36.志島武久①
夜上げです!
ついにメインキャラのお話です。
果たして彼はどんな道を選ぶことになるのか。お楽しみいただけると嬉しいです。
これからちょこちょこおまけ話も詰め込んでいこうと思います。消化できなそうな設定があるので……。特に読まなくても支障はないですが、あぁそういうこと、みたいなネタもあると思うので興味がある方はご覧ください!
既出の話の後書き部分にも追記する予定です!
ふー、と千里さんは息を大きく吐く。
「志島さんが何でそんなことをしているのか。今、俺が握っているこの情報を上に報告すれば、志島さんが処罰を食らうかもしれない。さすがの俺でも知り合いが業の証を刻まれるのは見る趣味はありませんからね。」
「……志島さんに直接言うのは。」
「それは迂闊だと思うけどね、日笠くん。」
志島さん、話せば分かってくれそうだけど。
俺の疑問に先生は首を横に振る。
「万が一、何か良くない理由があった時、この調査結果が悪い方に転がる可能性がある。」
「……どう考えたってポイント減点の肩代わりがあの人に利益があるように思えないんだけど。」
「雪花さんの言う通り。でも、人は何を考えているか分からないからね。」
なるほどな。
志島さんがどう考えているか分からないから、こちらのカードを無闇矢鱈に切るわけにはいかないってことか。
「ちなみに斑目くん。この情報を知っているのは?」
「俺だけです。監査に出すのは明明後日です。」
「十分。この依頼は受けるよ。」
ありがとうございます、とお礼を言う千里さんは無表情であったが、らしくもなくひどく安堵しているように見えた。
それから、一度俺たちは事務所に戻って作戦を立てることになった。
と言っても、役所にバレないよう事務所を開き続けなければならないということを確認しただけだけど。それに関しては雪花さんがあっさりと請け負ってくれた。
何か、俺と2人行動になるのを避けたようにも感じたけど、考えすぎかな。
「じゃあ、明日からの君の行動についてだけど。」
「はい、何なりと!」
「君は志島さんとお話ししてきて。」
「うん?」
俺は首を傾げた。先生は何てことのない笑顔を浮かべたまま不思議そうに首を傾げた。いや、聞きたいのは俺なんだけどなぁ。
「お話って何を……?」
「そうだね。斑目くんの話をしてきたらどうかな。」
「何で千里さんの話?」
突拍子もない提案に俺は更に疑問を呈することになる。
確かに俺と志島さんの間にある話題は千里さんのことだけど、わざわざこのタイミングで何で?
あっ、もしかして俺が志島さんを引きつけている間に先生と千里さんが裏で動くってやつか。つまり、俺が重要な役割を担っているということか。
「でも、俺、嘘とかすぐに顔に出ますよ……?」
「別に無理に嘘をつく必要はないよ。君が思うように話せばいい。」
ええ、それって情報漏らす可能性めっちゃ高いと思うんだけど。でも、先生がそう言うってことは、なるようになれみたいな部分もあるんだろうな。諦めよう。
俺は自分の中で勝手に結論づけて納得した。
先生はにこにこしてるけど読まれてるんだろうなぁ。
翌日俺は早速役所に向かった。
表面上は先生や雪花さんがうまくスケジューリングして作ってくれた役所での用事をこなすだけの仕事だ。
とは言え、初日は志島さんと話すチャンスはなかった。
見ている限りだと、いつもと変わらず受付業務をこなしている。笑顔の人もいれば面倒そうな顔で来る人、泣いている人に、怒っている人。どんな人に対しても、志島さんは平等に接している。
ただ、その都度聞く姿勢や話すトーンは僅かに変わる。相手のことを慮っていることが分かる、きっと才能なんだろうなぁ。
彼が果たしている役目は大きいだろう、1人で何人分の働きを成しているのやら。
もし成仏したとしたらその穴は短時間では埋めようがないかもな。
ん、と俺はそこで眉を顰めた。
それと同時に視線の先の人物も俺の存在に気づいた。
「よく会うな、真紘くん!」
「こんにちは、加地さん。」
ふと、彼の手に収まるファイルが目に留まった。
そこで俺はおや、と疑問に思う。
「それって総務のじゃなくて受付とか相談課の人が使うファイルっすよね?」
「おっ、目敏いな! そ、俺は先日の事案を機に受付業務に戻ったってわけ! まぁ元々そっちの方が好きだったんだけど、何で内勤志望したかなぁ。」
ははは、と加地さんは軽く笑う。
昨日の話からすると、加地さんは何か事件とか面倒事に巻き込まれている雰囲気であったが、実際話すとそんな考えはどこかにいってしまう。
「正直、出戻り希望も通るとは思わなかったけど。やっぱり志島さん様々なんだよなぁ。」
「志島さん、そんなに偉いんですか?」
「まー、詳しくは分かんないけどさ。俺みたいなの、結構面倒見てるみたいよ? しかも、その後の働きによってはポイント減点も軽減されるから、噂では神官の仮の姿なんじゃないかって言われてるぜ?」
千里さんが調べたことを踏まえれば、志島さんがポイントの減点を敢えて自分に回している可能性が濃厚だろう。
神官である、そんなことはあり得るのだろうか。
「でも、そんな噂が立つってことは、長らくいるんすね。」
「そうだなぁ。役所の人間も入れ替わり立ち替わりだから、詳しくは分からないけどだいぶいると思うな。」
そう言う加地さんは過去のことを思い出しているのか、どこか懐かしそうな、寂しそうな表情をしながら応対をする志島さんを見つめながら言う。
「だから、いつ成仏してもおかしくない。そんなことは覚悟してるから、抜けた穴は埋められるように努力はしてるんだけどな。」
そのためには俺も働かないとな! と笑うと、加地さんは俺の肩を叩いてそのまま業務に戻ってしまった。
それぞれ思うところはあるんだな。
手続きが終わり呼び出す声がしたため、俺は席を立った。
次の日。この日は用事を作らなくても用件があった。
俺は今までの実績が認められて、他事務所の応援に行けるようになった。それを身分証に登録しにきた。
これに関しては本当に嬉しい。こっちの世界に来て早1ヶ月、何か自分の頑張りが認められた気がした。新社会人の初任給ってこんな気持ちなのかな。漫画で言ってた。
そして先生も同行していた。というのも、朝一で志島さんから電話があったのだ。
事務所の継続手続きと事務所代表者が受ける講義の期限が迫っているよ、と。
先生、珍しくうっかりしてたみたいで大慌てで書類をまとめていた。加えてちょうど今日講義が行われるそうだから、申し込みもしたらしい。志島さん様々である。
役所に来ると、慌てる先生を見に来た悪い顔の千里さんがいた。そのことをいつから知っていたのかと聞いたところ。
「前から知ってたよ。もし今日志島さんが言わなかったら前日に言おうと思ってた。あんなに慌てる東雲さんレアだし。」
だそうだ。悪い顔してた。鬼か。
ただ、千里さんが気づかずとも先生は前日に言えば対応できるだろうと考えていることに気づかされた。
何だかな、複雑な気分。
俺が手続きを終えた頃、先生からメッセージが来ていた。
『待たせてごめんね。良ければ昼食、一緒に食べない? 斑目くんも誘ったよ。』
行くに決まってる。
今の時間は事務所に戻っても雪花さんがいないし、急いで帰る理由はない。それに役所でこうやって待つのは苦じゃない。
何か、メッセージでお昼誘ってくる先生、すごく距離が縮んだ気がする。
この時の俺は気が緩みまくっていた。
だから、背後の気配に気づかなかった。
「やぁ、日笠くん。」
「うぉあっ!」
驚きすぎて、一瞬スマホが宙を舞う。
無事にキャッチできたけど心臓が忙しく動いている。いや、本当にびっくりした。
俺が振り向くと何時ぞやのように笑顔の志島さんが笑顔で立っていた。
まさかこんなところでエンカウントするとは、完全に油断していた俺は咄嗟に言葉が出なかった。
「いつもお疲れ様。もう手続きは終わったよね?」
「はい。さっき先生から連絡が来て、講習がもう少ししたら終わるから昼食を一緒に摂らないかって。」
「そうか。彼も珍しいよね、手続きを忘れるなんて。」
「志島さんが連絡しなかったら、前日に千里さんから連絡貰ってもっとバタバタすることになったと思います。」
「彼も相変わらずだね。」
志島さんが仕方なさそうに笑う。
良かった、自然に話せている。
俺が内心で安堵していた時だった。
これに関しては、経験の差としか言いようがないだろう。志島さんが急に切り込んできたのは。
「さて、時間があるってことだから単刀直入に聞こうか。斑目くんと東雲くんは何を調べているのかな。」
俺はその問いかけに露骨に固まってしまった。馬路の時にあった演技力はどこに行ってしまったんだ。知人だとすぐ気が抜けてしまう。
たぶん、顔に出てしまったんだろう。それを見た志島さんは何故か困ったように笑う。
「……斑目くんはサボっているんだ。私が少しくらいサボってもいいだろう。付き合ってもらえるね?」
「……はい。」
先生がいたら用心しろと怒るだろう。
でも、やはり俺には志島さんに何か悪い意図があるとは思えなかった。
志島さんはコーヒーと茶を買うと、そのまま俺を屋上に連れて行った。
志島さんが連れてきてくれた屋上に立ち入れるのは一部の職員だけで、滅多に人は来ないそうだ。眼下には別棟の屋上庭園が見える。
地面は雲のように白、屋上は地面が敷き詰められているため、もはや天と地の位置が逆転しているようだ。
んん、シュール。
「ここは……。」
「職員が趣味で畑をする時に使われる程度の少し狭い屋上だ。私は結構気に入っているよ。」
言われてみるとプランターに植えられた野菜や花が並べられている。
何かほっこりするな。
「いいっすね。俺もこっそり事務所のベランダに作ろうかな。」
「家じゃないんだね。」
「俺、そういうの長続きしないタイプなんで。」
先生は仕事で忘れそうだけど、雪花さんなら俺が放棄しても面倒を見てくれる気がする。まぁ、そもそも無理であることが分かっているんだから買う気はないけど。
志島さんも想像がついたのか、笑っていた。
和やかな時間はそう長くは続かない。志島さんはそのまま間髪入れずに問いかけてきた。
「さて、先程の話だが、答えてもらえるかな。斑目くんと東雲くんが調べている内容に関して。」
志島さんのまっすぐな視線に俺は口を閉ざし続けることができなかった。先生、こうなることは目に見えていただろうに。
もう潔く言おう。何かあっても最悪、1対1なら力づくでどうにかなるはず。
俺は物騒な考えを頭の隅に置きつつ口を開いた。
「……千里さんが、志島さんのポイントの変動がおかしいって言ってました。その原因として、加地さんのポイント減点を身代わりしたんじゃないかって。……加地さんだけじゃなく他の人の分も。」
「……。」
志島さんは俺の言葉に目を丸くした。指摘されると思っていなかったのだろうか。
俺は矢継ぎ早に続ける。
「前から志島さんは長くいるって聞いてましたけど、1年もいれば成仏する人が多いそうですね。しかも、時間が経てば経つほど、成仏に必要なポイントは減るって聞きました。」
「……意外とみんな指摘はしてこなかったんだけどね。まさか君に指摘されるとは。」
確かに。
故人にとってこの世界は人生の延長戦のようなもの。穏やかに時間を過ごすことが殆どで、他者の生死に対しても、現実世界よりどこか関心は薄い。
以前先生も言っていた、【半生人】に関わる業務はポイントが沢山貰えるが、故人のことに関してはポイントも貰えず、成仏の時は見送りもなくそっと消えてしまう。
志島さんの表情を注意深く見つめる。
攻め時を間違ってはいけない。
彼はきっと悪いことをしていない。だって、出会った時から彼は優しかったし、何かを偽っているようには見えなかった。
こればかりは自分の勘を信じたい。
「……ここにどのくらいいるんすか?」
「そうだね、もう2年近くは経っただろう。あの頃共にいた人々は誰もいない。」
こんな見知らぬ場所で2年。
声には出さなかったが、俺には信じられなかった。自分が【半生人】故だろうが、そんなに決着を長引かせたくはないかなと思ってしまう。
「ずっと役所の職員なんすか?」
「ああ、私はこちらに来てすぐ役所の試験を受け、それから受付相談や記憶の世界への扉の管理一筋だった。機械は疎くてねぇ。」
ああ、千里さんが言ってた、それ。
今まで2人の関係を垣間見た気がした。
志島さんはどこかを一瞥すると壁に寄りかかりながらポツポツと話し始めた。
「……少し、昔話に付き合ってくれるかな。」
俺は小さく首を縦に振った。
【おまけ話】
役所まわりは結構飲食店があります。住宅も多いです。警察本庁など主要な機関が並んでいます。
東区は自然や大規模商業施設、遊び場が多く、西区は昔ながらのお店や住宅地です。南区は高級店があるセレブな街です。北区は自然区域が多く一次産業も盛んで、他にも保護施設もあります。




