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黄昏探偵は振り返らせない  作者: ぼんばん


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28/92

28.門戸圭佑

「日笠、面貸しな。」

「えっ?」

「違った。顔貸しな。」

「どっちも一緒ですけど!?」


 しかも、親指立ててクイってやられてるんだけど。俺なんかしたかな。



 俺達が不在にしていた間、雪花さんはある仕事を受けていたそうだ。それが浮気調査。

 朝一の呼び出しはそれに由来するものらしい。良かった、締められるのかと思った。


 依頼人は門戸圭佑(もんどけいすけ)、38歳、仕事はトラック運転手。既に亡くなった方のようだ。

 生前は不規則な生活ながらも子宝にも恵まれ、娘2人と息子、そして愛すべき妻とともに幸せな日々を送っていた。

 死因はヘルペス脳炎というやつらしい。詳しくは知らない。

 こちらに来た時は愛すべき家族に会えないことを呪った。最期の挨拶はしたものの、まさかこんな風に黄泉の国で余生のような生活を送ることになるとは、と絶望した。

 そんな時に出会ったのが、『アリス』という女性らしい。最近は凝った名前が多いなぁ、なんて言ったら論点が違うと雪花さんに怒られた。

 彼はアリスさんに慰められているうちに惚れた。アリスさん自身も若いにも関わらず、脳の病気により亡くなったそうだ。お互いに苦しみを分かち合っていた、その内互いの気持ちが通じ合い、共に過ごしていくようになったらしい。


「そんなアリスさんが浮気?」

「そ。数週間前から何も言わずに家を出ることや帰りが遅くなることが増えて、先週はついに朝帰り。個人のスマホには履歴なし。だから、お手上げで相談に来たわけ。」

「ふーん。で、何で俺が必要なんすか?」

「私が調べた感じ、南区の高級ブティックをまわったり、繁華街のホテルに出入りしてるっぽい。そこに一緒に来てほしい。」

「おーう、大人の世界。」


 いわゆるラブホか。やべー、現実は知らないけどまさかこの世界で先に行くことになるとは思わなかった。


「で、そこで集めた証拠を持って離婚届をぶつけるわけっすね!」

「いや、この世界では無理だよ。」


 俺の言葉を否定したのは、先ほどまで黙ってデスクワークをしていた東雲先生だった。


「ここでは同居には居住区の申請のみが必要。この世界に婚姻届や離婚届は不要だ。正直人の流れが早いから手続きをしていると追いつかないっていうのが実情だろうね。」

「え、なら何で証拠を集めるんすか? お金……あ、違う。ポイントで慰謝料みたいなことできるんすか?」

「基本的にはできないよ。」

「じゃあ、何のための調査なんすか?」


 何も得るものはない。その女の人と付き合い続けたり会ったりすることが辛いなら出て行ってしまえばいいのでは。

 俺がそんなことを考えていると、雪花さんが目を細めてこちらを見ていた。


「アンタ、出て行っちゃえばとか思ってるんでしょ。」

「え、何で分かったんすか?」

「……最近何でアンタが斑目と仲良いか少し分かってきた気がする。」

「え?」

「嬉しそうな顔しないで。」

「いひゃい!」


 ぐい、と頬をつねられる。

 そんな俺たちを見守りながら先生が教えてくれた。


「簡単に言ってしまえば、ケリをつけるため。

 誰かの目の前で、離縁を告げることで関係に終わりをつける。その後、互いに尾を引かないように。」


 時々物で決着つけることもあるけど、と付け加えられた。

 なるほどな。この早い時間の流れで少しでも後悔がないように。そうするための、調査か。とても納得できた。


「分かりました! なら、俺行きます!」

「よろしくね。」


 ただし、俺の威勢がいいのはここまでだった。





 正直に言おう。俺は背伸びしました。

 高級ブティックをまわるなんて聞いたから、先生に服を借りたんだけど、服に着られてるってこんな感覚なんだなって思った。つーか、先生意外と肩幅あるんだな。

 TPOが大事、と言われたので先生に髪も整えてもらった。至れり尽くせり。


 で、約束の場所に行くと綺麗なお姉さんがいた。ヒラヒラしすぎてない、なんとかラインのスカートだ。あ、走りやすそうだけどお洒落な靴だ。

 もちろん、それは雪花さんなんだけど、とてもでないが隣に並んで歩ける気がしなかった。気後れする。


「真紘。」

「……はい。」

「ちょっと、不審な動きしないでよ。怪しまれる。」


 はー、パンチ力強い。

 いつも縛っている髪は下ろしており、普段はナチュラルメイク? ってやつの雪花さんが俺でさえ分かる程度にしっかり化粧をしている。目もキリってしてるのにケバくならないのは、やっぱり元の顔がいいんだろうな。


「今更なんですけど、先生じゃダメだったんですか?」

「東雲と並ぶと露骨に尾行ですって雰囲気になるんだよね。」

「あ〜。」


 確かに2人並ぶと熟練の探偵って感じだもんな。


「じゃあ、千里さんは?」


 俺は軽々しく聞いてしまったことを後悔した。

 なぜならその時の雪花さんは、まるで仇をとるような顔をしていたのだ。



「アイツと恋人とか死んでもありえない。……私、アイツの顔、大嫌いなの。」



 俺はその顔を見て呼吸が止まった。

 今まで見た中で最も恐ろしい顔だった。彼を通して何か忌々しいものを思い出しているようなーー。


「す、すみません……。」

「別にいいよ。それにアイツ、暫く忙しいって東雲に連絡してるの聞いたし。さ、行くよ。」

「あ、行くんすか。」


 普段通りのクールな表情になって俺は安堵する。何か、想像以上に2人の関係って後ろ暗いものなのかな。

 そんなことを考えていると、ぐいと腕を引かれる。思ったより細い腕が絡んできたもんでビビる。


「あと、敬語禁止。雪花って呼んで。」

「ひぇえ……無理。」

「初々しすぎ。」


 顔を覆う俺を雪花さんは愉快そうに見ている。腕をさらに絡めるのやめてほしい。




 ターゲット、アリスさんはイケメンと合流した。

 アリスさん自体は20代、合流した人も同じくらいでシュッとした醤油顔の人だ。どっちも頭に輪っかが載っている。

 2人が入ったのは高級ブティック、どうやら男性ものの服が売っているみたいだ。俺たちも倣って店に入った。店全部がキラキラして見える。

 2人のルートを真似て、てこてこ歩いてみる。適度に物色しながら見ているが、甦っても絶対行かないだろうなこんな店。

 ちらりと2人を見てみると、普通の付き合ってる男女よろしく何かベタベタしている。真似してみるか。

 俺は真剣に棚を見ているふりをしている雪花さんの後ろから商品棚を覗き込んだ。


「雪花、俺、どれが似合いそう?」

「……そうね、これとかこれ?」


 適当に何着か渡される。何このインナー、俺いっつもジャージとかTシャツとかしか着ないんだけど。手触りよ!

 白目を剥きそうになった俺に服を押し付けると、微笑んだ雪花さんは指を差す。


「私、あっちのジャケット見てくる。真紘は着てて。」

「ん、マッテル……。」


 ちょっとカタコトになってしまったけど許してください。


 俺が着替え終えると、ジャケットを渡された。雪花さん、何で俺のサイズ分かるんだろ。

 服の組み合わせ、俺は結構好きかな。ちらりと見てみると、向こうも一通りコーデが終わったみたい。着替えてたら撒かれるんじゃ。


「店員さん、このまま着て帰ります。会計お願いします。」

「え、支払いは私が……。」

「いいって。せっかく彼女が選んでくれたんだから支払いまでさせられないよ。」


 あー、さぶいぼ! 俺のキャラじゃない!

 店員さんが畏まりました、なんて言ってる。後から見たけど、結構ポイントが削られていてゾッとした。良かった、全然ポイント使ってなくて。

 会計をパッと済ませたおかげで、2人をすぐに追いかけることができた。


「ごめん、後で何か奢る。」

「別にいっすよ。あ、なら今度3人でご飯行きましょ。行ったことないし。」

「言葉。」

「おっと。」


 気を引き締めなければ。

 再び腕を組むと、俺たちはまた追いかけた。



 2人はそれからちょっとお高めのランチをして、そのまま夕方までお店を回った。

 後半になれば俺も観察する余裕が出てきた。その中で気になったのは、支払いを全部男性がしていることだった。見ている感じだと、男性の方がアリスさんにメロメロで、アリスさんに言葉巧みに誘導されている印象だった。

 俺は、とりあえずその支払いの様子を写真で撮った。何かの役に立つかもしれない。


 そして、ついに恐ろしい場所に来てしまった。

 もちろんそれはホテル。俺はシャッター音やフラッシュに気をつけながら写真を撮った。

 にしても、と外観をまじまじと見てしまう。


「……これが。」

「行くよ。」

「なっ、あぁ、うん。ここからはカップルである必要はないから目立たないように。アンタがはじめ着てたジャケット貸して。」

「はい。」


 俺はホテルを見ながら袋ごと渡す。

 何か背後でゴソゴソ音がしたと思ったら、いつの間にか暗めの色のパンツに着替え、ジャケットを羽織った姿になっていた。

 え、そこの影で着替えたの? 外だよなここ。

 そんなことをしている間に2人はホテルに入って行った。


「中に入ったね、暫く待つよ。」

「……雪花さん、1つ言っていいっすか。」

「何?」


 キョトン、と目を丸くして俺のことを見上げる。

 ああ、もうこの人も顔がいいな。でも、言わなきゃいけないことだから言わないとな。


「仕事の姿勢は尊敬してます。救助の仕事だって命懸けなのも知ってます。でも、こんな所で男気見せないでください。もう少し自分を大切にしてほしいです。

 俺、仮でも彼女にそんなことしてほしくないっす。」


 はい、殴られる。知ってる!

 俺はギュッと目を瞑った、が、いつまで経っても予想していた痛みは来ない。恐る恐る見てみると、雪花さんは驚いた顔で固まっていた。


「……殴らないんすか?」

「殴ってほしいの?」

「いえ、殴らないでください。」


 良かった、殴られなかった。

 俺が安心していると、何故か髪の毛をわしゃわしゃわしゃと撫でつけられた。


「え、何で!?」

「うるさい。日笠のくせに生意気。」


 アンタは後輩のままでいいんだよ、と言われた。

 まぁ気にすまい。俺は小さく返事をするに留めた。







「ふぁ〜。」

「眠そうだね。」

「流石に。」


 結局昨日は日付が変わる直前まで出てこなかった。

 俺は船を漕いでいたが、雪花さんが写真を撮ってくれた。

 俺たちが調べた浮気の結果は門戸さんとアリスさんに告げられることになった。

 というか、アリスさんがなかなかの悪い女の人だった。門戸さんは主に家の人、外には醤油顔さん以外にも似たような人がいたらしい。宝石買わせたりとか。

 加えて恐ろしいのが、彼女はポイントを殆ど使っていないため、頭の上の輪は色を変えていた。


 他人のために頑張っている人の成仏が遅れて、他人を利用した彼女は無事成仏ができる。何とも報われないな。


 ただ、彼女は門戸さんの家に転がり込んだ形だから、現在の家から引っ越さなければならない。それに、界隈の噂によると相手の男も数名そのことを察しているようで人は離れてしまいそうだ。

 だから、成仏までの期間を独りで過ごさなければならない。俺にとっては、それはかなり残酷な罰であるようにも感じた。


 門戸さんも落ち込んでいるーーかと思いきや、意外にもすっきりとした顔をしていた。


「いやー、今回は俺が馬鹿でした! やっぱり嫁たちに会えないからって別の女に走った罰ですね。家からも追い出せましたし、せっかくだから運送でもまたやっかな!」


 先生が言った通り、俺たちが集めた情報が決着をつけるきっかけになったようだ。

 決して明るいだけの事案ではなかったけど、本人がこれだけ前向きになれたならいいか。

 腑に落ちない部分もありながらも、どこか解放されたような軽やかな足取りで帰る彼を見て何も言うまいと、口元を緩めた。

10/4は更新お休みになります!

また明日よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] どこの世界でも悪女はいるもんだ。ポイントの譲渡はできなくても代金を奢ることはできるから、プラスにはできなくても自分のマイナスを減らして暮らすことはできるんだもんなぁ。『アリス』って名前が悪…
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