24.馬路透②※
未成年の飲酒は絶対にお止めください。
ちょっとだけ不快な表現があります。
馬路透。17歳。職業、高校生。
はっきり言おう、俺は馬路が苦手だと思った。
俺達は大通りのファミレスに入った。
昼時であるせいか、店内は賑わっており、客1組の他愛のない会話なんて気にされないだろう。
俺はそこで初めて自分が役所の手伝いをしていたことを明かした。
「げーっ、日笠役所の人間かよ、面倒くせーのに捕まった!」
「手続きサボったのが悪いんだろ。ほら、書類書くから。」
「それ書けば役所は行かなくて済むんだろ? ま、変な大人に見つかるよりはいっか……。」
聞けばコイツ、ポイントもすっからかんらしく、図々しくも初対面の俺に奢ってと宣ってきた。
渋々了承すると遠慮なく頼み出した。この野郎。
既に故人となっており、とりあえず書面は住所と職業の把握だけだから、そう時間はかからなかった。
しかし、俺には疑問があった。
「で、何で『パンドラの鍵』が出たのに役所に行かなかったんだ?」
「え、何そのナントカの鍵ってやつ?」
「……いやいや、はじめに黄泉の国に来た時説明されたよな?」
「はー? 何か説明長くてよく聞いてなかった。」
俺が言うのも何だけど、絶対コイツ馬鹿だ。そんでもって人としてやだ。
ここで俺が説明しても無駄になりそうだなぁ。説明しなくていいや。
俺が大人しくジュースを啜っていると、料理が届いた。馬路は届いたフォークで俺を指しながら、キメ顔で唐突に話し始めた。
もう失礼過ぎて注意する気も失せる。
「でもさ、絶対俺って神に愛された特別な人間だと思うんだよな!」
「……何でそう思ったんだよ?」
呆れてサラダ落とすところだった。
「まずは、死ぬ前の有名さが違う! 日笠も知ってると思うけど、大人気配信者! 間近で見られる馬路のマジチャレンジ、人を動かす力は一級品よ。」
「何そのチャレンジ?」
「知らねーの!?」
「うん。」
そもそも配信とか興味なかったからなぁ。周りにそういう友だちがいたらみるかもしれないけど、SNSとかもよく分かんねーし。
「小中学生とか、同世代の奴には人気だったんだぜ。みーんな俺が言った無茶振りに答えて命懸けてやんの。俺が死んだのだって、未成年はどれくらいのアルコールを摂取できるのかってやったら意識とんだんだぜ。」
「はぁ!?」
「絶対に俺の名前バズってるぜ?」
俺は頭を抱えた。そもそもバズったとしても、悪い意味でしかないだろう。先生同席してなくて良かった。
法律違反もそうだけど、なぜそういった行為を配信するのか。同年代でも理解し難い。
「だから、こっちの世界でもリーダーやってんだぜ。」
「あっそ。でも、リーダーやってるってことは他にも特別なことあんだろ?」
馬路は頷いた。
「周りの奴らは死んで天使の輪が頭にのってたんだけど、俺ははじめ載ってなかったんだ。だけど、数日前急に鍵が浮んだと思ったら、急に生前の記憶がわーっと流れてきて天使の輪が出てきたんだぜ!」
いや、それこっちの世界の普通だから。
危うく叫びそうになった言葉を飲み込んだ。でも、このまま大人しく聞いているのも気に食わないから少しだけ意地悪してやることにした。
「極めつけは、神様と話した、だろ?」
「え。何で知ってんだよ。」
図星か。俺は得意げに口角を上げた。
少しは悔しがるだろうかと思いきや、目の前の馬路の瞳が光った。
「もしかして、日笠も特別な奴なんだな!」
ああ〜、違う。そんなこと言いたいわけではなかった。俺は再び頭を抱えた。
馬路はにたりと笑うと、ペーパータオルにボールペンで何かを書き出した。目線をそこにやると、どうやら住所のようなものを記載していた。
「なら、いいや! こっちに滞在してる間、俺と連もうぜ。毎晩ここで会合してるから来いよ。役所の奴らには内緒な。」
「会合?」
「おう。これ持ってれば入れるから。じゃあ、ごちそーさん!」
住所を見てると、馬路はさっさと席を立った。
うわ、本当に全額奢りかよ。
「ーーってことがありまして。はい、書類です。」
「書類はちゃんともらったんだね。ありがとう。」
「これって賄賂になりません?」
「大丈夫だよ。」
俺は先生に合流して、役所に戻った瞬間話した。俺は内緒にすること了承してねーし!
「というか、言っちゃって良かったの? 抜け出せなくなるけど。」
「俺を見くびらないでください! いい人と悪い人の見分けくらいつきます! 同い年のあんなお調子者より、年代違くても先生みたいないい人との約束を守るに決まってるじゃないですか!」
そう、ホウレンソウ。雪花さんの教えを胸に。
ちなみに俺の横で先生が嬉しそうにしていることには気づかない。
「ただ、その会合の情報はファインプレーかもね。」
「え、そうなんすか?」
「うん。僕も気になる情報を聞いてね。」
先生は俺がストレスフルな時間を過ごしている間に、2人の元を訪れたそうだ。合計7人、もう折り返し地点だ。
「情報って何ですか?」
「最近未成年複数名のグループが連んで、夜な夜な高齢者や女性を襲っているらしい。暴力・暴行を行なったり、その様子を撮影したりするんだって。それを真似する人たちもいるせいで夜の治安は悪いって言われてるんだ。」
「もしかしてこのアンクレットが目印ですかね。」
良かった、感情的になって捨てなくて。
一応盗聴器とかあるんじゃないかと思ったけど、蛍光材を含むゴムっぽいやつだったから大丈夫だろう。
それを言ったら、先生は、探偵みたいになったねと笑っていた。
ここで俺はふとある考えが思いつく。
「先生、俺、行ってみてもいいっすか?」
「……僕は危険だと思う。遂行できる根拠は話せるかな?」
「正直、喧嘩は嫌いです。でも、逃げ足なら誰にも負けません。こっちの世界に来てからパルクールもやってるんですよ? それにね、先生。」
「俺は先生達の仕事、見てきたんすよ。」
先生は目を丸くした。
そして、ふっと微笑んだ。
「うん、信じてるよ。任せようかな。」
「はい!」
もし、俺と同年代の奴が悪いことをしようとしているならば止めなければならない。
俺は強く拳を握った。
俺はその日の夜、大人達が歓迎会を開く中、未成年だからという理由で不参加とした。
それにも関わらず、夜抜けるんだから笑ってしまう。
一部の協力者と、宴会参加中の先生のサポートのもと俺は仕事にあたっている。
俺は、先生から盗聴器を渡された。それとある秘密兵器。本当は警察と事務所責任者しか持てない道具らしいが、俺に預けてくれた。
たぶん、出番はないと思う。
「はい。」
ふぅ、と俺は大きく息を吐いた。
指定の場所に向かうと若い人が何人か彷徨いていた。
見張りみたいな人が俺の足を一瞥した後、顔もジロジロみられた。イヤホンとかしてなくて良かった。
なるべく所作は千里さんをイメージする。あの人は近づいてくる時、いやに静かだから。
グループの中心を見ると、馬路をはじめとして、少しやんちゃそうな奴らが集まっていた。男が多いが、何人か女の子もいた。
「お、キタキタ! みんな、コイツが日笠! 今日は旅行の思い出作りにきたからよろしくな。」
「よろしく。」
「よろしくー!」
「へー、結構いけてるじゃん。」
「ありがとう。」
俺はなるべく声を揺らさないように礼を言った。話すときはなるべく、先生の声音と表情を思い出して。
あ、でも女の子に顔をそらされたら失敗かな。
何やらこのグループの功績とかを話してくれる。
ただ、先生が聞いていた通り、集団暴力や窃盗を繰り返しており、動画を撮ってみんなで楽しんでいる。ちらりと見せてもらったけど、嫌悪する。
あとは根城がバレないように転々としている、などどうでもいい自慢話だ。
危うく心の千里さんが出てくるところだった。言葉のパンチかましそうになって、心の雪花さんがメンチ切って止めてくれてる。ありがとうございます。
程よいところで俺は話題を出してみる。
「で、単刀直入に聞くけど、俺の思い出作り、どんな感じで活躍させてくれる?」
「へぇ、結構ノリノリじゃん。」
「だって、飯も奢ったんだからそれなりに楽しませてもらわないと。ねぇ。」
ちょっとだけ挑発を混ぜてみる。
ほら、側近のやつが少し動いた。でも、馬路が手で制した。ふぅん、ちゃんとリーダーやってんだ。
「もちろん。今日の配信は、この地区1番の美人のスキャンダル、年上男との火遊びを晒す。どう?」
周りの奴らが下衆な笑みを浮かべている。スキャンダルじゃ済まないだろ、コイツら。
俺は息を吐く。怒るな、怒ったら無駄になる。
「へぇ、なら、その後のお楽しみまで付き合おうか。俺も、大人に囲まれてばかりで飽きてきたとこだし。」
「決まり! じゃあ、約束の時間にここで。覚えたな?」
「覚えられないようじゃ、馬路さんに並ぶ特別な奴なんかじゃねーよなぁ。」
ああ、挑発されてるな。落ち着け、雪花さんのように冷静に。
なっが。でも、大丈夫。
「余裕。」
挑発してきた奴が少しだけつまらなそうな顔をした。
ここからは叩き込め。
千里さんが仕事を手伝うコツとして前に言っていた。
短い言葉なら数字を死ぬ気で覚えてあとは部分部分、印象に残った文字と長さだけ覚えれば先生はどうにかしてくれる。
長い話に関しては覚える意識より話を聞いて、自分の頭の中にストーリーや関連性で結びつけろとも。
一通り話し終えたら、何やら酒を開け始めた。
「さて、仲間の証、盃を交わそうぜ。」
プシ、と炭酸の小気味いい音が響く。
ああ、くせぇな、これ。
「さて、新たな仲間と明日の宴に向けて乾杯。」
乾杯、と響く。
俺は見かけだけ口をつけると、理由をつけて帰ることにした。怪しまれるから、と。
帰り道、ちょっとだけ苛ついて石を蹴ったことだけは許してほしい。
真紘の嫌いな人は中身の伴わない自慢話をする人です。彼は中身が伴っていれば自慢話されること自体は嫌がりません。へー、すげー、って聞いてます。
あと彼は流行をほとんど知りません。なんか聞いたことあるな、くらいです。これは記憶があろうとなかろうと変わりません。彼自身は実は話を聞く方が好きです。




