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19.友部清三①

 短編です! よろしくお願いします!

「へぇ、そんなことが。」

「ちょっと怖いっす。」

「でも、本当に友だちになったんだよね。」

「はい!」


 予定通りの日程で探偵事務所は再開となった。

 朝の準備で来ると、雪花さんも時間通りに来た。その時に休みの日は何をしていたのかと聞かれたものだから、役所での出来事を話したのだ。

 もちろん、玲夢ちゃんの個人情報は伏せつつ。

 その話をしている最中に東雲先生も出勤してきて、全員が揃った。

 そして、千里さんと仲良くなったことや連絡先も交換したこと、最終日は彼と遊んだことも言うと、先ほどのリアクションを返されたというわけだ。


「何となく雪花さんの言いたいことも分かりましたけど、根はいい人じゃないっすか。」

「どうだか。私はアイツと考えが合わないから、そういう解釈、理解できない。」


 何なんだかなぁ、この人達。

 俺が呆れながら見ていると、東雲先生がそう言えば、と手を叩いた。


「そういえば、あの加地さんって人、監視下で謹慎らしいよ。」

「え、そうなんすか?」

「……斑目はただの悪ガキって感じだけど、アイツは分別のつかないクソ野郎だったしね。他人の個人情報金にしてたなんて噂もあるし。」

「志島さんとか役所の所長さんはそういうの厳しいからね。」


 千里さんの方が歳上なのに悪ガキって。

 加地さんに関しては当然の反応か。電話の時も個人名ペラペラ話してたし。

 ちなみに千里さんは加地さんの疑惑を確認するためだと声高々に訴えていたが厳罰され、暫くの給料(ポイント)カットと反省文、数日の謹慎、そして、その間回線を遮断されていたらしい。わざわざ遠い俺の家に来てぶつくさ文句言ってた。

 俺は外出とかも付き合ってもらえたしすげー楽しかったけど、謹慎じゃなくてただの休日じゃんか。


「よし、じゃあそろそろ今日の業務を始めるよ。」

「うん。」

「はーい。」


 今日は近場での依頼が1件、午後からは【半生人】に係る依頼が1件だ。

 午前中の依頼はいわゆるお留守番。

 輪っかのついたある夫婦がこれまた輪っかのついた少年を保護していた。しかし、夫婦が地区外での仕事があるため、子どもを預かってほしいというものだった。

 正直先日の出来事でお腹いっぱいだったのは否めなかったが、雪花さんが案外子どもを扱うのが上手で大して苦労はなかった。




 さて、午後の依頼だ。

 お茶の準備をしていると、扉が開く。と、同時に雪花さんの嫌そうな声が響いた。


「ようこそ、黄昏探偵事務所へ。」

「どうも。」

「あっ、千里さん!」


 彼が初めて俺を連れてきた時はぞんざいに置いていった。だが、それをしなかった理由は2つ。

 1つ目は恐らく役所から持たされたお詫びの品を渡すため。

 2つ目は手を引いている男性、おじいさんが理由だろう。背中が丸まって片手は千里さんを、片手は杖を持っている。


「へぇ、わざわざアンタが来たんだ。」

「別に雪花の顔見に来たわけじゃない。その面引っ込めな。」

「別嬪さんだの。」


 色んな意味で雪花さんが退いた。お、ちゃっかりお詫びの品は受け取っている。


「お茶どうぞ。」

「せっかくだけど俺はこれで「斑目くんもいてね。今回の依頼は君の得意分野だから志島さんに頼まれたんだよね?」


 おじいさんを座らせた千里さんはちゃっかり帰ろうとしていたが、東雲先生は有無をも言わさず引き留めた。手を使っていないのに言葉だけで。

 千里さんは無表情なままおじいさんの隣に座った。


「お嬢さんはお婿さんはいるのかの。別嬪さんだ。」


「……それしか言わないんですね。」

「認知症あるんじゃない、この人。」


 雪花さんが俺にこっそりと耳打ちした。なるほどな。

 過去の事例を見ている時に同じようなことが書いてあった。


「えっとね、この人はリピーターなんだ。」

「リピーター?」

「いわゆる寝たきりなんだけど、延命治療で何度も黄泉の国と現世を行き来しているってことだよ。」


 東雲先生はお茶を飲むおじいさんを見ながら説明をしてくれた。



 彼は友部清三(ともべせいぞう)、86歳。

 誤嚥性肺炎や心不全増悪を繰り返しており、幾度となく生死を彷徨っているが、家族の強い希望により延命措置が何度も施されている。


 今回の来訪で3回目。

 初めて来た時は誤嚥性肺炎、発熱に伴い意識障害を呈した。2回目は心不全増悪による全身状態の悪化、内服調整でどうにか延命したそうだ。

 そして今回も心不全。俺は初めて聞いたけど、心不全は進行して徐々に悪化するらしい。大変な病気っぽい。



 本人は呑気に茶を飲んでいる。茶菓子も食ってるし。


「誤嚥性肺炎、よく分かんないんすけど咽せないんですか?」

「重症の病気とか怪我でここに来た人は大概その影響は受けない。軽度だとそのままのことはあるけどね。誤嚥性肺炎自体はむしろ咽せることができなかったり嚥下する力が弱くなって、そのまま食べ物や唾液と一緒に細菌を気道に入れてしまって発症するものだから。」

「へぇ。」


 そうなんだ。詳しくは分からないけど咽せる力とか飲み込む力は弱いんだな。

 まぁ、確かにこの前の事故とかそのまま来てたらスプラッタ映画もびっくりな光景だよな。想像しただけで嫌になる。しかも、自分も事故被害だったら、その想像は俺自身にも返ってくる。

 

「お代わりちょうだいな。」

「あっ、はい。」


 自分より何倍も生きてきた人に言うのは失礼だけどマイペースだな。お茶はとりあえず出した。この人事務所のお菓子食い尽くすんじゃねぇかな。

 友部さんはほぉ、と息を吐くと立ち上がった。


「さて、帰るとするかのぅ。」

「帰るって……。」

「家に決まっておろう。」


 友部さんは先程までののんびりした感じから、はっきりとした意志を持って帰ると言い出した。


「儂は友部清三。86歳。住所は山形県ーー。」


 な、何か思ったよりしっかりしてるな。認知症って言うからもっと徘徊しているだとか露骨に記憶喪失みたいな症状があるのかと思った。

 ドキュメンタリーだと、無意味に怒ったりとか警察にお世話になったりしているイメージなのに。


「分かったかい? だから送ってくれ、お兄さん。」


 千里さんは聞こえないふりをしている。それより。


「家に帰るって、友部さんは前にこの世界に来たことを覚えてるんですか?」

「「「いや、覚えてない。」」」

「声が揃ったくらいで睨み合わないでください。先生だっていたじゃないですか。」

「儂の家は駅から車で20分、国道を通るんだが、はてここは見覚えのない……。」

「友部さんは道教えるんで待っててください!」


 俺は睨み合う2人の間に入りながら叫ぶ。

 友部さんはどっかいっちゃいそうだし、2人は止める気配がないので俺が友部さんを宥めた。それなりに応じてくれるから調子が狂う。

 俺はため息をつきながら先生に尋ねた。


「今までの友部さんの事案はどうしてたんですか?」

「1回目はね、1週間くらい黄泉の国で過ごした後、『パンドラの鍵』が出て記憶の世界も現世窓も見ることなくさっさと帰って行った。急にいなくなったから役所では大騒ぎだったんだけど、その捜索に僕たちが駆り出されたんだ。」

「コイツが案の定、防犯カメラをハッキングしてたから知ってたんだけど。表向きでは通行履歴見て分かったことにしたんだよ。」


 千里さんはグッと親指を立てている。相変わらずの開き直りっぷりよ。


「2回目は?」

「2回目は早かったかな。前回のこともあったから色んな人が付き添っていたんだけど、3日くらいで『パンドラの鍵』が出た。その日は過去の記憶の世界を途中まで見て、悲しんでいる家族を置いていけないとそのまま帰った。」

「現世窓を見るように東雲さんが促したけど聞く耳持たず。」


 千里さんは首を横に振っていた。

 東雲先生が手こずる、というか説得できないって相当だな。

 動き出そうとする友部さんにはおやつを与えればしばらくその場に留まる。俺は自動サーバーのように菓子と茶を追加する。

 そんな様子を見ながら、東雲先生はまるで俺を試すように告げた。


「さて日笠くん。今回彼が黄泉の国に来たのは昨日。すでに『パンドラの鍵』は出ているんだよ。この事実から分かることは?」


 昨日来て、すでに鍵が出ている?

 今までの経過からするにーー。


「『パンドラの鍵』が出るまでの期間が短くなってる?」

「正解。」


 今までの流れを考えるに、ここに来てから『パンドラの鍵』が出る期間が短いということは、意識を失ってから死の決断をするまでの時間が短くなっているということ。

 つまりは、死が近いということだ。


 俺の緊張感が友部さん以外の3人には伝わったらしい。

 東雲先生はため息混じりにつぶやいた。


「……今回は、辛い選択になりそうだね。」


 先生は椅子から立ち上がると、淡々と指示を飛ばし始める。まるで、雑談のような穏やかな声音で。


「斑目くん。過去の現世窓の映像お願いしていい? これでこの前の迷惑料はなしね。」

「分かりました。」

「雪花さんは救助の準備。」

「了解。」

「日笠くんは付き添いとしての準備と、友部さんの見張り。」

「了解! ……見張り?」


 しょんべん、と言いながら歩き出す友部さんをトイレに案内しながら俺は尋ねた。


「君、全然友部さん見失わないじゃない。」

「え、ああ、まぁ?」


 気配が突然消えるわけではないし。よっぽど見失うなんてない。

 ただ、3人は何かを言いたげだ。

 まぁ、考えても仕方ないか。教えてくれないなら知らなくていいことなんだろう。


 トイレから出てきた友部さんの手を握る。


「……あれ、手を洗いました?」

「ほぇ?」

「いや、洗ってくださいよ!」


 俺は慌てて洗面台に引き返して手を洗わせる。もー、それは流石にやだ。

 そんな悲劇の横で、ちゃっちゃと荷物をまとめる雪花さん。俺のまでまとめてくれている。感謝しかない。


「今日車で来てますよ。雪花を助手席にしてください。その人の隣にすると面倒そう。」

「私もそうしてほしい。」


 まぁ、あれだけ鼻の下伸ばしてたらそうだ。雪花さんのこと嫌いなくせして意外と考えてるんだよな。逆に雪花さんもそれを受け入れている。不思議な関係だ。

 ただ、逃げ出しそうな友部さんを男2人で挟む理由だけは分かる。


 先生に言われて荷物を運び込んでいるうちにふと疑問に思い、千里さんを呼び止めた。

 相変わらずの長身であるが、腰を少しだけ曲げて俺に視線を合わせてくれた。意外と気遣いしてくれるんだよな。

 俺は余計な考えを頭の隅に追いやり、彼に耳打ちした。


「行きって、車から逃げ出しそうになったりしなかったんですか?」

「……帰る前に美味い菓子でも食べて腹拵えしましょうって言って来た。幸い大人しかったよ。」


 相変わらずの適当な発言だ。実際腹拵えはしていたし、嘘ではない。

 千里さんは、ただ、と続けた。


「他の職員には腹に紐縛ってもいいんじゃないかなとか言われたけどね。」

「よっぽど、千里さんの嘘の方が優しいっすね。」

「でしょ?」


 そう言いつつ、もしかして俺は結構面倒な仕事を押し付けられたのでは、と内心で少しだけ気落ちしていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 友部さんは普通にボケてきたおじいちゃんって感じ。事故じゃなくて病気とかで死の淵を彷徨ってる人は何度も黄泉にくることがあるのか。 雪花さんは斑目が嫌いっていうよりかは斑目の考え方が嫌いなだ…
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