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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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33/92

33.豊橋芳司①※

 具体的な描写はありませんが、一応不快な表現があります。苦手な方は前半を飛ばしていただけると幸いです。

 最後の方は物語全体に関わる内容があります。

 依頼人の名は豊橋芳司(とよはしほうじ)、25歳。

 茶髪にゆるっとパーマかけており、目元にかかっているためか、陰鬱な雰囲気を醸し出している。

 彼は【半生人】である。生前の罪は数度の盗難や強盗、ひき逃げ、最も重罪なものだと強盗傷害罪だそうだ。

 だが、凶悪な人間かというとそういうわけではなく、むしろネガティブで小心者、年下の俺にさえビビり散らしている。


 何かイメージと違った。


 はじめは南条さんが話を聞いていたが、ヒィとかふぇとか日本語を話さないから、とりあえず初見の俺は一歩下がって聞くことになった。

 それでもあひぃとか言っていた。南条さんは前に何度か顔を合わせたことがあるって言ってたけど本当か?


「えっと……。豊橋さん。」

「僕に話しかけないで! 君みたいな真っ当な子が僕みたいな人間に接するなんて末代までの恥だよ!」


 会話にならない。俺が振り向くと、椅子に寄りかかりながら南条さんが話し始めた。


「じゃあ俺が話すぜ。お前、一時期は刺青がもう少し小さかっただろう。何でそうなったんだ?」

「それは……、その。」



 豊橋さんは死の直前の記憶だけなかった。

 すなわち病死だ。


 彼は幼い頃から気弱でネガティヴだったそうだ。

 何かとカースト上位とやらについて回ることでいじめの対象になることは避けることができていた。だが、そのついて回った奴がたちの悪い人間だった。

 彼は他人が傷つくところを見て馬鹿にするような人間であり、学生時代から自分本位で犯罪を犯罪と思っていないような異常さがあった。


 だから、万引きや痴漢行為をしてはいけないこと、と認識していなかった。

 当然、昔から悪い意味で付き合いのあった豊橋さんは断れなかったし、声をあげることも、注意するなんてもっての外だった。むしろ、呼び出されていいように使われていた。万引きしたものを貰ったり、証拠を見せつけられたり。


 次第に彼の行為はエスカレートしていった。

 類は友を呼ぶ、似たような倫理観の人間が集まり犯罪に手を染めていく。学生で非力だった彼らは成長して職や金を得て、知恵を得て、権力や人脈を利用する。

 例えば有名なものだとオレオレ詐欺。

 豊橋さんは断れなかった。普通に働く一方で犯罪の片棒を担いでいた。


 そして、運命の日がやってきたそうだ。


 豊橋さんは彼に呼び出された。

 物々しい雰囲気、決して逃げることは許されないというような。彼らはそのまま犯罪の計画を話し出した。

 とある郊外の閑静な住宅街、ベンチャー企業の副社長宅だそうだ。辺りは比較的暗く、下手な高級住宅街と違い、防犯意識もやや低い。

 監視のない逃走経路、目に止まりにくい車の待機場所、侵入して漁るべき家の中の情報。

 強盗グループの中には、エリートと呼ばれるであろう企業の営業もいた。何でこんなくだらないことに。だけど、彼のように異常に人付き合いが上手い人間はいる、潜り込むことも脅すことも。


『お前は無理をしなくていい。車で待っていてくれるだけでいいから。約束だぞ。』


 無理をしなくていい、そう思うならこんな事件に巻き込まないでくれ。それを声に出せたならこんな所に自分はいなかっただろう。

 豊橋さんは頷くことしかできなかったそうだ。


 事件は計画通りに行われた。

 豊橋さんは約束通り、車で運転手として待っていた。

 落ち着かず時計をチラチラ見ながら過ごしていた。早く帰ってきてくれ、この空気から解放されたい。


 そんなことを考えながら待っていると運転席の窓が叩かれた。待っていた人物でなく、警察官。

 ここで豊橋さんは頭が真っ白になってしまったそうだ。警察官の制止を振り切って、エンジンをかけ、発進した。その時にぶつかった感覚は今でも嫌というほどに残っていた。


 この事件をきっかけに豊橋さん達は逮捕された。警察は賢く、すぐ様似たような車を手配し、実行犯達を待った上で一網打尽にしたそうだ。

 豊橋さんが乗っていた車は偽造ナンバー。余計な罪も増えた上で、検問であえなく逮捕された。


 豊橋さんは無罪を訴えた。

 自分は脅されただけ、仕方なくやった。警察官を轢いてしまったのも驚いてしまったからだと。

 しかし、取調官が自分に告げたのは考えてもみなかったことだった。共犯者達は異口同音に自分が計画犯だと唱えていると。豊橋さんだけ安全な所にいて、いざという時には逃げられるように手配していたと。


 もちろん実刑が下った。

 豊橋さんは絶望した。誰も話を聞いてくれないと。

 弁護士だって無罪ではなく軽減しかできないと言っていた。誰も味方はいない。

 そうだ、自分は狂っている。だから、誰も助けてくれないんだ。


 そんな暗い記憶が豊橋さんの最後の記憶であった。




「だが、黄泉の国に来てからお前は罪を償うために頑張ってたじゃないか。何でまた暴力行為を……。」


 豊橋さんはこちらの世界に来てからかわたれ事務所の支援を受けながら、時折外出してボランティアなどに勤しんでいた。

 保護施設の中でも、同じような傾向の人達と交流し、時に管理官とも言葉を交わしていた。

 生前には考えられなかった穏やかな日々だったそうだ。


「南条さんの仰る通り……。全ては『パンドラの鍵』が発現したせいなんです。」


 確かに鍵が発現した人は良くも悪くも感情が揺れる。

 彼の場合はどうなったんだろう、俺は首をかしげた。


「僕はこんな前科者です。はじめから甦る気はありませんでした。いえ、考えないようにしてました。」

「……だろうとは思っていたが。」


 今までの豊橋さんの様子を思い浮かべたのか、南条さんは難しい顔をしたまま頷いた。


「ですが、よく一緒に過ごす人が鍵を発現させた僕に言ったんです。『良かったじゃねぇか、生き返れるぞ。』って。その言葉を聞いたら目の前が真っ白になって気づいたらその人と、周りの人たちを殴りつけていました。」


 その行為が罪と判断されたのだろう。刺青もその時に広がったそうだ。

 震える豊橋さんは俺の方を一瞥し、自虐的に笑う。


「君みたいな罪を犯したことのない人には分からないだろうね。君と違って僕には甦りの先には絶望しかないんだ。僕にとっては、生きる方が地獄、そんな所に戻れるなんて言われて喜べるわけないだろう!」


 俺が何か言ったわけでもないのに、急に怒り出した。

 しかし、南条さんが素早く彼の方を掴み座らせた。恐らくかなり強い力だったのだろう、豊橋さんは顔を歪めた。


「落ち着いてくれ、豊橋さん。コイツは何も言ってないし、安易に生き返れ、とも思ってねーよ。」

「そ……そう、すみません。」


 豊橋さんはしおしおと座り込んだ。

 何か波が激しい人だな、本当に。


 だからこそ、俺は何も言えなかった。予備知識さえ無い俺が下手に口を出したって場が良くなるようには思えなかった。

 というか、南条さんをはじめ、みんな俺を買い被り過ぎだ。そこらへんの高校生だぞ、俺。


「でも、俺どうしたらいいか分からないんです!

 こんなことを繰り返していたら、甦りしなくたって地獄行きになってしまいます! 俺、これ以上苦しい思いをしたくないんです! どうすればいいんですか!」


「……それに関しては、専門の奴呼んだから。目一杯一緒に相談しよう。」


 南条さんの落ち着いた言葉が響くと同時、扉からノックが聞こえた。

 可哀想なくらい飛び跳ね、豊橋さんは勢いよく椅子にお尻をぶつけた。




 後ろを振り向くと、「失礼します。」という聞き覚えのある声とともに先生と雪花さんが入ってきた。

 先生は穏やかであった。いや、穏やかすぎる。


 だから、俺は驚いた。

 豊橋さんの、大きすぎる悲鳴に。


「何でその人がこんな所にいるんですか!」

「おいどうしたんだ!? コイツは知り合いの探偵で……。」

「そっちじゃないです!」


 豊橋さんが指を差しているのは雪花さんだった。

 先生は微動だにせず、南条さんは納得したような顔をしていた。

 どうして、俺だけが理由を知らない。


 俺は咄嗟に雪花さんを背に庇って尋ねた。


「その人……って、この人は救助員さんで、すごくかっこよくて、頼りになる先輩ですよ?」

「そんなわけあるか! その女は犯罪者ですよ!」


 耳を疑った。


 は? 雪花さんが犯罪者?

 そんなわけない。彼女は確かに仕事には厳しいけど、不器用なりに優しくて、綺麗で、憧れの先輩だ。

 でも、あの時と同じ。照れ屋な彼女が見せた本音を語る時と同様の裾を引く動きを感じた。

 俺は振り向けなかった。雪花さんの顔を見るのが怖かった。


「日笠、いいから。」


 背後で雪花さんが振り返ったのが分かった。

 それに追い討ちをかけるように豊橋さんが叫んだ。


「何でお前が何てことのない、普通の人間みたいに生きてるんだよ! 『女版切り裂きジャック』って言われていた癖に! 日陰者が何で!」


 興奮する豊橋さんを南条さんが抑えた。

 その隙に雪花さんは何も言わずに、先生の横を抜けて走り去ってしまった。


「雪花さん!」


 俺は咄嗟に追いかけようとしたが、先生に肩を抑えられた。

 追うなと、今までにない力で止められたのだ。

 何でと聞こうとしたが、先生の表情を見て何も言えなくなった。確実に怒ってる。見えないように繕ってるけど、それなりに俺は感じることができた。


「豊橋さん、失礼しました。貴方のお気持ちを少しでも理解したく思い、彼女に話を聞いていたんです。」

「それならここに連れてくる必要なんて……。」

「そうですね、配慮が不足していました。」


 豊橋さんは俯きながらブツブツと何かを言っているが、先生の柔らかい物腰に何も言い返せなかったらしい、そのまま南条さんに促されるがままに自分の椅子に座り込んだ。

 南条さんが座っていた椅子に先生もゆっくりと座る。キッチリと着ていたタイを緩めつつ、上着を背もたれにかけた。



「さて、お話ししましょうか。」



 ああ、もう間も無くこの事案は解決する。

 その間に俺は考えなければならない。

 雪花さんへかける言葉を。

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