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18.相澤玲夢④

 本日は2話投稿です!

 玲夢ちゃん編これにて完結です。

 引き上げられると見覚えのある部屋だった。

 大泣きする彼女を抱き締めながら俺が辺りを見回すと、俺を助けてくれた先生はもちろん、腰を抜かした加地さんともう1人の夜勤の人、志島さんがいた。

 どうやら停電から復旧もしており、急に明るいところに出たもんだから目が慣れない。


「良かった、間に合って。」

「先生……。何でここに。」

「私が呼んだんだよ。」


 志島さん曰く、玲夢ちゃんを現世に戻すために探偵を探していたが、先程かわたれ事務所よりも先に来られる探偵を見つけた。それが東雲先生だった。

 5日間かかる応援だったにも関わらず3日で終わらせ、事前情報を知るために夜間役所に足を運んでいたらしい。そんな最中停電が起こったそうだ。


「停電直後、フロアにいた斑目くんが役所内の安全確認のために非常電力を使って防犯カメラを先に復旧させたら、君たちが記憶の世界に落ちたのを見つけてくれてね。早く行ってって怒鳴られたよ。」

「だが、咄嗟の行動とはいえ、探査機を落としたのはいい判断だったね。」


 ああ、俺がスマホを放って持ち上げたのは探査機だったか。

 これがあれば記憶の世界にいる人を探知できるって雪花さんが言ってたから、咄嗟に持ったのかもしれない。良かった、見学に行っといて。


「というか、先生救助もできるんですね……。」

「まぁね。」


 いつもと変わらない先生の雰囲気に、俺が安堵の息を漏らしていると、廊下からバタバタと足音がした。

 出入り口の方を見ると、ちょうどそのタイミングで千里さんが部屋に飛び込んできた。この人、こんなに汗かくんだとか呑気なことを考えていると、顔を上げた千里さんの目は吊り上がっていた。

 もちろん、その矛先は加地さんだ。


「申し送りの時に言っただろ、不安定な子がいるから手を抜くなって。どっちも消えなかったから良かったけど、こんな時に女に私用の電話、しかも不埒な内容とか、看過できない。」

「いや、アレは無理でしょ。あんなイレギュラーなとこに飛び込む、とか。」

「……その場で誰かに連絡するでもなくビビって部屋に逃げただけだろ、真紘と玲夢ちゃんを見捨てて。」


 静かに、冷たく睨みつけた。


「でも、だって、人数減ってたし。」

「そういう問題じゃないだろう。子どもを守るための判別もつかないくらいなら辞めろ。仕事している自分に酔ってるならきっちり働け。」


 正論パンチの連打を喰らわすと、加地さんは目に見えて萎れていく。完全に気力を失ったようだ。


「相方のアンタも……。」

「すまない……。」


 そのまま千里さんの注意はこちらに向いた。俺も玲夢ちゃんも、先程の気迫のせいで肩が震えた。玲夢ちゃん、泣き止んでるし。

 怒鳴らないように落ち着けるためか、ふーと大きく息を吐いた。


「真紘。」

「はっ、ハイ!」

「咄嗟に探査機を投げ入れたのは正解だし、玲夢ちゃんを追いかけたのは本当に助かった。でも、それは結果論。お前はまだちゃんと付き添いとして独り立ちしてないんだし、今回のは本当に運で助かったようなものだよ。……その前に連絡してほしかった。」


 俺の肩に置いた千里さんの手は少しだけ震えていた。

 ごめんなさい、と謝ると、千里さんは小さく頷いた。

 そして、そのまま玲夢ちゃんに向き合った。


「玲夢ちゃん、早く帰りたかったのは分かるし、真紘がいなくなって不安だったと思う。でも、明日帰れるんだから1人で行動しないって約束したよね?」

「……う、ごめんなさい。」

「そこまで責めなくても、」


 俺が言いかけると、先程の説教より鋭い視線で睨まれた。黙れということだろう。

 俺は口をつぐんだ。


「真紘は玲夢ちゃんが勝手なことする前に止めてた。玲夢ちゃんはそれを無視した。その結果、2人とも死んじゃうかもしれなかった。

 ……俺は怒ってる。玲夢ちゃんが俺の友達を困らせたこと。」


 その言葉で玲夢ちゃんはポロリと涙をこぼした。

 そして何かが壊れたように色んなものが溢れる。


「ごめんなさいぃ! ごめんなさいぃ!」


 抱きつかれて千里さんの服はぐちゃぐちゃだ。

 だけど、彼は嫌な顔を一切せずに彼女を抱き締めていた。






「で、斑目くん。君は何で加地くんの電話の内容を知っているし、カメラを見ることができたのかな。」

「……仕事ができてないしムカつくから、証拠を突きつけて後で喧嘩売ろうと思ってました。」

「君はねぇ。また一部の人に頼まれて悪ノリしたんだろう?」

「はい。」


 酷い私情である。


「まひろくん、何で千ちゃん正座してるの? 千ちゃん悪いことしたの?」

「千里さんはやり方を間違えちゃったんだよ。」


 玲夢ちゃんが落ち着いた後、志島さんに呼び出された千里さんは廊下で加地さんや夜勤の人と揃ってお説教を受けていた。

 話の流れから推察するに、千里さんはあの防犯カメラの映像や音声を使って加地さんが仕事中女性と電話したり逢瀬に勤しんでいたこと、また仕事を他人に押し付けていたことを把握していたらしい。

 もちろん、その手段は許されることではない。だが、内容が内容だけに志島さんは困っているのだろう。

 それ以上に加地さんがげっそりしている。


 千里さん、さっきまでかっこよかったのにな。

 俺は苦笑した。同じ反応をしていた先生は俺の腕の中に預けられた玲夢ちゃんに視線を合わせて尋ねてきた。


「ええと、相澤さんだっけ。まだ眠くない?」

「うん。」

「なら、ちょっと見てほしいものがあるんだけど、真紘くんと一緒に来てくれないかな。」


 玲夢ちゃんが不安げに俺を見上げてきたため、俺は笑顔を見せた。


「言っただろ。一緒に行くよ。」

「……うん!」


 あの説教組をあまり見せないようにしながら俺たちは現世窓のある部屋に向かった。





 現世窓に映っていたのは、病院のベッドに横たわる玲夢ちゃんだった。付き添っている女性を見て、玲夢ちゃんはハッと顔を上げた。


「おばあちゃん……。」


 母親と玲夢ちゃんの面影を感じる女性だ。

 彼女はずっとベッドの横で涙を流している。そこへやってきたのは恐らくおじいちゃん、だろう。女性が顔を上げた。


『あの子達は……。』

『警察に引き渡したよ。あの子らは殺人未遂を犯した。裁かれて当然だ。』


 どうやらあの狂った奴らは警察に捕まったらしい。


『見つかったのは奇跡だよ。見つけてくれた近所の方が言っていた。飼い犬がいつもあの道で吠えると。あの子のことを見ていてくれたのかもしれないな。』


 もしかしたら飼い犬は玲夢ちゃんの存在を認識していたのか。彼らのほんの少しのふれあいが辛うじて玲夢ちゃんの命を繋ぎ止めたのかもしれない。

 おじいちゃんは視線を眠る玲夢ちゃんに向けた。


『玲夢は……。』

『まだ目覚めないの。』


 彼女の痩せ細った手を優しく握りながらおばあちゃんは祈るように額を添える。


『何であの子達の馬鹿な行為でこんな小さな子の命が奪われなければならないの。』

『……僕達のやることはやった。あとはこの子が目覚めた後、幸せに過ごせる家を準備して待つだけだよ。』


 おじいちゃんは2人の手に、自分の手を重ねた。

 優しく、強く握る。

 おばあちゃんは言葉の通り、祈りを捧げている。


『神様、神様……。どうか、この子の命を奪わないで。この子はまだ何も楽しいことを知らないの。どうか、このまま終わらせないで。』


 そう、玲夢ちゃんはまだ知らないんだ。

 生きる楽しさも、生きる苦しさも、それ以外のことも。

 俺の年齢でさえそう思われているのかもしれない、ならばこの子なら尚更なんてことくらい容易に想像がつく。


「……おばあちゃんは、おじいちゃんは何で泣いているの。」


 真っ直ぐに彼らを見つめる玲夢ちゃんは小さく誰に宛てたでもなく尋ねた。自然と、口は動いていた。


「2人は、玲夢ちゃんに幸せになってほしかったんだ。学校行って、あのワンちゃんとも、家族とも何でもないように笑って。たくさんのことを見てほしかったんだ。ここではない、場所で。」


 玲夢ちゃんは何かを話すことはなかった。

 でも、忘れないように、目に焼き付けるようにモニターを見つめていた。





 俺達はあの後、児童室に戻った。

 今度こそ俺は玲夢ちゃんと一緒にいることにした。加地さんは志島さんにどこかへ連れて行かれちゃったし。先生も何も言わずに許してくれた。

 夜勤の相方さんに聞いたら、千里さんも志島さんにどこかに連れて行かれちゃったらしい。反省文かな。


 翌朝になると、子どもたちは全員『パンドラの鍵』が出現していた。

 ここで食事を摂るのは最後になるのか。そんなことを思いながら自分も食べていると、急に玲夢ちゃんが手を挙げた。

 どうしたんだろう、見守っていると震えながらも口を開いた。


「あ、あの!」


 他の子どもたちの視線が集まった。


「今まで仲良くしてくれようとしたのに無視してごめんなさい! わ、私もおばあちゃんがお迎えに来るから、途中まで一緒に帰りたい!」


 子どもたちは目を瞬かせた。

 俺は同じ夜勤の人と目が合った。ああ、にやけるな。俺はつい頬を抑える。

 子どもたちはお互いに顔を見合わせると笑顔になった。


「ごめんね、したから友だちだね! 一緒に帰ろ!」

「……うん!」


 良かった、玲夢ちゃんは生きることを選んだんだ。

 ああ、ごめんねを言ってちゃんと受け止められる彼らの純粋さと真っ直ぐさが眩しいな。

 俺は嬉しそうに友だちに笑みを向ける彼女を見つめながら微笑んだ。





 役所内も初日と比べると幾分か落ち着きを取り戻しており、多くの職員たちが見送りに来てくれた。またどことなくもっさりした千里さんが来ると子どもたちにおっさんって言われてた。

 東雲先生や志島さんも来てくれた。子どもたちが仲良く帰る光景を優しく見守っていた。


 職員の人たちはいつも通り甦る手続きをしていく。

 いつもの天上の門から何枚かのお札を持って帰る。帰り道は振り返ってはいけないよという約束をして。

 夜勤の時に玲夢ちゃんに寄り添ってくれたおばさんは他の子達にも人気だったみたいで本当の母親のように懐かれていた。


 そんな光景を俺も見ていると、玲夢ちゃんが駆け寄ってきた。

 何だろう、俺がしゃがむと玲夢ちゃんはにこにこしながら千里さんのことも呼び込む。さっき髭のことを言われたのを気にしているのか、嫌そうな顔をしながら視線を合わせた。


「まひろくんと千ちゃんみたいに、玲夢にも友だちできたよ。」

「良かったね。」

「え、本気で友達だって思ってたんすか?」


 千里さんに信じられないものを見るような目で見られた。


「違う違う! 千里さんからすれば、俺はビジネス友だちだと思ったんすよ!」

「えぇ……。俺リアル友だちだと思ってたのに。」

「泣かないで千ちゃん。」


 オイ、顔を覆った指の隙間からこっち見てるの知ってるぞ。下手な泣き真似だな。

 でも、彼が友達と思ってくれるなら俺だって嬉しいのは本心だ。


「……ごめんなさい。俺だって、千里さんがいいなら友だちで。」

「言ったね。面倒だよ、俺。」


 涙のなの字も見せない千里さんは手をひらひらさせてけろりとしている。ほんっと人のことおちょくるな、この人。慣れたけど。

 俺らがそんなくだらないやりとりをしていると、玲夢ちゃんがふふ、と笑った。


「2人とも仲良し! 玲夢も2人の友達だからね!」


「もちろん!」

「はいはい。」


 俺たちの返事に満足すると子ども達が待つ所へ駆け寄って行った。

 そして、最後に振り返って手を大きく振りながら叫んだのだ。


「またね、まひろくん! 千ちゃん!」


 俺も千里さんも手を振って見送る。

 良かった、誰も死なずに現世に帰ることができて。




 全員が天上の門から降りていった。

 それを見送ると疎らに職員達は帰って行く。

 先ほどまでの緊張感はどこへやら、千里さんは大欠伸をしている。東雲先生はそれを見ながら失笑していた。


「今回は不幸だったね。」

「いつもならこんなヘマしないのに、あのポンコツのせいですよ。」


 2人は存外仲良しらしい。俺がそれを見ていると、考えていたことを読んだのか、東雲先生は何とも言えない顔をしていた。


「僕たちは友だちってよりはビジネスパートナーって感じだよ。」

「えっ、何で俺の考えてることわかるんです!?」

「お前、そろそろ顔に出やすいこと自覚した方がいいよ。」


 そんなに出ているのか。俺は思わず自分の頬を揉む。

 俺を無視して2人は話を続ける。


「正直、今回は助かりました。俺、救助者も付き添いも苦手だったんで。」

「よく知ってるよ。でも、君のおかげで日笠くんも相澤さんも無事だったし、いつもお世話になってるからね。引き続きよろしくね。」

「任せてください。東雲さんの無茶振りはハードルが高いから楽しいんですよね。」


 志島さんにこってり搾られたはずなのに懲りた様子は見せない。むしろ楽しむような悪い顔をしている。


「ちなみにね、日笠くん。だいぶ仲良くなったようだから教えておくけど、君の通行証を尋常でない速度で作ったのも、僕が依頼した動画を準備してくれたのも、ウチの事務所で使ってる検索エンジン作成も。全部彼がしてくれたんだよ。」

「え、そうなんですか?」


 俺が驚いて千里さんの方を振り向くと、彼は得意げな顔をしていた。ここ数日でハイスペックさは思い知らされていたけど本当に何者なんだこの人。

 東雲先生は、彼のことを掌で指しながら俺の疑問に答えてくれた。


「じゃあ、改めて。彼は斑目千里くん。元々の職業はシステムエンジニア。日本最高学府大学院卒業、在学中に企業に技術を提供することができていたほどの、天才だよ。」


 じゃ、帰る。なんて気軽に言っているが、この人やべー人だ。

 でも、この個性的な感じ、その経歴を聞いてとても納得できる自分がいたことは否定できなかった。


【ケース報告書】


対象者:相澤玲夢(8)

 対象は小学生であるが、身長110cm、18kgと、当初より虐待やネグレクトが疑われていた。今回は役所内停電に伴う緊急事態の際に、対象が記憶の世界に入り、報告者単体での付き添いのもと確認となった。

 彼女の両親は出生当初より、SNSで目立つためのツールとしか考えておらず、必要な世話をしていなかった。そのため、低栄養による成長阻害を受けていた。SNSで目立つことばかり考えていた両親は、彼女の死亡診断書を偽造し、養子を取ったという美談を作り上げようとしていたが、手間や出費の多さに断念した。代わりに彼女を餓死させ、殺害を目論んだ。しかし、彼女は力を振り絞ってベランダへ脱出、助けを呼んだところで力尽きた。

 彼女を発見したのは、犬の散歩をしていた近所の人間であった。すぐに両親、そして母方の祖父母が呼び出された。書類の虚偽や殺人未遂ということで両親は逮捕され、母方の祖父母に引き取られることになった。拒食も見られたため、時間は要するだろうが、元の健康な身体に戻るのはそう遠くはないと願いたい。


 以上、報告とする。


報告者:日笠真紘

責任者:東雲標


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― 新着の感想 ―
[良い点] 咄嗟に掴んでたのは探査機だったか。もしや付き添いに向いてるのかな。 東雲さんも何でもできるし斑目もハイスペックすぎる。加地さん……、せめて斑目を呼びに行ったのかと思ったけどダメだったか。…
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