30.藤堂勇士②
ここから重要な話が続きます。
まとめて更新したい部分もあるので、1〜2日おきの更新になるかもしれません。よろしくお願いします。
俺たちは職員さんの送迎で、件のプールに来ていた。
管理人さんには手土産1つ、役所の助けで使用料を払った。疎らではあるが、まだ人もおり、子ども達も結構いる。どうやら、保護施設の方から遊びに来ている子らもいるみたいだ。
舞台は最深部4mのプール。なだらかに深くなっているようで浅瀬を想定した救助もできそうだ。
流れるプールのすぐ横にあり、水量も流れるプールと一緒に調整しているためか水流もある。近くにはタンクみたいなのもあるな。
普段は監視員や救助用ロボットがいるそうだが、今日は俺たちの都合もあり、ロボットはお休みだ。ぜひ現代にもそのロボットは使っていくべきだと思う。
さて、来たはいいが少し問題があった。それは助けられる役の人をどうするか、という問題だった。
雪花さんは断固拒否だった。代わりに救助員の補助をすることになった。まぁ、ある種のプロだし。実際の救助も単独でやることはないだろうし。
次に先生。
「じゃあ僕が溺れる役やりますね。」
「お願いします!」
藤堂さんは浅瀬での救助に必要な装備を構えて礼をした。ウェットスーツにシュノーケルを着用している。
早速、先生は浅瀬に入った。
だけど、一向に溺れる気配はない。俺と雪花さん、藤堂さんと職員さんは顔をそれぞれ見合わせた。見兼ねた雪花さんが口を開いた。
「ちょっと、アンタ何してんの。」
振り向いた先生はどこか顔色が悪いように見えた。
もしかして泳げないとか?
「大丈夫っすか?」
「うん……。駄目かも。」
「泳げないなら言ってくれれば「溺れられないんだ。」
ん、何て言った?
つまりは、咄嗟に助かる方法をとってしまうらしい。さすが警察と言うべきか、着衣遊泳もめちゃくちゃ上手いし、何なら立ち泳ぎまで余裕そうだった。恐ろしい。
一方で浅瀬で溺れたフリだとか、あえて沈むだとかができないそうだ。
頭ではわかってるんだけどなぁ、とぼやいていた。
そして、俺に白羽の矢が立った。
浅瀬での溺れるフリなら任せとけ! 足がついているにも関わらずパニックになればいいだけだからな。
「おし、じゃあ藤堂さん行きますよ!」
「お願いします!」
俺は浅瀬に飛び込んだ。
確か、こういう時は、暴れない、無闇矢鱈に叫ばない、という対策が正しいはずだから暴れて叫べばいいはずだ。
「たっ、助け……!」
「今助けるぞ、まずは落ち着いて背浮きをするんだ!」
俺は無視して溺れ続ける。たぶん、素人はそんなことを言われても落ち着けないだろう。足はついているんだけどな。
藤堂さんはすぐさま救助用の浮き輪を投げた。俺はそれを掴み、浮いてみせた。
この施行は成功。俺は無事、救助された。
俺は救助されながらも。本当にこんな大根役者でいいのかなと不安になった。チラッと藤堂さんを見てみたが明らかに安堵の表情を浮かべていた。
そんな表情もすぐに消え、はじめと同じような明るい彼が戻ってきた。
「日笠くん、もう何回かお願いしてもいいですか?」
「分かりました!」
練習は積み重ねと技術の定着が自信に繋がる。
どっかの偉い人はそんなことを言っていた気がする。
途中から熱が入りすぎて鬼気迫る演技をしていたら、通りすがりの子どもに指を差されたことだけは恥ずかしかったけど、藤堂さんは自信がついてきたのか満足げに頷いていた。
最後に深い場所での救助も行おうという話になった。
万が一があると危険であるため、先生も一応ダイバーとして飛び込めるよう準備をしているようで、着方や操作方法を習っているらしい。陸の方の補助は職員さんもしてくれるそうだ。
俺はというと、流石に着衣は危険と言われたので海パンとなり、流れるプールで流れていた。要は暇だった。
「お兄さん何してんの〜?」
「暇だから浮いてる。」
「そっかぁ。浮き輪ないのになんで浮けるの?」
「お兄さんペットボトル抱えてるから。」
「へー! ペットボトルで浮けるんだ!」
隣に浮き輪をつけた少年がいた。
俺は背浮きー溺れた時の基本であるーは、一応マスターしているが、先生達に試しにやってみたらどうかと言われた。思いの外浮くもんだから結構楽しい。
「もう夕方だけど帰らなくていいのか?」
「うん、この1周したら帰る。のんちゃんも怒ってるし。」
「のんちゃん?」
俺は少年が示した方に視線を向ける。
あれ、使用禁止の札貼ったのに。
俺たちが使っていたプールの方にこれまた浮き輪をつけた少年2人が入ってしまったようだ。まぁ、入るなって言われると入りたくなる年頃だよな。
プールサイドでだめだよ、とか、帰るよ、とか叫んでいる子がのんちゃんか。頭の上に輪っかが載っている。
「のんちゃん泳ぐの苦手なんだって。いっつもあの2人のんちゃん困らせてるんだよ。」
「ふーん。」
そろそろ俺たちが使う時間だし、万が一浮き輪離して溺れたらまずいもんな。
「じゃあ、俺が注意してくるから。残り泳いだら上がれよ。」
「はーい。」
俺はのんちゃんとやらに声をかけ、深い所で泳ぐ少年たちに近づいていく。
立ち泳ぎですいすい近づいていくと少年の1人はすぐ俺に気がついた。
「うわ、妖怪スイスイが来た!」
すげーネーミングセンス。いや、この際なんでもいいか。
「早く上がらねーと、その水鉄砲折っちゃうぞ!」
「できるもんならしてみろバーカ!」
2人は俺の顔面目掛けて水鉄砲を放ってきた。
俺は辛うじて避けるも、次いでばた足で放たれた水飛沫を顔面にかけられることになる。
ほー、そうくるならこっちも本気出す。
「いい度胸してんじゃねーか……。高校生の泳力舐めんなよ!」
俺はそれなりに泳ぎは速いと思う。
近くにいた方をさっくり捕まえた。
「うわ、捕まった!」
「ははは、妖怪だからな!」
かちり。
高笑いをしていた俺の耳に嫌な音が届く。
何だろう、視認した時にはもう遅い。
レジャープールにあるような人工波はご存知だろうか。ちなみに俺は行ったことないと思う。
ただ、宣言無しに不意に2mの波が襲いかかってくる、その恐怖はほとんどの人間が知らないんじゃないだろうか。
「日笠!」
次いで高い声が聞こえた時には俺達は波に飲まれていた。俺は咄嗟に近くにいた方の少年の腕を掴んだ。幸いすぐ近くに浮き輪があったから2人でそこにしがみついた。
「ぶはっ!」
「ぉ……ぇほ、」
「はー、浮き輪! 捕まれ!」
あたりを見回すと、のんちゃんは大人が抱きかかえて避難させられてるようだ。だけど、もう1人、俺が追いかけていた少年がいない。
顔だけ水に突っ込むと、バタバタと暴れながら浮上しようとしている姿が見えた。でも、だめだ。溺れた時に暴れるのは逆効果だ。
俺は顔を出すと、浮き輪にいた少年に声をかけた。
「友だちは俺が助けるから浮き輪に捕まってろ、いいな!」
少年は必死に頷いた。
俺は肺の空気を抜きながら再度沈む。正直、この深さを潜水するのは初めてだ。思いの外、スムーズにたどり着いた。何とか少年を抱え込んだ。
だが、ここからが問題だった。
苦しくてパニックになっているのだろう。暴れる彼を抱きながら浮上することができない。声をかけるにしたって水の中だし、肩を叩いたって気付きやしない。
あ、俺も息やばい。
今少年を離して浮上すれば間に合う。でも、そんなことをすれば少年が。
その時だった。
ウェットスーツのダイバーがやってきた。
たぶん、藤堂さんだ。
彼は俺の背中を叩いた。子どもを預けると俺は一気に浮上した。
顔を出した瞬間声は出なかった。
死ぬかと思った。
息を整えていると、いいポジションに浮き輪が投げ込まれた。どうやらプールの管理人さんも来てくれているようだ。
俺はそれを掴みながらあたりを見回す。遠目にはたぶん、この少年たちと同じ施設の子どもたち、職員さんに制止されている雪花さん、ウェットスーツを着てもう1人の少年を助けてくれたらしい先生が目に入った。
すぐに藤堂さん達も水面から顔を出した。良かった、少年も無事みたいだ。
プールサイドに上がると、鬼のような形相で職員さんを振り切った雪花さんが駆け寄ってきた。
「バカ! 何で助けに行ったの!」
「いや……身体がつい。」
そんなに怒らなくても、そう言おうとした時。
俺の胸に雪花さんが飛び込んできた。背中に回された腕が痛いほどに俺を締め付けている。しかも、泣いてる?
「日笠くん! 良かった、無事で……。」
「おあ、先生。」
手を強く握られた。離したくないと言わんばかりに。
先生は顔が濡れていたから確信は持てなかったが、少しだけ涙ぐんでいるように見えた。そこには怒りとか悲しみとか、後悔が混ざっているように見えて、俺は言葉を紡ぐことができなかった。
俺が戸惑っていると、背後から藤堂さんが声をかけてきた。
「日笠くん、咄嗟の対応素晴らしかったです。」
「あ、はい。すみません、むしろ手間かけちゃって。」
「手間ではなかったけど、2人目に関しては深追いしすぎ、かな。助けたい気持ちは立派だが、そこは装備もないし専門家でもないんだからやってはいけません!」
「はい……。」
「反省すれば、よし。」
水難事故では助けようとした側が二重に溺れてしまうことも少なくはない。確かにそのことを考えると俺の行動は浅はかだったな。
反省しながら、ふと顔を上げて藤堂さんを見ると依頼に来た時のどこか不安げな様子など一切感じなかった。
良かった、これで彼は安心して甦ることができそうなな。
「お2人もすみません。心配かけちゃって。」
「……別に無事ならいい。」
「あだっ。」
俺にデコピンとは思えない威力のデコピンを食らわすと、雪花さんは片付けると言ってどこかへ行ってしまった。
照れ隠しの威力じゃないんだけど! いったい。
「先生も、すみません。」
「ん、ああ。ちょっと僕たちも大袈裟すぎたね。ごめんね。」
「いえいえ。心配してもらえるのは嬉しいことなんで。でも、あんな血相変えて飛んでくるとは思わなかったです。雪花さんも職員さんが止めてなかったらプールに飛び込んでくる勢いでしたもんね。」
俺が笑って言うと、先生はどこか遠くを見つめながら呟いた。
「……うん、前は届かなかったからね。」
「え?」
何でもないよ、と先生は笑う。
なんて言ったか聞き取れなかった。
俺が首を傾げていると、先生はウェットスーツを脱ぎながら俺の肩を叩いた。
「さて、僕たちも片付けしようか。」
「はい。」
この時、俺は聞き返すことはなかった。
別に気にならなかったからだ。
だけど、俺は後々知ることになる。
この2人がなぜこんなにも俺が溺れかけたことを心配していたのか。
そして、その理由がこの国で滅多に起きうることのない事件に繋がるとは想像もしていなかったのだ。
【ケース報告書・追記分】
対象者:藤堂勇士(31)
詳細はケース報告書参照。
当事務所では甦り決定後のケアにおいて支援を行なった。
対象者は水難救助隊として務めており、甦り後の心的外傷を和らげるべく、模擬的な救助訓練を行なった。救助者は対象、支援者は霧崎、役所職員、東雲、救助者は日笠が担当した。場所は東区自然公園遊泳所。
訓練として①浅瀬での救助、②最深部4mプールでの救助、を実施。②実施前に、人工波を発生させる機器の誤作動があり、日笠と少年2人が巻き込まれる事案が発生したが、対象の適切な指示および救助により、負傷者は0名であった。
対象より、懸念事項が解消されたという旨の発言あり、その時点で訓練は終了となった。
以上、報告とする。
報告者:東雲標




