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23.馬路透①

 はじめての地区外の仕事は5日間。

 雪花さんは留守番だから、先生と志島さんと、あと現地の役所の職員さんと一緒の仕事だ。

 現地の職員はやはり俺よりは歳上だけど、比較的中年の人が多い気がする。ただ、そんな中でも馴染んでいる先生はさすがだと思うけど。

 それにしたってここの職員さんはガテン系が多いな。


「この子が東雲の助手?」

「日笠真紘です! よろしくお願いします!」

「へぇ、思ったより若い子が来たな。」

「前に来た人はほんっと使えなかったもんな。頼りにしてるぜ!」


 ちなみに前回来たのは加地さんらしい。

 本当は千里さんが呼ばれていたが、「パソコン以外の熱で暑苦しい所には来ない。」と自室に篭ってしまったらしい。想像がつく。あの人体育会系の熱いノリ嫌いだもんな。


「夜は酒飲もうぜ、歓迎する!」

「いや、俺は未成年なんで……。」

「こんな世界で未成年も成年も関係ねぇだろ?」

「バッカ、お前無理強いは良くねぇだろ!」


 勢いが凄まじい。

 俺が黙っていると、気を遣ってくれた先生が眉をハの字にしてこっそりとつぶやいた。


「飲まなくていいからね。」

「飲みませんよ。飲んだら運動できないじゃないっすか。」

「……どっちにしろ、この地区では夜走らない方がいいよ。」


 俺は仕事から帰る時に走っている。仕事がない時も朝夜と走っているのだが、ここではそれをしない方がいいらしい。

 朝はいいけどね、と先生は笑っている。


「治安が悪いんすか?」

「うん、夜はね。志島さんに聞いた?」

「はい。【罪人】の話も。」


 東雲先生は一瞬固まった気がした。

 だけど、確認しようと振り返った時にはすでに普段の先生の顔になっていた。


「まぁ、君のことだから大丈夫だと思うけど。」

「さすがに言われたことくらいは守りますよ。」

「あと、僕と同室だけどよろしくね。」

「分かりました! 寝坊しないように起こしますね!」

「うん。」


 ちなみにこの時、東雲先生が俺の起きる早さをみくびっていたことは知らない。

 一通り、職員さんも盛り上がり終えたらしい。ガテン系職員さんをかき分けて担当の人がこちらにやってきた。


「担当の増田です。よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」


 先生が増田さんに会釈したから俺も真似した。

 早速、彼は資料を渡してくれた。そこには何人か名前が書いてある。確か、『パンドラの鍵』保有者や【半生人】の確認が主な仕事と言っていた。


「1枚目が3日以内に出たと思われる『パンドラの鍵』保有者、2枚目は【半生人】の一覧です。」


 1枚目は殆ど横線が引いてあるし人数自体が少ないけど、2枚目はだいぶ名前が残っている。


「打ち消し線を引いていない方の所在を確認すればいいんですね。」

「はい、計15名です。可能であれば役所に来てほしいですが、所在さえ分かれば問題ないです。」

「所在分からなくなるなんてあるんすね。」


 神様が全部把握していそうなのに。

 俺の疑問には増田さんが答えてくれた。


「志島さんの仕事に係ることなんですが、勝手に家から出て行ってしまう人もいるんですよ。基本的には地区内にいるんですがね。

 【罪人】、故人は基本的に神官が所在を教えてくれます。ただ、【半生人】に関しては干渉したがらないんです。」

「どうして……。場所も把握してサポートする方がよくないっすか?」


 神様というくらいだ、全てを把握していると今更言われたところで驚かない。だが、神様はなぜ【半生人】だけを別物と捉えるのか。


「それはね、日笠くん。神様は気まぐれで、平等で、人が好きで、どうでもいいと思っているんだ。」

「……?」


 先生が口にしたのはひどく矛盾した答えだった。


「神様は僕たちを見ている。それは見守っているわけではない、観察しているんだ。生死の決まっていない人間がどんな行動をするのか。だから、わざわざ記憶の世界の扉や現世窓なんてシステムを作ったんだ。

 神様の意向に沿う、だからこそ【半生人】に関わる仕事はたくさんポイントがもらえる。」


 あくまでも俺たちがこんな黄泉の国でこんな風に過ごせるのは神様の気まぐれ、彼にとっては人の想いだって暇潰しの1つにすぎない。

 ただ、不思議と憤りはなくて。この世界がずっと存在する神様が考えた娯楽というのなら、俺は虚しく感じた。


「だからこそ、僕たち【半生人】は神様と対面したことを覚えているんだけどね。」

「僕たち……って、はじめから亡くなってる人は覚えてないってことですか?」

「そうだよ。目覚めたら役所の入国スペースに来ているんだ。代わりにしっかりと現世での記憶はある状態だけどね。」


 じゃあ、あんな風に神様と話すってことをせずに、ほとんどの人が黄泉の国に来ているということか。

 死んだと思って目が覚めたらこんな世界、そりゃパニックになるだろうな。


「ただ、人の命を徒らに奪いたいわけでもないから、生かすことができれば相応の報酬を渡すし、逆に放置すれば報酬を減らされるっていうのがあるんですけどね。」


 はは、と参ったように増田さんは笑う。

 別にポイントがなくても生きてはいけるこの世界、それでもなお働こうとするのは、この何もない世界で少しでも楽しく過ごす、新しく築いた人間関係を潤す物を手に入れるため。

 きっと俺みたいに何かをやらないと居ても立っても居られない、そんな人もいるんだろうな。






 早速俺は先生とこの地区をまわることになった。

 志島さんは役所の方で移住申請の処理をするらしい。結構忙しそうだった。


 増田さんに紙の地図を貰ったけど、正直見にくい。授業以来だこれ。俺は迷わずスマホで地図を開くと、先生は現代っ子だね、とクスクス笑っていた。


「先生、さほど俺と年代変わりませんよね?」

「いや? 僕は28歳。この世界に半年いることを考えると29歳だから、君とは干支がほぼひと回りの差があるんだよ。」

「想像より歳上でした……。」


 千里さんが敬語使ってたから彼よりは上ってことは知ってたんだけど。

 何か、俺あんまり先生のこと知らないんだな。

 また仕事が終わったら聞いてみよう。


 さて、ここからは先生の力を見せつけられることになる。


 まず、先生は対象者の基本情報を1時間で全て覚えた。俺が端末に入れてやっと読み終わったくらいで、この人は何も見ずに経歴を答えられるようになっていた。俺が覚えられたものといえば、辛うじて顔写真くらいか。

 先生は警察でも似たような仕事してたし、と笑っていたけど。


 次に驚かされたのは彼の人脈だ。

 何かよく分かんない路地をスルスルっと抜けたと思ったら、怪しげな店にたどり着いた。そこは情報屋だそうで、先生や志島さんみたいに顔が広いタイプの人もいれば、千里さんよろしくネットでの情報に明るい人もいた。

 何軒かまわると情報量に差はあるも、全員分の目撃情報や現在の住居など聞くことができた。

 加えて、この地区を治める警察署にも行ったが、そこでもいくつか情報は得られた。話している感じ、どうやら顔見知りらしく慣れた様子だった。


「じゃあ、今日のうちに5、6人回ろうか。」

「分かりました!」


 今日のうちに3分の1終わるのか。もしかして、玲夢ちゃんの時もこんな感じでハイペースでまわって終わらせてきたのかな。

 俺も足を引っ張らないよう、せめて顔写真で引っ掛かるくらいには働かないと。

 俺がうんうん言っていると、先生は微笑んでいくよ、と声をかけてきた。



 そこから早かった。

 1、2、3人目は仕事や気分の問題で移転したが届出を出し忘れたそうで元気にやっており、1人は後ほど役所へ、2人はその場で届出を記載してもらった。俺も書類の書き方の説明とか少しだけさせてもらう余裕があった。


 4人目はちょっと面倒くさかった。元役所勤めの人らしいんだけど、不倫したか何とかで役所を届出を出さずに勝手に退職。不倫相手にも家を知られているため、どうしても書類を出したくないと泣きつかれた。

 これ、長引くんじゃないかなって思ったけど、そこは先生が流石だった。

 淡々と、このまま失踪し続けることのデメリットを話し続けた。細かい制度の話はよく分からないけど、たぶん『パンドラの鍵』が出た時の対応が遅れるということと退職手続きをしないと、情報保護の観点から罪に問われるとかだった気がする。

 可哀想なくらい真っ青になってたな。

 結局、役所に行きますと泣き始め、俺が連れて行くことになった。道中俺に対してずっと懺悔していた。死にかけた状態で浮気なんて、って思う一方で、何も返せなくて少しだけ申し訳ない気持ちになった。


 俺が戻る間、先生は5人目のところに行くと言っていたため、俺は地図を見ながらそこに向かっていた。

 その途中、何となくある店が目に入った。

 そこは、園芸品を売る店であり、観葉植物や肥料があった。この世界は地面が土でなく植物が生えないから、わざわざ植木にしているらしい。


 気になったのは植物ではない。

 なぜか、店の中が気になったのだ。


 俺が足を止めていると、1人の客が出てきた。

 すぐに気づいた。アイツは、唯一1枚目に載っていた奴だ。確か、名前なんだっけな。馬とかだった気がする。

 不意に目が合った。

 なぜか、彼は嬉しそうな顔をして、商品の入った袋を揺らしながらこちらに駆け寄ってきた。


「なぁ、アンタ! アンタも高校生?」

「そ……、すけど。」

「マジか! 俺も高校生! この世界全然同じ年代の人がいねーから嬉しい! ちょっと飯行かね?」

「じょーー、」


 俺は上司に連絡してみる、と言おうとした。

 だけど、すんでのところで飲み込んだ。この人は逃げてしまうんではないかと。別に逃げられる分には追いつく自信があるしいいけど、喧嘩になるのは御免だ。


「ちょっと店の予約してたからずらせないか連絡してみる。」

「おお!」


 俺は少しだけ離れて先生に連絡を入れた。

 1枚目の人だと告げると先生は、任せるよ、と快く了承してくれた。書類のコピーもあるし、ただその書類の大部分は不要そうだけど。


「ごめん、大丈夫だって。」

「おー、サンキュな。そこのファミレスでいい?」

「おう。あ、俺日笠真紘。そっちは?」


 サラサラヘアの茶髪にいくつかピアスを揺らす。

 そんな彼は無邪気に笑った。


「俺、馬路透(まじとおる)! よろしく!」


 そんな彼の頭上には白い天の輪が浮かんでいる。

 ああ、彼もまた死を選んだんだな、と朧げに考えていた。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 加地さん……、どこ行ってもボロクソに言われる感じがマジ加地さん。 真紘の周りは落ち着きのある人ばかりだったからノリと勢いでご飯に誘われる感じが新鮮。
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