41.紐解く傷痕
前半はいつも通り真紘視点です。
後半はあの人視点です。もう予想はついているかと思いますが…。
追記(10/22)
更新が早くて明日、遅いと週明けとなります。
読んでくださる方、おまたせして申し訳ありません。
翌日、俺はいつも通り事務所に向かう。
結局のところ、晴間さんのことや事務所のこと、聞きたかったことは聞けずじまいに終わった。
でも、俺はそれでよかった。過去のことも大事だけど、今は雪花さんの方が大事だ。
千里さんはいつでも話すよ、と言ってくれた。南条さんも首肯していたけど些か顔色が悪いように思った。だから、俺もちゃんと気持ちの準備をしなきゃいけないんだろうなって馬鹿なりに思った。
相変わらず早く行き、掃除をし、買い出しも済ませる。その途中でおばさんやおじさんの手伝いも済まして菓子を貰う。もう、このご夫婦は俺のこと孫かなんかと勘違いしてる?
「最近雪花ちゃん見ねぇなぁ。」
「そうねぇ、仕事後はすぐに帰っちゃうような。寂しいわねぇ。」
「おう、あの美人さんは目の保養……イタッ、イタタタ!」
おじさん、何で怒られるのに口に出すんだろ。
「最近は新しい客とか増えてます?」
「まぁ、立ち代わり入れ替わりだなぁ。」
「あ、でもほら。最近商店街で噂になってたわよ? 物色ばかりで買わない子がいるって。」
「俺みたいな学生っぽい奴ってことですか?」
「いやぁ、真紘くんの方が気前いいくらいよ。あれはポイントがないだけね。」
さすが、おばさんの情報網は侮れない。
おじさんはたぶん常連さんとかよく来る人を覚えていて、おばさん達は目新しい人を覚えているんだろうな。
3人が揃えばいつも通り1日の業務確認を行う。
雪花さんは他事務所の応援。藤堂さんの事件以来、うちメインでやる仕事が少ない気がする。今日に限ってはそっちの方が都合がいいけども。
雪花さんが出て間も無く、予想通り先生に呼び止められた。
「日笠くん。」
「依頼の件ですか?」
この話に関してはどうしても主導権を渡したくない。
俺が自ら話を切り出すと、先生は少しだけ眉を動かした。たぶん俺の意図は伝わっているんだろうけど、どう返してくるか。
止められるか、怒られるか。
しかし、意外にも先生は困ったように笑うばかりであった。
「そんなに身構えなくて大丈夫だよ。いやね、あの2人をまとめて懐柔した君に感心してただけだよ。」
「え、2人ともすげー協力的でしたけど。」
「うーん……、まぁそうなんだけども。」
確かに交友関係が被らなそうな2人だけども。
俺がうんうん唸っていたが、先生はそのまま続けた。
「ちなみに報告書、見た?」
「見てないっす! 先生と一緒に見ることになると思ってましたし。」
「じゃあ見てみて。」
失礼しまーす、と後ろから覗いてみると、俺は尋常でない情報量に開いた口が塞がらなかった。あの時ファミレスでこんな話していたか?
え、ファミレスで話したの昨日だよな?
確かに昼飯食べて、すぐに解散したけどもそんな調べられる?
「君は凄い2人に協力してもらってたんだよ。人脈の鬼である南条さん、そしてデータに関して優れた調査能力を持つ斑目くん。あの2人が手を組んだなら相当厄介なんだよ。」
「……侮ってました。」
依頼内容、『黄昏探偵事務所・女性助手へのストーキング行為疑いに関する追加調査依頼』と書かれている。
『昨日、一般女性より報告があった。』と書かれた文章から始まった内容は聞き覚えのある内容だった。だが、後半は俺も知らない情報が羅列されていた。なんと、すでに疑いのかかる人物が挙がっていたのだ。
名前は小杉啓太、26歳。元派遣社員であり、黄泉の国に来てから仕事を何度か紹介しているものの自分の理想に合わないとか女性問題とかで、最近は再就職先が見つからず役所からもめっきり足が遠のいており、地区内の探偵事務所を訪ねている。
住居はおそらく南西部、目撃情報が最も多い。しかし、以前よく訪れていたという店があったが、最近はめっきり来ないそうだ。
想像以上の情報量に俺は言葉を失った。
「えぇ、もはや2人の方がストーカーばりの情報量……。」
「付き纏いや嫌がらせはしてないから見逃してあげて。」
いや、本当に恐ろしい2人が協力してしまったな。
というか、これ以上何を調べろというんだこの2人。
「俺たちは何をすれば……。」
「この依頼文をそのまま組むなら、まずはストーキング行為が発生しているか否かの確認が必要かな。」
「証拠集めっすね!」
「そう。」
先生が指を立てる。
「確認しておきたいのは、行為を行なった記録。目撃情報があるけどできれば媒体で。」
「それはその……目撃者さんが持ってたと思います!」
「ならいいね。あと手紙とか盗撮写真とかの物品、メールとかの連絡履歴、もし接触があったなら診断書とか、かな。行為の記録とかもあるといいんだけど、雪花さんはとっているかどうか、ってところかな。」
「それがあれば法で裁けるんですか?」
何かストーカーっていうと、漫画の中で主人公がヒロインを助けるときには倒して終わりだからあんまり考えたことなかったな。
「裁く、とかは無理かな。ポイント減点や『業の証』が刻まれること以外だと、監査で認められれば居住区の変更や保護施設への収監とかの対応になるけど十分だと思うよ。」
「じゃあ、その証拠集めをするんすね!」
「うん。ただ、重要なこともあってね。」
俺は薄々感じていた。その重要なことについて。
「もしかして、雪花さんが被害者として自覚してるか、とか言います?」
「それに近いものではあるかな。……彼女が付き纏いだとか嫌がらせだとか認識しなければそもそもストーカー行為とは言えないよね。だから、確認しないと。」
あー、雪花さんの性格を考えれば認識してたとしても認めなそうだ。
「なら、うんと言わせる証拠をゲットしましょう!」
「……そうだね。日笠くんの言うとおり。僕も流石に同僚の事件を放ってはおけない。証拠集めは僕に任せて。」
はい! と元気に返事してみたが、俺はふと冷静になった。
さっき確認しないと、とか言ってたよな、先生は。つまり、俺がそっちを担当するということか。避けられてるのに?
「俺、説得はちょっと……。」
「説得は僕としよう。でもね、君の人脈を駆使してあることをやってほしいんだ。」
「あること、っすか?」
そう、と頷く。
その時の目は笑っていない、背筋に寒気が走るような冷たい目だった。
「並行して、犯人を直接捕まえる作戦もやっていきたいんだよね。」
「それは……?」
「君の人脈と、いかに斑目くんを説得させられるか。そして雪花さんを丸め込むか。君の手腕にかかっているよ。」
先生、俺のことを試している?
思わぬ挑発に、俺の中の勝負好きの血が騒いでしまう。無意識のうちに口角を上げると頷いた。
ここ最近私は憂鬱だった。
ついに日笠に自分の正体がバレてしまった。可愛くて仕方ない後輩だっただけに、あの驚いた顔が見ていられなくて、逃げてしまった。
本当は色々と言い訳したかった。今は心を入れ替えて罪を濯いでいる、だとか。まぁ、そう言ったって、私の手で亡くなった人がいることは消しようのない事実なんだけど。
はじめは東雲が気を遣って日笠と話す機会を作ってくれようとしていた。でも、とてもじゃないけどその時は気持ちの整理がついてなくて、強めに断ってしまった。
アイツ、変に潔いところがあるから早々に諦めてた。
日笠も東雲も、私の気持ちが落ち着くのを待ってくれているのは知ってる。でも、どうしたって話す勇気はやってこなかった。
加えて、最近嫌な事案に巻き込まれている。
たぶん、ストーカー。
何がきっかけになったかは知らない。
でも、生きていた時と同じ。何をしてなくてもいつの間にか好かれている。抗えない、助けてくれる人もいない最悪な状況。
先日初めて声をかけられた。
知らない人。思わずびっくりしてしまったけど、この前の元気な女性の依頼人に声をかけられて事なきを得た。ただ、そのせいで近いうちに東雲の耳には入るだろう。東雲には言わないように口止めはしたけど、あの人口軽そうだし。
だけど、私の周りでは予想しない妙なことが起きていた。
「やっほー、雪花ちゃん。いつもと変わらずかわいいね!」
「役所での忘れ物だ。……その、元気ならいいんだが。」
「やい、いつぞやの救助の時の恩返しってわけではないんだからな! 勘違いするなよ!」
役所の、加地とか言ったか。
あとは筋骨隆々の無愛想な役所職員、日笠を連れて救助者の仕事見学に行った時の探偵、他にも商店街の人とか。色んな人、特に男の人に話しかけられる。
東雲は何を企んでいるんだと思えば南条からも連絡が来た。
「……何。」
『おう、相変わらず元気そうだな!』
「アンタ達何か企んでる?」
『アンタ達? 何かよく分からないが巻き込むな。』
電話の向こうでは疲れたような呆れたような声がした。何か画策しているわけではないのかしら。私が不思議に思っていると、南条の低い声が聞こえた。
『その、この前は悪かったな。【罪人】の事案に巻き込んで。まさか豊橋がお前のことを知っているとは思わなくて。』
「今更謝罪なんて要らない。時々いるし、そんなの分かってたことじゃん。別に今までだって同じような事例はあったでしょ。」
『いやそうだけどよ、今回は日笠がいたろ?』
南条の言葉に思わず、歩みを止めてしまう。
私は首を横に振り、余計な考えを捨てる。
「どうせ、いつかは知ることだったし。それに軽蔑されることは慣れてるからどうだっていいの。」
『……どうだっていい奴の声音じゃないぞ。』
図星だった。
でも、言い返す言葉を持ち合わせてはなかったから、私は無理矢理切った。それから、南条からちょこちょこ連絡が来るようになった。
極め付けの妙なことと言えば斑目だ。
あの偏屈で面倒くさがりの男が食事に誘ってきたのだ。わざわざ東区の個室居酒屋まで行くぞと。実は1回だけ行ったことがある。けど、その時は罵り合いの応酬になって碌な会話が無かった。しかも潰れたし。
でも、今回はおおよそ予想がつく。日笠のことだろう。斑目は目に見えて日笠のことを好んでいる。弟みたいな、とかではなく親友として。
「はー、真紘のことがなかったら一生誘うことなんてなかった。」
「ちょっと、誘っておいて何その言い草。」
「言われるって分かってて来たんでしょ。真紘と気まずいの、気にしてるくせに。相変わらず面倒だね、お前。」
うるさい、としか言い返せない。全くもってその通りだったからだ。
元々飲まない斑目はバイクで来たから尚更飲む気はなかったらしい。私はとりあえず飲んだ。飲まなきゃやってられない。例え潰れてもこの男は、私が1番嫌なことだけはしないと分かっているからだ。
酒を飲んで少しだけぼんやりしていた所で聞かれた。
「で、いつまで冷戦してるつもりなの。大人気ない。」
「分かってる。でも、日笠に拒否とか、否定の言葉言われたり、怖がられたりしたら私……。」
「しないと思うけど。」
それだって分かっている。でも、怖いのだ。助けを求めた手を振り払われることが。
斑目は少しだけ眉を下げるとポツポツ話す。
「伝えない後悔より、伝えた後悔だと思うよ。俺は危うく志島さんに大切なことを伝え損ねる所だった。」
「……私だって、本当は晴間に伝えたかった。気持ちを。」
「なら、まず妙な奴につけられてて困ってるとでも同僚達に言えば?」
「言えるなら言ってる。本当に気持ち悪いし、ウザいし。」
斑目の顔が見られなかった。
「でも、それ以上に自分が弱いって思われたくない。」
「……弱音吐く相手間違ってるでしょ。」
アイツの言葉はわたしの耳には届いていなかった。
ここで私の記憶は少し途切れる。
次に目が覚めたのは、店の外だった。気づけばバイクを跨がされて斑目の背中に身体を預けていた。
「ちょっと、起きて。振り落とすよ。」
「……サイッテー。」
「最低くらいでちょうどいいでしょ。」
本当にムカつく。
でも、本当にムカついているのは斑目にではなくて、自分の幼すぎる感情に対してなの。
まどろむ私は本気で振り落とされないよう、八つ当たりのように斑目の腹に回す手の力を強くするしかなかった。




