42.布石
伏せてはありますが、(察し)という感じの不快な表現があります。ご注意ください。
ちなみに真紘は伏せられた内容には気づいていません。こういう時には働かない真紘のセンサー。
『絶対嫌。』
電話越しの千里さんははっきりと言った。
依頼の話をした翌日、俺はカードを準備してから千里さんに連絡した。先述の通り、彼に雪花さんと交流してもらうためである。
「やっぱりダメっすか……。」
『当たり前。俺にメリットがないよ。』
千里さんはそう言った。
俺はその言葉を待っていた。先生が仕事をする横で目をきらりと光らせた。
「千里さん、海鮮の珍味とか好きですよね?」
『……何で知ってるの。』
「それが美味しいお店、予約取れたんですよ。」
東区の、と言うと千里さんが黙り込んだ。好きな物には結構がめついのを俺は知ってるぞ。
なかなか予約のとれない個室居酒屋であるらしいが、藤堂さんの時のプール誤作動を起こしてしまった際の担当者の人が以前割引券をくれた。
そして、千里さんと一緒に行ったバッセンのおじさんがたまたまそこの店主さんで予約を取ってくれた。俺の運の強さ、最強だと思う。
もちろん奢り、というか必要経費とすることを伝えると、千里さんは少しだけ話を聞いてくれるようなトーンになった。
『なら、安全面は?』
「そこのお店、駐車場からお店まで案内も個別、通路からの侵入もしにくいんで。それに、ストーカーしてる人の活動範囲は南区と西区なので東区は安全です。」
『ふーん……。』
お、あと一押しかな。
そう思うと同時に千里さんは予想もしないことを話し出した。
『いいよ、引き受けても。断られる可能性高いけど。』
「いいんですか!?」
電話口の向こうでうん、と返事が聞こえた。
正直なところ信じられなかった。2人は犬猿の仲に近く、千里さんは基本的に自分に実りなさそうなことは引き受けないと思っていた。
『びっくりした?』
「ああ、まぁ、はい。」
俺が素直に返事をすると、向こうで笑っている声がした。
『……誰かさんのお人好しが移ったのかもね。』
え、と俺が呟いた時には、既にその楽しげな声音はどこかへ消えてしまい、予約した日時を教えてと淡々と聞かれた。
その翌日早朝、千里さんは3つの重要な物を持ってきてくれた。
まずは、雪花さんが付き纏い行為を認識しており、それに迷惑をしているというような発言を録音したデータ。
次に犯人からの手紙。ビニールに何通か入れられていた。いつの間にと聞くと、部屋に送った時、何通か持ち出したそうだ。何という手際か。いや、バレたら喧嘩どころでは済まないのでは? 中を見ようとしたら、何故か俺は触るな読むなと言われた。よほど過激な18禁の内容なのかな。
そして、もう1つ。
「これは……。」
「一応ドライブレコーダーです。昨日雪花を送って行った時の。」
先生は目を丸くしていた。
「なるべく鮮明化してきましたけど、正直時間が足りないのと眠いので。」
「まさか君がそこまでしてくれるなんてね。ありがとう。」
「ふぁ、いいえ。俺も志島さんの件で、雪花には借りがあるので。俺と雪花の仲で貸し借りとか気持ち悪すぎます。」
目が死んでいる千里さんは止まらない欠伸を噛み殺しながらはっきりと述べた。俺からすれば素直じゃないなって感じだけど、この2人に関しては余計なことを言うまい。
「というか、雪花さんの家行って犯人から突撃とかされなくてよかったです。」
「人通りの多い時間だったし。……それに、女子専用のセキュリティの高い賃貸に住んでたお陰で、管理人のおばさんが手伝ってくれたんだよね。」
この人に関してはデフォルトから正直弱いから、襲われたら怪我はほぼ間違いない。
大方、犯人に聞こえるようわざと友だち、ってところを強調したり、無駄に悪口を言ったのだろう。彼はこういう人だ。
「失礼なこと考えてるでしょ。」
「いや、千里さんは負けるだろうなって。」
「事実だね。」
「はい、2人とも動画見るよ。」
先生に促されて動画を見ていると、俺はすぐに気づいた。
はじめの店での動画には一切映っていなかったが、雪花さんの家に映した映像には通行人の他、やけにバイクの方を気にしている男性が少しだけ映った。
「先生、これって。」
「うん、これだね。」
「……よく見えますね。」
痩せ型であるも身長は高めだ。手元は見えにくいが、何やら鞄だろうか、荷物を持っている。周りの通行人が何も反応しないあたり突飛な物ではないんだろうけど。
俺には雪花さんが千里さんに連れられてきて、焦っているように見えた。それもそうだろう、黙っていれば美男美女だ。
ただ、音声から分かる通り、彼は『友人』だとか、『複数人で飲んでて仕方なく送った』とか、千里さんにしては大声で話している。極め付けは『彼氏の惚気をされてうんざりだ』と、彼氏の特徴を話し出したのだ。
髪がさらさらで中性的な顔、同じ職場だから同僚には隠しているらしい、と。先生じゃん、しかも隠されてる同僚俺じゃん。
「サラッと僕に押し付けたね。」
「東雲さんなら強いから大丈夫でしょ。前座は整えましたから、あとは頑張ってください。事件の報告書楽しみにしてます。」
千里さんは見えにくい映像を見ることを諦めたらしく、それだけを言うと帰路についた。
雪花さんと出会しては妙な空気になることは必至、俺は面倒くさがる彼を見送った後、先生のデスクに寄った。いつの間か窓が開いており、先生は手袋をしていた。なるほど、指紋をつけるなってことだったんだな。
雪花さんはまだ来る気配がないので、今後の戦略を練ることとなった。
「斑目くんのおかげで色々と集まったね。見事な根回しだったよ。」
「ありがとうございます!」
俺は軽く頭を下げた。
実は、先生に頼まれて色んな人にあることを頼んだ。『雪花さんの体調が悪そうだから気にかけてほしい』、と。
女性陣は元よりコミュニケーションをとることが多くあっさり了承を得たが、問題は男性陣。どうやら、成人男性は距離を置かれる傾向にあるらしく、眼光も鋭いため、下手に声をかけられないらしかった。
だけど、俺が頼んだ人たちは比較的簡単に受け入れてくれた。加地さんとか、役所や商店街の一部の人たちとか。
中には雪花さんが【罪人】と知る人もいた。それでも受け入れてくれるんだから、雪花さん自身の人柄を見てくれている人が多いっていう事実も知ることができた。
「あとは本人がどう出るか、だけど。」
「うーん、この証拠全部ぶつけて危ないよっていうんじゃダメっすか?」
「正面突破?」
「はい。……だって、雪花さんがいくら強いと言えど女性ですよ? もうストーカーは接触してきてるわけですし、まだ見ぬ先生や2人きりで飲みに行く仲の千里さんの存在で少しくらいやきもきしてそうじゃないっすか?」
千里さんにアクションをかけない、ということは本人へアクションをかける可能性があるはず。なら、少しでも対策は早い方がいい筈だ。
それに先生がいる場で言ってくれた方が雪花さんも折れてくれると思う。
録音聞く限りだと、どうやら雪花さんは俺に言いにくいみたいだ。『自分が弱いって思われたくない。』ってことはたぶん、思われたくない対象は俺だろう。
「俺、その話するときは出てますし。」
「……いや、君には同席してもらう。」
「え、大丈夫っすか?」
雪花さんに嫌がられそうな気がする。だけど、先生は意見を曲げてくれそうにない。
「例え、君との関係が停滞しても同じような問題はこれから先何度も出てくる。それなら、僕は君がいる時に解決すべきだと思うんだよね。」
穏やかだけど、明確な意志を持った言葉。
こういう時の先生は大概正しい。俺は素直に首を縦に振った。




