺は『危ない』と思った。

 だから、咄嗟に雪花さんを自分の方に引き寄せた。その反動で俺は男性と雪花さんの間に入った。



 何が起きたのだろう、物事を認識した時にはすでに全て終わっていた。



 気づいた時には保健室みたいな所に連れて行かれており、ベッドに寝かされていた。傍らには泣きながら俺に縋る雪花さんがいた。

 ぼんやりと覚えているのはあの男の罵声。

 『君が好きだから君のためにやったことなんだ。』と叫ぶ言葉だけだった。


【おまけ話】

業の証の話は22話で語られています。

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