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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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37.志島武久の回顧録

 ブクマありがとうございます!

 志島さんの過去編です。引き続きよろしくお願いします。


 私は志島武久。61歳。

 何てことのない、どこにでもいるサラリーマンだ。

 若い頃は営業課のエースとも呼ばれ、晩年は総務の管理職を勤めていた。各世代ごとにそれなりに上手く付き合いはしていたと思うし、仕事はできる方であったと自負している。

 家族は妻と息子2人、娘の5人家族。息子は27歳と25歳、娘は22歳と皆成人しており手も離れていた。

 専業主婦の妻はしっかり者で逞しい女性だった。上の子は上昇志向が強く、下の子は甘え上手、真ん中の子はのんびりしているもどこか冷めている子だった。



 私は60歳の時、定年を迎えた。

 仕事は私の生き甲斐だった。若い頃から仕事に走り、幼い子どもの寝顔を見るのが日々の楽しみだった。休みの日は可能な限り、子どもに時間を費やした。

 たくさん遊んで、時に勉強の手伝いをして、部活の送迎や応援をして。充実していたと思う。

 職場では、お得意先との付き合いをしつつ、後進の育成に費やしていた。


 22歳から60歳のこの日まで、走り抜けてきた。

 定年後は再雇用制度に則って再び総務の仕事の補助についた。

 ただ、その年は少し私にとって困る出来事があった。


「すまない、これは……。」

「あー、志島さん! そのファイルはですね、ここに保存してあって、ここ押すと更新できるんですよ。」

「あぁ……なるほど。難しいな。」

「えぇ、だいぶ早くなったじゃないですか!」


 会社のシステムが一新された。

 ほとんどの者は早くなったと喜んでいたが、元より機械に疎い私は目が回りそうだった。前のシステムでも、なるべく簡略化していたにも関わらず、一部使いこなせてない部分があったのも否めない。


「むしろ私が教育される立場だね。」

「あはは、冗談言わないでくださいよ。僕たちがお伝えできることなんてこれくらいですよ。」


 そうは言うが、やはり老いには勝てない。

 若手の話にはついていけなくなるし、なぜか現役の速度感が異様に速く感じるようになった。

 元々、流行りのことも鈍かった。苦手なスマホを使い、子ども達にも聞いた。難しい言葉の羅列が返ってくるし、老眼で文字が見にくいし、正直目と頭が疲れた。


 現役と比べると実務の量は減ったが、以前より同僚と話す機会が増えた。

 役職が消えたおかげで話しかけやすくなったという後輩もいて、いつの間にか相談役のようになっていた。来期からはハラスメント窓口に勤めてはどうかという話も出たくらいだった。

 正直、苦手な機械の知識をアップデートするくらいなら、そちらに異動した方が気楽だなと思った。

 たまたま帰省している次男にふと話してみると、次男は相変わらず冷めたリアクションであったが、しっかりと話を聞いてくれた。


「あー、親父機械苦手だもんな。いいんじゃねぇ? 給料より生き甲斐って言うなら、親父、俺が小学生の時の方が生き生きしてたし。その時って営業だろ?」

「まぁ……そうだな。」

「親父、話すのも聞くのも好きじゃん。仕事ったって、もう定年したんだから好きなことやりなよ。」


 いつの間にかそんなことを言えるようになっていた息子、ひどく感慨深く思った。


「そうだな、父さんも好きなこと、やってみるかな。」

「そうそう。好きなことやっときゃいいんだって。ストレス溜まると血圧上がるよ。」


 易々と上がるもんか。

 そんな会話をしたのが、発症する半年前だった。



 私が61歳になって間も無く。私が窓口に異動して3ヶ月くらい経った頃であろうか。

 何となくであるが目が二重に見えることがあった。疲れか、それとも老眼鏡の度が合わなくなったか。


「どうしました、志島さん?」

「いや、何でもないよ。疲れ目かな。」

「あー、結構人の悩みを聞くのって体力要りますもんね。志島さん、人気すぎて何件も受けてますもんね。雑談の人もいますけど。久しぶりに飲みに行きます?」

「おお、いいね。」


 私は同じ相談窓口を担当する心理士をはじめとした同僚とともに酒を飲みに行った。

 酒を飲んでいい気分になる。そうすると疲れ目も気にならなくなった気がした。



 夜10時ごろ、ゆったりと帰ると妻が呆れた顔で迎えてくれた。


「久しぶりに遅くなったと思ったら随分と飲んできたのね。」

「ああ、久しぶりに誘われてね。楽しかったよ。」

「あら、それは良かった。」


 上着をハンガーにかけながら妻が渡してくれた水を飲む。ただの水なのにひどく美味く感じた。

 ふと、そのコップを洗う彼女を見ると自分が知っているはずの彼女より老けており小さくなったように感じた。


「……今度、旅行にでも行くか?」

「ま、連れ添って34年、新婚旅行以来ね。明日は季節外れの雪でも降るのかしら。」

「まだ早いだろう。」


 私がそう言うと、妻はそうね、と笑う。


「シャワー浴びたら寝るよ。先に休んでいてくれ。」

「そうさせてもらうわ。おやすみなさい。明日は休みだからゆっくり休んで。」

「ああ、おやすみ。また明日。」


 妻と挨拶を交わすと私はシャワーを浴びる。

 酒が抜けてきたせいか、それとも反対にシャワーのせいでアルコールが回ったのかよく分からない。また疲れ目と、今度は頭重感も襲ってくる。


 ああ、疲れのせいだ。これは疲れのせい。


 だから、知らない。

 布団に入った後の安息の時間がすでにカウントダウンの時間に入っていることも。

 私には明日が来ないことも。




「え?」


 次に目を開けた時には、黄泉の国に来ていた。

 鏡に映る自分の頭の上には白い輪が浮かんでおり、周りの人々も同様だった。


「あ、新しい故人の方ですね。こちら番号札になります。しばらくお待ちください。」

「……はい。」


 役所の一角に設置されている天上の門の下部、死者が送られてくる場所に私は立ち尽くしていた。

 そこの掲示板には、『貴方は亡くなりました』と無機質な文章が並べられている。

 正直なところ、混乱していた。ここはどこなのか、私は本当に死んだのか。

 だが、その場にいる者は、私も含め誰も焦る様子はなかった。なぜか、心が鎮められ、不気味なほどに自然と自分の死を受け入れていたのだ。


 私は促されるまま、呼ばれるままに受付に向かった。


「志島武久さん、61歳、お住まいは神奈川県。お間違いないですか?」

「はい……。」

「貴方の死因は脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血です。病院に搬送されましたが、死亡が確認されました。ご愁傷様でした。」


 あまりにも事務的に淡々と行われる説明に私はともに頭を下げるだけだ。

 顔を上げて、職員の方と目が合って何とか絞り出した言葉はほんの少しだった。


「あの……妻は、家族は。」

「奥様もご家族様もご存命です。」

「今はどう過ごして……。」

「お答えできません。知りたいなら、探偵事務所をお尋ねください。」


 職員は淡々と事務手続きを行なった。

 それからこの黄泉の国の説明をされたが、私はぼんやりと聞くことしかできなかった。


 私は勧められた通り、探偵事務所に向かった。

 だが、私の期待した答えは得られなかった。


「貴方の家族のことを調べることはできません。」

「どうして……!」

「現世の様子を見る方法、2つあるんですけど、そのどちらも故人にはできない方法なんです。」

「どうしても、家族が、妻がどうしているかを知りたいんです! お願いできないでしょうか!」


 探偵達は難しげな顔をして顔を見合わせて首を横に振った。


「現状のシステムではそれは不可能です。過去の記憶の世界、はそもそも過去なので論外。現世窓という現世を覗くことができるシステムに関しては貴方の肉体はすでに死を迎えていますから使えません。」

「他の人、同じ地区の似たような人の窓を覗くとかできませんか!」

「無理ですよ。時間軸も曖昧なこの世界で、どれだけ膨大な量を手当たり次第調べなきゃいけないと思っているんですか。」


 以前、東雲くん達は梶江さんや友部さんの事案でやってのけたが、それは異常なことで、一般的にはどう考えたってなし得ないことなのだ。

 この時の私はあまりにも絶望し切った顔をしていたのかもしれない。助手の1人があの、と控えめに手を挙げた。


「もしかしたら、役所……はじめにたどり着いた場所で業務を勤めていれば分かるかもしれませんよ。同じ地域の人が来るとか、情報見られますし。」

「本当ですか!」

「ええ、故人の方向けの入職試験は比較的合格率も高いと聞きますし、貴方の生前の経歴を考えるに、受付窓口系の課を希望すれば通ると思いますよ。」

「分かりました、ありがとうございます!」


 それを聞いた私は探偵事務所の支援を受けつつ、役所の試験を受ける準備をした。

 結果としては合格、希望通りの受付相談課に配属された。


 はじめの1ヶ月は仕事でてんてこまいだったが、少しずつ他の業務も手につくようになった。相変わらずデータ管理とか入力業務は苦手だったが。

 そこからさらに1ヶ月、何となく成仏に必要なポイントとか期間、過ごし方などを理解するようになってきた。

 少しでも良い死後の生活を、そして【半生人】に関しては甦りにしろ亡くなるにしろ、本人にとって良い結末を辿れると良い。

 そう思って働くほどに功績は面白いようについてきた。


 私のペースで行くと遅くても2ヶ月くらいで成仏してしまう可能性が高い。

 さて、どうしたものか。

 その時期だろうか、【罪人】の知識が深くなり始めたのは。


 汚職や犯罪はとてもでないが考えられなかった。

 だが、その辺りから自身が昇進したことにより、一部ポイント減点の肩代わりができることを知った。

 申請してみると、私の狙い通り、減点できた。


 一時期は自分がやっていることは自然の摂理に反したことなのではないかと思うこともあった。

 しかし、自分が休んだ時、役所がてんてこまいになり、応援に呼び出されてあることを言われた。


『志島さんがいないとやっぱり滞っちゃいますね。』


 と。その言葉は何よりも免罪符になっていた。


 これでいいのだ。

 私は少しでも永くこの国に留まり、現世の気掛かりを解消する機会を窺う。他の人達は少しでも早く成仏してくれれば良い。

 そう思いながら日々を過ごしていた。




 3〜4ヶ月前くらいだろうか。

 初めて彼と会ったのは。


「貴方が受付ですか?」


 彼を見た時驚いた。大抵、【半生人】というのは感情の昂りが見られたり、落ち込みが見られることが大半だ。そう、死にかけていることを自覚していないからだ。

 早く生き返らねばと焦る人、もう死んでしまうんだと嘆く人、夢だと現実逃避を始める人。何にせよ第一は自分のことだ。


 だが、彼こと斑目千里くんは違った。


「そうですが……。」

「あの神官ってどんな神経しているんですか? 神様は状況について伝えてくれましたが、その周りにいる人は俺が神様に近づこうとすれば文句ばかり、話すことも許さない。ここでクレーム対応受け付けてますか?」


 斑目くんは神官の態度にご立腹だったらしい。感情の起伏を感じさせない表情だが、少しばかり言葉に勢いが乗っていた。


「残念ながらクレーム対応は受け付けていない……。」

「そうですか。なら、後で相談窓口とかそういう場所教えてください。手続きは何をすれば良いですか?」


 彼は淡々と書類を記入していた。

 年齢は24歳、次男と同じくらいか。雰囲気はのんびりしているが言いたいことははっきり言う、少しだけ性格も似ているように思った。

 不意に顔を上げた彼と目が合った。


「何ですか?」

「いや、落ち着いているな、と。」

「別にパニックに陥っても何も有益なことはない。無駄なことはしない主義なんです。」

「……その、記憶は?」

「死因は知りません。考えたところで思い出せないならその時間が無駄です。」


 彼はすぐに書類を書き上げた。

 どこでもいいというものだから、黄昏探偵事務所を紹介した。クレームに関しては上手く流してくれるだろうし、賢そうな子だから、もしかしたら探偵助手や救助者も務め上げられるかもしれない。


 だが、そんな思惑は通じなかった。

 彼は過去の記憶の世界に飛んだ時、酔ってその後吐いたそうだ。経緯の中で晴間くんと南条くんに巻き込まれる形だったらしく、憤慨していた。

 ただ、それでも【半生人】でそれなりに体力がある見込みだから探偵事務所から声がかかる。

 それを鬱陶しく思った彼は数日後再び役所を訪れていた。


「志島さんに探偵事務所勧められたせいで余計な勧誘が来るんですけど。」

「それに関しては申し訳ない……。」

「俺、ニートでいたいんですけど、ポイントないとパソコンとかの娯楽が手に入らないんですよね。SEとかの、いい仕事ありません?」


 システムエンジニア、の仕事がそもそもピンと来なかった。

 パソコンを使う仕事といえば、役所だとデータ管理課だが、なぜか役所の試験は【半生人】でなくてもできるため問題を難しくして篩にかけることがほとんどであった。


「……試験は難しいと思うが、うちのデータ管理課、とかか? 結構ポイントいいよ。」

「在宅ワークもできます?」

「さあ……。ただ結構緩いからやることやれば大丈夫じゃないかな。あとは個人情報が保護されれば。」

「分かりました。なら、試験受けます。どんな勉強すればいいですか?」


 私はこの時鳩が豆鉄砲を食った時と同じ顔をしていただろう。

 一応テキストは渡した。試験は来週、もしくは1ヶ月後だと伝えると、来週の試験に申し込みをして行った。


 恐ろしいことに彼は基礎項目は満点、そして適正確認をするための分野別問題はデータ管理部門のみ満点、他は初めの2問のみ正答、他は全て空欄という技を見せつけて受かったのだ。

 ただ蓋を開けてみればあんな感じの性格だったから再び皆驚かされた。彼が女性にモテたのも2週間だけだった。

 彼は役所のシステムの効率化簡易化を果たした上、セキュリティさえも強化した。これにはトップもたまげていた。


 そしてもう1つ。これに関しては当時は風の噂でしか聞いていなかったが、黄昏探偵事務所に関わった時、東雲くんとは気が合ったらしく、彼の頼みで事案データベースと検索システムを作ったと聞いた。

 もちろんデータ入力は手打ちのため、手間はあるものの、東雲くんも几帳面なものでそれを上手く使いこなしていた。


 彼はほとんどポイント減点になるようなことはしない。だが、ひどく冷めていて、機械的で、生への執着を表立って見せない。

 私は漫然とした不安を覚えていた。

 だから、彼の結末を見届ける。それさえも自分の理由のうちに組み込んでいたのだ。


 時代は進んでいる。

 現状で黄昏探偵事務所に依頼をかければ、もしかしたら現世の家族の様子がわかるかもしれない。だが、私はしなかった。


 ただ、怖かったのだ。

 家族が自分にもし無関心であったら? 職場でもし必要とされていなかったら?

 だから、私は今ここで誰かを救う。そのことを言い訳にして動くことをしなかったのだ。

【おまけ話】

 故人が成仏すると、役所に『成仏終了届』という紙が1枚届くそうです。噂によると神官が届けているそうですが、真実は不明です。

 あと志島さんが初めて会ったときに言った、文句を言っていた人、判明しましたね。

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