2.黄昏探偵・東雲
外に出ると、お兄さんはバイクみたいなのに跨った。
俺は無言で差し出されたヘルメットを被ってお兄さんの後ろに乗っかった。何も話さないな、この人。
悪い人ではなさそうだけども。
「今から行くところってどこなんすか?」
「……。」
イケメンさん、聞こえてないのかな。
無視されてしまったので、仕方なく俺はお兄さんの腰に回した腕を強くした。小さくうめき声が聞こえた気がしたけど気のせいだな。
辿り着いたのは、中央区から少し外れた2階建ての建物。俺の居住区から割と近いけど人ははけている印象がある。
どうやらそこが目的地だったらしく、目の前でバイクは止められた。俺がヘルメットを返すと、引き換えに書類を渡された。
「あ、その、ありがとうございました。他の仕事もあって忙しかったっすよね。」
「……。」
俺が頭を下げると、お兄さんはまた目をまん丸にした。俺は決して変なことを言っている覚えはないんだけどな。
そのまま建物の中に入ろうとするけど、お兄さんはバイクのそばで立っているだけだ。
「入らないんすか?」
「……俺が入ったところで別に意味はない。」
「そっすか。じゃあまた。」
俺が手を振ると、一瞥してそのままバイクで帰ってしまった。とてもクールな人だった。
俺は単身建物の中に入る。
看板には探偵事務所、と記載されている。そういえばバイクでここに送られるまで意外と軒数があった気がした。現世ーで合っているだろうかーでは、そんな目立つところにホイホイ無かったもんな。
「お邪魔しま〜す……。」
「ようこそ、黄昏探偵事務所に。」
俺が扉を開くと、優しい声が迎えてくれた。
奥のデスクから立って歩いてきたのは、俺より少し小さいけど、黒髪でさらさらしたとても美人な男の人だった。意外と身体は鍛えている気がする。
俺が観察をしていると、彼は不思議そうに尋ねてきたため、慌てて手を横に振る。
「どうしたの?」
「いや、身体鍛えてるなって思って!」
「そう?」
ぱぁ、と分かりやすく目が輝く。何かいい人そうだな。
でも、急に冷静になったようで首を横に振ると、俺にソファの一角を勧めてきた。俺が来ることに勘づいていたのか、タイミングよくコーヒーが出される。
「どうぞ。お話聞きますよ。」
「ありがとうございます! あ、タメ語で大丈夫っす。それとこれ、役所から貰ってきた書類です。」
「なら遠慮なく。書類もありがとう。」
俺が渡した書類を流し見すると、男の人は少しだけ目を細めた。
「……17歳か、ずいぶん若いね。」
「そうなんすか?」
「まぁね。」
一度書類を置くと男の人は俺に向き合った。
「改めて、僕は東雲標。この地区で探偵事務所を営んでいるよ。」
「俺は日笠真紘です。今日はよろしくお願いします!」
「ちなみに役所から来たなら誰かと一緒に来たよね。志島さんかな?」
「いや、天パの長身のイケメンさんっす。」
「……彼か。君1人で来た理由が分かったよ。」
東雲さんから敵意は感じないから余程不仲だとかはなさそうだけど何なんだろう。普通はこういう時に役所の人も挨拶に来るもんなんだな。
「さて、早速本題だけど。志島さんからの手紙には甦り希望っていう風に書かれているね。」
「はい。俺、正直家族のこととか学校生活のこととかあんまり思い出せなくて。……なんかこのままいるのも不安だし一刻も早く帰りたいんすよね。現世で身体が弱ってたらまずいですし。」
「ああ、その心配はないよ。」
え、どういうことだ?
その疑問はすぐに東雲さんが解消してくれた。
「ここでの時間はいくら経過しても現実世界では殆ど進まない。だから、一応は安心して。」
「あ、そうなんすね。」
なら、ここで多少過ごしても身体が死んで魂だけ残るなんて漫画みたいなことはないってことか。
そう言えば目の前の東雲さんにも頭上の輪っかがないな。
「あの、東雲さんも【半生人】なんですよね。」
「うん。どれくらいいるのかって?」
この人エスパーか何かか?
俺が頷くと、東雲さんはあっさりと答えてくれた。
「僕はかれこれ半年近くになるかな。」
「そんなに!? え、何でっすか?」
「戻るためには色々と準備が必要なんだよ。」
「準備?」
俺が質問すると同時だった。
事務所の扉がけたたましく開く。
そちらの方を見ると、どこか顔色の悪い女性とローポジションで髪を1つに括った鋭い目つきの女性がやってきた。
「話し中、悪いね。」
「俺は大丈夫っす! お姉さん、顔色悪いんで座ってください!」
明らかに体調悪そうだ。俺が慌てて席を空けるとポニテの女の人が体調の悪そうな人を座らせた。目に見えて震えておりとてもではないが話せなさそうだ。
これはたぶん、緊急事態。
俺は勝手に奥に入ってキッチンから水を汲んで持ってきた。
「すみません、勝手に。お姉さん、まずは水飲んで落ち着いてください。」
「……あ、ありがとうございます。」
良かった、水を飲むくらいの余裕はありそうだ。
俺は目の前に座る東雲さんに耳打ちした。
「深刻そうなんで、俺外に出ていますよ。」
「いや……。」
「あの。」
不意に目の前の女の人に話しかけられて、不恰好にも俺の身体は跳ねた。
いや、こんな修羅場みたいな状況陥ったことないから仕方ないでしょ。
「その、優しい助手さんですね。」
「……へ?」
思わぬ言葉に俺は目を瞬かせた。
あれ、俺もしかしてここの助手と思われている? でも、明らかに肩の力が抜けた気がした。
ふと東雲さんを見ると、視線が交わった。知っているぞこれは、何かを企んでいる目だ。
「自慢の助手です。」
やっぱりな!
東雲さんの同僚と思われるポニテの女の人は一切表情を変えることなく淡々と続けた。
「優秀な探偵と助手だから安心してよ。さっきまでの出来事、2人に話していいよね?」
ええ、そのまま行くの!? 個人情報じゃねぇかなそれ!
ポニテさんの言葉に頷いた。どうやらこのまま話が始まるらしい。俺は諦めて、東雲さんに勧められるままに席に腰を落とした。
これは、俺が黄泉の国で初めて関わる事件となる。
ここからまさかあんな大きな事件に出会し、今後の人生に関わる選択肢を迫られるとは思っていなかった。
【登場人物】
日笠真紘
17歳、高校生、173cm
性格:明るい、お人好し、おおらか
焦茶色のショート、短めの前髪があり、清潔さのある学生。体育会系よろしく上下関係はしっかりしており礼節もあるため歳上に可愛がられやすい。記憶はかなり曖昧。ぼんやりと両親の存在は認識しているが、好きでもない勉強とかの方がはっきりと思い出せるそう。現代っ子っぽくどこかドライなところもある。