39.大罪
ここからタイトルにはありませんが霧崎雪花編が始まります。
少し暗い話ですが、よろしくお願いします。
「千里さん!」
「おはよ。」
俺は千里さんに呼び出されて、バイクを跨る彼の元に走る。
雪花さんのこともそうだが、晴間さんという人物のことも聞きたかった。それに先生のことだって少し気になっていることがある。
きっと千里さんは知ってるし、教えてくれる。俺はそう確信を持っていた。
だが、教える機会が担保されるわけではないのを覚えていてほしい。
俺たちは東区のある店に来ていた。というのも、ある人物と合流するためだ。それは千里さん以外にも過去の黄昏探偵事務所について知る人物だ。
「悪い、遅れた!」
「お世話になってます!」
「本当に遅れてますね。」
「斑目は可愛くないな、マジで。日笠見習え。」
「別に貴方に可愛いって思われても……。」
爽やかにやってきた南条さんを一蹴し、冷たい視線を向ける。
向かい合って俺たちは座っていたが、南条さんが千里さんの隣に座ると暑苦しいと嫌がり、千里さんはわざわざテーブルの下を潜ってまで俺の方に来た。
テーブルの下で蹴り合いしてるけど、明らかに千里さんが細くて折れそう。てか、2人して大人気ないな。
なんとなく落ち着かない気がしたけど、注文が一通り終わったみたいなので、俺は話を振ってみる。
「志島さんに聞いたんすけど、千里さんが黄泉の国に来たとき顔見知ったんですよね?」
「そうだ。黄昏探偵事務所に『神官へのクレーム対応をしてください』って来て、無理だって知ったらポイントが稼ぎやすい仕事ありますかってな。」
「それで南条さん達に真紘が今やってる仕事に無理矢理連れて行かれて、落下酔いして吐いた。散々だった。」
悪い、と謝っているが全然反省している表情でないし、それを知っている千里さんは見向きもしない。
料理が届くと、南条さんはいただきます、と言いながら俺の方を見た。
「で、俺はまどろっこしいのは嫌いだからはっきり聞くぜ。今回俺を呼んだのは霧崎のことか?」
「はい。」
「悪いが俺は、「それだけじゃありません。」
南条さんは少しだけ眉を顰めた。
「俺は、黄昏探偵事務所に所属しているのに、事務所のこと、雪花さんもですけど先生のことも。それに晴間さんのことも知らない。」
晴間さん。
俺がそう言ったときに、南条さんは反応しなかったが、千里さんは少しだけ動きを止めた。
「未来がどうであれ、ここでのこと覚えてないでしょうし、程よい距離感っていうのは理解してるんです。でも、あの2人、なんとなく放っておけないっていうか……。
先生や雪花さんにはそこまでしなくていいって怒られる気はするんすけど……。」
自分の背中が少しずつ曲がってしまうのが分かる。
だが、負けるわけにはいかない。ここは自信を持って! お節介かもしれないけども。
俺が内心で葛藤していると、南条さんがワハハとなぜか大袈裟に笑う。
え、俺そんな変なこと言った?
「いいじゃないか、お人好し結構! あの2人にはそれくらいでいい! 万が一気まずくなったらウチで引き取ってやるさ。なぁ、斑目。」
「俺は別にどっちでも。」
「斑目も絆されたクチだろ?」
千里さんは口を噤んでしまう。
「いいぜ、何でも話してやるさ。もちろん配慮はするが晴間のことを隠してやる必要はないと踏んだ。」
「ありがとうございます!」
俺が頭を下げると、南条さんはいいってと手を振る。
だが、なぜかすぐに悩ましげな顔になってしまう。
「とは言え、何から話せばいいか。何でも、とは言ったが霧崎のことは正直、俺から話していい内容ではない気がするんだよな。霧崎に関してはお前の方が仲良いだろ?」
「貴方の目、節穴ですね。俺、筆頭で嫌われてるでしょ。」
「そう言えばいくつか嫌われてる理由があるって言ってましたけど……。」
ああ、と千里さんは何てことのないように言う。
「普通に性格、というか考え方が合わない。俺はたぶん現実主義というか、効率主義なんだけど、雪花はああ見えて感情的なんだよね。短気だし。そこは苦手かな。俺、余計なこと言うからそれで怒られた。」
嫌いではないんだけどね、と言う。遠目から見てる分にはいいけど直接は絡みたくない、そんなところか。
俺は雪花さんの情に熱いところ、好きだけどなぁ。
「あとは顔だって。」
「かっこいいのに?」
「お前、面食いだな。」
南条さんは愉快そうに言う。呆れたような千里さんは淡々と続けた。
「詳しくは知らないけど、雪花の世界で1番嫌いな人にそっくりなんだって。特に、気を許して笑ったとき。だから、俺が真紘と話してると時々睨むんだよ。」
確かに千里さんにはしょっちゅうメンチ切ってるよな。でも、憎々しいならあることが疑問になる。
「……普通に話すときもありますよね?」
「まぁ、頭の中では別人って分かってるから努力はしてくれてるみたい。別にできないことを無理しなくていいのにね。」
たぶん、本音で思っている。普通なら冷たいなぁって思われるかもしれないけど千里さんだからな、で済む程度の関係にはなっている。
「あとは晴間との関係も原因だろうな。」
「あの人、いい人なんでしょうけど話聞かないですからね。」
「晴間はお前のこと好きだったぞ。」
「俺は苦手です。だから、貴方達が真紘と晴間さんが似てるっていう意味がわからないです。」
少しだけ眉間に皺が寄っている。
「……晴間さんってどんな人なんですか?」
南条さんが語る。
晴間律さん、29歳で【半生人】。元消防士で、まさにヒーローみたいな正義感の強い人。真っ直ぐで、明朗で、優しかったそうだ。身長は千里さんと同じくらいで南条さんみたいにがっちりしていた。
先生より少し前に黄昏探偵事務所に勤めて、先生といいコンビを組んでいた。事務仕事はからっきしであったが、実働隊としては優秀、救助成功率も100%。『パンドラの鍵』が出た際に彼と関わった【半生人】は誰もが、彼に会えて良かったと言う。
「何かマジでかっこいい人なんすね。会いたかったな。もう甦りしたんすよね?」
もし、故人となっていても、それだけのいい人ならすぐにポイントも溜まってしまうんだろうな。
だけど、2人の返事は返ってこない。
なぜか表情は強張っていた。何だろう、この空気。
俺が2人の返事を待っていると、2人の中の示し合いが済んだらしい。南条さんが口を開いた。
「……過去の記憶の世界、あそこで救助や脱出に失敗したらどうなるか知っているか?」
ーー繰り返される記憶の中でずっと彷徨い続ける。肉体が死ぬまで。魂は狂ったまま消えていくだけ。
不意に雪花さんが教えてくれた言葉が頭の中に浮かぶ。とても静かに冷たく放った言葉だった。
だが、俺の知る限りでは、そうなった事案なんてなかった。必ず救助者が助けてくれたし、どうにか脱出できていたはずだ。
背中を嫌な汗が伝う。
ただ、こういう時の嫌な考えって当たってしまうもので。
「……晴間はある人間の過去の記憶の世界で消えた。東雲や霧崎の目の前で。」
「え?」
あ、志島さんが前に言ってた。
この世界には殺人はないが例外がある、と。
もしかして。
俺が確認する前に、南条さんが立ち上がってしまった。
「すまない。俺も、正直あの光景を思い出すのが憚られて。一服させてくれ。」
「ああ、はい。」
南条さんの手は震えていた。
異常な、光景だったのだろうか。
彼は一言断ると、席を立ってしまった。俺が目で追うと千里さんが淡々と言う。
「聞かなかった方がよかったとか思わないでよ。」
「え?」
「俺は直接見たわけではないし、晴間さんのことは好きじゃない。でも、あの人は最期まで自分に恥じない生き方を選んだ。だから、知ってほしい。」
そうだ、ここで引いてしまっては話そうと決意してくれた2人にも失礼だ。
俺が頷くと、千里さんは嬉しそうに笑った。だが、すぐに彼の表情は翳りを帯び、口をもごもごと動かす。声が少しくぐもっており、顔を近づけた。
「……ただ、俺としてはその後の記憶の持ち主の行動の方が悍ましかったけどね。」
「【罪人】ですか?」
「そうなんだけど、なんというか……。」
俺は咄嗟に千里さんの言葉を制した。
不意に視線を感じたのだ。南条さんではない、誰かの。
「真紘?」
「ちょっと待っててください。」
不思議そうにする千里さんを置いて、俺は視線を感じた先に一直線に向かった。何となく、落ち着かない感じはあったのだが、確信になった。
誰かがこちらを見ていたのだ。
俺は迷わずその席を覗き込んだ。
「さっきからこっちを見てるみたいっすけど、何の目的が……!」
「ごっ、ごめんなさい!」
間髪入れずに謝られた。
あれ、この人見たことあるな。
ちょうどそのタイミングで南条さんも戻ってきた。消臭剤の爽やかな香りを巻きながら、怪訝な表情をして俺の方に来たが面向かっていた人物を見て、驚いた顔をした。
「園部さんじゃないか!」
「はわわ、王子様……!」
南条さんが王子様?
「いや、胡散臭いもん見る顔するな。元はと言えばお前達が撒いた種だからな。」
えへへ、と園部さんは嬉しそうに笑う。
そう、彼女は園部美都子。かつて、黄昏探偵事務所に『買い物依存症』の相談にきた結果、王子様を見つけるために先生がかわたれ事務所に押し付、もとい紹介した依頼人である。
【おまけ話】
南条さんは元々は喫煙者ではありませんが、黄泉の国にきてから娯楽として吸うようになりました。逆に東雲さんや志島さんは現世で時々吸っていましたし、酒はよく飲んでました。
雪花さんはお酒のみ、斑目はどっちも嫌いです。




