21.園部美都子
誤字報告、ブクマありがとうございます!
今回はのんびり回です。何も考えずに読めるのんびり回です。大事なことなので二度書きました。
アクが強いんじゃ〜。
「おっ、友部さんだ。」
俺は探偵事務所の郵便受けを開いて1通の手紙を見つけた。先日、友部さんは別地区のグループホームのような施設に入っており、人の良さから見事に役員になっているようだ。
相変わらずぼんやりしているみたいだが、楽しそうだ。
その笑顔の写真を見ながら、事務所の扉を開いた。
「もう借金なんて無理です〜! 私なんて地獄行きですよ〜!」
「……。」
俺は探偵事務所の扉をそっと閉じた。
半泣きで東雲先生に縋る女性なんて見てないし。
俺は午前中、近所の人の探し物に駆り出されていた。別に整理整頓が得意なわけではないけど、昔から探し物は得意だった。それで、成功報酬として昼飯代わりの弁当を渡された。
これは外で食べるべきか、3人前、いけるな。
「ちょっとちょっと。閉めないで、日笠くん。」
「ハッ、すみません。修羅場かと思いまして。」
「違うから。」
珍しく困った顔をしている先生は、少し慌てた様子で扉まで来たらしい。
俺は促されるままに入ると、疲れ切った顔の雪花さんがソファに座っていた。どこかやさぐれていて匙を投げた様子だ。何やかんや依頼人のことを優先する彼女が珍しい。
そんなことを思いながら、弁当をテーブルに置くと、彼女は一瞬目を輝かせた。彼女の腹からぐるぐる音が聞こえる。
やべ、俺も小さく鳴った。
「……すみません、全然食べてなくて。」
「いいよ、私の分食べなよ。」
「僕のもいいですよ。日笠くんは自分の分食べな。」
「ごめんなさい、俺もいただきます。」
顔が熱い。
「買い物依存症?」
「そう。」
了承を得て、彼女の相談内容を東雲先生の口から聞く。
依頼人は園部美都子さん、29歳。頭上には白い輪っかが浮かんでいる。サラサラの黒髪に赤縁のメガネ、一見真面目そうな女性だ。
神奈川でOLをしていたらしい。独身、趣味は恋愛ゲームや読書。結婚願望はあるも、理想が高く依存気質らしい。彼女はそれを問題視した。
その結果、どっぷりハマってしまったのが宗教。何でだ。残念なことに悪質な宗教だったらしく、せっかく貯めた給料は3ヶ月で底をついた。
もうどうしようもない。結果、借金をした。
膨れ上がる借金。副業可能であったため、園部さんは夜の仕事を副業にお金を稼ぎ始めた。
もちろん、そんな二足の草鞋は続かず、疲労は彼女の身体を蝕んでいた。仕事終わりに店の裏口を出たところで、高いヒールが折れ、階段から転落、頭部外傷となった。そのまま発見が遅れてしまい、黄泉の国にやってきたそうだ。
さて、そんな彼女がここに来てハマったものといえば買い物だった。
彼女、この世界では昼間はスーパーで、夜は編集作業の手伝いをしているそうだ。
ちなみにこの世界の娯楽は基本的に現世の娯楽を輸入するのだが、雑誌とかを輸入して何やら編集をするそうだ。俺はあまり漫画とかを持っていないから千里さんの家とか探偵事務所の雑誌置き場の物を嗜んでいる。
これまた二足の草鞋で勤める彼女はなぜ借金などと騒いでいるのか。というか、ポイントは借りられるのか?
「ポイントは借りられないよ。」
「ですよね。」
まるで、現世の繰り返しだな。
俺はそんなことを思いつつ、ふと疑問を口にする。
「そういえば、ポイント0になったらどうなるんすか?」
「魂の成仏はいつまで経ってもできない。衣食住は担保されているけど、買い物や神様便の使用もできない。その結果、罪を犯したり不要に長くこの世界に滞在しすぎることで【罪人】と神様に審判される人もいるかな。」
「アンタは知らないと思うけど、一般人から【罪人】になるとその瞬間に地獄での刑も体験できるらしいよ。」
「こわっ!」
何だろう、火釜体験ツアーとか? 絶対嫌なんだけど。
俺が想像して震えていると、いつのまにか弁当を完食した園部さんはがっくりと肩を落としながら話し始めた。
「ここは神様が管理しているから、積極的な宗教活動も、乙ゲーのDLCもない。なら、リアルな恋愛をするしかないって思って自分磨きを始めたんです。」
「いいんじゃないっすか? お相手がいるんですか?」
「それ以前の問題ですよ!」
何で怒られてんだ、俺。
物凄い形相の彼女は早口で息継ぎなく話し始める。
「私みたいな喪女が結婚するにはそもそもの自分磨きが必要なんです! 整形ができないここでは磨くしかない! そのためにはダイエット器具や化粧品、服、色んなものを備えなければなりません! そうなると必要なもの、そう、買い物なんです。」
「は、はぁ……。」
「と、言い訳していたらいつのまにか買い物をしていないと落ち着かなくなってしまって。」
「ざっくり言えば依存先がすり替わったんだよ。」
雪花さん、本当にざっくり説明したな。
つまり、今回の依頼は彼女の依存をどうにかしてほしいという内容だそうだ。
「……正直どうにもなる気がしないっすけど。家計簿とかスケジュールしたらどっすか?」
「家計簿は無理でした……。スケジュールっていうのは?」
「カレンダーに給料日を書くんすよ。で、どっかに目標貯金額を書いておく。達成できなかったら1週間買い物禁止、みたいな?」
俺が提案すると、なぜか先生と雪花さんが俺のことをじっと凝視してくる。
「……俺、変なこと言いました?」
「いや、想像よりしっかりしてたから。」
「失礼な!」
正直、現世でやっていたのかと聞かれると分からないけど、もし自分が何か目標の達成を目指すなら、なるべく具体的に期日を決めてやる。そんな気がした。
ただし勉強は無理だ。
「じゃあ試しに書いてみますね!」
「お願いします!」
園部さんが書き出すのを俺は見守りつつ、弁当箱を捨てに行った。
その間に随分と書き進んでいるようだ。だが、なぜか先生と雪花さんが頭を抱えている。
嫌な予感がしつつ、俺は覗き込んでみたがすぐに理由はわかった。
「あの、書いてある給料より支出の方が多いんすけど。」
「だって、欲しいものあるから……。」
「それは我慢「できません!」
あー、無理だ。この方法は無理だ。
俺が先生にヘルプを求めると、先生も分かっていたのか頷いた。
「園部さん。買い物以外の何か楽しみを見つけましょうか。」
「なら、恋ですね。」
「こっ、恋かぁ……。」
即答すぎて、全員でなんとも言えないリアクションをしてしまった。
正直なところ、俺は恋愛なんてよく分からないし、恋愛をしてきた覚えもない。できる気もしない。
誰も口を開かないのをいいことに、目を輝かせた園部さんが挙動不審になりながら聞いてくる。
「ちなみに皆さん恋愛経験は?」
「俺は全く。」
「私も。」
「僕はいたけど、仕事優先して振られてたな。」
自分のことを棚に上げて言うけど何にも参考にならねぇ。ほら、園部さん露骨にどんよりしてるじゃん。
だけど、彼女はめげなかった。
「じゃ、じゃあ好みのタイプは!?」
「ない。」
「僕は優しくてのんびりした子かな。」
伝える気もなく、絞る気もない意見しか出ねぇ。
俺が黙っていると、園部さんの期待の眼差しがこちらに向いた。
「日笠さんは、あ、顔の好みは!?」
「えぇ……? うーん、キツくなくて、目がぱっちりしてて、タレ目で童顔? あぁ、あと猫っ毛とかだといいかも。」
「ただの斑目じゃん。」
確かに。雪花さんに言われて気付いた。
そこに園部さんがなぜか鼻息荒くして近づいてくる。怖い、さっきまでの真面目そうな彼女はどこへ。
「何、何!? 恋の予感? それともBL?」
「B……、何すかそれ?」
「はい、園部さんそこまでにして。ウチの助手はいたいけな17歳の青年ですので。」
「あー、捗るわ。相手の方を知りたい。」
知らない単語を言われた上に、よく分からないタイミングで熱くなっている。怖い、俺の知らない世界の住人だ。
「てか、園部さん自身の好みはどうなんすか?」
「え、私の?」
「そうですよ、俺たちだけ聞かれて狡くないですか? てか、依存症の始まりだって婚活が原因なら相手が見つかっちゃえば解決しますよね?」
雪花さんはハッとした顔をしていた。気づかなかったのか。先生は浮かんでいたが、彼女の勢いに気圧されて提案まで至らなかったのだろう、うんうんと頷いている。
園部さんは、頬を赤くして照れながらもじもじしている。最初の勢いを知らない状態だったら可愛らしいなぁで済むけど、今見ると嫌なフラグにしか見えない。
「えーと、私の好みは。仕事ができて、頭も私より良くて、足も速くて、金銭感覚がしっかりしていて。顔はそんなにこだわりないのよ? 髪色は明るくてパーマ、小顔で、手も骨張ってて……。」
「先生、雪花さん、依頼断りましょう。」
「こらこら。」
「正直ここまでは、最悪叶わなくていいの。」
叶わなくていいのかい。だが、それに続く言葉に俺たちは驚かされることになる。
「私の好みは、白馬に乗ったダンディなおじさまなの。」
「……志島さんに白馬に乗ってきてもらいましょう。」
「優しいけどダンディではないと思う。」
思考を放棄した俺に、同じく思考を放棄した雪花さんは的外れなツッコミを入れていた。
後から思うと先生もこの時疲れていたのだろう。何かを紙にさらさらと記載すると、彼女に差し出した。
「この事務所がダンディな独身のおじさまが勤めている事務所です。よければお訪ねください。」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
先生から紙を受け取ると彼女は勢いよく立ち上がった。
ちらりと見えた感じだと『かわたれ』の文字が見えた。確か、雪花さんの救助の仕事を見に行った時、1件目にいぶし銀の、仕事ができて、運動できそう、金髪パーマを縛っており、逞しい手をしていた。
小顔は肩幅があるが故である気もするけどな。
とりあえず同業者を売ったことは察した。
満足げな彼女は勢いよく立ち上がると、俺に向けて親指を立てた。
「私は、日笠くんが斑目ちゃんとやらとデートするのを見守るから、私のことも見守っててね。」
「……ハイ。ガンバッテ。」
あー、ほら雪花さん笑ってるし。
万が一千里さんの耳に入ったら怒られるじゃん。絶対会わせねぇ面倒臭いもん。
何いいこと言った風な雰囲気出してんの。普通に帰ってったし。
なんとも言えない空気が事務所を包む。
さて、と先生はいい笑顔を浮かべた。
「仕事、しようか。」
「はい。」「うん。」
何やかんやこの人仕事を断ったというか押し付けたな。
この数時間後、事務所の電話が何度も鳴り、怒鳴り声が響いたのは言うまでもない。




