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32.かわたれより男来たる

【罪人】システムは22話をご参照ください。

 今日はこの事務所に来て初めての案件に向き合う。

 それは【罪人】の事案である。


 【罪人】というと、馬路の事案を思い出す。

 たぶんああいうチンピラから一切理解のできないような人物まで、ピンからキリまでなんだろうけど少しだけ萎縮してしまうな。

 雪花さんは心配なのか複雑そうな反応だったけど、先生は大丈夫だと太鼓判を押してくれたから、大丈夫だと自信を持ちたい。




 俺は役所での報告書提出やら業務を済ませていた。

 受付の人は書類を纏め切ると笑顔を俺に向けた。天の輪っかは相変わらず、俺の目の前をふわふわ浮いている。


「日笠くんも慣れてきましたね。君が来れば黄昏探偵事務所だなって分かりますし。」

「本当っすか?」

「うん。この前の藤堂さん、だっけ? あの時の活躍も保護施設の人が話してくれていましたよ。」


 真正面から褒められると照れる。

 何か褒め言葉って幾ら貰っても慣れないし、嬉しいなって気持ちは膨らみっぱなしだ。


 受付で話していると、何やら別の窓口で声が聞こえた。賑やかだな、何だろう?

 顔を出してみると、そこには見覚えのある体躯のいい人物がいた。


「そりゃ困るぜ! はじめは送迎に1人付き添いがあればいいって言ってたじゃねぇか!」

「ですから、精神状態の悪化を認めるんです。特に『パンドラの鍵』を持っているんですから。」

「だが、今日のうち解決させないと……。」


 思わぬところで振り向いたものだから、目が合ってしまった。


 あの人かわたれ事務所のいぶし銀さんだ。

 かつて雪花さんの付き添いで救助の見学に行った時の、スムーズに終わった方だ。

 なぜかいぶし銀さんは俺を見つけると、にぱ、と人懐っこい笑みを見せてぶんぶん手を振ってきた。後ろを見たが、誰もいない。俺かと自分のことを指差すと頷かれた。


 俺は受付の人に書き終わった書類を渡して、いぶし銀さんに近づいた。


「えーっと、日笠だっけ? コイツが一緒ならいいか?」

「いや、彼は知りませんって顔してますけど。」

「あっ、そうだ名乗ってないな。」


 あん時はバタバタしたからなぁ、と軽い口調で語る。

 近づいて改めて見てみると、決して細くはないであろう俺より縦も横も一回り大きい。

 そんなことを考えながら彼を見つめていると急に顔が近づいてきて、情けない声を漏らしてしまった。


「改めて、俺は南条秀水(なんじょうしゅうすい)。かわたれ事務所の探偵。そんでもって、午後から黄昏探偵事務所にある依頼をした人間だ。よろしくな!」


 白い歯が眩しい、色黒ゆえに余計光って見えて、つい目を細めてしまった。





 結局のところ、南条さんの目的は達成されず受付から退くように怒られてしまった。とばっちりもいいところである。

 俺たちはフロアの空いたベンチにかけながら茶を飲みはじめた。南条さんは大きな身体を縮こめてため息をついた。


「悪いなぁ、巻き込んで。」

「別にいいですけど。でも、何の手続きで揉めてたんですか?」

「ああ……。実は午後、黄昏に頼んでた依頼のことなんだけどな。」

「あなたが依頼したんすね。」


 おや? 先生からは午後の仕事は【罪人】の事案だと聞いている。つまりこの人は服の下にあの禍々しい刺青を刻んでいるということか?

 俺は不躾にもしげしげと彼の身体を見てしまう。


「……日笠、勘違いしてるようだが、俺は【罪人】じゃない。」

「そっすよね。良かった。」


 この人が【罪人】ならひっくり返るどころじゃ済まないだろうよ。

 俺が露骨に安堵していると、南条さんは呆れたように笑った。


「ちょうど今、その【罪人】を迎えにきたところなんだが、昨日パニックを起こしたみたいでな。」

「パニック?」

「ああ。」


 南条さん曰く、その依頼人は【半生人】かつ【罪人】であるそうで、昨日『パンドラの鍵』が出た。この場合、実刑を伴う罪を犯していない人と同様、甦りが可能なのであるが、そのタイミングが問題らしい。

 依頼人と同条件の人間は大概、執行猶予中か勾留中なのだ。それを知った人間は甦りを嫌がったり、躊躇ったりすることが少なくはないそうだ。

 まぁ、なんてことのないように生き返る図太い人間もいるようだが。


「ただ、今回の依頼人は罪状の割にメンタルが弱くてな。」

「へぇ……?」


 地区のとある箇所には【罪人】しか住めない寮があるらしく、神様との対面後、役所で異常な発言をしたり、違法行為をした人間が入れられる。

 あとは、生前に重罪をした人間が刺青を他人に見られたくないだとか一般人と同じ所に住みたくない場合もここに住まわされるそうだ。

 他にも馬路のように後から【罪人】になり、危険または保護が必要と判断された場合も同様だ。


 今回の依頼人は自ら志願して入寮した。

 入寮している場合、外出時には付き添いが必ず必要で警察や探偵であれば1人、一般人であれば2人以上が普通らしい。


 しかし、今回の依頼人は何が理由かは分からないが、パニックに陥っておりそれどころではないようだ。


「黄昏探偵事務所に連れて行くのを機に少し外の空気を吸わせてやれればって思ったんだけどな。俺、元格闘家だし、最悪ワンパンで沈められるし。」


 この人、とても爽やかにえげつないことを言った。耳を疑ってしまった。


「でも、何でわざわざうちの事務所に協力要請したんすか? かわたれ事務所って結構規模が大きいんすよね?」

「ああ。だが、前科者への対応に慣れた奴は多くない。そういう意味では東雲に頼むのが1番だ。アイツの手練は同じ事務所にいた時からよく知ってる。」


 なるほど、先生は元警察官。取り調べや説得のスキルはそれなりにあるだろう。それより。


「同じ事務所にいたんですか?」

「おう、そうだぜ。お前が来る1ヶ月前くらいに転籍したんだ。」


 へー、じゃあ俺が知らない先生や雪花さん、それにかつての所員のことも知っているんだな。

 南条さんも【半生人】みたいだけど、どれくらいの期間いるんだろう。

 疑問はむくむくと湧いてくる。


「黄昏探偵事務所も今は人数が少ないからこういう事案はあんまりとらないしな。あとは単純にお前と話してみたかった。」

「俺とですか?」

「ああ。探偵の界隈では噂になってるぜ。運動スキルの半端ないガキが東雲のとこに入ったって。活躍してるらしいじゃないか。」

「そんなにしてないっすよ!」


 俺が首を横に振ると、謙遜するなと背中を叩かれる。

 さすが力を持て余しているせいか加減をよく知っている。音は凄いが全く痛くない。


「役所の顔、志島さんが目にかけてるって話だし、あの偏屈な斑目と親しくしてるってんだから尚更注目を浴びるさ。いろんな人間に話しかけられるだろ? 思ってるより有名だからな、お前。」

「知らなかった……。」


 この世界でそもそも若いせいか注目は浴びやすいなとは思っていた。

 だが、そんなふうに言われているとは知らなかった。


「生前だったら、ぜひ格闘技の弟子に迎えたかったぜ。」

「あ、それは遠慮願います。」


 痛いの嫌いだし。

 それを聞いた南條さんは愉快そうに大口を開けて笑った。そして、南條さんは思わぬ人の名を口にしたのだ。



「そのストレートな感じ、晴間と似てるな!」



 晴間さん、思わぬ名前が飛び出てきて俺は固まった。そっか、事務所にいたってことは南条さんも晴間さんのことを知っているのか。


「南条さん、その晴「お、電話だ。」


 俺が聞き返そうとした時、タイミング悪く南条さんのスマホが鳴った。

 どうやら先生からだったらしく、南条さんの声はワントーン下がった。


 数分話し終えると、何かを了解したように頷きながら南条さんはこちらに振り返った。


「さて、話の途中で悪いが、早速依頼人の所へ行く。」

「え、あんだけ門前払いされたのに会えるんですか?」

「拒否されたのは外出だ。寮の面会室であれば問題ねぇさ。幸いこっちは2人いるしよ。保護者の了承も得た。さて、どうする?」


 選択を促してくるもののどこか挑戦的な物言いだ。

 ただ、俺はそれで怯むほど気弱ではない。


「もちろん行きますよ。一気に大勢で行っても難しいでしょうし、子どもがいた方が楽な部分もあるんでしょ?」

「……いいねぇ。」


 南条さん、ただのいい人ではないな。

 俺はその挑発をそのままそっくりお返ししつつ応えた。



 そして、俺は依頼人と対面した。

 半袖を着用する彼の腕には、あの時見た忌々しい身体を蝕むような蔦の刺青が濃く刻まれていた。

【登場人物】


南条秀水(なんじょうしゅうすい)

38歳、格闘家(かわたれ事務所所属の探偵)、187cm

性格:豪胆、臨機応変、せっかち

金髪をロングヘアにして縛っている。年齢より少し老け顔。面倒見が良く、元より格闘家になったのも誰かに勇気を与えるためであったため、以前は黄昏事務所に勤めていたが、ある出来事を経てかわたれ事務所へ移籍した。競技練習や同じ練習場に通っていた選手のことが思い出せず、死因はなんとなく察している。

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