29.藤堂勇士①
ストックがないので10/6もおやすみです。もしくは夜中の更新になります。
引き続き、評価感想誤字報告お待ちしております。
「失礼します、東雲さん。」
「ようこそ、黄昏探偵事務所へ。」
久しぶりに聞いた決まり文句。
付き添いの役所職員とともにある男性が黄昏探偵事務所を訪れた。
あ、今日は志島さんや千里さんじゃないんだ。後から聞いた話だけど、あの2人が来る時は大概面倒な相手だとか身内だとか、人が足りない時だとか。本来は担当でないらしい。そういえばできる人たちだった。身近すぎて忘れる。
やって来たのは、それなりに肩幅や身長のある男性だった。俺よりも一回りでっかい感じだな。
頭の上の輪っかはない。そして、彼のフリーにしている手には見覚えのある『パンドラの鍵』と2日と1時間と書かれた残り時間が浮かんでいる。
でも、今までの人たちのように、落ち込んでいたり、パニックになっていたり、はたまた焦って帰ろうとしている様子は見られない。
先生も雪花さんも落ち着いているから、そんな珍しいタイプの人ではないのかな。
「お世話になっております。
「どうも初めまして! 俺は藤堂勇士です。甦り間近の【半生人】です! 今日はよろしくお願いします。」
「はい、話は伺っております。よろしくお願いします。」
「お茶で大丈夫ですか?」
「お構いなく。」
何か久しぶりに真っ当な人と会った気がする。
加えて久しぶりにお茶出し係だ。雪花さんからやっと免許皆伝貰ったのだ。成長しただろう?
俺はさっぱりめの菓子と合わせて2人の前に出した。
「ありがとう。」
「どういたしまして!」
何かこんな爽やかにお礼言われるのも久しぶりな気がする。この人が悪い人だったら俺、人間不信になる。
俺の心情を察しているらしい先生は苦笑いを浮かべつつ、話を切り出した。
「さて、今日の依頼は何でしょうか?」
茶を一口飲むと、藤堂さんは職員さんと視線を交えた。すると、口を開いたのは藤堂さん自身だった。
「単刀直入に申し上げます。俺の死因となったトラウマを解消してほしいんです。」
あ、やっぱりまともな人だ。
そんなことを思いながらも、彼の口から語られる話に耳を傾けた。
藤堂勇士、31歳。
救助隊の中に位置づけられる水難救助隊に所属していた。話を聞く限りでは、救助率も高く同僚にも頼られるような、そんな人物であったそうだ。
そして、性格。これに関しては俺の第一印象と違いない。真っ直ぐで、正義感の強い人。そんでもって朗らか、先生とは違うタイプの人当たりの良さだ。
さて、彼の黄泉の国に来た理由。
それは仕事中の水難事故。川の洪水にて溺れた中年男性を助けようとしたところ自身も巻き込まれて意識不明の重体であるようだ。彼はそれを思い出せず、何となく別の探偵事務所で雪花さんと同じように救助者として他人を助けていた。
そんな日々を数ヶ月過ごしていく中で、ついに『パンドラの鍵』が発現し、すぐに他の事例よろしく自身も過去の記憶の世界や現世窓を見てきたそうだ。
「その記憶の中で、俺は自分が溺れる姿を見てしまったんです。そしたら、他人の過去の記憶の世界にも、挙げ句の果てに今まで飛び込んできた水場にも飛び込む勇気がどこかへ消えてしまったんです。」
「……確かに、水に飛び込むのと、記憶の世界に飛び込む感覚は似てますもんね。」
言われてみれば、その感覚は俺にも心当たりがあった。玲夢ちゃんの時、漫然と記憶の世界に沈んでしまうような感覚を覚えたのだ。
「だから、甦る前に何とか克服を、って思ったんですけど。所属事務所に、記憶の世界の確認終わった後頼んだら無理だって言われたんですよ。それで、そういえばここの事務所ならどんな無茶振りでも対応してくれるって評判を思い出して来た次第です。」
なるほど。確かに断らないもんな。
俺はその話の中であることが気になって雪花さんに耳打ちした。
「甦ったらこの世界の記憶、忘れるんですよね。慌てて克服する必要あるんですか?」
「……黄泉の国でのトラウマは甦り後の無意識領域に残る可能性が示唆されている。だから、なるべく解決しておく方がいいって言われてる。逆に、それを失敗すると確実にトラウマとして残るとも言われてるけど。」
なんかその行為は諸刃の剣みたいだな。
ふーん、と俺が聞いていると、不意に藤堂さんと目が合う。
「それにしても、噂には聞いてますよ。若くて活きがいいのが助手になったって。」
「え、あ、俺っすか。」
「そ。前にいた、誰でしたっけ。ハレマみたいな人。」
「晴間くんですか?」
先生の口から初めて聞く人物の名前に、それだ! と藤堂さんは嬉しそうに手を叩く。
だけど、俺は見逃さなかった。
2人の顔が一瞬だけど、強ばったことを。
藤堂さんには気づけなかったらしく、再度俺に向き合い、朗らかに笑った。
「俺、あまり探偵業界の噂って明るくないんですけど、彼は有名でしたね。歳下だったけど、まさに正義のヒーローって感じで同じ消防士仲間! 俺も少し話したけど好青年って感じで、君は雰囲気が似てる。名前は?」
「日笠真紘です。もし話しにくかったら敬語でなくていいですよ、歳下ですし。」
「いやいや、同じ仕事をしている身、敬意を払わないと!」
うわ、この人、この上ない良識人だ。というかヒーローと似てるとか言われると少し恥ずかしい。
俺は眩しさのあまり目を細めてしまった。藤堂さんからは変な顔、と笑われた。
「最近噂聞かないから、俺たちの事務所では甦ったのかって話になってたけど、日笠くんがいるなら寂しくないですね。」
「そうですね。優秀ですし、彼を見ていると飽きないですよ。」
何だろう、ちょっとだけイジられた気がした。
にしても、今までの話を聞く限りだと、その晴間さんは【半生人】だったのだろうか。話の流れから察するにすでに甦りしたようだけど、何だかもやっとする。
チラリと雪花さんを見てみると、何故か睨み返された。
「何。」
「何でもないっす……。」
何だろう、いざこざでもあったのかな。
話を聞く限りいい人そうだけど、先生は今のところ話題を広げる気はなさそうだし、雪花さんも聞いてくれるなって感じだ。時間が合えば千里さんか志島さんにでも聞いてみよう。
「それで、肝心の依頼に関してですが。」
「そうでした! それで、また水に飛び込めるようにしたいんですけど、何かいいアイデアありますかね!」
「時間がないので、実力行使かなとは思いますが。場所があるかどうか……。」
「あ、いい所あるかもしれません。」
パソコンを触り出した先生とそちらを見つめていた藤堂さんと職員さんの視線がこちらを向いた。そこまで期待しないでほしいのだが。
「東区の方にある、自然公園の一角にプールがありますよね? 俺、そこの管理人さんと知り合いになったんで連絡してみましょうか?」
「アンタ、いつの間になったの?」
「実は……。」
雪花さんには呆れられそうな気がしたが。
先日、千里さんに公園に連れて行かれた時、アミューズメントやスポーツ施設を訪れており、その中で俺は水泳に行きたがった。
しかし、千里さんは泳げないらしく水にも入りたがらなかったため、暇潰しのためにプールに電子機器を持ち込もうとした。そして、怒られた。全く反省してなかった。
その後日、俺は改めて管理人さんに挨拶に行った所、なぜかいたく気に入られた。子どもに泳ぎ方教えただけなのに。そして、連絡先も交換したのだ。
「アイツ、相変わらず……。」
「君もなかなかの人脈だね。」
「いやいや、先生には及びませんよ!」
大体俺のネットワーク、ご近所のおじちゃんおばちゃんか、一部役所の人、施設で知り合った人など、特に規則性もない感じだ。
先生に頼まれて、依頼を送ってみると、夕方から夜にかけて。閉館準備をし始める時間から職員が帰るまでだったらいいとお許しを得た。ただ、まだ他の客が利用している時間だから気をつけて、とも。
確かあそこは足のつかないプールもあるし、流れるプール、海もどきもあったからちょうどいいだろう。
俺は礼を述べ、先生に親指を立てると、藤堂さんが歓喜の声をあげた。
すると、職員の人が腰を上げた。
「ならば、善は急げですね。早速東区へ行きましょう。」
「よろしくお願いします!」
「じゃあ、僕たちも準備しようか。」
「了解です!」
「分かった。」
この時はあまりにも場所の確保がうまく行きすぎたから、まだ想像していなかった。
藤堂さんが言うシチュエーション自体がそもそもこのメンバーではかなり難しいということに。
【おまけ話】
※地区外お泊まり初日
「先生、1つ気になったこと聞いていいっすか?」
「どうしたの?」
「この世界って髪とか髭とか伸びないっすよね? でも、千里さん、前にもっさりしてたんすけど何でですか?」
「基本的には髪を切っても意識を失った時や病気になった時の姿に1週間くらいで戻っちゃうんだよね。彼はこっちに来た時、そんな感じだったんだよ。」
「まぁ、薄いから気にならないかもですけど……。らしいっちゃらしいっすね。ちなみに1週間っていうのは先生自体が試したんですか?」
「いや、雪花さんが一度『救助の邪魔だから』って言って切ったんだけどどんなに切っても1週間で元通りだったんだよね。」
「へー! なら、試しに俺が坊主にしても、整形しても、ガチガチの刺青入れても、元に戻るんですよね。」
「あー……、うん。そうだけど。やめといた方がいいんじゃない?」
「え、似合わないっすか?」
「……君、ご近所の皆さんにその容姿で人気だからね。それにもんぺ、いや君推しの2人も落ち込むと思うよ。」
「モンペ? はんぺんですか?」
「……何でもないよ。」




